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【読み物】バトンタッチ 最終話:手渡されたバトン

五話完結の最終話です。
第一話はコチラ
https://king.mineo.jp/reports/261553
第二話はコチラ
https://king.mineo.jp/reports/261554
第三話はコチラ
https://king.mineo.jp/reports/261637
第四話はコチラ
https://king.mineo.jp/reports/261844

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【おことわり】
このお話はフィクションです。
実在の人物や団体、社会情勢などとは一切関係ありません。
作中に医療行為等の表現が登場しますが、実在するものとの関わりは一切ありません。
医療行為に関する意見を交わす場とするつもりもありませんし、特定の思想等を広めるつもりも全くないので、そのようなコメントがあった場合は予告なく削除します。

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車椅子なしで院内を自由に徘徊出来る位まで回復した私は、どういうわけか(後で聞いたんだけど、先生とお父さんが『リハビリの一環で』って私に内緒で勝手に仕組んだものらしい)千夏のヘアカットを病棟の屋上でやる羽目になった。

私の手術が終わって以降、千夏は『元気になったお姉ちゃんに髪を切ってもらうんだ』って勝手に言い出して美容室に行かなくなってしまった。万一私が回復しなかったら、小倉百人一首の絵みたいな長髪にするつもりだったのかしら、この子は…『思いついたら絶対に考えを曲げない頑固なところ』は母と私にそっくり。う~ん、こういうところはあんまり似てほしくなかったかな…

私のヘアカット道具一式は、母から話を聞いた美容学校の仲間がバッキバキに手入れしてくれた。病棟の屋上と洗髪台を借りる話はお父さんが交渉してくれたおかげで、準備万端。後は私の腕が鈍っていないかどうかだけね…

風のないよく晴れた日、病棟の屋上に敷かれたブルーシートに置かれた丸椅子に千夏がちょこんと腰掛ける珍妙なスタイルで、この日限りの美容室にたった一人の大切なお客様をお迎えすることになった。
「お、文恵ちゃんいい感じで決まってるね~。なんか美容師みたい」
私の鋏を研いでくれた仲間たちが私をからかう。
「みたい、じゃなくて美容師ですっ。まあ、鋏以外にホルター心電図計をぶら下げてる美容師も珍しいけどね」
私は空を見上げ、大きく深呼吸すると千夏の肩にぽんと手を置く。
「で、如何なさいますかお嬢さま?」
私はからかい半分で千夏に問いかけた。
「お姉ちゃんにお任せします!」

即答しないでよ。

プレッシャーかかるじゃん…美容学校を卒業してから私が髪を切るのって二人目なんだよ……
ちなみに一人目はお母さん。『何やかんやと忙しいから、手のかからないスタイルにして頂戴』そう言われてパーマをかけて大失敗したんだっけ。
「母さんが文恵に初めて髪を切ってもらった時の話を聞いたことがあるんだけど、あの時母さん『手のかからないスタイルにしてって言ったのに、手の付けられないスタイルにされた』ってぼやいてたなあ」
お父さんが面白おかしく思い出を語り始める。
「で、お母さんそれ以外に何か言ってなかった?お母さんのことだから、私に聞こえないようにゼッタイ酷いこと言ってるはず」
「壊れた大仏とか、寝起きの具志堅用高とか……痛ってえ!」
母がお父さんの脇腹を思い切りつねる。それを見ていた千夏と美容学校の仲間がゲラゲラ笑う。
さて、私は私でやることがある。千夏の髪は相当伸びているからベリーショートからベルばらみたいなくりんくりんな長髪まで、どんな髪型でもやり放題。後は私の腕次第、ってところか…
千夏の頭をぐりぐり弄くり回しながら、私はあることに気付いた。この子、丸顔に綺麗な頭の形……一つのアイデアを思いついた私は、千夏を丸椅子に座らせると、何かに取り憑かれたようにカットを始めた。

「如何ですか、お嬢さま♪」

お母さんの時は失敗したけど、今回は自信があった。
カットが終わり、千夏を洗髪台から病室に連れて帰ると私は洗面台の鏡の前に千夏を立たせた。髪を切っているときはわざと鏡を置かなかったからこの瞬間までどんな髪型にされたか千夏は知らない。
丸顔で、可愛らしくて愛嬌のある千夏。彼女のイメージに合わせて、裾をくるんと巻いた感じのショートボブにしてみた。
「可愛い~っ」
親族から友人まで、みんな大絶賛。私は、恐る恐る千夏の表情を伺った。千夏も私の顔を見つめる。
「お姉ちゃん……」

