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【読み物】バトンタッチ 第四話:繋がる想い、繋がる生命

五話完結の第四話です。
第一話はコチラ
https://king.mineo.jp/reports/261553
第二話はコチラ
https://king.mineo.jp/reports/261554
第三話はコチラ
https://king.mineo.jp/reports/261637

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【おことわり】
このお話はフィクションです。
実在の人物や団体、社会情勢などとは一切関係ありません。
作中に医療行為等の表現が登場しますが、実在するものとの関わりは一切ありません。
医療行為に関する意見を交わす場とするつもりもありませんし、特定の思想等を広めるつもりも全くないので、そのようなコメントがあった場合は予告なく削除します。

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脳死宣告を受けた翌日から、リョウくんのご両親は周りのみんなが見ていて気の毒な位落ち込んでいるご様子だった。
畑仕事の手伝いに来ても誰とも話をしようとしないし、宴会にお誘いしても来ない。

思いを巡らせた私は、先生に相談した。
「まあ、そないなるやろとは思うとった」
「で、何か解決策は……」
先生は、暫し考えを巡らせる。
「息子がいきなり脳死状態になって、臓器提供するやらせえへんやらの話が、二人にとって荷が重すぎるんよ。まあ、冷静に対処できる奴なんてまずおらんけど」
「じゃあどうすればいいんですか?これって安定剤とか眠剤でどうこうできる話じゃないですし、カウンセリングにいらして下さいってお声がけしても来ないでしょうし…」
「来ぇへんのやったら、こっちから押しかけるか……」



