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テレビの「データ放送」が今アツい? ドン底から復活に至った20数年を国内唯一の専門企業に聞く

テレビの「データ放送」が今アツい? ドン底から復活に至った20数年を国内唯一の専門企業に聞く

辰井裕紀
ライター: 辰井裕紀
ローカルネタ・ガジェット・卓球が好きなライター。過去に番組リサーチャーとして秘密のケンミンSHOWなどを担当。

データ放送。テレビのリモコンのdボタンを押すと立ち上がり、数々の情報にアクセスできる、デジタル放送ならではの便利なサービスです。放送中の画面に天気などを出すウィジェットとしても活躍します。

デジタル放送のスタートとともに「新時代」の象徴として祭り上げられましたが、数年ほどの間にいつの間にか影が薄くなってしまいました。

しかし、最近また各局が意欲的なデータ放送を流していることも多く、ひそかに再燃している様子。

そんなデータ放送、あらためてどんな存在なのでしょうか。テレビを点けていると身近なのに、あまりクローズアップされない「データ放送」。その歴史やくわしいところを聞きたくなりました。

このデータ放送の制作ツールでほぼ業界シェア100%を誇り、テレビ各局のデータ放送コンテンツ制作などでも高いシェアを占める、株式会社メディアキャストの代表取締役、杉本孝浩さんに話を伺います。

「電波のスキマ」の回線で流れるデータ放送

辰井
まず、データ放送はどうやって作るんですか?
杉本
BMLという言語でコンテンツを記述し、放送の電波に乗せます。インターネットのホームページはHTMLという言語で書かれていますが、それと原理は似ているんですよ。
辰井
データ放送は、dボタンを押したときに一瞬だけ待つ感じがありますね。
杉本
地上デジタル放送を送信する帯域は約18Mbpsなんですが、そのなかに本線(映像・音声)や字幕スーパーなどの情報がいろいろ入っていて、データ放送で流せるのは約1.5Mbpsほどの小さい帯域なんです。
辰井
帯域が小さいから、テレビが情報を読み込むのが遅くなっているんですね。
杉本
それに加え、古いテレビの非力なCPUやビデオ回路、メモリー容量の小ささが加わって、遅い動作になっていたんです。最近のテレビの処理能力はだいぶマシになりましたが。
辰井
たしかに、今は比較的サクサク動くようになった気もします。
杉本さんいわく、デジタル放送黎明期のテレビのCPUはスーパーファミコンほどに非力で、メモリーも数MBしか積めなかったとか

杉本
弊社の前身の会社ではiモードページに加え、ゲームボーイアドバンス、プレイステーション2、セガサターンなどのゲーム開発ツールを作っていました。容量を節約しながら作る技術を活かして、業界シェアほぼ100%のデータ放送の制作ツールも生まれたんです。
辰井
非力なテレビでデータ放送を処理するのに、非力なゲームの制作ツールを作る技術が活かされたんですね。

データ放送は「テレビ版 iモード」だった

辰井
データ放送がスタートしたのはいつからですか?
杉本
2000年12月のBSデジタル放送の開始からです。
辰井
当時は独立データ放送局がすごく多かったですね。ひそかに見ていました。
杉本
はい、BSで独立データ放送局が認可され、データ放送だけを流す放送局がいろいろありましたね。
辰井
なぜあんなに独立データ放送局が生まれたんですか?
杉本
私見ですが、当時はiモード【※】が全盛期で、放送のデジタル化により双方向テレビサービスができるデータ放送を使い、「iモードみたいなビジネスモデルが作れるのでは?」と、期待されたのが背景にあると思います。

※ NTTドコモが提供していた、携帯電話向けのインターネット接続サービス。

辰井
最初は活気がありました。
杉本
新聞社や印刷会社など、放送局以外の会社が莫大な投資をして参入されていました。
独立データ放送局(メガポート放送)の本社があったパレスサイドビル(Photo by Kakidai)

