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【読み物】ほんとうの空④ いつまで逃げてるの?

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この物語はフィクションです。実在の人物や団体、法令・法規などとは一切関係ありません。
また、作中に事故の描写等があります。苦手な方は閲覧をお控えください。

六話完結の第四話です。
第一話はこちら
https://king.mineo.jp/reports/244010
第二話はこちら
https://king.mineo.jp/reports/247685
第三話はこちら
https://king.mineo.jp/reports/247687

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入学してから数ヶ月が過ぎた頃。


「でさぁ、ツバサはサークルとか入ったの?何ならお母さまが好きそうな演劇サークルとか……痛いっ!ちょっと何するのよっ!」
学食でランチを食べながら、ぼくは一方的に好き勝手なことを言う芹香(セリカ)にデコピンをお見舞いした。
『いくらうちの母さんが歌劇団やミュージカルが好きだからって、母親を喜ばせる為だけに演劇サークルに入るわけ無いだろっ!』
大声で喚くぼくを眺めながら、一部の学生が僕たちを見つめる。自慢じゃないけどぼくは有名な俳優さん(歌も相当売れた)に似ているとか何とか言う訳の解らない理由で、執拗に演劇部、軽音楽部と映画研究会に誘われていた。
「痛たたたた……だからってそんなに怒らなくても」
ぼくは腹立たし紛れに芹香に同じ質問をぶつけた。
「あ、あたし?あたしは『航空部』に入部した。グライダーを整備してぇ……誰かがその機体でバンバン飛び続けてくれることを目指すんだ」
グライダー……思い出したくない言葉ではあるけど、芹香の前でそれを言うのは止めておこう。
『お前、いつからそんなことを?』
芹香が腕組みをしながら考える。
「最初は自動車部に行ったんだけど…それがね」
『何か気に入らないことでも?』
「車を見せてもらったんだけど、どいつもこいつもハコ車ばっかりだったの」
その時、ぼくの腹筋が崩壊した。
『アハハハ、そんなの当たり前だ!学生がモータースポーツやるっていったら普通カートかジムカーナ、あっても草レース位だろ……でも、残念ながらその競技にエアロダイナミクスが入り込む要素は殆どない』
芹香がむっとした様子でぼくの耳を思い切り引っ張る。
『痛ててて……さっきのデコピンの仕返しか?大人げない』
「だからぁ、ほかに何かないかなあと思っていたときに河川敷でグライダーが飛んでるのを見たの。話を聞いてみたら地元のグライダークラブと航空部の共同運航だっていうから……」
芹香は昔から閃きで行動を起こす人間だということは身をもって認識している。F1の時がそうだった。ぼくの部屋に置いてあったDVDを見て勝手に盛り上がってエアロダイナミクスだの何だの言うようになったから。
『で、後は成り行き、て言うかコンベアを流れる寿司のように……』
「そう。これはきっと神様の思し召しよ」
『単なる思いつきじゃ……うわわわっ!』
突然立ち上がった芹香が、背後からぼくを羽交い締めにする。ぼくは彼女の腕をタップしながら薄れゆく意識と闘っていた。
『悪かった……ごめん。謝るからもう勘弁してくれ』
やっと席に戻ってくれた芹香が腕組みをしながらぼくを眺める。
「で、さあ。ツバサも航空部に……」
止めてくれ。ぼくはもう一生、空と関わらないと心に決めて生きてきた。
『俺は金輪際、空に関わるつもりはない』
芹香が申し訳なさそうに呟く。
「そっか、そうだよね……あの事故からツバサは空を見ることを……ごめん」
それからぼくは、どこかのサークルに所属するわけでもなく日々講義を受けるだけ…勉学に集中するといえば聞こえはいいけど、それ以外何にも関わらない単調な日々を過ごしていた。

