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【読み物】炎の向こうに④

このお話はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
今回お届けするのは、過去にあった火災から着想したお話です。
悲惨な事件現場の描写がありますので、苦手な方は閲覧をお控え下さい。
四話完結の最終話です。
第一話はコチラ
https://king.mineo.jp/reports/241444
第二話はコチラ
https://king.mineo.jp/reports/241445
第三話はコチラ
https://king.mineo.jp/reports/241446

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眩しい。


何だこれ?口に何か被せられてるし……
「あ、目が覚めた?気分はどう?息苦しくない?」
今ひとつ状況が飲み込めない。どうなってるの?
「ここは病院ですよ。一時は危篤状態だったんですが、目が覚めたんなら大丈夫かな。お話しできるかしら」
『新聞っ!』
私の顔を覗き込んでいた看護婦さんがびっくりして飛び退く。
「ど、どうしたの急に」
『あの火事のことを書いた新聞、どこかにありませんかっ』
看護師さんに持ってきて貰った新聞を隅から隅まで読む。
そこには亡くなられた方や負傷された方の名前が載っている。
意識不明の重体、と私の名前が載っていたのはちょっと恥ずかしい。
で、いくら探しても見当たらない。
豊田さんという名前の人はどの新聞にも書かれていなかった。
豊田さん、どこに行ったの?

一週間もすると、私はあの煩わしい酸素マスクから解放され、うんざりするほど消防の事情聴取を受けた後に院内での移動が許された。
私は、何の気なしに屋上へ出る。
私は重症患者だったから、最優先で最寄りの救急病院に搬送されたんだって消防の人が言ってたな。屋上からは、無残に焼け焦げたあのビルが見える。
結局、火元のフロアにいた人は地下へ通報に行った人以外は全滅。
豊田さんと私に火事を知らせてくれた人も結局あの扉の向こうで絶命していたそうだ。
あのときお店にいた人たちは、奥はほぼ全滅。
非常階段から脱出できた人は煙を吸った人や押しあいへしあいで怪我をした人を含め全員軽症だったそうだ。
私はじっとビルの最上階を見つめる。あのとき豊田さんと私が外に放り出した衣装が、今も風になびいている。

 豊田さん……
貴方はいま、どこで何をしているの?

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「お疲れさん。元気そうじゃん」

温かい、懐かしい声に私はいち早く反応した。
『豊田さんっ!』
私が振り向いたその先には、紛れもなく両手一杯の花束を持った豊田さんの姿があった。
考えることなんて何もない。
私は本能的に、乳飲み子がお母さんの乳房に吸い付くように豊田さんに飛びついた。
『私、意識が戻ってからずっと豊田さんのこと探してたんですよっ!新聞見ても何も書いてないしっ』
泣きじゃくる私に豊田さんは済まなさそうに告げた。
「済まん。ちょっとこれにはワケがあってな…どんな会社であれ、社長が事故に遭ったとか入院したってなると取引先や銀行なんかが動揺するもんで…ちょっと新聞屋を脅かして箝口令を敷いたんだ。『俺の名前を出すんじゃない』ってな」
『え、そんなこと出来るんですか』
「簡単だよ。『余計なことしたら二度とお前らの新聞に広告は出さないしウチの店で新聞は取り扱わない』その一言で躾のいいイヌみたいに尻尾振りやがる」
改めて豊田さんの力を見せつけられたような気がする。
『でも、私がここに入院してることをどうやって…』
「取材、さ」
豊田さんが私に悪戯っぽく微笑む。え、どういうこと?
「新聞屋は誰がどこの病院に入院してるとかいうことは大抵知っている。あわよくば病院へ忍び込んで『奇跡の生存者が語る!』みたいな原稿を書くために、な」
へえ、そうなんだ…
「で、その情報を握っている奴らにちょいとカマをかけた。あいつら、案外簡単にゲロ吐きやがった」
『ぷっ』
私が吹いた瞬間、もう二人とも堪えきれなくなった。息が続かなくなるまで私たちは笑い続けた。

「それで……」
豊田さんが何かを言いかけたその時、私は人差し指を口に当てる仕草をした。いわゆる『しーっ』ていう奴ね。
『ねえ、豊田さん』
「何だ?」
『あの日、『生きて帰ったら結婚しよう』って確かに言いましたよねっ』
「ああ、言ったさ。あの言葉には嘘も偽りもない。今日もそれを…」
『じゃあ……』
私は豊田さんに飛びついた体勢のまま彼にキスすると、そっと呟いた。
『私を、豊田さんのお嫁さんにしてください♪』