「すまんなぁ、辻さん。何から何まで」
先生の考えた作戦。それは『私のおうちで晩ご飯大作戦』。適当な理由をでっち上げてリョウくんのご両親を私の家に呼び出し、そこでたまたま先生と晩ご飯をご一緒するという小学生でも思いつきそうな稚拙な作戦だったけど、リョウくんのご両親は何かの気配を察知したのかあっさり承諾してくれた。
「先生の食べっぷり、想像以上に凄いですね…料理が追いつきませんよ」
「毎日激務やからな。食わんと身体が保たへんのよ」
「激務だったら、そんな莫迦みたいに肥えないでしょっ」
その時、お母さんがクスッと笑ったような気がした。出だしは上々ってことかしら…
「さあ、遠慮せんと食べて下さい」
「先生は食べるのを少し遠慮した方がいいと思いますがっ!て言うか家主でもないのにナニ偉そうなこと言ってるんですか!」
今度はお父さんがプッと吹いた。後はお願いよ、先生。
「辻さんの料理って食べたことあります?僕は時々夜勤の時に煮物とか差し入れでもらうんやけど、どこぞの店でも売れるんちゃうかって思う位美味いんですわ」
「そうそう。綾乃ちゃんの作る煮浸しとかって味付けが上手で凄く美味しいですよね。この村ではよくおかずを持ち寄って食事会とか宴会をやるんですが、綾乃ちゃんがお鍋を抱えてきたときは『やった~』って思いますもん」
少しずつお母さんの反応が良くなってきた。
「え?辻さんの名前って『綾乃』やったん?」
「……何が言いたいんですか」
「いや、あの……別に莫迦にしとるわけでも面白がっとるわけでもないんやけど、どこかで聞いた名前やなぁ、ってただそれだけやがな」
「え、そんな名前の有名人っていたかしら」
お母さんが少し不思議そうな顔をした。
「歌手に同姓同名の人がいる。まあ、あの人はひらがな表記だけど。玲人が好きだって言ってたからCDとか部屋にあるんじゃない?」
私は少しむっとしながらも先生に反撃した。
「それを先生に言われるとは思いませんでしたねぇ。人のこと言えた義理じゃないでしょ」
「え?先生も誰かと同姓同名なんですか?」
興味を示したお父さんが身を乗り出す。
「私の口からは言えませんから、先生ご自身からどうぞ♪」
先生は溜息を吐くと、呟くように言った。
「澤田……澤田健二です」
ご両親が笑いを堪えている。よし、とどめの一撃!
「病棟でうっかり『ジュリー』なんて言った日にゃ、聴診器とかボールペンとか血圧計が飛んできますからねっ」
こうなったら誰も堪えられない。みんなが笑い転げる中、先生は恥ずかしげに頭を掻いていた。
「お二人を見ていると、楽しそうな職場みたいでいいですねぇ…玲人もその輪の中で楽しく仕事させてもらってたんですね」
お父さんの目がどこか遠くを見ている。
「まあ、ウチら精神科の病棟ってあんまり理学療法士と縁がないんですが、閉鎖病棟の中にもリハビリが必要な人はいてますよってリョウくんに来て貰うとったんです。ほんで鬼軍曹の辻さんにしごかれて…」
「言っておきますが私は鬼でも軍曹でもありません。同郷で仲良しの先輩と後輩、です」
その時、お母さんが呟いた。
「そういえば、事故に遭ってからリョウくんの話……」
「一切しなかったな」
お父さんが呻くように答える。
「現実を受け入れなきゃ、って毎日思うんですが、辛い現実から逃げ出したい気持ちが先走って……明日こそは決断を、って毎日思うんですが先送りするばっかりで……」
そう言いかけたお母さんの言葉を、先生が制した。
「そんなん当たり前ですやん。誰かてそうなりますって」
「え……」
ご両親が呆気にとられた感じでジュリー、じゃないや先生を見つめる。
「いきなり『二度と息子は目覚めない』って現実を突きつけられて、その場で冷静に判断できる奴がおると思いますか?そら、誰かて迷うし逃げとうもなります。せやけど、ここで大事なことが一つあるんですわ」
え、何?ひょっとして……
「仕事柄、似たような悩みを抱えてきた患者さんを山ほど見てきました。で、その中で一つだけ共通してる問題があるんです。まあ、簡単に言うてしまうと『抱え込む』って奴ですわ。これはね、一番単純で一番厄介な問題ですねん」
やっぱりそこか……
「お母さん、今言わはったこと、誰かに伝えました?」
「いや、お父さんにすら言えませんでした。言ったら私が現実逃避してるって思われるような気がして……」
「お父さんは?」
「全く同じです」
先生は優しく微笑むと話を続けた。
「誰かて『しんどい』『逃げたい』思うんは当たり前。家族とか友達やらに少しでもええからその辛さを伝えんことには…抱え込んだかてしんどいだけで何の解決にもならへんよって」
ご両親の双眸から涙が溢れ出る。
「自分の辛さ、悩みを誰かに伝えることって自分の弱さを他人にさらけ出すみたいで格好悪いとか思う人も仰山おるみたいですけど、基本的に人って誰でも悩みながら生きてるもんですわ。何も格好付ける必要はあれへんし、二人でお互いにしんどいことをさらけ出してみはったらどうですか?それであかんかったらウチの優秀な看護師長にして名カウンセラーの辻さんも近所にいてますし、何ならホンモノの医者も目の前にいてますよって」


数日後、ご両親の招きに応じて私と先生はリョウくんが入院している病院を訪れた。『お二人にどうしても伝えたいことがある』そう聞いた私たちは病室の扉をノックした。
「綾乃ちゃん、それにジュリー先生。態々お越しいただいてすみません」
そう言っておどけてみせるお母さんの表情には、曇りとか迷いの感情は一切存在しなかった。
「あれ、ゼッタイに態と言うとるで」
そう言ってぼやく先生を無視して、私はご両親に問いかけた。
「あれから、お二人で話を?」
「ええ、徹底的に議論しました。で、今日はその結末を見届けていただきたくてお二人をお呼び立てした次第で……」
そう言ってお父さんは私と先生に詫びを入れると、病室に一人の女性を招き入れた。
「初めまして。私は臓器移植センターでコーディネーターをしている杉原と申します。通常、ご家族以外に対してこういった場を設けることはないのですが、ご両親のたってのご希望により私も本日お伺いした次第です。あとは、ご家族から……」
お母さんが、杉原さんから言葉を引き継ぐ。
「親としては、まだ心のどこかで割り切れないというか、理解しきれない部分はどこかにあります。でも……」
感極まって何も言えなくなったお母さんの想いを、お父さんが紡ぐ。
「三つ四つの子供が言うんならまだしも、成人した大人の確固たる意思ですから…本人の…玲人の意思を尊重して、提供可能な臓器を全て提供します」

