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【読み物】ほんとうの空① 帝国航空0283便

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この物語はフィクションです。実在の人物や団体、法令・法規などとは一切関係ありません。
また、作中に事故の描写等があります。苦手な方は閲覧をお控えください。

六話完結の第一話です。

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ぼくが空を見上げなくなってから、どれ位経っただろう……

ぼくの親父は、県の消防本部に勤務するスペシャリスト。
とはいえ、火災現場に臨場する消防士でもないし、病気や怪我で死にそうな人を救急車で医療機関へ運ぶ救急救命士でもない。
じゃあ何のスペシャリストか、って?
ぼくの親父は、県に配備された防災ヘリのパイロットだった!

そう、『だった』んだ。


「お父さん、今日も滑空場へ行くの?」
お袋が呆れたように呟く。
『え~っ。『エアウォーク中山』に一緒に買い物に行こうって言ってたじゃん』
ショッピングモールへ一緒に行く約束を反故にされたことを不満げに呟くぼくに頭を下げながら、親父は申し訳なさそうに答えた。
「すまん!今週はみんなでエアウォークに行くつもりだったんだが……急に体験搭乗をしたいって申し込みがあって、だな」
親父の言い訳はもう聞き飽きた。
『だからお母さんと僕を放ったらかしてグライダーで飛ぶんだ』
嫌味半分で呟いた言葉を半ば無視するかのように、親父は身支度を始める。
「県民を守るために、俺は空を飛ぶ。でも、俺はいつまでも飛べるわけじゃない。俺が老いぼれになる前に、誰か後継者を探す……いや、養成しなくちゃいけないんだ。その為には、少しでも『空に興味を持ってくれる人』をとっ捕まえないと」
「だったらグライダーじゃなくてどこかの会社に頼んでヘリの体験搭乗でもやればいいじゃない…結局何だかんだ言って自分がグライダーで飛びたいだけなんじゃないの?」
お袋に決定的な一撃を喰らわされた親父は、しどろもどろの言い訳とともに原チャリで滑空場へと向かっていった。

親父はこの町で生まれてこの町で育ち、河川敷で偶々見かけたグライダーがきっかけで空に興味を持って地元のクラブに入会。
今では防災ヘリのパイロットとして職を得て、日々県内の空を飛び回っている。ぼくはその頃『人を守る、助ける』という親父の仕事に誇りを持っていたし親族や友人、近所の人に自慢出来るような……

そう、あの事故が起こるまでは。


「全国消防技術大会ぃ?」
お袋とぼくが目を丸くする。
二人を代わる代わる見つめながら、親父がドヤ顔で言葉を続けた。
「そうだ。う~ん、どう説明したらいいのかな……ほら、高校野球とか社会人野球の全国大会みたいな♪」
自慢げに話す親父に一つだけ釘を刺しておこう。
一昨年、親父が豪雨災害で孤立した集落の人を救助するために、県の防災ヘリをダムのてっぺんに着陸させた奇跡はぼくも知っている。
SNSで嫌になるくらい拡散されて、同級生とか近所の人に散々聞かされたから。
『で、お父さんはあの『ダムの奇跡』を自慢するためにお母さんとぼくを放ったらかしにして大会に行くんだ』
親父は申し訳なさそうに(まあ、それはいつものことなんだけど)ぼくを抱きしめると、いきなりぼくの髪がくしゃくしゃになる位撫で回した。
「すまんすまん。いつも『エアウォーク中山』に買い物に行こうって言っておきながらず~っと約束を反故にしてることは俺もわかってるし十分反省している。でも……今回は違う。俺が大会から戻ってきたら、一週間の休みを取らせてもらえる約束を消防長としたんだ!だから、今度は嘘じゃない。ちゃんと代理のパイロットも手配してくれているから間違いない」
「そんなこと言ってまた滑空場に行くんじゃないの?」
いつもの軽口とは違う、ガチの嫌味で口を開いたお袋に親父が反駁する。
「いや……来週は滑空場の横で堤防の補修工事があるからフライトは禁止されている。だから俺がグライダーで飛ぶことはゼッタイにあり得ない。て言うか法律上無理だ」
そう言って親父は大きな荷物を抱えながら、南紀空港から帝都行きの航空便で出かけていった。


『番組の途中ですが、ここで臨時ニュースをお伝えします。南紀空港発帝都第二空港行きの帝国航空〇二八三便が海上で消息を絶った旨の一報が入りました。海上護衛隊と洋上保安庁が行方不明になった〇二八三便を捜索していますが、有力な情報はまだ入っていません。繰り返しお伝えします。帝国航空〇二八三便が……』
親父に約束を反故にされて不貞腐れていたぼくが、ぼんやりとバラエティ番組を見ていたときに臨時ニュースが飛び込んできた。
へぇ、臨時ニュースで流れるくらいだから、大きな事故なのかなぁ…

