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1997年、Appleは倒産寸前だった。マニアが語る「長いマイナー時代と救世主iMac」の物語

1997年、Appleは倒産寸前だった。マニアが語る「長いマイナー時代と救世主iMac」の物語

辰井裕紀
ライター: 辰井裕紀
ローカルネタ・ガジェット・卓球が好きなライター。過去に番組リサーチャーとして秘密のケンミンSHOWなどを担当。

iPhone、iPad、Mac、Apple Watch、AirPods Pro……僕らは今、数え切れないほどのApple商品に囲まれています。

2023年9月現在、Appleは世界の中でも時価総額1位の会社です。しかし1990年代まで、Apple製品を使う人は少数派だった時期が長く、倒産の危機に直面したことすらありました。

当時を生きた人ですら、なかなか知らないマイナー時代のApple事情。その話を伺うのは、「歴代iPhoneを100点満点で採点してもらった」でもご協力いただいたこの人。

80冊ものApple関係の著書を書き、半世紀Appleを追い続けるマニアの、ライター・松山茂さんです。

初代Macはほぼ何もできなかった?

辰井
松山さんはいつからAppleを追いかけていますか?
松山さん
高校のとき、「すごいマイコン(当時のパソコンの呼び名)がアメリカにある」ことを知りました。それがApple IIです。その前にあったApple Iという基板だけのファーストモデルは手に入らず、Apple IIも当時の自分には高くて買えませんでした。

当時では珍しく、6~7色ぐらいの色を簡単に出せたApple II。当時はIIを][とも表記した(Photo by Hellis)

辰井
松山少年は涙をのんだと……
松山さん
ただ、当時のAppleは基板の回路図やソースコードが公開されていて、秋葉原にはApple IIの互換基板や部品が売られていて。それを組み立てればApple IIそっくりのPCが作れたんです。
辰井
ええ?
松山さん
「Apple II」の銘板(ロゴ)すら、勝手にうり二つのものが売られていました。
辰井
すごい時代だ……ちなみに「Mac」はいつ出たんですか?
松山さん
その後、1984年にMacintoshが発売されたんですけれども、日本ではすぐ販売されなかったので、こっそり手に入れました。本体は約60万円で、Macintosh用のソフトまで一式そろえたので100万円ほどでした。
1984年発売の初代Macintosh。今のPCのように画像を多用して直感的に操作できるGUIを採用し、マウス操作ができる「Lisa」の廉価版として登場した(Photo by Marcin Wichary)

辰井
何に使ったんですか?
松山さん
当時はほとんど何もできなかったんです。
辰井
100万円もするのに?
松山さん
当初日本語は表示も入力もできず、後に出た日本語版のOS【※1】ではフォントも英語とサイズが合わなくて。プリンターを使うのにも苦労し、インターネットはなくてパソコン通信【※2】だけ。今みたいに仕事でバリバリ使える時代ではありませんでした。

※1 コンピュータを動かす基本ソフト。現在で言うところのWindowsやmacOSなど。
※2 電話回線を使ってデータを通信する会員制サービス。掲示板や電子メール、チャットなどで情報を交換した。1980年代後半~90年代前半ごろが全盛。

辰井
それで100万円……?
松山さん
ビジネスでのコンピュータの使用はまだ実験段階でしたね。当時は書類も手書きが一般的で、ワープロもあまり使われていませんでした。

Macは「売り場の片隅に放置されていた」

辰井
Appleに限らず、コンピュータ利用自体が進んでいなかったんですね。
松山さん
コンピュータと言ったら汎用の大型機の時代で、パーソナルコンピュータは一般的ではありませんでした。そのあと少しずつ利用されていきましたが、

● Mac………グラフィックやDTP、作曲などクリエイティブ分野
● Windows…表計算やワープロなどのビジネス分野


というように、MacとWindowsの得意分野がハッキリ違い、ユーザーも切り分けられました。
辰井
たしかに、デザイナーさんは昔からMac派が多かったですね。
松山さん
シェアはWindowsのほうが今よりもだいぶ大きくて、Macはニッチな存在でした。
1989年発売のMacintosh SE/30。当時の猛者は純正ケースに入れて持ち歩いた

辰井
当時Macの販売状況ってどうだったんですか……?
松山さん
Macを扱っているところも少なかったし、置いていても片隅に放置され、全く売る気がない店が多かったです。
辰井
マイナーアイテムならではの苦悩ですね。
松山さん
周辺機器のほとんどが海外製で高価だったり、そもそも日本に来なかったり。無理やり個人輸入で入手するなど気合も必要でした。
辰井
それでも、Appleの商売は堅調だったんでしょうか?
松山さん
実は1991年ごろから若干怪しくなってきます。1985年にスティーブ・ジョブズがAppleから追い出されてから6年が経ち、Macの機種がやたらと増えるんですよ。