杉原さんが、遠慮がちに告げる。
「既に同意書へのサインはいただいています。普段はこんなことはやらないのですが…親として示した意思を他の誰かに見届けてほしいというご両親の要望に基づき、ご足労いただきました」
「ということは……」
躊躇いながらも言葉を発した私にご両親は胸を張って答えた。



『玲人が決めたことですから、私たちはその想いを最大限尊重します』

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「おはようございます。岬さん」


心電図のコードや点滴の管で思うように動けないわたしは、美容学校時代から愛用している鋏を右手に、ゴミ箱を抱えて前髪を切り揃えているところだった。
「おはようございます、本庄先生。あれ?回診にしてはちょっと時間が早くないですか?」
先生はわたしの前髪を不思議そうに覗き込んだ。
「美容師さんって、自分の髪は自分で切るの?」
「まさか、そんなわけないじゃないですか!どんなに器用な人でも後頭部なんてカットできませんよ…まあ、バリカンで丸坊主にするとかだったら別ですが…ただ、女の子で髪を伸ばしている子なんかは前髪だけ自分で切ったりしますよ」
「ああ、なんだそういうことか。前髪が瞼とかにかかると邪魔だから…」
「まあ、わたしの場合は験担ぎとか願掛けみたいな意味合いもありますけど。『今日は何かいいことがありそうだ!』とか『今日はいい日になあれ!』みたいな」
で、先生はこんな朝早くから何をしに来たんだろう。先生は、わたしの顔を覗き込むと意外な一言を口にした。
「今日は、ご家族の方は来られますか?」
いきなり何を言い出すの……
「今日は土曜日だから、多分お寝坊さんの千夏を叩き起こして…土曜日恒例のファミレスブランチ…う~ん。何もなきゃお昼過ぎには来ると思いますよ?」
「じゃあ、来られたらナースステーションにお声がけいただけますか」
そう言うと先生は病室から退出しようとした。
「あのっ、先生!何か…何かあったんですかっ」
先生は顔色一つ変えずに不思議なことを言った。
「岬さんが前髪を切ったこと、かな」


わたしの読み通り、両親と千夏はお昼前にやって来た。
「あ、お姉ちゃん前髪切ったんだね!何かいいことあるかなあ」
「いい日になるといいけど、ね。千夏がいい子にしてたら、きっといい日になるわよ」
「うん!」
わたしの膝の上で千夏が微笑む。
「あ、そうそう。今朝早く本庄先生がいらしてね…家族が来たら知らせてくれって」
「何だろう。俺たちにも伝えたいことがあるってのは余程重要なことなのかなぁ」
お父さんがそう言い終えたとき、病室に人が入ってくる気配がした。
「ちょうどご家族おそろいのようで」
先生は言葉を続けた。


