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【読み物】ほんとうの空② 必死のパッチ

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この物語はフィクションです。実在の人物や団体、法令・法規などとは一切関係ありません。
また、作中に事故の描写等があります。苦手な方は閲覧をお控えください。

五話ではなく六話完結の第二話です。
第一話はこちら
https://king.mineo.jp/reports/244010

やがて時は流れ、ぼくは高校三年生。

『ふうっ』

いつからだろう。
日帰り登山をライフワーク…そんな大げさなものじゃなくて趣味みたいなもん?にしたぼくは、自宅から列車で数時間かけて通う山の頂で溜息をついた。
親父が亡くなってから何年経っただろう。あれからぼくは空を見上げることもなく、中学・高校と心を閉ざしたまま、親父の死から逃げるように無為に日々を過ごした。
親父は『飛翔(ツバサ)が大きくなって、グライダーで飛べるようになったら一緒に空を飛ぼう。空の上からじゃないと、ほんとうの空は見えない』って言っていたけど、ぼくは高校生になった今でも、空を見上げると航空機事故で亡くなった親父のことを思い出してしまいそうだから敢えて見ないようにしていた。
親父が言っていた『ほんとうの空』が何だったなんてどうでもいい。ぼくは一生空を見上げることなく生きていくんだ。
「ねえ、ツバサ。見てご覧、空がとっても綺麗だよっ!今日は雲一つないお天気で……」
一緒に山を登っていた芹香(セリカ)がぼくの方を振り返る。芹香は精一杯背伸びをしながら、空に向かって両手を広げた。
ぼくは水筒のお茶を一気に飲み干すと、芹香に毒を吐いた。
『俺の前で空の話はしないでくれ』
芹香は『しまった』というような表情を一瞬だけ見せたあと、まるで何でもなかったように微笑みながらぼくにおにぎりを放り投げた。
山頂まで一気に駆け上ったぼく達は寿司政の大将(=芹香のお父さん)特製の『お寿司のシャリで作ったおにぎり(具は刻んだガリ。偶にこのおにぎりに醤油を付けて焼くらしい)』に齧りつきながら他の話題を探す。
『それはそうと、芹香はもう進路決めたの?』
ぼくは高校を卒業したら県立大学の工学部へ進学するつもりでいた。公立なら母親に大きな金銭的負担もかからないだろうし、進路指導の先生も『景浦くんの成績なら、余裕で合格ですよ』とか言っていたから。
て言うかぼくはこのままの学力をキープしたら学校推薦枠で余裕綽々レベル。機械工学で自動車エンジンの設計でも学ぼうかな。マトモに卒業できたらメーカーの開発部門なんかで雇ってもらえるかも……
「あたし?ん~、相当厳しいけど……県立大学の工学部、かな。浪人覚悟で頑張るつもり」
芹香が何を言っているのか、一瞬ぼくは理解出来なかった。
なんで、芹香が工学部なんか……て言うか彼女の成績で工学部?文系の成績はピカイチながら、理数系の成績は悲惨なモノだったはずだ。
「あたしがF1、て言うかレースが好きなのはツバサも知ってるでしょ」
勿論知っている。お前の我儘で、ぼくは何回伊勢サーキットに足を運んだと思ってるんだ。
「で、あたしもそういう世界に身を投じてみたいな、なんてね」
負けん気が強くて運動神経抜群の芹香なら、レーサーとしてある程度やっていけるんじゃないかな……
「あたしがやりたいのはぁ、流体力学を学んでぇ、あわよくばレーシングカーの設計とか……それが駄目なら機械工学を学んでメカニックになるとか」
『寿司屋はどうするんだよ……誰が後を』
芹香がぼくの頭を小突く。
『痛ってぇ!』
「昨日一緒に回転寿司のチェーン店に行って何も気づかなかったの、このあほっ!このご時世に田舎のボロい寿司屋を継いだって喰っていけないことなんか目に見えてるじゃん。そんなの、どう考えたって非現実的でしょ!」
だからって自動車競技の世界に身を投じるなんて……それはそれでもっと非現実的だと思うんだけど……
『わかったわかった。じゃあ、芹香の好きなようにしたらいい。どのみち俺には関係ない話だし』
芹香がベンチに寝転んだぼくの顔を鼻息荒く見つめた。そう、まるで唇が触れ合うかのような距離で。
『距離が近い。それと……何だか怖い。昔っからそうだけど、芹香がその顔をしてる時って大抵何かを企んで……』
「正解よん♪」