ふと、台所の方でお皿が割れる大きな音がする。ぼくは慌てて音がする方を振り返った。
「どうしよう、飛翔(ツバサ)くん……ニュースでやってるあの飛行機、お父さんが乗ってるはずの便だよ……」
お袋はそこまで言うと、その場にへたり込んだまま動かなくなった。
程なくして消防長さんや消防本部の偉い人が続々とぼくの家にやって来る。
ぼくは何をしていいか全く解らないまま、集まってくれた人たちに冷たい麦茶を出したり、へたり込んだまま嗚咽するお袋の背中をさすったりしていた。
テレビのニュースが残酷な言葉を紡ぎ出す。
『運航会社から提供された搭乗者名簿によると、行方不明になられた方々の氏名は次のとおりです。アイダミドリさん、オクノキヨシさん…』
五十音順で次々に読み上げられる名前に神経を集中しながら、ぼくは一つのことを念じていた。どうか親父の名前が出てこないように……
『カゲウラトクイチさん』
親父の名前。名字にしろ名前にしろ、そうそうあるもんじゃない。
それを組み合わせて、なおかつ消防本部が手配してお袋に伝えていたフライト予定の便名。ここまで来たらまず間違いない。事故に巻き込まれて行方不明になっているのはウチの親父だ。
「どうしよう、飛翔くん……お父さんが、お父さんが……うええぇぇん!」
泣くのはまだ早い。て言うかそもそも泣きたいのはぼくだ。普通、こういう時は子どもが泣き喚いて、それを宥めるのが親なんじゃないか?
『ここで新たな情報が入りました!〇二八三便と思われる機体が、富士県の山中で発見されましたっ!機体は酷く損傷しているようで、生存者がいるかどうかは不明です!』
視聴者の興味を煽るようにアナウンサーががなり立てる。隣に腰掛けている女性アナウンサーが表情一つ変えずに事故に巻き込まれた(であろう)家族の神経を逆撫でするようなコメントを発した。
『生存者が一人でも多く発見されることを祈ります』
くそっ、人ごとみたいに言いやがって……オマエの親族や友人が事故に巻き込まれて、そんな人ごとみたいなコメントが出来るか?ぼくは今までテレビで見る彼女に好感を抱いていたけれど、この瞬間からコイツが出ているニュースやバラエティ番組は二度と見るもんかと心に誓った(実際、テレビを見ていてコイツが出てくるとチャンネルを変えるか電源を切る、という習慣が身についた)。

消防関係の人たちに遅れること一時間。近所に住んでいる幼馴染みの芹香(セリカ)が血相を変えて飛び込んでくる。
「ツバサっ。キミのお父さん……」
『ぼくも父さんがどうなったかなんて知らないよっ!』
親父のことを心配して来てくれた芹香を、ぼくはものの見事に斬って捨てた。青ざめた顔の彼女を邪険にしたことは今でも申し訳ないと思っているし後悔している。
「あの……もし良かったら、なんですけど……ウチの父ちゃんと母ちゃんが用意したから、皆さんで」
狼狽えながら言葉を紡ぎ出す彼女の両手には、デカい桶にぎゅうぎゅうに詰め込まれたおにぎりと簡単なおかずがあった。寿司屋を営む芹香のお父さんが気を遣って用意してくれたんだ、きっと。
「この状況で俺たちに出来ること……そうだな……今は状況を見守るしかないけど、何か新しい情報が入ったときにいつでも動けるようニュースで現状を確認しながら寿司政さんが用意してくれたおにぎりを喰って待機、だ。全員がこのままじっとしていても仕方ないから、交代制で寝ずの番をしよう。いいかお前ら!何か喰っておかないと後々身が持たないから、無理だと思っても今のうちから何か少しでも腹に入れておけ!」
消防長さんの言葉に従い、みんなは黙々とおにぎりを食べながら次なる情報を待つ体制を整える。
『お~っと、ここで続報です!航空護衛隊の偵察機が現場に到着しましたが、機体は粉々になっていて、生存者がいる可能性は限りなく低いようです!』
その一言を聞いた瞬間、泣き喚いていたお袋はその場で卒倒した。