『壊れた大仏』呼ばわりはもうごめんよ…

千夏は、にっこり微笑むと私に飛びついた。
「やっぱりお姉ちゃんに頼んで良かった!私、これからずっとお姉ちゃんに切ってもらう!」
「え、そうなの…。そう言って褒めてもらえると何だか嬉しいな。でも私が退院して美容師になったら、その時からはプロの仕事になるからお金取るわよ」
悪戯っぽくウインクしながら千夏に仕掛けると、彼女も負けじと私にウインクしてみせる。
「お父さんが払ってくれるから大丈夫♪」
「じゃあ、俺も文恵にカットを頼もうかな」
そう言うお父さんに私は毒を吐いた。
「態々切るほど髪ないじゃん」
「何を、この失礼な!てっぺんの方は寂しくても、サイドは普通に伸びてくるんだぞ!」
「じゃあ、サイドにカールかけてお茶の水博士みたいにしてあげるわ♪」



その日の夜、私は病棟の屋上で紫煙を燻らせていた。
入院生活が長い私は、守衛さんが屋上への扉を施錠する時間も暗証番号も全て覗き見して知っていた。
母の鞄からちょっと失敬した煙草をゆっくり味わっていたその時、屋上にもう一人の来訪者が現れた。
「あら、入っちゃいけない屋上に誰が入り込んでいるのかと思ったらまさか私の娘だとは…この煙草泥棒めっ」
母はそう言って微笑みながら、私の隣で煙草に火を点けた。
「今まで、色んなことがあったねぇ」
「あり過ぎよ。家族がいなくなったかと思うと急に増えるわ、私は死にかけるわ……」
私は空に向かって、ふうっと煙を吐き出した。
「でもね、私…一つ思ったことがあるんだ」
「え、何?」
今度は母が空に向かって煙を吐き出す。
「こんな病気になって、生死の境を彷徨って……でも、病気になってやっとわかったの。私、お父さんや千夏と家族になれてよかった。みんな、私のことをこんなに大切に思ってくれていたんだって」
空が涙で滲む。
「気付くのが遅すぎるわよ。しかも、死にかけなきゃ気付かないなんて……」
母も目に涙を溜めている。
「だから……私……バトンタッチをしてもらったたこの生命を、家族のために捧げようって思うの……今まで助けてもらってばかりだったから、今度は私が沢山お返ししなきゃ」
母が照れを隠すように、そっぽを向いて呟いた。
「みんなはね、文恵が元気でいてくれたらそれだけでいいの。みんな元気で幸せに暮らす、それが一番の恩返しよ。いい?これからは受け取ったバトンを大切に握りしめて前に進んでいくの」
「うん……」
「さあ、そろそろ戻ろうか」
そう言って母が煙草をもみ消し振り向いたその瞬間、ドアを開けて誰かが屋上に現れた。
「先生……!」
先生は態とらしく咳払いをすると、悪戯っぽく私たちを見つめる。
「立ち入り禁止の時間帯に、こんなところで何を?」
周りには紫煙が立ちこめているから何をしていたなんてバレバレだけど、私たちは慌てて周りをパタパタ煽ぎ始めた。
「あ、あの、二人で夜空なんか見ながらお話を……ところで先生は何を?」
惚けてみせる私たちなんか全く意に介さずといった感じで先生は空を見上げた。

「生命のバトンタッチ、ですか。いい言葉ですねぇ」
先生はそう言うと、紫煙を燻らせ始めた。

※ ※ ※ ※ ※

「ふうっ」
畑仕事の手伝いを終え、一息吐いた私の頭上からクラクションの音がする。ふと見上げると、リョウくんのお父さんが手を振っていた。
着替えを終えた私は、リョウくんの家を訪れると、お仏壇に手を合わせる。
「今日はリョウくんの命日ですね……」
お母さんはリョウくんの遺影を優しく見つめると、お仏壇に供えていた新聞を私に手渡した。
「これは……」
社会面に書かれていた記事。

『人を想う気持ちが繋ぐ、生命のバトンタッチ』

――名も知らぬ人の善意により心臓移植手術を受けた美容師の女性は社会復帰できるまでに回復し、現在はワンボックスカーを改造した美容室で各地を巡回し『入院していて外出どころか病室からも出られない』『施設暮らしで美容室に行きたくても行けない』人たちにお洒落を楽しんでもらう活動を続けている。彼女は『バトンタッチしてもらった生命を大切にして、これからも活動を続けていきたい。手渡された生命のバトンを大切に握りしめて、一歩ずつ前に進んでいきたい』と笑顔で語っていた――

