【読み物】炎の向こうに➀

このお話はフィクションです。実在の人物･団体･事件とは一切関係ありません。
今回お届けするのは、過去にあった火災から着想したお話です。
悲惨な事件現場の描写がありますので、苦手な方は閲覧をお控え下さい。

四話完結の第一話です。

『本当に、身勝手で強引な人だったなぁ』

納骨を済ませたばかりのお墓の前で、私は呟いた。
「そうなの？あたしの前ではとても優しいお父さんだったけど…」
『ええ、とても優しいお父さんだった。怒鳴ったり暴力を振るったりなんて一度もなかったし』
娘が不思議そうな顔をする。
「お母さんの言ってることの意味がよく分からないんだけど…普通さあ、身勝手や強引と優しさって結びつかないと思うんだ」
『そんなことないわよ。お父さんは、身勝手で強引だったけど優しい人だった』
私はお墓の前から立ち上がると、空を見上げて大きく息を吸い込んだ。
「もう、ばらしちゃってもいい頃かしら。ねえ、お父さん」
娘は不思議そうな顔のまま、私の顔を覗き込む。
「何かお父さんのことで隠し事でもあるの？」
『ちょっと長い話になるから、どこかゆっくりできるところでお話ししようか』

私と娘は、霊園内の四阿に腰掛ける。
娘が用意してくれていたステンレスボトルに入れたお茶に口をつけると、私は娘の方を向いて昔話を始めた。

私が生まれ育ったのは地方都市の山奥。何もない、見渡す限り山か畑しかない田舎で私はただボーッと暮らしていた。
決して裕福ではなかったけど、父母と私の楽しい家族三人暮らし。私は、楽しくて笑いに包まれた家庭がずっと続くと思っていたんだけど……
その思いと願いは、いとも簡単に打ち砕かれた。

私が小学校の頃、父が交通事故で他界したんだ。
父の命は、脇見運転で対向車線に飛び出してきたダンプカーによって理不尽かつ突然に、いとも簡単に奪われた。
町の皆さんは物心両面のバックアップを申し出てくれたけれど、母はそれを丁重にお断りして、私を連れて市内に引っ越すことになった。

街に出て分かったこと。
それは、私がぼんやりと生きていたのは田舎に住んでいたからではなくて、単に日々流されて生きていたんだと言うこと。
住むところが変わっても、結局私は何も変わらないまま。漫然と学生生活を送り、無駄な時間を過ごした私は、学校の進路指導担当に勧められるまま地元の小さな製薬会社に就職したんだ。
良くいえば可もなく不可もなく、悪くいえばダラダラと仕事を続けながら貯金して、やっと一人暮らしを始めた頃に悲劇が起こる。
「解雇、ですか？」
「一体どういうことですかっ」
「責任者出てこい！！」
大手製薬会社との競争、大型ドラッグストアの台頭による安売り攻勢にあっけなく敗北した会社はあえなく廃業。
一人暮らしを始めてほぼ一文無しになった私に何ができるというんだ。
実家に戻る？いや、ずっと母とは喧嘩が絶えなかったから、今さら戻るのも…
いくら考えても、何も思いつかない。職安に行ったところで、そんないい加減な奴はどこの企業も採用してくれない。

途方に暮れた私は、駅前商店街に掲示された『高収入』を謳った貼り紙を見て、あるお店の採用面接を受ける。
生きていけるんなら、なんでもいいや……