No . 50「 オールドメディア 」批判の背景にあるものは?
SNS による情報源の多様化とマスコミの権威低下。 ☆ ☆ ☆
政治的・商業的圧力による報道の偏り。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
単なる言葉狩りであり、批判は行き過ぎ。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
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No . 50「 オールドメディア 」批判の背景にあるものは?
15件の回答
報道の偏り
80% 12件
単なる言葉狩り
13% 2件
情報源の多様化
7% 1件
14 件のコメント
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メディアも企業である以上、スポンサーへの配慮や、政治的なスタンスから逃れられないのは分かりますが、
それが「 報じない自由( 偏向 ) 」として、
露骨に見えてしまうのが今の不信感に繋がっている気がします。
ネットでこれだけ多角的な視点が得られる時代に、
特定の方向に誘導しようとする演出を感じると、
視聴者は冷めてしまいますよね。
「 この話題、なぜかどの局もスルーしてるな … 」
と感じるような、いわゆる「 メディアのタブー 」
について皆さんはどう思ってるんでしょうかね。
ある程度分かったうえで、表面的には意識的にそのことからは避けていた。
多くの情報が得られるようになったのも一因でしょうが、それ以前にその偏向ぶりが個人的にも許容範囲を超えたように思います。
ジャニーズがらみの件などは顕著な例でしょうが、国民が雰囲気で行動する=物事を考えなくなったことも大きいのでしょう。
日本中がお笑い系でしたからね、やっとまともに戻りつつあるのかもしれません。
大手メディアが真の問題を避ける傾向についてはなかなか変わらないでしょう。
言ったとたん一部の強硬な団体やグループが攻撃を仕掛けてきて仕事にならなくなりますから。
https://www.news-postseven.com/archives/20251128_2078597.html?DETAIL
>立憲民主党の岡田克也氏の質問に「戦艦を使って武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースだ」と答えた高市発言について、朝日は同日午後4時前、デジタル版で〈高市首相、台湾有事「存立危機事態になりうる」 認定なら武力行使も〉との見出しを付け配信。同記事は〈高市氏の答弁は、台湾有事の際に状況によっては自衛隊が米軍とともに武力行使に踏み切る可能性を示したものだ〉と書く。ところが同日午後10時前、朝日は記事の見出しを〈高市首相、台湾有事「存立危機事態になりうる」 武力攻撃の発生時〉と、後段を“しれっと”入れ替えていたのだ。
中国側に「認定なら武力行使も」っていう言葉が伝わっているから、首相がいくら従来通りといっても通じるはずがない。
中国から資金力のある人はどんどん逃げ出しているようですし国内事情も著しく悪い。
習近平の長期的な戦略スケジュールの中でたまたま、今はフィリピンともやっていますから。(それに振り回されるほうは大変ですが)
そもそも習近平とは?
https://news.yahoo.co.jp/articles/a193c9c57143dc0e1833ab6f49ad2fba2f4879bb
一部抜粋すると、
習近平の主張のうち、中核に位置する三本柱は、
①長期目標としての「中華民族の偉大な復興」の実現
②民主化運動による体制転換の阻止
③領土拡大と海洋進出の積極化
である。
習近平の言葉を借りれば、「中華民族の偉大な復興」の内実とは、建国100周年の2049年までに、「世界最大の社会主義国家」の中国が、「世界最強の資本主義国家」である米国に代わって覇権国の地位を奪取することである。
今後何をしたいと思っているかは概ねわかります。年齢を考えるとタイムスケジュール的には十数年の間でしょうか?
