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【読み物】炎の向こうに➁

このお話はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
今回お届けするのは、過去にあった火災から着想したお話です。
悲惨な事件現場の描写がありますので、苦手な方は閲覧をお控え下さい。
四話完結の第二話です。
第一話はコチラ
https://king.mineo.jp/reports/241444

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「いらっしゃいませ。お席へご案内します」

市内の繁華街にある恐ろしく古いビルの最上階。
どんなお店っていえばいいんだろう……
キャバレー?いや違う。バンドの演奏もないし、そんなに豪華な感じでもない。
現代ならキャバクラっていうのかな?
それも違う。
実態は若い子ばかりじゃなくてお客さんも店員も実に年齢層の幅広いお店。

そんなお店に、店員の間では有名なお客さまがいらっしゃった。
偶にいらっしゃるんだけど、いつも不機嫌そう。
一人でふらっと来られては横に女の子を侍らせるわけでもなく、ただ一人で黙々とお酒を飲むだけ。
単に洋酒が飲みたいんだったら、バーとかに行けばいいのに。私は彼の行動が不思議でならなかった。
「どうぞこちらへ」
ボーイさんが、彼の指定席となりつつある小さなボックス席に案内する。マスターが、カウンターでぼんやりしていた私に声をかける。
「祐子ちゃん、これお願いね」
言われたとおりの手順で、お盆でいつものセットを持って行く。不機嫌そうな彼のテーブルに、恐る恐るドリンクセットを用意した。
「あまり見ない顔だな」
私は一瞬、ドキッとした。
『え、ええ…実は私、新入りでして…先月から入っています。宜しくお願いします』
彼が一瞬だけ微笑んだような気がした。
『あの、私、不慣れなもんで、もし失礼なこととかやらかしたらごめんなさい』
彼は立ったままの私を見上げると、厳しくもあり優しくもある口調で私に告げた。
「まだ何も悪いことしてないのに謝るこたあねえだろ。いいか、『ごめんなさい』は何かやらかしてから使う言葉であって予防線を張るために使うもんじゃない。あと、グラスが一つ足りない」
私は背筋をピーンと伸ばした。
「まあ、グラスは俺の気まぐれだ。使い立てして申し訳ないが、グラスを一つ用意してくれるかな」
ボーイさんの手からグラスを奪い取ると、傷や汚れがないか念入りに確かめた私は、彼の元にグラスを届ける。すでに自分で水割りを作り始めている彼に、私は慌てて申し出た。
『水割りなら、私がお作りしますよ?』
「いいんだ。自分でやる方が慣れてるから。それよりも、何ボーッと突っ立ってんだ?さっさと座れ」

『いやいやいや。自分の分くらい自分で作りますよ』
「まあそう堅いこと言うな。後でマスターがごちゃごちゃ言い出したら、この豊田がそうするって言って聞かなかったって言っとけ」
『豊田さんって仰るんですね。私は祐子っていいます』
「祐子さんか。源氏名っぽくない名前だな」
『店に入るときに『源氏名を名乗る?』って聞かれたんですけど、いつもと違う名前で呼ばれても気づかないだろうから、本名で通すことにしたんです。アハハ』
豊田さんは暫く何かを考えていたが、やがてぼそっと呟いた。
「豊田…祐子…」
『へっ?今なんと仰いました?』
「豊田祐子、いい名前だと思わないか?」
今ひとつ、というか全く状況が飲み込めない。この人は何を言っているんだろう。
『仰っていることがよくわからないんですが…』
豊田さんは私の目を真っ直ぐに見据えると、俄に信じがたい一言を口にした。
「祐子さん、俺と結婚してくれねえか」
何この展開?何かのドッキリだわ、きっと。
『あの、何かご冗談でも…』
「冗談なんかじゃない。俺は大真面目だ」
豊田さんはじっと私を見つめたまま、目を離さない。
『あの、私…豊田さんのこと、名字しか知らないし、どんな方かも…』
「俺だって祐子さんのことは名前しか知らない」
『だったらどうして、どこの誰ともわからないような人間にプロポーズなんかするんですかっ!』
豊田さんは一瞬だけ天井の照明に目をやると、私の方に視線を戻した。
「直感、だよ」

どういうこと?

