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昔の携帯電話カタログ

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携帯電話の販売が、家電量販店等で販売を始めた頃は、携帯電話会社は各地域ごとに分社化されていました。
当時遠方へ出掛けた際、行った地域の携帯電話のカタログを集めるのが楽しみでした。各地域ごとに違うタレントが宣伝していました。
不要品処分をしていた際に見つけた懐かしい携帯電話のカタログ。
デジタルツーカー北海道の飯島直子、九州セルラー電話の鈴木蘭々です。

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70 件のコメント
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>> imuyan1@Mie さん

そうですね

まだその当時、ドコモショップというのは街中には無くて、NTTの営業所で手続きしたような気がします🤔

世の中はバブル崩壊の真っ只中だったような時代でしたね🙄
mineoの御先祖?ASTEL時代の若手売れっ子漫才師ナインティナインもいいキャラでしたね。
imuyan1@Mie
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Gマスター
アステル中部は吉川ひなのでした。
「デジタルツーカーってどこの携帯会社?」って知らない方も多いかと。。
その昔は携帯各社は、九州、四国、中国、北陸、関西、中部、関東、東北、北海道・・ のような感じで、各都道府県で分けて携帯サービスを行っていました。
「デジタルツーカー」は関西、中部、関東以外でサービスをしていて、関西、中部、関東は「デジタルホン」でサービスをしていて、最終的にはいまのソフトバンクになったわけですね(途中、JPHONE、ボーダフォンの名称となる)。
ちなみにドコモは昔からドコモ、AUは「セルラー」と「IDO」が合体。

で、合ってましたっけ?(^^

>> corgitan@人生は一度きり🤔 さん

デジタル(2G)全盛期は音(音声)が悪すぎて、わざわざフルレート機のP2HYPERをオークションで探し、機種変更しました。

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>> nari_nari さん

P2HYPERってデジタル端末ですよね

自分もこの当時は毎年機種変更してたので、どれかの機種を使っていたと思うのですが、記憶がイマイチです😰

数年前に過去の所有機は全て捨ててしまったので、もう手元には有りません。

>> corgitan@人生は一度きり🤔 さん

写真を見させていただきましたが、携帯かなりお好きそうですね。
写真にある「NTT personal」なんて、好きな人じゃ無いと契約しないかと(汗
P2HYPERはデジタル(2G)のパナソニック製最後?のフルレート機だった記憶です。
この次の機種がパナソニックだとP101で、ハーフレート機になったと思います。

※NTT personalは、ドコモのPHSの前身

>> nari_nari さん

惜しい! デジタルツーカーは「デジタルホングループ」と「ツーカーグループ」の地方合弁会社だったんですよ。
東名阪地区ではデジタルホン、ツーカーそれぞれ別の会社だったのですが、それぞれ単独では全国展開には体力不足だったため、地方では手を組むことになったんです。
その後、ツーカーは親会社(日産自動車)の経営不振により第二電電(現KDDI)傘下となり後に廃業、デジタルツーカーは合弁解消してJフォンに移行→現在のソフトバンクに繋がる、という流れだったと思います。

・・・てかまぁ、1G~2G時代のドコモ以外のキャリアって、東名阪地区とそれ以外で会社が違ったり、ローミング関係とかこんがらがっていて難しいですよね。
imuyan1@Mie
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Gマスター
携帯電話の最初の機種変更は、IDOのパナソニックの端末に変更しました。ハーフレートで音質や品質が悪かった記憶があります。その後、cdmaOneが出た時の音質の良さに驚きました。
imuyan1@Mie
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Gマスター

>> SH_04F さん

IDOで契約してましたが、出張で関西へ行くと、関西セルラー電話のローミングになりました。ローミング中は液晶画面に「Rm」が点滅していたのを覚えてます。

>> nari_nari さん

> 写真にある「NTT personal」なんて、好きな人じゃ無いと契約しないかと(汗

多分、長男の高校入学祝いに買ってやったような❓

そしたら、学校ではまだ誰一人持ってなくて電話する相手が居ないから要らないと、突き返されました😱

その数年後の大学時代に、ニュージーランドに行くからとVodafoneに移った記憶がありますが、その当時MNPという概念は無くて単純に解約&新規契約でしたね🤔

>> SH_04F さん

勉強になりました。ありがとうございます。
その昔は関東、東海、関西は、現在の3社以外に4社目の「ツーカー」がありましたね。
そういえば、デジタルツーカーはデジタルホンとツーカーの合弁会社なので、デジタルツーカーの端末は関東、東海、関西でローミングを受ける際、デジタルホンかツーカーのどちらかで使えるなんて妙な仕様になってたんでしょうかね。。