● ハイエンド……Macintoshクアドラ
● ミッドレンジ…Macintoshセントリス
● ローコスト……Macintoshパフォーマー


このカテゴリごとに、またいろいろ製品があって。

辰井
商品が多くなると何がダメなんですか?
松山さん
在庫も多く抱えるし、選ぶ方も選びきれません。しかも、「もともと売れてなかったのに増やしすぎ」ですから。
辰井
販売効率が悪くなるわけですね。

これがなきゃiPhoneは出なかった? 世界初のPDA

松山さん
1993年に売り上げ不振で、ペプシコーラから来たジョン・スカリーがCEOを退任します。そのスカリーによる最後の置き土産が、1993年に発売された世界初のPDA、Newton MessagePadです。
辰井
おお! PDAといえば、往年の携帯型コンピュータですね。
松山さん
こちらは1994年10月、日本で公式に初めて発売された、Newton MessagePad 120です。当時は8万円ほどしました。
辰井
いま見ると、大きいですね。
松山さん
例えば、書いた字が活字になって入力されます。
手書きで文字を書くと……

認識されて活字になる。このほか、派生ソフトを使えば「フリック入力」も可能だった

辰井
おお……すごい!
松山さん
例えば丸や四角を書くと、ちゃんと綺麗に直してくれます。
辰井
フリーハンドで書いても安心ですね。
松山さん
あとは、例えば「明日5時に上司とミーティング」のように文章を書くと、その内容を認識してカレンダーに入れてくれるパーソナルアシスタントという機能もあります。電話回線からメッセージのやりとりもできました。
辰井
30年前なのに、いろいろできたんですね。商業的に成功しましたか?
松山さん
日本でもアメリカでも失敗でした。新しいもの好きやマニアにしかウケなかったですね。「普通にノートで書いた方が早いんじゃない?」って。
辰井
我に返られるとしんどいですね。
松山さん
ただ、本当に画期的な製品だし、歴史に残さなきゃいけない存在だから、今も大事に取ってあります。製造に関わったシャープは、ここから「ザウルス」につなげてヒットさせたそうです。
辰井
おお! 日本におけるPDAの大ヒット商品じゃないですか!
松山さん
あっちに技術面や思想も一部引き継がれたと思いますし、Newtonがなかったら、下手すればiPhoneも生まれてこなかったんじゃないかと。Appleは公には関係性を否定していますが。

世界一売れなかったゲーム機? 迷走期の産物たち

辰井
世界一売れなかったゲーム機とも言われる、ピピンアットマークはいかがでしょうか?
松山さん
個人的に、あれはAppleの製品じゃないと思ってるんで(笑)。
辰井
え?
松山さん
Appleは「バンダイが勝手に作ったから、売れなかったのはバンダイの責任」なんて言っているし、バンダイは「Appleが言うこと聞いてくれなくて、商品も中途半端だし、日本の市場も理解できていなかった」などと、責任のなすりつけ合いをしていた噂も耳にしましたから。
辰井
子どもに見せたくない世界だ。
松山さん
Mac用のゲームやソフトを使えるのがウリでしたけど、ほとんどうまく動かなかったとか。あとは専用サイトにつなげて情報交換やコンテンツのやりとりができたんですが、製品として軸がなく中途半端で、周りのApple好きは誰も買いませんでした。
辰井
愛されない子どもみたいで不憫ですね。
松山さん
93年に売り上げ不振でスカリーがCEOを退任したあと、マイケル・スピンドラー、ギル・アメリオとCEOの座が次々と移り変わり、Appleはずっと低迷していました。
辰井
そんな時代があったんですね。
松山さん
さらに、他のメーカーからMacの互換機が出ました。
辰井
Apple以外でもMacが?
松山さん
はい。OSをライセンスで他社に提供して、日本でもパイオニアがMacintoshの互換機を出しました。もうしっちゃかめっちゃかでしたね。
辰井
ある意味貴重なマシンではありますが。
松山さん
さらにはデザイン会社と手を切って、自社でデザインしたマシンがビジネス用PCみたいな無機質な作りで。
辰井
あと、ライバルでは「Windows95」のブームもありましたよね。
松山さん
Windowsは95から使い勝手が改善し、インターネットにすぐ接続できるようになって、PCビギナーがこぞってWindowsを選びました。
辰井
たしかに当時、家電量販店でMacをあまり見なかったような。
松山さん
もともとのユーザーでもこの頃、Appleに愛想を尽かした人も多かったのでは。ジョブズもいないし、CEOもコロコロ変わるし、出てくる製品は昔のMacみたいにエレガントじゃないしって。
1997年、Appleが危機に瀕していたころのPower Macintoshシリーズのカタログ

キヤノンに買収されていたら……Appleは消滅した?