『で、どうして俺が芹香の受験勉強に付き合わなきゃいけないんだ?』
「あら、可愛い幼馴染みが受験を前にして必死で勉強を頑張っているのに無視しようってワケぇ?勇者はお姫さまのピンチを見捨てるっていうの?」
胸のあたりで態とらしく指を絡ませながらモジモジしてみせる芹香にぼくは苛ついた。
『静かに!図書館っていうところはお喋りをするところじゃない。それともう一つ。芹香の成績がイマイチどころか箸にも棒にもかからないのは日頃の努力が足りてないから。そもそも俺は勇者じゃないし、芹香もお姫さまって柄じゃないだろう』
「うっ。それを言われると……」
芹香が周りに聞こえないような小声で呻く。
『じゃあ、行こうか』
急に立ち上がったぼくを芹香が驚いたように見つめる。
「え?どこへ行くの?」
『図書館みたいなザワついたところでゆっくり勉強なんか出来るわけないだろ。俺がお勧めする、とっておきの勉強場所を段取りするからちょっと待ってろ』
ぼくはドヤ顔で芹香に微笑むと、スマフォで一通のメッセージを送信した。

「ええええっ!勉強場所ってここなの……」
辿り着いたのはぼくの家。
恐る恐るリビングに入ってきた芹香に優しく話しかけたのはお袋。
「あら、芹香ちゃんいらっしゃい♪さっき飛翔からメールで『一緒に勉強したいヤツがいるから家に連れて行く』ってメッセージが来てたけど『一緒に勉強したいヤツ』は芹香ちゃんのことだったのね。芹香ちゃんならもちろん大歓迎よ!じゃあ、おばさんが今からご飯の支度をするからぁ、その間に二人で勉強を……」
ぼくはエプロンを用意しながらお袋の言葉を遮った。
『違うよ、母さん。俺がご飯の支度するから、母さんは芹香の勉強を』
「へっ?」
二人が同時に反応する。
『芹香の苦手科目って何だっけ』
芹香がしどろもどろになりながら返答する。
「……えっとぉ、理数系全般かな」
ぼくは笑いを堪えながら母に問いかける。
『母さんの職業は?』
母が何かに気づいたようだ。
「私は教師で、中高一貫校で理数系全般を……あ、飛翔っ!アンタまさかっ!」
ぼくは堪えきれなくなって、大声で笑いながら芹香の方を向いた。
『ウチの母さんは県下有数の進学校で数学をバンバン教えている人だから、とことんまで鍛えて貰うといいよっ!そうすりゃ成績も上がって、あわよくば何かの間違いで工学部に……』
「ちょっと待ってツバサ!キミ、あたしのことを嵌めたワケぇ?」
不満そうな芹香の頬を、お袋が優しくむにっと摘まむ。
「ねえ、芹香ちゃん」
「はい、何でしょうか……」
頬を摘ままれたまま、変顔の芹香がお袋をじっと見据える。
「このクソ生意気なガキに嵌められたまま、ってのは芹香ちゃんのプライドが許さないわよね…ていうか私もこのクソガキの生意気っぷりに腹が立ってるワケ」
お袋の手から解放された芹香の頬がぷるんと揺れる。ぼくの狙い通り、お袋の教職エンジンに火が入ったようだ。しめしめ♪
「ここまでおちょくられて……ただで済ますもんですかっ!ツバサ、アンタのことゼッタイに許さない!今度の模試で見返してやる!」
お袋が立ち上がって、怒り狂った芹香の頭を撫でる。
「さあ、今日から特訓よ!打倒クソガキ!さあ、野郎ども!準備はいいか!」
「ウオォー!」
決意の雄叫びを上げてくれるのはいいが、先ず呼びかける相手は『野郎』じゃない。ていうか『ども』っていう複数形でもない。対象者は芹香という女の子が一人のみ。理数系のスペシャリストである母は、昔からどうもその辺の日本語が怪しい。
まあ、二人がやる気になってくれてるんだからぼくの作戦は上手くいっているようだ。あとは結果を残せるかどうか、かな。