>> nari_nari さん

当時カタログで見た内容のうろ覚えなのですが、ローミング先は機種ごとに決まっていたと思います。デジタルホン系の端末ならデジタルホン、ツーカー系の端末ならツーカー、という振り分けだったかと思いますが、ちょっと自信ありません(汗)

>> imuyan1@Mie さん

いま調べたんですが、IDOの営業エリアって関東甲信と東海のみだったんですね。cdmaOne導入以前はNTT方式とセルラー方式を両方やってたり、かなりややこしい事になっていたんですね。

>> corgitan@人生は一度きり🤔 さん

バータイプ?子機みたいなのの、数字のとこがカバーついてて隠れるやつもみたことあります。
90年代かもしれません

>> SH_04F さん

当時、デジタルツーカーのエリアに友人がいまして、携帯購入につきあったことがあるのですが、端末によって自動でデジタルホンかツーカーにローミングがかかる設定だったので、デジタルホンの方がエリアが広いからこっちにしたほうがいいよーって教えてあげた記憶があります。

>> imuyan1@Mie さん

2Gのハーフレートは音が悪すぎですね。
宇宙人と話しているなんて言われていたことも・・(笑
途中で「ハイパートーク」なるものを出しましたが、これもすぐに音質が悪くなりました。
営業さんなんかは、音が悪いんでお客さんの言ったことを聞きのがさないために、わざわざPHSを契約していたなんて話しも・・
AUのCDMAも最初は音が良かったですが、4G展開のために2GHzをやめて800MHzのみにしてしまったせいか、しばらくしたら急に音質が悪くなりました。
imuyan1@Mie
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Gマスター

>> SH_04F さん

IDOがアナログの頃、NTT方式がハイキャップで、セルラー方式がTacsでした。
ハイキャップ方式でIDOエリア以外はドコモローミング。Tacs方式でIDOエリア以外はセルラーローミングでした。

>> imuyan1@Mie さん

IDOが二通りやってたのって1G時代だったんですね。セルラーのローミング先問題やアメリカのクレームもあったとはいえ、IDOはよく二通りもサービスできましたね。当時の苦労が偲ばれます。
imuyan1@Mie
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Gマスター

>> nari_nari さん

デジタルツーカーの端末、うる覚えですが、関東東海関西のローミング先、三菱の端末だとツーカー、ケンウッドだとデジタルホン、とカタログに書いてあったように思います。
imuyan1@Mie
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Gマスター

>> SH_04F さん

思い出しましたが、IDOのPDC端末、セルラーとドコモのローミング出来ました。ローミング先がデフォルトでセルラーになっていて、端末の設定にドコモローミングに切替出来ました。ドコモローミングにすると通話料が高くなるので、ドコモローミングでは通話したことは一度もありません。
当時は、解約済みのドコモ800MHzPDC端末を、IDOショップに持込むと、ドコモ端末でIDO契約が出来たそうです。

>> えみみり さん

> た、高い…

その当時、カケホなんて無かったので、通話料金も10円出かけられる時間は160km以内で7秒、160km以上で5.5秒でしたね🙄

ともに昼間(AM8:00~PM7:00)の時間で夜間はもう少しだけ長かったです。

>> えみみり さん

> バータイプ?子機みたいなのの、数字のとこがカバーついてて隠れるやつもみたことあります。

過去の所有端末の写真を見る限り、ストレートタイプの頃はカバーの付いた端末は所有したこと無かったですね

逆に二つ折りタイプが出てからは、スマホに変わるまでストレートタイプは使って無かったです。

>> imuyan1@Mie さん

それは全く知りませんでした😲
imuyan1@Mie
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Gマスター

>> corgitan@人生は一度きり🤔 さん

当時、160km未満は「030」、160kmを超える場合は「040」でかけるルールがあったと思います。
> 当時、160km未満は「030」、160kmを超える場合は「040」でかけるルールがあったと思います。