日本人はとかく目先のことしか考えない、合理的ではなく精神論で片付けようとするので長期的なスパンで考えるのは苦手ですね。
>> ダータンスヒルビリー さん
日本で働いている中国人も習近平は嫌いだと言っている。
彼になってから中国は悪くなったと。
一方、ソーシャルメディアはその空白を利用して、再生回数の稼げる過激な表現で支持を得てゆく。
メディアが真実を伝えているかどうかに、受け手側が無頓着、どうでもよくなり、ゴシップ記事よろしく、面白いか面白くないかをより判断基準とするようになってきている「背景」があるから、批判もふわふわとしたものが一般的で、呟やかれるものの大方は口達者なインフルエンサーの言ってることの受け売りポジション。
>> ダータンスヒルビリー さん
以前であれば「 大人の事情 」として視聴者側も暗黙の了解でスルーしていた部分が、
ジャニーズ問題などをきっかけに、もはや
「 不作為の罪( 共犯関係 ) 」として認識されるようになった。
これが、信頼崩壊の決定的な分水嶺だったように感じます。
長らく続いた「 思考停止のエンタメ消費 」から、
ようやく私達が「情報の真贋( しんがん )を自ら確かめる 」
という当たり前の姿勢に回帰しつつあるのだとすれば、
今のこのカオスな状況も、
一種の「 健全な揺り戻し 」の過程なのかもしれませんね。
また、ご指摘の通り「 真実を報じると攻撃される 」
と言うメディア側の自衛本能も理解はできます。
しかし、
ネットによって沈黙そのものが可視化される今となっては、
「 報じることのリスク( 特定団体からの攻撃 )」よりも
「 報じないことのリスク( 大衆からの恒久的な信頼喪失 )」
の方が、
経営的にも致命傷になりつつあるのではないでしょうか。
メディアが変わるのが先か、
私達が完全に愛想を尽かすのが先か …
仰る通り、真の問題から逃げ続ける限り、
その未来は厳しそうですね。
>> ジョニー23k さん
この記事の差し替え件、まさに今のメディア不信の根幹を象徴するような事例ですね。
ご指摘の通り、見出しを後から「 しれっと 」書き換える、
いわゆる「 サイレント修正 」は、
ネット社会において最も信頼を損なう行為の一つだと思います。
紙の時代なら「 誤報も刷り上がれば消せない 」
と言う緊張感があったはずですが、
デジタル版になった事で「 バレなけば後で直せばいい 」
と言う安易な感覚が現場に蔓延しているのではないでしょうか。
そして何より恐ろしいのが、ジョニー23k さんが仰る
「 外交への悪影響( 国益の毀損 )」と言う視点です。
国内向けの政権批判や印象操作( ポジショントーク )
のつもりで飛ばした見出しが、
海外では「日本の公式な意志」として既成事実化されてしまう。
一度放たれた言葉は、後からこっそり見出しを変えたところで、
相手国の諜報機関や外交筋のデータからは消えませんからね。
「 権力の監視 」を掲げるメディア自身が、結果として
「 外交リスクの増大 」に加担してしまっていると言う皮肉。
それをネットのアーカイブ機能や、
ジョニー23k さんのような鋭い読み手が検証・
指摘する事でしか自浄作用が働かない現状に、
オールドメディアの構造的な限界を感じざるを得ません。
>> 藍詰草 さん
オールドメディアが「 都合の悪い事を報じない( 沈黙 ) 」事で世論を誘導するなら、ネットは「 数を集めて声を大きくする
( 喧騒 ) 」事で空気を作れてしまう怖さがありますよね。
結局のところ、テレビであれネットであれ、
「 誰が、どんな意図でこの流れを作ろうとしているのか?」
を見抜く、我々自身の「 選別眼(リテラシー) 」
が試される時代になったのだと思います。
ネットだからと盲信するのではなく、オールドメディアの
「 沈黙 」とネットの「 過熱 」の両方を見比べながら、
真実を探って行く姿勢が必要なのかも知れませんね。
>> エスエイチ@小さな城下町の櫓台 さん
「 批判されにくい無難な作り 」が招いた「 沈黙の期間( 情報の空白 )」と言うご指摘、まさにその通りだと思います。