あれはいつの頃だっただろうか。
いつもは仕事の話なんかしない親父が河川敷でぼくを肩車しながら話をしたっけ。
『ねえ、お父さんは交通事故に遭って大怪我した人たちとか病気で死にそうな人たちを病院へ連れて行くお仕事をしているんだよね?』
「ああ、そうだ。病気の人や怪我した人を病院へ送り届けるのが父さんの仕事だぞぉ」
嬉しそうに、誇らしげに親父は微笑んだ。
『大怪我した人たちって、やっぱり『痛い痛い』って大声で騒いだりするの?』
ぼくは体育の授業で足を骨折した村田くんのことを思い出していた。村田くんは保健室に担ぎ込まれて先生の車で救急病院に行ったんだけど、ずっと大声で泣き喚いていたっけ。
「う~ん。そこはその人の怪我の状況にもよるんだけど」
親父は暫く沈黙した後、ぼくにポツポツと話し始めた。
「飛翔はまだ解らないかも、だけど…人間の身体って不思議な作りをしているらしくって……人は耐えがたい痛みを感じたとき『その感覚を、自動的にシャットアウトする』らしいんだ。救急搬送するときに意識のない人とかは何も言えないけど、意識が飛ぶ寸前の人は、心が自動的に反応して痛みを感じなくなるようにできてるんだってお医者さんから聞いたことがある。そういう人たちは意識を取り戻したときや心が落ち着いたときに物凄い痛みを感じるらしいぞ」
今、ぼくの感情は親父が言っていたものに近いのかもしれない。やっと起き上がった母親の背中をさするぼくには何の感情も生まれなかった。
あとから『飛翔くんはあの時、落ち着いて対応していた』とか言われたけれど、それは嘘っぱちだ。あの時……親父が言っていたとおり、ぼくの心は耐え難い心の痛みから逃げようとして、全ての感情をシャットアウトしていたんだろう。

墜落現場では機体の発見直後から遺体の捜索活動がいち早く進められていたらしいけど、親父が発見されたのは数日後。墜落の衝撃で右半身が挫滅していたから、子供に見せられる状況ではなかったんだと大人になってから母に聞いた。
親父の死に顔を見ることが叶わなかったぼくは、親父の四十九日が過ぎたくらいから空を見上げることを止めてしまった。空を見上げると親父のことを思い出しそうだったし、この大空は親父の命を奪った憎悪の対象だったから。
小学校の卒業式。ぼくはクラスメイト達が泣きながら『翼をください』を合唱するのを、黙って目を瞑ったまま苛立ちの感情とともに終わるのを待っていた。

親父の命を奪ったこの大空に飛び立ちたいなんて微塵も思わなかったし、悲しみのない世界へ行くなんて非現実的で莫迦みたいだ、とその時は思っていた。

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筆者注:ここでいう『グライダー』は航空法でいうところの滑空機をさします。
ハンググライダーやパラグライダー、鳥人間コンテストに出てくる機材とは全く異なるものだよ😃


15 件のコメント
1 - 15 / 15
やっぱり桃さん、文章が素晴らしいです。引き込まれました。主人公の方の気持ちがものすごくわかります!

日航機の事故の時、お墓参りに行って、晩御飯を食べて、家に帰る途中、父の運転する車の中でラジオで第一報を聞いたのですが、その頃のことがよみがえって来ました。

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いきなりの衝撃的出だしで掴みはオッケーデス😆

子供にとってはPTSD並みに刻まれる出来事で、将来は葛藤の末大空に旅立つのかヒネて地下鉄の運転士になるのか、どちらのパターンでも大好物です😁

出版時にはエアウォーク中山は変更した方がよいかと思います。
ポンちゃん🍑素晴らしい書き出し。
ついつい物語に引き込まれてしまった😅
流石に練っただけのことはあるね🤔
次回が楽しみ〜😅

>> まきぴ~ さん

あの事故は衝撃でしたね😨
学校の卒アルに掲載された『在学中のできごと』でババ~ンと😰😰😰

>> 杏鹿@………………………… さん

ヤバいDeath😰
被らないように検索してたつもりなんですが😨😨

初稿はもっと被ってました😰😰😰

>> なかっぴ さん

次回以降、宜しければお付き合い下さい
典型的なアオハルストーリーに仕立てていきます😁

>> りんごのひとりごと@ぐ〜たら居士 さん

飛翔(ツバサ)くんのアオハルストーリーが始まります😁
(実話)時々行くショッピングモールはラザウォーク、道一本隔てて航空学園高校、国道を挟んでビ○クモーター(植え込みと街路樹は無事)、数年前に警察署が新築移転してきました。

この先のストーリー展開に期待してますね!!

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筆者よりお詫びとお知らせ

五話ではなく六話完結です
ごめんちゃい😰

>> ポンコツ河嶋桃@🐢大洗女子カメ㌠🐢 さん

>五話ではなく六話完結です

おおっ、延長戦でも決着つかずPK戦か?
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