辰井
1995年にキヤノンによる買収の話が進んでいたともささやかれています。
松山さん
当時はキヤノンのグループ会社、キヤノン販売(現:キヤノンマーケティングジャパン)がAppleの販売網でしたし、ジョブズが追い出されて作ったNeXT社とも絡んでいたので、買収の話が出たと思うんですけれども。どんな経緯で、どこまで話が進んでたのかは一切追いかけていなかったので、わかりません。
辰井
もしキヤノンが買収していたら?
松山さん
もうAppleはなくなっていたと思います。
辰井
なぜですか?
松山さん
買収の仕方にもよりますが、おそらくApple独自の社風もなくなり、自由にアイデアが出なくもなるだろうし。優秀な人は出ていき、iPodやiPhoneも世に出なかったと思います。
辰井
コンピュータの進化が遅れたかもしれない?
松山さん
1997年にジョブズがCEOに復帰した直後、Appleは赤字がずっと続いてて、お金もなくなってきていたので、本当にいつ倒産してもおかしくなかったみたいです。そんな中でマイクロソフトがAppleに1億5,000万ドル出資する話があって。
辰井
ええ!?
松山さん
そのお金がなければ、あと10日ほどで倒産してAppleがなくなっていたらしいです。
辰井
Appleはビルゲイツが救ったんですか?
松山さん
そうかもしれません。Appleユーザーにとって「マイクロソフト=敵」なので、そう思いたくないですが……(笑)
辰井
そもそもなぜゲイツは出資を?
松山さん
マイクロソフトのOfficeはMacintosh版も出ていたんですけど、Windows版よりバージョンが1つや2つ遅れていて、アップデートが放置された状態が続いていたんですよね。
辰井
Mac版Officeはオワコン状態だった?
松山さん
Windows版のWordならできることが、Mac版だとできない。ジョブズは「Mac用に最新のOfficeを出す」約束も含めてゲイツからお金を引っ張り、Appleは一瞬助かりました。
辰井
何とかひと息はつけたと。
松山さん
さらにジョブズはMacの統合をしたんです。

● コンシューマー向けデスクトップ
● コンシューマー向けノートブック
● プロシューマー向けデスクトップ
● プロシューマー向けノートブック


この4カテゴリに絞って製品体系を再構築し、一部のモデルを販売終了しました。負の遺産を整理できたので、立て直せたんだと思います。
辰井
ジョブズが大事にする「シンプル」精神に戻っていくんですね。

起死回生の「iMac」

松山さん
そして1998年に出たのがiMacです。もうAppleの救世主ですよね。
辰井
あれは欲しかった! 最高にかわいいPCでしたね!
iMacは周辺機器やアクセサリ市場のカラー化を一気に進めた。自社のデザインチームによる力作(Photo by Marcin Wichary)

松山さん
モニターと本体の一体型で、半透明の画期的なデザイン。電話線をつなげればすぐインターネットが使えました。
辰井
それまでマイナーだったAppleが、一気に注目を浴びた記憶があります。
松山さん
みんながMacを知る、使う機会を増やしてくれて、もっと評価すべき製品だと思います。iMacがなかったら、下手すればAppleはなくなっていただろうし。
辰井
そんなに……!
松山さん
もう一つ、大きなゲームチェンジャーがiPodです。
辰井
突如現れた1000曲搭載で小さなHDDプレイヤー……!
松山さん
持っている曲を全部放り込めましたね。iTunesから曲を転送すればすぐ聴けましたから。その後、iTunes Music Storeがスタートして楽曲が購入できるようになって。あとはやはりiPhoneです。
辰井
出た!
松山さん
もともと情報端末になる電話機はiPhoneの前にありましたが、携帯電話、情報端末、音楽プレイヤーをうまく融合し、空前の大ヒットになりました。