メディアが公平性を気にし過ぎて( 或いは炎上を恐れて )、
選挙などの重要な局面で当たり障りのない報道に終始してしまう。
結果として生じたその巨大な「 空白 」に、
ネット上の「 過激だが分かりやすくて面白い言説 」
が流れ込んで来るのは、物理的にも必然の現象と言えますね。
オールドメディアを批判している私達自身が、
実は「 真実 」よりも、自分の溜飲を下げてくれる
「 口達者なインフルエンサー 」
の言葉を求めてしまっていないか。
思考を放棄して、誰かの受け売りで批判した気になっていないか …
オールドメディアの機能不全を嘆くだけでなく、
私達自身の「 情報の消費態度 」も同時に問われているのだと、
改めて突きつけられた気がします。
メディアの自壊と、受け手のゴシップ化。
この「 負の相乗効果 」をどう断ち切るかが、
今後の最大の課題かもしれませんね。
例えば国民の受信料で成り立っているNHKはあたりさわりはないが中立性が保たれている。
特定の人の利益には寄与しない。わかりやすい例ではクレパスは商品名などでダメみたいなところですね。
逆に民放にはさほど公平性は期待しない。一定程度は一般的ではあるが偏りがあってもいい。
読売の巨人戦放送などで、巨人ファンのような立場の人がいつも堂々とその立場で解説していましたから。
その垣根が薄れると、今度は放送する側や権力者側、出演者側の意向が露骨に見え始めた。
>> ダータンスヒルビリー さん
非常に本質を突いたコメントをありがとうございます。「 偏向ぶりが許容範囲を超えた 」と言うご指摘、
まさに今の社会の空気を象徴していると感じます。
以前はメディアと視聴者の間に
「 お約束 」のような暗黙の距離感がありましたが、
その境界線が決壊してしまったのが現在なのでしょうね。
いただいた視点を踏まえ、
以下の 3 つの点でさらにこの問題を掘り下げてみたいと思います。
1.「 お笑い化 」と言う思考停止からの脱却
日本全体が「 お笑い系( バラエティ化 )」になり、
物事を深く考えなくなったと言うご指摘、確かに、複雑な問題を
「 分かりやすい対立構造 」や「 感情的なエンタメ 」
に落とし込むメディアの手法は、私達の思考を奪う劇薬でした。
しかし、ジャニーズ問題等を経て、その「 心地良い劇薬 」が実は
「 毒 」であった事に多くの人が気付き始めました。
今のカオスは、長年の思考停止から目覚める際の、
言わば「 成長痛 」のようなものかも知れません。
>> ダータンスヒルビリー さん
2 . 「 外部の攻撃 」よりも恐ろしい「 内部の腐食 」メディアが特定の団体からの攻撃を恐れて真実を避ける、
と言う構造は、確かにある種の「 生存本能 」かも知れません。
しかし、ダータンスヒルビリーさんが仰るように、
その回避行動そのものが、
今や大衆からの決定的な不信感を買っています。
短期的リスク:団体からの攻撃、業務への支障。
長期的リスク:誰からも相手にされなくなる「 社会的無視 」。
嘗ては前者が致命傷でしたが、
ネットによって嘘や沈黙が暴かれる現代では、
後者こそがメディアの存在意義を根底から破壊する
「 真の致命傷 」になりつつあります。
3 .「 健全な緊張感 」と言う未来
メディア側が変わるのを待つだけでは、
おそらく未来は拓けません。
私達が「 雰囲気で行動する 」のをやめ、
情報を主体的に検証し続ける事で、
メディア側にも「 適当な報じ方をすれば、
即座に市場( 視聴者 )から退場させられる」と言う、
嘗て無い程の健全な緊張感を与える事ができるはずです。
「 まともに戻りつつある 」
と言う変化の兆しを確かなものにするために、
私達自身が情報の「 消費者 」から「 監視者 」
へと進化して行くプロセスが必要なのかも知れません。
メディアと言う鏡が、
再び「 真実 」を映し出す道具として機能する日が来るのか、
それとも別の何かがその座を奪うのか。
その分水嶺に、私達は立っている気がします。