杉本
制作ツールも、当時は1本3,000万円くらいで、コンテンツ動作検証システムは億単位でした。
辰井
そんなに?
杉本
データ放送のコンテンツ制作費だって、1本5,000万円とか、もうそんな時代だったんです。
辰井
採算は取れたんですか?
杉本
たぶん取れていなかったと思います。あのころは対応受信機も普及しておらず、デジタル放送を見ている人も少ないから、スポンサーもつかないですし。数年後には多数の独立データ放送局は免許を返上されていました。
辰井
どんどんチャンネルはなくなりましたね……
杉本
最後に残ったのはウェザーニュースさんだけで、数年前まで放送を続けておりました。弊社の社員にも、当時の独立データ放送局出身の者が数人おります。
辰井
データ放送で採算を取るには、制作コストを削減しないとムリですよね……!
杉本
そうなんです。地デジ化を数年後に控え、「地方局やケーブルテレビでもデータ放送を普及させるため、制作と運用設備の価格を約1/10まで下げたい」という依頼をNHKや民放キー局、その他関係者から受けたんです。
辰井
そんな無理難題、可能だったんですか?
杉本
数年かかりましたが、制作ソフトは100万円未満、検証システムは数百万円まで下げられました。
NHKや民放キー局のノウハウを集約した、データ放送のオーサリングツール(制作ツール)

「データ放送を面白くするな」との命令が!?

辰井
それだけ安くなったソフトが出来上がって、そこから地上デジタルのデータ放送はどうなりましたか。
杉本
それが……テレビ局さんはスポンサービジネスじゃないですか。dボタンを押すと、スポンサーが提供した番組やCMの画面が小さくなるので、民放ではデータ放送での情報は最低限に留め、ひいては「視聴者にdボタンを押させないように!」との雰囲気もありましたね。
辰井
ええ?
杉本
これやったら面白いなっていろいろな企画があったけど、ほぼ残らず却下されました。とくに民放は、ニュースと天気予報と、たまに番組宣伝を流すぐらい。データ放送は放送免許上は義務化されているので、我々から見るとアリバイ工作的な感がしましたね(笑)
辰井
完全にデータ放送、冬の時代ですね。
杉本
皮肉なことに災害のときだけ活躍しました。dボタンを押すと、放送で流れていない速報性のある情報などもオンデマンドですぐわかりますから。とくに当時はあまりスマホが普及していなかったので。
辰井
それ以外は、ほとんど出番はないと……
杉本
でも、2011年の完全地デジ化以降、当時ボツになった面白い企画が注目されるようになりました。若者のテレビ離れとともに広告予算もインターネットに流れ、地上波テレビが少しでも視聴率を上げるため、データ放送を有効活用することが劇的に増えたんです。

データ放送の歴史を変えた「じゃんけん」

辰井
ちなみにデータ放送のコンテンツは、どんな制作依頼が多いですか?
杉本
地上波のテレビ局だと、スポンサーとのコラボコンテンツやスポーツ番組での応援メッセージ、視聴者参加型コンテンツの依頼が増えましたね。
辰井
ちなみに、データ放送自体にスポンサーはつきませんか?
杉本
はい。本放送側のスポンサーとバッティングする恐れがあり、スポンサーはあまりつかなかったんです。でも、最近は競合スポンサーの広告が出ないようにする技術もできたので、少しずつスポンサーのバナーなどが出るデータ放送も登場しています。
辰井
データ放送の歴史の中で、ヒットしたコンテンツは何でしょうか?
杉本
一番歴史を変えたのは、めざましテレビさんの「めざましじゃんけん(フジテレビ)」です。
辰井
おお、リモコンのボタンでグー・チョキ・パーを選ぶ、あれですか!?
杉本
そうです。じゃんけんという単純なゲームだからこそ親しまれ、習慣化させることで、チャンネルへの接触率の上昇に繋がるわけです。
辰井
たしかに、あのじゃんけんはついやりたくなりましたし、そうすると知らずにめざましテレビを点けていましたね。
杉本
そう、そこから各局の朝の番組が追従したんです。
杉本
ちなみにじゃんけんで、「うちのテレビ、インターネットにつながっていないのに、なぜじゃんけんできるの?」ってよく聞かれるんですよ。
辰井
そういえば、ネットにつながっていないテレビでも勝ち負けが判定されて、勝てばポイントが貯まりますよね……なぜですか?
杉本
ぜんぶテレビの中でプログラムを処理しているだけです。疑似的な双方向機能なんですね。
辰井
ええ!? 知らなかった……
勝ち負けの判定やポイント加算などはテレビの中で処理され、インターネットにつながなくてもOK。じゃんけん企画は成功し、全国に広まった(ケーブルステーション福岡より)

杉本
でも、ポイントが貯まってプレゼントに応募する際は、だいたいQRコードを表示して、スマホから応募するでしょう。
辰井
そうか! そこだけネットを使うわけですね。
杉本
双方向コンテンツの多くは、テレビの中だけで完結できるんです。

「ケーブルテレビ」でデータ放送が大成功!