ある日。
ぼくが原チャリ(親父が滑空場に通っていた頃のもの。庭に放置されていたものをぼくが修復した!)で堤防上の道路をのろのろと走っていると、河川敷に芹香の姿が見えた。
河川敷に降りたぼくに気づいた芹香が、空高くを見上げている。
『何してんの?』
芹香が空に掲げたスマフォに、風車みたいな変なパーツがついている。
「ああ、コレ?コイツは簡易風速計。ここを通るたびに風速とか風向きを計測してるんだ」
だけど、芹香が風速計をかざしている方向はお世辞にも褒められたもんじゃない。悪く言うと、てんで明後日な方向。親父がぼくにいつも言ってたこと……あの言葉が、突然僕の頭を支配する。
『あのなあ』
突然口を開いたぼくを芹香が見つめる。
『機械に頼る前に、周りの景色をよく見ろ。あと、人間関係じゃなくて空のほうだけど……空気を読め』
「どういうこと?」
『空をよく見て。あそこでトンビがぐるぐる回ってるだろ』
芹香が眼を凝らす。
「あ、ほんとだ」
ぼくは親父から教わっただけの、根拠のない受け売りで言葉を続けた。
『トンビがあそこにいるのは、上昇気流を捕まえて旋回しながら獲物を探しているから』
「え……じゃあ」
『そう。デカいかショボいかは解らないけど、芹香が探している上昇気流とやらはそこにある。電子デバイスに頼るより、鳥の観察する方がよっぽど早いぞ』
「え……ツバサはなんでそんなことを」
『俺にそんなこと吹き込むのは一人しかいないだろ』
ぼくは不思議そうな表情を浮かべる芹香に言いたいことだけ言うと原チャリのエンジンをかけた。
『じゃあ』
そう言って立ち去ろうとしたぼくを、芹香が呼び止めた。


『で、なんで芹香がここにいるの?』
「お母さまから電話があって……丁度ツバサが河川敷に来る直前……今晩はパーティーやるから家においで、って。あたしも何が何だかよくわかってないの」
家に戻ってきたぼくと芹香は『準備が出来るまで部屋で待っててね』って一方的に二階のぼくの部屋へ押し込まれた。だから、ぼくもお袋がナニ考えてどういう行動に出ているのかは全くわからない。お袋は時々こういう奇行に走るときがあって、何度も巻き込まれたぼくでさえ一向に理解できないままでいる……
「準備できたよ~っ!二人とも降りていらっしゃい」
何が起こるか警戒しながらぼく達はリビングに足を踏み入れた。
『ありゃ?』
いつもと殆ど変わらない夕食。少し不思議だったのは、テーブルの真ん中に宮廷料理みたいなもんでしか見ないような大きなボウル状の蓋でカバーされた大きな皿があったこと。
『母さん、何コレ?』
漫画で書いたら頭の上にいくつも音符が並んでいるような浮かれ調子でお袋が微笑む。
「開けてご覧♪」
ぼくは訳がわからなくなっていたけれど、思い切って蓋を取った。
『あっ』
「わっ」
蓋を開けたお皿に、大きなケーキが置かれていた。
  『つばさくん おたんじょうびおめでとう』
大書されたチョコレートのプレートが誇らしげに存在感を主張する。
そういや今日はぼくの誕生日だ。当の本人がすっかり忘れていた。
『幼稚園や小学校のガキじゃないんだから……』
照れ隠しに呟いたぼくをお袋がドヤ顔で見つめる。
「親からするとね、子どもって幾つになっても子どもなの。飛翔が成人しようが、芹香ちゃんみたいな素敵な女の子をお嫁さんにもらおうが、孫が生まれようが」
芹香が顔を真っ赤にして俯くと、何かに気づいた様子で急に自分のカバンをゴソゴソやり始めた。
「あ……そ、そ、そうだ!あたし、すっかり忘れてた!」
彼女がカバンから取り出したのは、可愛いリボンでラッピングされた包み。
「…お誕生日おめでとう!どのタイミングで渡そうかな、なんて思ってたら今になっちゃった」
『開けてもいい?』
「え、ああ、うん……いいよ。気に入ってもらえると嬉しいけど」
包みの中身を見たぼくとお袋が目を丸くする。
『計算尺ぅ?』
芹香が慌てたように弁解する。
「いや、これはですねお母さま……少し前にツバサと二人で製図用の鉄筆やら三角スケールやらを買いにエアウォークへ行ったときにですね、ツバサが眼をキラキラさせてショーケースの計算尺を見てたもんで……ひょっとして欲しいのかな、と思いましてぇ」
お袋は、頭をぼりぼり掻きながら力なく微笑む芹香の頭をぽんと叩いてぼくの方を顎で杓った。(正直言うと、ぼくはその時の二人の会話や仕草なんて全く憶えていなかった)
『うわ、凄えっ!昔の人って、こんなもんで計算してたんだ……』
お袋は、ブツブツ呟きながら計算尺に没頭していたぼくの頭をいきなりスリッパで引っ叩いた。
『痛ってぇ!』
「お母さま!」
「芹香ちゃんに折角素敵なモノをいただいたんだから、何よりもお礼が先でしょ!マトモなお礼も言えないなんて、そんな子に育てた覚えはないっ。全く、親の顔が見たいわ」
親の顔が見たい、はこういう時に使う言葉じゃない。て言うか親の顔が見たいんなら、鏡で自分の顔を見ろ。
『芹香、ありがとう!この計算尺、大事にするよ』
「そんなに気に入ってくれたんなら良かった……でも、女の子にいきなり計算尺なんかプレゼントされたらドン引きでしょ」
『いや、普通に嬉しいけど?てか芹香からのプレゼントだし!』
「ならよかった。テヘッ♪」
ぼくと芹香がいい雰囲気になりかけた頃、お袋が素っ頓狂な声を上げる。
「さ~て、お母さまからの誕生日プレゼントはこちらで~す!」
お袋が差し出したのは一通の封書。
「開けてご覧」
恐る恐る封書の中身を覗き込んだぼくと芹香は愕然とした。
『え……』
「これって……」

