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【読み物】ほんとうの空・最終章 ほんとうの空

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この物語はフィクションです。実在の人物や団体、法令・法規などとは一切関係ありません。
また、作中に事故の描写等があります。苦手な方は閲覧をお控えください。

六話完結の最終話です。
第一話はこちら
https://king.mineo.jp/reports/244010
第二話はこちら
https://king.mineo.jp/reports/247685
第三話はこちら
https://king.mineo.jp/reports/247687
第四話はこちら
https://king.mineo.jp/reports/248079
第五話はこちら
https://king.mineo.jp/reports/247688

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『暑っちいぃぃぃ!』

ぼくと芹香(セリカ)はフライト後、部長に招かれて滑走路脇のプレハブ小屋に入り込み、和室の畳にへたり込んだ。和室の窓から再び空を目指すグライダーが見える。
『しかし芹香、あの歌……痛てっ』
むっとした様子の芹香がぼくの頭を小突く。いちおう、本人も音痴であるという認識はあるようだ。
「一時間五十四分……よくこれだけの時間滞空出来たなって思うくらいの大記録、ですよね部長」
恨めしそうに呟く芹香が、ラグビー部みたいな大きな薬缶から麦茶を部長とぼくと自分のマグカップに注ぐ。マグカップを手にしたぼくたちは、一斉に喉を鳴らした。
「どうだった?初めての空は」
部長に問われたぼくは、一瞬返答に困った。

 子どもの頃、憧れていた空。
 自慢の父親が飛び回っていた空。
 大切な家族を理不尽に奪った空。
 それ以後、決して見上げることがなかった空……

言葉が続かないなりにぼくは一言ずつ話し始めた。
『あの……俺……』
部長が優しくぼくを見つめる。
『親父が昔、西住町のグライダークラブに在籍してて……で』
「うん、知ってる」
部長の意外な一言にぼくと芹香は仰け反るほど驚いた。
「だってこの滑空場、グライダークラブと航空部の共同運営だもん。で、普通は『大学の航空部を卒業したらグライダークラブに入る』っていうのが流れなんだけど」
部長が部屋の隅にあるキャビネットから引っ張り出した二冊のアルバムを捲る。
「ほら、見てご覧。景浦先輩が部長だったこの年の記念写真……グライダークラブの記念写真にも先輩が写ってるでしょ」
ぼくと芹香が覗き込んだ二つのアルバムには、確かに親父が映り込んでいた。
「景浦先輩はかなり珍しい経歴をお持ちで……さっき言ったように、大抵のヤツは『大学で航空部に入部して、卒業後はグライダークラブに入部する』んだけど、先輩は『グライダークラブのジュニア会員→大学の航空部→グライダークラブの正会員』っていう珍しいルートを通って来られた方なんだ。で、最終的に防災ヘリのパイロットになるなんて……景浦先輩は中山県における航空界の神と言っても過言じゃない」
そう言われても、ぼくには何の実感もない。反応に困っているぼくに、部長が意外な一言を告げた。
「実は、景浦先輩……君のお父さんから託された手紙が一通ある」
え、どういうこと?芹香も状況が解らずにぽかんとしている。
「先輩がいつの日かグライダークラブの人に手渡したものらしくて……『俺の息子はきっと空を目指す日が来る。その時もし俺がこの世からいなくなっていたら、息子が空を飛んだあとにこの手紙を渡してほしい』って。君が県立大学に進学して、幼馴染みが航空部に入部したって聞いたグライダークラブの人から託かったものなんだ」
ぼくは思わず芹香の方を振り向いた。
「あ……あたしは関係ないわよっ!そんな手紙があったなんていま初めて聞いた」
「危険な仕事に従事しておられた方だから、万が一にもそういうことがあったらって考えて手紙を認めたらしい。で、『俺が元気で息子と二人で来たとか息子がここに来ないとなったときはこの手紙を笑って破り捨ててくれ』って仰ってたそうだよ」
部長が神妙な顔つきでぼくに手紙を手渡す。
ぼくは思い切って傍にあった鋏を使って開封した。部長と芹香は驚いた様子でぼくを見ていたけど、こういう時は躊躇わずに一気に行動する方がいい。いつの日か、親父がそう言っていたから。

『何コレ?』

封書を開封したぼくは、素っ頓狂な声を上げた。部長と芹香もぼくの手許を見つめる。そこには一枚の写真と、古臭い便箋が一枚納められているだけだった。ぼくはその写真を食い入るように見つめた。