『豊田さんはお嫁さんを直感で決めるんですか?』
「何が悪い?俺は生まれてからずっと今まで、人生の大事な決断は直感で決めてきた」
一体どんな生活をしてきたんだ、この人は?
「返事は今すぐじゃなくてもいいから、またここに来たときにでも、な」
『ちょっと待ってください』
「何だ?」
『あの……せめて、その直感に至った理由だけでも聞かせてもらえませんか?』
彼は微笑むと、グラスのお酒を呷る。
「俺は今まで、たくさんの人と会ってきた。仕事の付き合いなんて、どいつもこいつも上っ面だけ。偶に親しくしてくる奴らも『契約を取ろう』とか『仕事を貰おう』みたいな連中が殆どだ。飲み屋の姉ちゃんだって金や地位が欲しくて寄ってくるばかりで、誰も本当の俺のことなんか見ちゃいない」
話を聞く限りでは、どこかの会社の偉い人なのかしら。黙って話を聞き続ける私に、彼は話を続けた。
「誰もいない部屋で、黙々と仕事して…まあ、今は真面な人間関係なんて一つもないってところだ」
『だからって、どうして私なんかを…』
「俺がどうして一人で飲んでたかわかるか?」
『実は私、店に入ったときから気になってたんです。一人で飲まれるんでしたら、この通りにバーなんかが何軒かありますし、こんな雑然とした雰囲気のお店で飲まなくても、って』
豊田さんは俯くと、急に笑い出した。
「やっぱり俺の目に狂いはなかったようだ。こりゃ傑作だ。アハハ」
私は少しむっとした。人が真面目に聞いているのに!
「まあそうむっとしなさんな、ちゃんと説明するから…いいか、周りをよく見てみろ」
豊田さんが顎で杓った先。いつもと変わらない店の喧噪がそこにある。
「この店の姉ちゃん共は、隙あらば俺に寄って来ようとしやがる。機嫌良く姉ちゃんを侍らせるってのも悪くないかも知れないが、さっきも言ったとおり俺に寄ってくる奴らは俺の地位とか金を目当てに寄って来るだけだ」
『それが煩わしくなって、お一人で…だったらバーとかの方が』
「こんな片田舎の繁華街で居酒屋やバーなんかに行ってみろ。取引先の連中がウンザリする位集まってくる」
『じゃあ、取引されてる方々はここには?』
「こんな場末の店に誰が来るか!万一来たとしても鉢合わせしないようにマスターに頼んでこの陰のボックス席を独占、ってワケだ」
それで豊田さんは一人でこの席に…
「あと、理由だな…すまん。理由を説明する前に俺の話をしておいた方がいいかなと思ったんで…遠回りしちまった」
『気にしないでくださいよ、そんなこと』
水割りのおかわりを作りながら、私は豊田さんに微笑んだ。
この人と話していると、引き込まれるというか、ためになるというか…聞き逃さないようにしなくちゃ。
「今言ったような悲惨な人間関係の中、俺が見た祐子さんは「極めて普通で真っ当」だったんだよ。変に自分の内面を着飾ったりしないし、誰かに媚びへつらう訳でもなさそうだし…素直で普通、正直な子だと思ったんだよ」
『どうしてそんな風に思われたんですか?豊田さんと私って今日初めてお話しするのに』
「俺がいつもぼんやり飲んでたとでも思うか?」
『いや、お仕事のこととか考えておられたのかな、と』
「全然ないって言ったら嘘になるかも知れんが、酒が不味くなるから仕事のことは考えないことにしている。ただ…」
『ただ、何ですか?』
「これだけ人と会う仕事をしていたら、嫌でも人様の所作振る舞いが気になるってワケ。で、その中で祐子さんに…」
彼はそう言うと、頭をぼりぼり掻いた。
酔ったせいではないと思うけれど、顔が真っ赤。
「あと、早くに亡くなっちまったもんで俺もよく覚えてねえんだが、ほら、これ見て」
豊田さんは内ポケットから手帳を取り出すと、古い写真を私に見せた。
『これは……』
「俺のお袋だ。祐子さんにそっくりだろ?」
ものすごく似ている。瓜二つという言葉はこういうときのためにあるんだろうな。私は暫くぽかんとしていた。
「俺が祐子さんに一目惚れしたのはそういうこともあったのかも、な。あ、言っておくが俺はマザコンじゃない」

『祐子ちゃん、お疲れさま』
豊田さんが帰られたあと、ボックス席の片付けをしている私にマスターが労いの言葉をかける。
「で、どうだった?豊田さん」
『え?う~ん…なんて言えばいいんでしょう…いつも一人で黙々と飲んでいらっしゃったから怖い人なのかと思っていましたけど、お話をしてみると、ごく普通の方でしたねぇ』
「マジでぇ!今まで何人もの子が彼にアタックしては追い返されたのに、向こうから呼ばれたうえに普通に接客できたなんて…」
『なんて、の続きは何ですか?』
 マスターはクスッと笑うと、私に酷いことを言った。
「水商売の世界でトップに登り詰めるか、全然向いていないかのどっちかよ」
絶対に後者だと思う。あと、私の中に残っていた一つの疑問をマスターにぶつけてみた。
『豊田さんって、一体何のお仕事を?』
「あら、聞かなかったの?やだ、信じられない…」
マスターはにやりと笑うと、私に衝撃的なことを伝えた。
「市内に本社がある、県下最大のスーパーの社長よ。あらら、祐子ちゃん大丈夫?」
私はただ、その場にへたり込むしかなかった。


9 件のコメント
1 - 9 / 9
不思議な展開ですね。
これからどうなるのでしょうか?
続きが楽しみです🤔
前にバイトしてたって書いてた気がしたから、も、もしかしてパート2で実体験ですか?(≧∇≦)キャー
これが馴れ初めなのか…
しかし、マスターがおネエなのが気になって仕方がない…🤣

>> なかっぴ さん

言われてみたら、いつもと違う展開ですね😅

>> 杏鹿@………………………… さん

河嶋さんがすぐクビになったのはら田舎の小さなスナックでした😵

>> ob2@☀日々是好日🥵 さん

真面目な話に変な要素を盛り込むのはアレかなと思ったんですが、モデルにしたのは関西ローカルタレントのリリアンです😰

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>> ポンコツ河嶋桃@ほんなら、さいなら🤗 さん

画像入れ忘れてました💦
だいたい何か書くときは役者さんとかイメージしながら書きます😃
マスターはリリアンさん・・・かぁ。
相棒にちょいちょい出てくるヒロコママな感じをイメージしました(笑)
秘密は何かなぁ?♥️
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