  『西住町ふるさと納税グライダー体験搭乗券』

お袋は何を思ってこんなものをぼくに……
『俺、もう空は見ないって言った筈…』
いつもはぼくの話を最後まで聞いてくれるお袋が、珍しく途中で遮った。
「いつまでそうやって逃げてるの?」
『!』
一番言われたくないその一言が、鼓膜を突き破らんばかりの勢いでぼくの中にインプットされてくる。芹香は椅子から転げ落ちそうになるぼくを支えようと必死でぼくの肩を握ってくれていた。
「お父さんのことがあったから、飛翔が『もう空なんて見ない』って思うのは別に不思議なことじゃないし変でも何でもないと思う…空を見上げたら父さんのことを嫌でも思い出すのは目に見えてるから。でもね…いつか現実を受け入れなきゃいけない……飛翔にとっては残酷なことだけど、父さんはもう帰ってこない」
そんなこと言われなくてもわかっている。
「父さんがいつも言ってた。『俺がもし死んでも、飛翔が空を飛びたいって言い出したらその時はあいつの好きにさせてやってほしい』って。飛翔に『ほんとうの空』を見せてやるんだって莫迦の一つ覚えか壊れたレコードみたいにずっと繰り返していた」
『ほんとうの、空……』
思わず同時に呟いたぼくと芹香に、お袋が微笑む。
「難しく考えなくてもいいわよ。それ、宮澤賢治のパクリだから」
「あ、銀河鉄道の夜……?そういえば、似たようなフレーズがあったかも……あれ、何だったっけ……」
考えを巡らす芹香の言葉でぼくは気づいた。
『ほんとうの幸(さいわい)……』
「そう。物語に出てくるフレーズを勝手に拝借して改変して……自分で何か凄いことを言ったような感じでいい気になってる残念なポエマーだったの、父さんは」
『ポエマー……』
ぼくと芹香はガクンと崩れ落ちそうになった。
「いいか、我が子よ!」
お袋が仁王立ちで、リビングの天井を指差す(きっと、大空を指差しているような気持ちになったんだろう)。
「あの名物ポエマーが目指した空を、キミも眺めてこいっ!一生空を見上げることなく暮らすのもキミの自由だが、我が家は『食わず嫌い』を認めていない!『嫌い』を公言するのは試食してからだっ!」
はあ、そうですか……だんだん面倒臭くなってきた。ていうか逃げられる空気でもなくなってきた。
「芹香ちゃん」
お袋に突然指名された芹香が慌てて立ち上がる。
「大学の航空部に入ったんだって?だったらぁ、『私の同期生で、空を飛びたがってる奴がいるんですぅ♪』とかテキトーに上手いこと言って、飛翔をこの搭乗券で空へ連れてってやってくれないかなぁ」
「ええ、勿論……あたしに出来ることなら何でもやります。じゃあ、ぶ、部長に直接お願いしてみますっ!」