そうなんですよ😰

どこかへお出掛けしてると、すぐにバレバレでヤバかったです😱
imuyan1@Mie
imuyan1@Mieさん・投稿者
Gマスター
携帯電話が家電量販店で販売され出した頃、当時はアナログが主流で、デジタルは徐々に普及している状況でした。
アナログの携帯電話、電波が弱くなると「ザーザー」というノイズが入り、電波が弱くなるのを耳で体験出来ました。
カーラジオでFM放送を聴いていて、電波が弱くなる時の間隔と同じです。
マニアックな話ですが、 IDOのアナログ廃止日前日の23:58分頃からアナログ端末で発信をしてましたが、0時10分頃に強制的に切断された覚えがあります。

>> imuyan1@Mie さん

私が最初に買った携帯電話はソニー製の小さいタイプでバッテリーは厚い裏蓋みたいな感じで電話番号は20個しか登録出来ませんでした。
本体価格は覚えてませんが予備のバッテリーは7千円位で予備を2個持ち歩いてました。
auが移動通信と呼ばれていてカー用品店で売られていて、製品は電話番号が決まっていて、箱に電話番号が書かれていました。
通話だけで月に3万近く支払っていました。

>> ハデスシロエ さん

会社支給はポケットベルでしたが、まだ結構大型でした。
私のソニーの携帯電話の方が小型でした。
携帯電話としては1番小型だったと思います。
iPhone13miniを一回り小さくして、裏蓋のバッテリー分厚い感じです。

>> imuyan1@Mie さん

統括本部長があんな重いの持ち歩けないと言って自動車電話でした。
部長クラスは戦争映画の無線機みたいな、黒電話の受話器が上部に載った箱を肩から掛けました。
その頃私はポケベルだけで連絡とるのが面倒でした。

こんな時代でしたね。

>> imuyan1@Mie さん

押し入れに1999年の「デジタルツーカー東北」のパンフがあったので各機種のローミング先をみてみると・・

シャープ → JPHONE
パイオニア → JPHONE
SONY → ツーカー
NOKIA → JPHONE
PANASONIC → JPHONE
NEC → JPHONE
三菱 → ツーカー
DENSO → JPHONE
KENWOOD → JPHONE
SANYO → ツーカー
TOSHIBA → JPHONE

となってますね。
案外機種が多い(^^

>> SH_04F さん

IDOのTACSを一時使っていたことがありますが、モトローラの折りたたみのデザインがかっこよくて購入しました。
アナログ時代のIDOは、端末のでデザインが奇抜な物が多かったです。

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1999年1月の東北セルラーのパンフからですが、CDMA ONE開始予定のアナウンスをしてますね。
確かCDMA ONEのスタートは当初、関西と九州だけで、エリアをカバーするためにTACSとのデュアルという変態っぷりだったと記憶しています。
(TACSだとアナログなので電池の持ちが非常に悪いので、なぜDIGITALとのデュアルにしなかったのか・・)
欲しかったのですが、当時東京に住んでいたため、関西のセルラーショップで契約ができるか聞いたら断られた記憶が・・

>> nari_nari さん

その頃のアナログ携帯電話は1本の回線に繋がると電波状態が悪くなってもそのままでした。
CD MA1で初めて、3つの電波を同時に捉えて、電波状態に合わせて自動で切替るという画期的な物でした。
それからそれに対抗する様にフォーマが出てきました。

これが癖もので中継基地が少ないせいで、やたら切れます。docomoにクレーム入れたら、FOMAの電波は直進性が強いので建物の外でご使用くださいと言われ、今度は私がキレて解約しました。
その一か月後 ドッチーモと言うプランが出て、ムーバとフォーマを切替式で使えると言うのが暫く有りました。

>> ハデスシロエ さん

昔のシステムはハンドオーバーも作りが悪かったのか、通話が切れやすかったですね。
特に、2Gの頃はユーザが急激に増え出した関係もあり、システム的にも切れやすかったです。

FOMAの初期時代の使いにくさ・・ お気持ちわかります(^^
自分もFOMAのスタート当初は国道16号から内側の店舗しか売っていないということで、わざわざ買いに行きました。
(そんな売り方ですから、当然エリアも狭かった)
で、当時は2GHz帯の周波数の扱いがまだ難しかったんでしょうね。
使ってみると、自宅(平屋)の南の部屋(窓側)に行くとアンテナピクトが3本表示で、北側(窓際)に行くと圏外となってしまう感じで、電波の拾い方がかなり極端でした。
ですので、いつどこで圏外になるのかわからず、安心して使えませんでした。
さらに、最初N2001という機種を購入しましたが、電池バカ食いで、通話しなくても半日程度しかもちませんでした。
今考えると、FOMAはよくこれでスタートしたなぁと感心してしまいますね。
自分もあまりにひどすぎて、半年くらいで解約しました。