「本日は、重要なお話があります。岬さんに心臓を提供してくれるドナーが見つかりました」


「えっ……」
わたしも含めて、家族全員が息を呑む。
「通常、レシピエントの登録をしてからドナーが見つかるまでには相当の年数を要する場合が殆どです。ただ、商品のバックオーダーではありませんから並んだ順にというわけではありません。拒絶反応を起こさないためにも、適合性については様々な制約がありますから」
どう反応したらいいんだろう……そんなこと急に言われても……
「ですから、適合するドナーが見つからずに亡くなられる方もいらっしゃいますし、ごく稀に、ですがドナーがすぐ見つかる方もいらっしゃいます」
「ごく、稀に……」
お父さんが呟く。
「確率論で言えば、天文学的な数字ですよ」
千夏が何も言わずに、わたしの胸にギュッとしがみついている。
「ご本人の希望と、ご家族の同意があればすぐにでも移植準備に入ります。既にコーディネーターも院内で待機していますから」
「お姉ちゃん……」
不安そうにわたしを見つめる千夏を、私は強く抱きしめた。
「ドナーさんが、どんな方かわたしは知ることも出来ません……ひょっとしたら、とても立派な方で社会から必要とされている方なのかも……でも、わたしは学校を卒業してから仕事もせずに家族に迷惑ばかりかけてきたどうしようもない人間で……」

涙が止まらない。
千夏も声を押し殺して泣いている。

「でも、わたしは大切な家族と離ればなれになりたくない……死ぬなんて嫌だ。誰かが自分の大切な生命をわたしに受け継いでくれるんなら……生きたい。死にたくなんかないよぅ!うええぇぇぇぇん!」
わたしは堪えきれずに、遂に大声を上げて泣き出した。千夏も大号泣。
「で、ご両親は……」
「文恵が『生きたい』って望んでいるなら、それは私の望みでもあります」
お父さんが力強く答える。
「文恵の意思を尊重します。先生、宜しくお願いします」
「では、コーディネーターを呼んできます。暫くお待ちください」


手術当日。病棟内を搬送されるわたしは、もう半分意識がないボーッとした状態。
手術室の前で入室の手続きをしている間に、手術前の最後の会話。
「手術が終わって目が覚めたら、真っ先に何をしたい?」
いつになく優しいお母さんに、わたしは軽い意地悪を仕掛けた。
「こないだのビンタのお返し、かな」
父は病室に額装した写真を飾ったとき以上に強い口調で告げた。
「いいか、何があっても生きて帰ってくるんだ。大切な『生命のバトン』を受け取って……」
「お父さん、わたし…中学、高校とずっと陸上部にいたけど……」
わたしはニヤリと不敵な笑いを浮かべた。
「リレーが得意で、バトンをつかみ損ねたり、落としたことなんて一度もないのよ」
千夏はさっきからわたしの手を握りしめている。
「お姉ちゃん……」
「千夏……」
何か言いたそうにモジモジしている。
「どうしたの、千夏?」
「心臓の手術するときに、おっぱいが大きいとやっぱり邪魔になるのかなぁ……」
「ならんわっ!」

看護師さんに大笑いされながら、わたしは手術室へと運ばれていく。



  絶対に生きてやる。
  こんなところで死んでたまるか。
  『生命のバトン』、大切にします。
  だから、そのバトンを私に繋いで……


10 件のコメント
1 - 10 / 10
ええ所で、続くに、、、w
最終話、楽しみです。
ジュリーとかwww うふふw
いよいよ「生命のバトンタッチ」ですね。
実際にドナーとレシピシエントの情報は伝わることは無いのですが、結末はどうなるのでしょうか?
今から読み物として楽しみにしています。
臓器と一緒に記憶も受け継ぐといいますよね。
岬さんがバイク乗りたくなるのか知りたいデス

>> なかっぴ さん

ありがとうございます🤗
次回をお楽しみに😃
登場人物がわかりやすくなりました。
混乱を抜けて、わずかでも明かりを見つけた気持ちです。
次回は移植の後が描かれますよね。
他の誰かだったモノが自分の中で生き続けるってどんな感じなんでしょう?
感謝や他人の命をもらい受ける責任感等、言葉にならない色んな思いがあると思いますが、どう表現されるか楽しみです。

>> ob2@秋風は花粉と共に🤧 さん

どんな感じになるんでしょうね🤔

きっといつも通りです😅
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