どうやら体験フライトまでの道程は、本人の思いをフル無視してキレイに描かれているようだ。まあ、ぼくも『何もしないままゼッタイに無理って決めつけて空を見ない』訳でもないから…お袋の顔を立てて……一発飛んだらそれで終わりにしようか……

グライダーが飛ぶ仕組み.jpg

飛翔くん、お父さんが目指した『ほんとうの空』を見つけることはできるんでしょうか🤔

ちなみにグライダーは推進力を持たないので、上昇気流を捕まえないと緩やかに降りてくるだけです
(気流に乗れば相当な高度まで……世界記録は成層圏あたりとか😰)
それにしても飛翔くんのお母さん、かなりぶっ飛んだヒトですね……


23 件のコメント
1 - 23 / 23
登場人物が皆活き活きしてていいですね😉
いよいよ次は最終話、もっともっと読んでいたい小説です😁
これ、話を膨らませて何処かの出版社に売り込みましょう🤔
おお、おお、いい方向に ^_^
飛べ、飛べ飛べ〜🎵 (これはガッチャマンだったわ😓)
逃げちゃだめだ 逃げちゃだめだ 逃げちゃだめだ 逃げちゃだめだ 逃げちゃだめだ 逃げちゃだめだ 逃げちゃだめだ 逃げちゃだめだ 逃げちゃだめだ 禿げちゃだめだ💡 子供の頃の空への思いを取り戻すか乞うご期待デス

>> なかっぴ さん

初回に嘘吐いていました😰

五話ではなく、六話完結となります
あと少しだけお付き合い下さい<(_ _)>
ゴメンナサイ😰
1話からまとめて読みました。
ヒロインはかーちゃんですね😁

>> 杏鹿@………………………… さん

『いつまでそうやって逃げてるの?』
飛翔くんにその事実を突きつけているお母さんのほうがゼッタイに辛いですよね😰

>> ob2@花粉黄砂PM2.5🤧 さん

全員を主人公にして、それぞれの葛藤とかを紡いでみました😃
飛んだね😃

ふたりも飛び上がって欲しい🤗

>> なかっぴ さん

尺を伸ばすのって大変ですよ😰
だらだらした感じになりますけん😵
今月は鈴鹿でF1ですね。
空力の奇才(鬼才?)エイドリアン・ニューウェイ先生の著書『How to build a car 』を芹香ちゃんにオススメします。
甲府盆地では、航空学園のグライダーが時々浮かんでます。動力がないので音では気づかないけど、青空に滑るようになめらかに進む姿は素敵ですね~
ますます先が気になってきました!
ツバサ君のお母さんが男前~~~
ツバサ君の克服もどうなるのか見どころです。
これはコントですねぇ😳
座卓ではなくてテーブルだから椅子に座ってケーキを囲んでいるのだろう。
この体制で、スリッパが手の届くような位置にある家庭はまずないから、とっさにぬぐか、履物としてではなく人の頭を叩く用にテーブルに置いてある?🤔河嶋宅にはあるのかもしれないが😁コントだな。

🐌蛞蝓のように手塩にかけて、とか親の顔が見たいとか、この要所要所に散りばめてある喜劇が楽しく感じるのはたしかだが、こういう路線で人を惹き付ける手法は新しく、出版社を選びますねぇ。

🦅トンビが旋回しているところが上昇気流、というのは知りませんでした。
さすが博識ですね。😆

がおーっ!_1_.jpg

>> なかっぴ さん

叱ってなんかいません😃

そういうときは、こんな感じDeath😰

>> HAYA さん

河嶋さんから芹香ちゃんに渡しておきます(持ってる)😱

カノジョ曰く『マーチ881かフェラーリ640みたいなエキセントリックなマシンを設計してみたい』そうで😰

あわわわ_1_.JPG

>> Yz925@CicottoGPT さん

潜水艦とグライダーは、発見した瞬間に血の気が引くほどビックリします(どちらも音がしない)😨

>> まきぴ~ さん

実在するリケジョ(河嶋さんの先輩)がモデルです🤣
ホンモノは、もっとぶっ飛んでます😰

>> おれんぢ式部@🪳バル㌠🪳 さん

細かいネタバレはしませんが…

>>人の頭を叩く用にテーブルに置いてある
ふつう、そんな家はないと思うの😰😰😰

>> 杏鹿@………………………… さん

誰に「禿げちゃだめだ💡」と
言ってる?  😆
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