「ええっ、お父さんとお母さんの馴れ初めってそういうことだったの?会社の消防訓練とかでよくその火災の話は聞くけど、その当事者だったってこと?」
『そうよ。でも、お父さんの会社のこともあったから、今まで内緒にしてたの』
娘は、いつか彼がしたように目を丸くして私を見つめる。
「でね、私はそんな勢いというか…直感で結婚相手を決めるような人と一緒になったもんだから愛人だの何だので一生苦労する覚悟は決めてたの」
「で?」
娘は興味津々。
『浮気だの不倫だのっていうのは一切なかった。それどころか、お父さんは事あるごとに私の枕元にこっそり手紙を置いてくれたわ。自分の口から言うのはちょっと恥ずかしかったのかも』
「え、何が書いてあったの?何か興味ある」
私は娘が用意してくれたお茶を啜ると、彼のことを思い出しながらもう一度空を見上げた。

彼を思い出しながら…

『今日は結婚記念日だよね、初めて一緒に飲んだ日だよね、君が結婚を承諾してくれた日だよね、子供を授かったことがわかった記念すべき日だよね、とかいう具合に私がそんな記念日を忘れていても、お父さんは絶対に忘れやしなかった』
四阿を心地よい風が吹き抜ける。
「じゃあ、お母さんは…」
『お父さんと出会えて、初めて生きる理由を見つけたっていうか、居場所を見つけたっていうか…』
私は言葉を続ける。
『だからね、私の人生に何の悔いもない。お父さんと出会えて、貴女がこの世に生まれてくれて…私は今、本当に幸せなんだ。納骨の場で言う言葉じゃないかも知れないけど』


『だから、お父さんは身勝手で強引で、優しい人だった。あと…』
「あと、何?」
『何があっても、大切な人を全力で守ってくれる人…それ以外には…』

娘が次の言葉を待つ。
『火事場泥棒、かな』

「え、何それ。意味わかんない~。現場から何か盗ったの?」
私は微笑むと、娘に告げた。
『お父さんはね、火災現場からとても大切なものを持ち去ったの』
興味津々の娘に、私は呟く。
『お父さんはね、あの火災現場から『私の心』を盗んだのよ』
「ええ~っ。それって有名なアニメの台詞そのままじゃん」
『言葉尻だけ捕まえたらそう言うことかもね。でもアニメの主人公である世紀の大泥棒は女の子を放って行ってしまったけど、お父さんはずっと私の元にいてくれたわ』
「はあ~っ、そういうもんなのかな。じゃあ、あたしもそういう人と…」
『火災現場で知り合うのはやめてねっ』


お父さん、私、これでよかったんだよね……

  今まで私に尽くしてくれて、ありがとう。
  よき父として頑張りました。ありがとう。
  もうちょっとしたら、そっちに行くからね。
  その時は、
  初めて会ったあの日みたいに、
  あのボックス席でご一緒してもいいかしら。
(了)

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いかがでしたでしょうか。
余談ですが、このお話も他の物語となんとなく繋がっていたりします。
(どこかは想像してみて下さい🤔)

過去にあった悲惨な火災をいくつか下書きにしましたが、火災というものは本当に恐ろしいです。僅かな隙と油断が、皆さまの生命と財産をいとも簡単に奪い去ります。
大袈裟なことを言うつもりはないですが、これをきっかけに防火・防災に関心を向けていただけると嬉しいです。
ちなみに消火栓は、ホースを展開してバルブを開けるだけでは水は出ません😰

では、またお会いしましょう。
万年文学少女モードのポンコツ河嶋桃でした😁


19 件のコメント
1 - 19 / 19
桃さん、すごい! ほんと文学少女MOMO!
このような展開だったのですね。とっても興味深く読ませて頂きました。ロマンチックな感じの部分も良き良き~~

実は、最近、お供えをお渡しした方からのお返しの喪主の方のメッセージを読ませて頂いた際、本当に涙が止まりませんでした。
そして、こちらの物語を一気に、、、本当に命の大切さ、色々考えさせられましたよ~

消防訓練も(地元の学校行事や、マンションなど)参加しています!訓練の時は、水消火器ですが、なかなか難しいですわん。
ありがとうございました^^
脱稿お疲れ様です。
展開は予想通りだったけど、思ったよりリアルでしたね。
某アニメの台詞は…それをしれっと言えるキャラが素敵です😅🤣
大切な人を守る為に、何が出来るか?
ご家族皆さんで考えてみるきっかけになると有り難いです🚒