そこに写っていたのは若かりし日の親父と保育園の頃のぼく。お気に入りのシャツを着ているから間違いない。操縦席に着座した親父が、ぼくを肩車している。
「写真と、一枚の便箋?便箋には何が書かれてるのかな」
 芹香の言葉に釣られて写真と便箋をぼくと部長が覗き込む。
『ええっと、何て書いてあるんだろう』
「先輩がどんなメッセージを残してくれたんだろう」
「お父さまがツバサに残したメッセージ……」
ぼくは余り上手じゃないけど丁寧に書かれた親父のメッセージを読み上げた。

 飛翔(ツバサ)へ
 
この手紙を飛翔が読んでいるということは、俺はもうこの世にいないということだ。
俺は自分の命を削ってでも人の命を守る仕事をしている。だから長生き出来る保証もない。
大切な家族を置いてけぼりにして、本当に申し訳ない。

いま、これを読んでいるということは、
飛翔は滑空場に自らの意思で来てくれたってわけだ。
この写真は、飛翔が初めて滑空場に来てくれたときのもの。
この時はまだ体験搭乗すら出来ない年齢だったけど、『大きくなったらぼくも空を飛ぶんだ』って言ってたのを今でも覚えている。

その気持ちを忘れないで、ここまで来てくれてありがとう。
俺が口癖のように言っていた『ほんとうの空』がどんなものか、ほんの少しでも感じてくれたかな。
俺がグライダーの操縦を教えることはできないけど、
ここには俺が操縦のイロハを叩き込んだグライダー野郎が沢山いる。
頑張って鍛えてもらって、いつの日か飛翔も一人前に……

あ、でも……無理しなくていいから。
これ以上母さんに心配かけないように。
嫌だったらこれ以上飛ばなくていいから。
俺は飛翔が今日ここに来てくれただけでいいんだ。
 
ありがとう。
本当にありがとう。
 
あ、あと。
寿司政さんとこの一人娘、芹香ちゃん。
あの子は可愛い子だし、何かと気配りの出来る子。
だからどんな手を使ってもいいから嫁にもらえ。

 
想定外の文章を読み上げたぼくに向かって、芹香が麦茶を吹いた。 
『うわっ、汚えっ!何しやがる』
「ツバサが急に変なこと言うからでしょっ」
『俺が言ったんじゃなくて親父が書いたもんを読んだだけだ』
「『ほんとうの空』か……ポエマーと言われた伝説の先輩らしいや」
流れ弾の被害に遭った部長が、タオルで頭を拭きながら呟く。
ぼくは小屋を出ると、空を見上げて大きく息を吸い込んだ。
『あの……俺っ!』
大きな声を上げながら振り向いたぼくを、プレハブ小屋の窓から部長と芹香が優しく見守る。
『俺、親父が事故で亡くなってから……ずっと空を見ないようにして生きてきました……空を見上げると、亡くなった親父を思い出しそうで』
二人は何も言わず、ぼくが言葉を続けるのを待っていた。
『でもそれは、単に『親父の死』という事実を受け入れたくないから……本気で向き合いたくないからずっと逃げてただけだったんです、きっと』
芹香が首を横に振る。『もうそれ以上言わなくてもいいよ』、芹香の声が聞こえたような気がした。
『でも、逃げちゃいけない!いい加減『親父が事故で亡くなった』という事実を真っ直ぐに受け入れて、俺の中で区切り…いや、けじめみたいなもんを』
いつの間にか紫煙を燻らせていた部長が、空を見上げながら呟く。
「そんなに結論を急がなくても……先ず、景浦くんはお父さんが仰っていた『ほんとうの空』が何なのかを知ろうとするところから始めたらいいんじゃないかな。これから先、空を見る機会はいくらでもあるわけだし」
部長が次の言葉を紡ぎ出そうとしたその瞬間、部屋にあった無線機が大声でがなり立てた。
「ピスト(指令所)より本部へ。本日のフライト予定はこれにて終了。撤収しますか」

部長がぼくを見つめる。ぼくは何も言わず、彼と目を合わせると力強く頷いた。部長は無線機を手に取ると、声高らかに宣言した。
「本部よりピストへ。本日、あと一発臨時フライトを行う。大事な一発だから心してかかって!発航準備!」
「了解!」

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「ピストよりウインチへ、発航準備」
「ウインチよりピストへ、索準備よし」
「ピストよりJK8823へ、出発準備よし」
「JK8823よりピストへ、出発!」