>> ハデスシロエ さん

ドッチーモは1つの端末で、ドコモのDIGITAL(2G ムーバ)と、PHSの両方が使えるサービスですね。
これは良いなーと思ったのですが、DIGITALとPHSの両方の料金が発生し、2つ契約しているのにもかかわらず、値引きが全くないので契約しませんでした。

ムーバとフォーマを1つの番号を切り替えて使えるのが「FOMAデュアルネットワーク」ですね。
一時期、N2701という、1台で両方使える端末を持ってました。

>> nari_nari さん

よく半年も、がまんできましたね。(^^)
当時は1回線しか持って無かったので、使えないから、ムーバプランに戻してくれと言ったのですが、それは出来ないの一点張りで、1ヶ月で解約しました。
今は、パソコン代わりの調べ物も出来て、安くなりましたね。
FOMAも利点がありまして、音声がすごく良かったんですよね。
当時の2G(DIGITAL)は混みすぎて、音声は相手が何を言ってるかわからないくらい悪い上に、しょっちゅう切れるし・・
その点FOMAはユーザが非常に少ない上に、当時最新(3G)のシステムですからね、音が良かった記憶があります。
あと、N2001がディスプレイにカラー有機EL(日本初?)を使っていて、画面がきれいだったので、しばらく使っていた記憶があります。
※この有機ELも不具合が多く(どっと欠けがひどい)、すぐに液晶のN2002が出てきました。
imuyan1@Mie
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Gマスター

>> nari_nari さん

IDOには無かった、セルラーのTacs&CdmaOneのハイブリッド携帯。IDOエリアに住んでましたが、裏技でハイブリッド携帯を関西セルラーで契約しました。
IDOが関西セルラーより遅れてCdmaOneを開始した時、すでにCdmaOne端末を持ってました。IDOがCdmaOne開始の前日の20時頃から、CdmaOneが使えてましたので、いち早くIDOのCdmaOneを使ったことを覚えてます。
imuyan1@Mie
imuyan1@Mieさん・投稿者
Gマスター

>> nari_nari さん

auの、Sonyのジョグダイヤル端末を使ったことがありますが、ジョグダイヤルの不具合ですぐに機種変した覚えがあります。
機種変でauショップへ行って「ジョグダイヤルが壊れたので機種変します」と言ったら、よくあるような顔つきをされたので「ジョグダイヤルって不具合多いのですか?」と聞いたことがあります。
通話が切れそうになると、ノイズが増えて、電話切れるかもしれないからと言いながら早口で話した事を思い出しました。(^^;)
自分もAUのSONYのジョグダイヤル端末(その昔、SONYのお得意でしたね)を使っていたことがありますが、特に問題なく使えていました。

たしか2Gの頃は端末を10ヶ月程度使わないと機種変できないとかいう変なルールがあったとおもいますが(関東のドコモだけ?)、AUは契約期間に関係なく機種変ができたのでちょくちょく機種変していた記憶があります。

>> imuyan1@Mie さん

当時、そのやり方教えて欲しかったです!
たしか、関西セルラーのショップのお姉さんに聞いたら「ダメ!」の一点張りで契約を断られた記憶が(^^;

>> 暗車注意 さん

> 相当お金がかかったのでは?

若気の至りって奴でしょうか🤔

最近はiPhone/Android/Tabletともに、二年ごとしか変えません(多分w)

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クルクルピィが使いやすかった

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1989年に最初に持った携帯 セルラー Motorola microTac HP-501
最初の電話番号は 030 から始まって ある程度の距離が外れたら
050に換えて 電話番号をかけてもらってましたね。

回線契約に当時 8万円近く払って 機種代も別  通話料が毎月3~4万円ほどかかってましたね。

バブルな時代です。セルラーからツーカーなどと統合してauになっても継続中 実に契約期間が32年超えました 継続してもまったくメリットはありませんが
imuyan1@Mie
imuyan1@Mieさん・投稿者
Gマスター

>> nari_nari さん

関西セルラーショップではなく、○通信の社員に頼んで契約しました。
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