お父さんが微笑みながら私に告げる。
「玲人の心臓が誰に提供されたかなんて知る由もないけど、この記事に書いてあった『生命のバトンタッチ』っていう言葉が気になってね。だって玲人が言ってた言葉そのものだったから」
「で、さっきリョウくんにもこの記事を読んでもらっていたの」
お母さんが言葉を続ける。
「この記事に出ている女性みたいに心臓を必要としている人がいて、リョウくんみたいに心臓を提供する人がいて、救われる、繋がる命がある。リョウくんの想いも、きっと心臓移植を待っていた人に届いているんだろうなって」
「きっと届いていますよ。届かない想いなんてありません!」
私は力強く答えた。
「あ、そうだ」
お母さんが思い出したようにタンスをごそごそし始めると、一冊のメモ帳を持ってきた。
「ほら、これ。リョウくんが仕事で使っていたメモ帳」
あ、私もリョウくんがこのメモ帳を持っていたのを覚えている。

――今日も『仕事中に気を抜くんじゃない』って辻師長に怒られた。明日からは気をつけよう――
――辻師長にはよく怒られるけど、僕が早く一人前になれるように敢えて心を鬼にしてくれているんだ。とはいえ、おっかない人。でも、優しい人――

三人で読み進めていくうちにだんだん恥ずかしくなってきた。私ってそんな鬼軍曹だったかしら……
「一番見てほしいのはこのページ」
お母さんが開いた最後のページは、リョウくんが事故に遭う数日前に開催された院内研修の時に取ったメモだった。細々としたことが色々書かれていたけど、最後に大きく書かれていた文字に赤ペンで丸が付けてあった。



『臓器移植は、生命のバトンタッチ!』
(了)

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【あとがき】
何年か前に書いた物語を読み返しながらリメイクしてみました。
結局何が言いたいんだよ的な結末と思われるかも知れませんが、テーマとしたかったのは『自分の生きる意味、理由』です。
普段そんなこと考えずに生きていますが、ある日突然その答えを求められても答えられないような気がします。
たぶん死ぬまで考えても答えは出ないかも。

では、またお会いしましょう。
万年文学少女モードのポンコツ河嶋桃でした😁


17 件のコメント
1 - 17 / 17
素晴らしい結末ですね。
ヒューマンドラマになっています。
桃さん(ポンちゃん🍑)の想いも反映されてますね。
フィクションですが文恵さんには頑張って生き抜いて欲しいとエールを送りたくなりました。
パチパチパチ!
よいお話でした! ありがとうございました。
生命のバトンタッチ、いい響きです~
院内講習のメモの文字、、、感動しました。

余談ですが、散髪のイラストの千夏ちゃん役の絵の子は、私の昔の(今も変わらない、、、)感じで親しみが~ ぷぷw
重たい話は嫌だなぁと思いながら一話から拝読していました。
どんなに生きたいと願っても叶わない人もいますからね。
四話とこの結末で心が軽くなりました。 ^_^
良い最終回でした。
倍位の話数でもよかった気もするけど、葛藤するシーンあまり引っ張ると違う小説になっちゃうしね。

>> なかっぴ さん

ありがとうございます🤗🤗
さだまさしの『関白失脚』ではありませんが、

がんばれ、みんな

かしら🤔🤔

>> まきぴ~ さん

可愛らしい丸顔の女の子で誰にでも愛されるキャラ、っていう設定でした😁😁

>> ob2@マヨラーチーム さん

引っ張るとドロドロになるので、敢えて短め&登場人物の視点がコロコロ変わる展開にしてみました😃

>> ポンコツ河嶋桃@🐢大洗女子カメ㌠🐢 さん

視点といえば、
>「ふうっ」
の前になんか分割する記号が欲しかったかも。
そのまま読み進めてたらタバコの煙吐いたのかと思って、あれれ?となって戻って読み返しちゃいました😅

>> ob2@マヨラーチーム さん

入れてみました😃

いい感じの挿絵が見つからなくて……😰

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ぱちぱちぱち
あれ?途中から…リアル河島家の…ツッコミ合戦が…見えて…キタヨ😢>オトウトサン,デバンナシ

何という事でしょう、出張美容院!なんて素敵で活動的になったではありませんか。

タバコは血管を収縮させるのでお医者様からは固く禁じられるのではないでしょうか?

妹さんのその後を紫式部で描かせたら髪が紫に😢

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>> 杏鹿@………………………… さん

こんな感じ😰
サッカークラブのキャラに、何故ボクシンググローブ🤔🤔🤔

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🌤️おはようございます😊

昨夜からの暖気で、久々にプラス気温・春の陽気で我が家の専属床屋(奥方)を朝食前の会話で予約したところでした。
週末はまたマイナス気温で冬らしくなる予報なので、軽く散髪するだけにしようと思ってます。

希望の見える終わり方で良かったです。
気温の上下が激しいので皆さま体調管理にお気を付けください。

子ども抱き.jpeg

最後までご覧いただき、ありがとうございました

他にもイロイロ書いているので、宜しければご覧くださいませ🍑

『河嶋図書館』
https://king.mineo.jp/reports/230727
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