再び大空へと舞い上がる機体。
離陸を終えて機体が安定した頃、無線から聞き慣れた歌が聞こえる。
ぼくが小学校の頃、大嫌いだった歌。
そう、『翼をください』だ。
相変わらずパンクロックみたいな芹香の歌声が、この時はほんとうに気持ちよく感じた。

 ぼくはもう、逃げたりなんかしない。
 空を見上げて、新たな一歩を踏み出す。
 俯いてたら、何も見えない。
 親父が言っていた『ほんとうの空』を探して、
 名前のとおり、空に向かって羽ばたく。

 悲しみを乗り越えて、
 どこまでも続く、この空へ。
(了)

いかがでしたでしょうか。
ここ暫くグライダーの活動が停滞していたり、もともと知識が無かったりするような悲惨な状況で書き進めたものを、再度推敲してみました。
この物語を紡ぎ出す際、優しいアドバイスや厳しいダメ出しをしてくれた日本学生航空連盟のMくん、ありがとうございます!
(王国民じゃないけど、見てくれてるよね?😰)


では、またお会いしましょう。
万年文学少女モードのポンコツ河嶋桃でした😁


21 件のコメント
1 - 21 / 21
いやー完全なアオハルストーリーでしたね。
これからツバサくんと芹香ちゃんがどうなるのかも気になるし…😁
無理にとは言いませんが、できれば続篇をお願いします😉

最終回はこの歌をアップしようと思ってました。
最終回まで完走お疲れさまでした。
悲しくないわけない、お母様の心情も見せていただけたらよかったかも?
ぱちぱちぱち~~
良いお話を拝読できて、うれしかったです。ありがとうございました。
お父さんのお手紙のあたり、泣きそうになりました。感動的~

ボキャブラリーも自然な文章も、ホント凄すぎです!お写真もとっても印象に残りましたよ~
完走お疲れさまー
部活にかーちゃんが乗り込んでくるかと思いきや、手紙でしたか😅
空は無限だけに夢も多く。しかし事故も無限にある。人は技術を盾に挑むんだけど。
充分に理解して挑む世界を見せて魅せていただきました。

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>> なかっぴ さん

当初から『尺を伸ばす』という選択肢はあったんですが…

燃え尽きました😰😰😰

>> 杏鹿@………………………… さん

尺の都合でアレしましたが…
もう一話追加するなら、飛翔くんのお母さんのエピソードですね🤔🤔🤔

>> まきぴ~ さん

自分の死を予見した者が、格好付けて遺された者にメッセージを遺すなんて😨
狡いと思うか、格好いいと思うか……
そこは読み手次第なので、存分に想像なり妄想して下さい😁

>> ob2@花粉黄砂PM2.5🤧 さん

アオハルストーリーらしく、最後は大切な人からのメッセージってことで締めてみました😤
飛翔くんには、ギュンター・シュタイナー組長の『Surviving to Drive 』を読んで、弱小チームと呼ばれながらも健闘しチーム最高記録を出したドキュメンタリー手記を読んで、これからの航空社会に羽ばたいて欲しいです。
(これは河嶋さんは持ってるかな?まだ英語版しかないけど)

>> はれお君 さん

ポエマー河嶋が何か言ってます

見ているだけでは、ただの夢でいずれ消えていく
夢は、『是非叶えたい!』という強い気持ちによって目標へと昇華する
目標は、叶えるためのもの

いつか、その目標が叶ったとき…
叶えた夢は、今日まで生きてきた証になる
明日を生きる理由になる
だからわたしは空を飛ぶ
空は毎日違う景色をわたし達に見せてくれる
景色は毎日違うけど
いつかきっと、
空はわたしに最高の笑顔を見せてくれる
その笑顔を見たいから
わたしは今日も空を飛ぶ

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☁️おはようございます🌤️
第一部・完走おめでとう🎉
ありがとうございます😃

第二部はありませんよ😵

パチパチパチ👏
🙄お母さんが出ない回はコントがないんだな(笑)
だいたい学校に突然出てくるなんてドッキリやろう🤩

爽やかな読後感。そこは「蹴りたい背中」をはるかに凌駕していますね。

ボク自身は移動は鉄道好きで、生涯で一度しか飛行機に搭乗したことがないので、また乗りたいとは思わないですけど。😵💫

>> ポンコツ河嶋桃@🐢大洗女子カメ㌠🐢 さん

>ありません😥😥

有馬川.......... 行ったことない人にはわからない🐘
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