辰井
ケーブルテレビでもデータ放送が広まっていると聞きます。
杉本
地上波でのデータ放送が「ただ流しているだけ」だった時代に、ケーブルテレビ向けに積極的に展開しました。ケーブルテレビは地域の情報が強く、それを求める視聴者も多いので、それをデータ放送で補完して大ヒットしました。
辰井
おお、例えばどんなデータ放送なんですか?
杉本
地方のケーブルテレビのデータ放送は、高度なITリテラシーを必要とせず、高齢者に身近なテレビでいろいろな情報を入手できるんですよ。
杉本
例えば、こんな情報が得られます。

  • 天気情報
  • 市役所のお知らせ
  • 夜間休日当番医
  • 電車・バス・乗り合いタクシーの時刻表や運行情報
  • ゴミ収集の情報

高齢者向けで、アイコンや文字も大きく、カーソルの存在もわかりやすい

辰井
お年寄りが使う孫の手のごとく「かゆいところに手が届く」情報っぷりですね。
杉本
ケーブルテレビのデータ放送は、「各家庭の冷蔵庫に貼ってあるような情報」を見られるのがコンセプトです。
辰井
しっくりくるなぁ。
杉本
一番人気のあるコンテンツは「おくやみ」です。高齢者は朝起きたらまずこれから見ますから。
杉本
さらに、こちらは地域の小学校による給食の献立が出てきます。
学校ごとの給食が写真つきで見られる

杉本
そして定点カメラ。雪国ではこれを見て出勤するのが重要です。
辰井
車にチェーンをつけるべきかとか、判断できそうですね。

防災無線をデータ放送で聞ける仕組みも登場

辰井
ほかにケーブルテレビのデータ放送の進化ポイントはありますか?
杉本
最近は防災無線をテレビで聞ける仕組みも開発しました。
辰井
そんなものも!?
杉本
災害時は風雨がうるさかったり、窓を締め切ったりするため、屋外のスピーカーから流れる放送は聞こえづらいので、「テレビで聞けないか?」と思いまして。
辰井
とくに荒天のときは全然聞こえない日も多いですね……一番必要なときなのに。
杉本
例えば……画面の右下にポップアップが出るんです。
防災無線が鳴ると右下にアイコンが出て……

ボタンを押すと自動音声が聞こえる。同時にスマホアプリからも、プッシュで通知する

杉本
これらの防災無線も、同時に地域情報アプリで得られるようにしてあります。
アプリの場合はプッシュ通知で情報が届く

辰井
そんな杉本さんが、データ放送の仕事をしていて、うれしかったことは何ですか?
杉本
茨木県古河市にあるケーブルテレビさん経由で、「データ放送で道路河川カメラの情報と避難情報が役に立ち、無事に避難できました」と、お手紙をもらったことです。
辰井
これはうれしいですね……! 
辰井
そんなデータ放送、今後はどうなっていきますか。
杉本
国の施策によって日本全国どこのテレビにも、データ放送を閲覧できるBMLのブラウザが入っていますし、データ放送はなくならないと思います。あと50年ほどテレビ受像機に革命的な変化はないと思いますので、何らかの形で残ると思います。
辰井
データ放送のさらなる進化はありますか。
杉本
インターネットの高速回線を使う「ハイブリッドキャスト」は、今後もっと広まると思います。ネットのサービスがそのまま受けられるため、動画配信や検索、買物、申込などがテレビで行えるようになりますから。
辰井
テレビとネットが完全に融合し、最強のデータ放送がやってくる日を期待しています!

編集:ノオト


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204 件のコメント
1 - 4 / 204
 俺はPCにTVチューナーボードをさしてTVを見ているのでデータ放送を見ることができません。調べればやり方があるのかもしれませんが、テレビ番組を視るだけでも手間がかかるので、余力があるときに調べてみますね。
技術的な面ばかりクローズアップした記事は見かけますが、ここまでわかりやすい記事は初めて読みました。
データ放送はめざましじゃんけんや投票や天気で利用するだけでしたが、地域密着の情報がこんなに見れるとは驚きでした。改めてまたデータ放送をじっくりみたいと思います!
テレビは家にありません。
外出先のお店で流れている映像は見るぐらいです。勝手にお店のチャンネルを触ることがないので、新鮮な情報でした。
ありがとうございます
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