『で、なんで俺がここに……』
「当たり前だろ、そんなことも解らねえのかツバサは!受験勉強名目でウチの看板娘かつ貴重な労働力をお前ん家に召し上げられたんだから、その対価として少なくとも労働者を一人差し出すのが当然ってもんだろ?頭と身体の一対一トレードだ。ほれ、プロ野球でも投手と野手の交換トレードとかあるだろ」
後で聞いたんだけど、ぼくがあのまま家にいたら彼女の勉強にヤイヤイ口を出そうとするのが目に見えていたから、芹香を集中させるため『寿司政さんでウチの莫迦息子を預かってください』ってお袋が寿司政の大将(=芹香のお父さん)に頼み込んでいたそうだ。嵌めたつもりが嵌められた……まあ、そんな感じでぼくは寿司政で馬車馬のようにこき使われた。
「で、よう」
客足が途切れたタイミングで、大将がぼくに恐る恐る切り出す。
「ツバサのお母さんに教えて貰ったところで、アイツの成績は……」
ぼくは賄い飯(たぶん残り物だけど、漬け丼って滅多に食べられないからもの凄いご馳走だ!)を食べ終えたあとガリを摘まみながら、思ったことを素直に口にした。
『もぐもぐ…理数系の勉強って『どこかに解決の糸口があるから、それを先に見つけたヤツがいち早く勝ち上がる』ものなんです。そのタイミングに乗り遅れたからといって一生数学が苦手だ、なんて言うのはそもそも出来ないヤツ、若しくは面倒臭くなって途中で投げ出したヤツの言い訳……あ、もしここで何かの突破口を見つけられたんなら今後の伸びしろはデカい、ていうか大化けしますよきっと。芹香は当たり外れは大きいけど、当たったらデカい奴です』
「おいツバサ、いくら何でも人の娘を万馬券かパチンコやスロットの一発台みたいに言うんじゃねえ」
『ス、スミマセン……でも、芹香はその『化ける』要素を持ってます。だってお袋はそもそも箸にも棒にもかからないヤツの勉強なんか見ようともしないですから』

うぇっ….JPG

筆者も理数系は苦手でしたが、高校生の時に閃きで大化けしました😰😰


16 件のコメント
1 - 16 / 16
芹香ちゃんはポンちゃん🍑みたいやね😅
自身を投影してるのかな🤔
二人とも合格してアオハルストーリーになるみたいやねー🥰
お話、続きが楽しみです。時が流れ数年後のお話ですが、なんとなく、けっこう昔のイメージで読み進めました。が、スマフォという言葉で、一気に現代に~~ うふふw

私は、高校時代、ブラスバンド部に少しだけいたのですが、担当が私の超苦手な科目の数学の女性の先生でした。先生は好きでしたが、きっとアフォだと思われているだろうと思うと楽器(フルート)を持つ手がカチンコチンに、、、w 今も年賀状のやりとりはしています!
桃さん、閃きで大化けすごいにゃ~~w
芹香ちゃんは飛翔君にほの字
なのかなぁ🥰
この後の展開に期待しますネ😁

>> なかっぴ さん

個人事業主の飲食店、といえば共通しているのかも知れませんが……
ガリと残ったシャリを組み合わせたおにぎりor焼きおにぎりは、地元のお寿司屋さんが思いついたメニューです🍑
実家付近(超田舎)で外食といえば
・お寿司屋さん
・喫茶店でディナー
・河嶋さんとこの町中華
しかなかったの😰😰😰
鈍感すぎて芹香さん苦労しますね。
チミには寿司屋の対象がお似合いよ。
寿司政の親父さんにもモデルがいそうな気がします にひ

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>> まきぴ~ さん

河嶋さん的には、楽器ができるほうが凄いと思います🍑
最近、ビューグルで挫折しました😰

>> 杏鹿@………………………… さん

>>寿司政の親父さんにもモデルがいそうな気がします

います😁
第一話で錐揉みにされたので、
今回はほんわりしました。
うんうん、いい感じだ。
たまに通る裏道(細いので軽のときだけ)に寿司政があるなあ。
小学生の頃の駅前には蕎麦屋しかなかった。単線で一両のマッチ箱みたいな車両が走ってた。下り方向に二つ先の駅で上りと下りがホームを挟んですれ違うので、上り(にぎやかな街方面)に乗るときは、下り電車の音がして発車すると家を出てちょうど良かった。
それから数年で宅地化が進み、八百屋と肉屋が合体して小さなスーパーもどきに変身しました。
町中華はもっとあとだったな~
ちょっと安心 ^_^

私は「面倒臭くなって途中で投げ出した」くちです。
数学だけでなく英語もですけど。

ストリーとは無関係ですが、高校生の頃ようやく外食できる余裕ができて、カウンターしか無い近くの中華屋さんの中華鍋で作ったカレーが美味しかったことを思い出しました。
考えてみたら、そのお店ではカレーライスばかり注文してたような気がしますが、大将はどう思ってたんやろ。

>> はれお君 さん

いつも通りに、ふんわりしたアオハルストーリーになります😃

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>> Yz925@CicottoGPT さん

田舎の商店街といえば、時計&眼鏡屋と寿司屋と町中華料理屋です(河嶋調べ😤)

>> りんごのひとりごと@ぐ〜たら居士 さん

河嶋さんは外国語を放置して、大学で単位を落としたの😱

>> ポンコツ河嶋桃@🐢大洗女子カメ㌠🐢 さん

>田舎の商店街

床屋はどこや👻

(西へ3kmスキルアップ)

>> ポンコツ河嶋桃@🐢大洗女子カメ㌠🐢 さん

ルーツはやっぱり、ほうち県で・・

(500m東へ戻る)
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