訓練用の水消火器でも、取り扱い手順を覚えるという意味では非常に有効ですよ😃
自治体にもよりますが、訓練用にレンタルしてくれるところもあるようです。是非ご活用下さいね😃😃😃
作業員さん、亡くなってしまったのかぁ😢
豊田さん、どうやって逃げれたかなぁ?
結果的に祐子さんだけ重症だったのがちょっと残念💦
二人はずっと幸せだったんだね~(^ー^)
火事は辛い体験だけど、二人には忘れられない出来事になったんだなぁ。
ふふっ、馴れ初めはなかなか子供には話せないですよね~(^o^;)
豊田さんが無事だったのはルパンだったからなのかぁー
守り通して全力で駆け抜けて逝かれたのですね。
はぁ、ええわー よい余韻でございました。

歌舞伎町ビル火災をようやく思い出しました。
窓がコンパネで塞がれていたと記憶しております。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/127831

豊田さんってもしかしてトヨタ自のお方?

>> ob2@☀日々是好日🥵 さん

リアリティある物語に出来ていたでしょうか🤔

豊田さんの『大切な人を守り抜く』立ち居振る舞い、自分で書いてて惚れちゃいました😍
それが祐子さんのあの言葉に繋がったんだと思います😃

>> ゆきだるまんぼう さん

>>馴れ初め

娘さんにも同じような幸せな御縁が訪れますように、という願いと
自分の配偶者はこんなに素敵な人だったんだよ、という惚気が複雑に絡み合ったひと言ですね😁

>> 杏鹿@………………………… さん

大切な人を守り抜く為に、全力で駆け抜けた人生😃
自分で書いておいて言うのもアレですが、めちゃんこ格好良い人ですね
惚れてまうや~ん😁
ちなみに設定では南紀を縄張りにするスーパーマーケットチェーン店の総帥、という設定ですよ😁
大変楽しませていただきました。
好意から積み重ねていく愛もあれば、いきなり愛から始まる愛もあるのですね。
何かの映画でしたが、「人間が極限状態で芽生えた愛は冷めやすい」という台詞がありましたが、お父さんとお母さんは添え遂げられたんでしね。
良いお話でした。
ありがとうございます😊
最悪な出逢いだったようですが、とても幸せな人生だったみたいですね😍
⛅おはようございます🌤️
火災・怖いですね、先日の墓参りで久々にビジネスホテルに一泊、非常口・階段チェックしました。ビルは非日常の世界ですね。自治会の防災訓練には参加しますが、平地の想定なので・・
人混みとパニックに気をつけましょう!

>> Yz925@CicottoGPT さん

旅館なら、確実に二方向以上の避難通路があるので必ずチェックしましょう😃
豊田さんの立ち振る舞いがとても素敵に感じられました。短い物語だったけれど読み応えがありましたね。
ハッピーエンドで良かった。
ありがとうございます😊
無事に完走できました😊

アガサ・クリスティみたいな『誰もおらんくなった』結末は回避して、主要人物だけハッピーエンドみたいにしてみました😀
「豊田さんと私に火事を知らせてくれた人も結局あの扉の向こうで絶命していたそうだ。」

この一文で、新聞の件は別にして、豊田さんは亡くなったと読みとりました。
どこで区切るかで解釈が変わるので

ここは「私と豊田さんに火事を知らせてくれた人も結局あの扉の向こうで絶命していたそうだ。」
という並び順であるべきかと、そこは気になりました。

起承転結、構成は天晴なのですが、このような火災原因がありうるのかな?
佐々木氏は非常階段からは逃げられないと知りながら、なぜ室内に入らなかったのかな、という点の説得力が、今ひとつかな。

褒めコメントばかりではあれかと思いましたので、研鑽の参考にと…
文学少女、いい作品でしたよ。

>> 杏鹿@………………………… さん

うちの勤務先の階段も、高く積まれたダンボールやら荷物だらけ。
火の気がある仕事ではありませんが、地震でもあったら、避難経路の障害物になること必至。

この小説を読んだあと、杏鹿さんのリンク記事を読んだあとだったら、こんな会社に就職してなかったのに…
まぁ、荷物置き場が乱雑な職場って、人も仕事も過酷な環境であることを暗示しているのだな、と今、身を持って感じています。
もう今年いっぱいは身体が持たないな…
種明かしをすると
・火災の原因『セルロイドのおもちゃに引火』は
 白木屋(居酒屋じゃなくて百貨店)火災
・下の階で出火して煙が上階に伝わり、CO中毒で
 死者が出たのは千日デパートビル火災
がモチーフになっています
火災の死亡原因、煙に巻かれて亡くなる方が多いです🔥
階段室とエレベータのシャフトが煙突になるのはあるあるで…
そのあたりの基準は厳しくなりましたね🤔
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