Appleのこれからを担う「50万円超えのメガネ」

辰井
さらに2023年、3Dメガネみたいなすごく高いものが発表されましたね。
松山さん
現実とコンピュータを融合させるApple Vision Proですね。日本円で50万円超えになるであろう高額製品ですが、新しい市場を作るため、今ある最高の技術を凝縮して、高くても出すわけです。
目の前に現実世界とコンピュータの画面が広がる「空間コンピューティング」を実現する機器。2024年から世界で順次発売する

辰井
どれだけすごいゴーグルなんですか?
松山さん
体感した人いわく、「実世界と同じような見え方で、周りの様子が歪みなく映り、違和感なく室内を歩き回れるしテーブルを避けてイスにも座れる」そうです。
辰井
普通のVRゴーグル特有の違和感がない?
松山さん
Apple Vision Proが成功すれば、iPhoneがいらなくなりますし、将来的にはメガネ型やコンタクトレンズ型まで小さくなるかもしれません。
辰井
ネタ扱いされましたけど、人類にとって大きな一歩かもしれませんね。
辰井
これからのAppleに、どんなことを期待しますか?
松山さん
スマホやPCの進化も頭打ちですけど、世の中がひっくり返るぐらいの、製品を出してほしい。それができるのはAppleしかないと思っています。
辰井
最後に、Appleが世界的な超メジャーな企業になった今、マイナーだった当時を振り返って思うことは何ですか?
松山さん
昔、Appleの株を持っていたんですよ。Apple製品を買うために手放しましたが、価値は当時の200倍ほどになっていて、持ち続けていたら億に近い額です。悔しいから正確には計算しません(笑)。
辰井
ただ、そのときAppleがつぶれてなくてよかったですね……!
松山さん
Apple製品が広く認知された今が、奇跡みたいな気がします。

編集:ノオト


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245 件のコメント
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退会済みメンバー
退会済みメンバーさん
ビギナー
今後もアップル派です!
有名な企業もコツコツと努力ですよね
アップルの製品は昔からデザインが洗練されててオシャレだと思うのですがずっとこうしたこだわりを続けて欲しいと思います。
Appleの株を買っておけば良かったの話しで、
映画フォレスト・ガンプを思い出しました。

子供の頃の自分へ
Apple製品は高すぎると思っているよね
のちにAppleユーザになるよ
バイトした金で中古のMacintosh Quadraを買ったのが1997年だったような。
ジョブズが復帰してiMacが出るまで、確かにAppleの明るいニュースはなかったですね。
昔のiPodやiPhoneもかわいかったですよね🍎
当時迷って結局買わなかった。
当時は高価すぎて買えなかった
現在も高価すぎて買えない
この頃はエクセルが使えないと諦めた思い出
今はアップルはなくてはならないもんなぁ。
スマホはAndroid、パソコンもWindowsだけど、なんだかんだiPadも利用してる
自作派にはPC/AT規格が一番の功績かもね♬
iMacが出たときお洒落って思ったな。あと、スケルトンの製品色々流行ってたなぁ!
95年頃、アップルを訪問したのを思い出しました。
そうだったのですね、勉強になりました。
iPodの新しいシリーズが出て欲しいです。
Mok
Mokさん
レギュラー
興味深いです
そんな時代があったなんて知らなかったです
知ってたよ!最近は情報量が多いですねー
りんごのマークがかわいいです
ありがとうございます。
iMac以前のパフォーマ6260だっけかな、持ってました
ありがとうございますありがとう
初めてのパソコンiMacでした〜懐かしい
読み応えありました😀
昔のパソコンことで面白かった
とても面白かったです。

確か1997年ごろ、個人でDTPを始めるのに、
PowerMac7200と、モニタ、キーボード、マウス、スキャナー、フォント、Adobeイラストレータなど揃えたら、100万円ぐらい出費しました。そうそう、キャノン販売さんから購入。
でも半年ほどで元が取れた! いい時代だったなぁ…
スケルトンのiMac が欲しかった〜
以来、Apple製品にはお世話になりっぱなしです。
でも、印刷業界はどんどんしぼんできて、今はほぼボランティアで小さな仕事をしています。
現在は、Mac 4機目のMacbook ProとiPadminiを愛用しています。
スマホやAppleWatch は持ったことがありません。未だガラケーです😅
Apple Vision Proやメガネ型が普及したら使ってみたいなぁ…
今のアップルは高すぎるぅ。電池交換も高いよぉ。アップルユーザー辞めるか迷い中
アップルも苦戦していたのですね!!
Amazon創始者も初めは自宅のガレージからでしたね!
アップルはいろいろ面白いですよね
Apple派ではないけれど。面白い
勉強になります おもしろかったです
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#マイネ王9周年おめでとう!
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