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【読み物】おかえり。④

【はじめに】
史実とかけ離れた部分もあるので、団体名や年号の表記は敢えてぼかしています。
空想の世界です。勘違いしないでね。
四話完結の最終話です
第一話はこちら
https://king.mineo.jp/reports/174909
第二話はこちら
https://king.mineo.jp/reports/174913
第三話はこちら
https://king.mineo.jp/reports/174914



【最終話・橋本初音】

一週間後。
静枝さん捜索隊が本格的に始動した。
学校の周りは生徒たちが一軒ずつ声をかけ、それ以外の場所は郵政局の皆さんがフォローする形で町全体を捜索する。それ以外にも町民の有志が立ち上がってくれたおかげで、静枝さんの住居と思しき場所は案外簡単に見つかった。

・静枝さんは、町のとんでもない外れで独居している
・彼女は、今でも健太くんの復員(要するに生還)を待っている
・数多の縁談を『心に決めた人(勿論、それは健太くん)がいるから』という理由で断り続けていた

今から彼女に会いに行く。未来ちゃんが緊張した面持ちで、私の手をぎゅっと握り締めている。
コンコンコン……
恐る恐る玄関の扉をノックするが何の反応もない。
て言うか玄関の引き戸は蜘蛛の巣だらけで人が住んでいる気配がない。戴いた情報を元にここまでやって来たものの、ハズレだったか……
落胆する私たちに、家の前を通り過ぎた軽トラがバックして戻ってきた。
「あら?アンタたち静枝さんに何か用でも?」
事情を説明する私たちの話に聞き入るお爺さんは、暫く腕組みをしながら何かを考えている様子だった。
「……実は静枝さん、去年家の中で転んで骨折してからずっと寝たきりになって介護施設に入所してるんだ。だからここにはいないよ」
暫くぽかんとしている私たちに、お爺さんが言葉を続ける。
「入所先を俺が勝手に教えるわけにはいかないから……あ、そうだ。ウチのかみさんが彼女の知り合いだから、事情を説明して静枝さんがアンタたちに会ってくれるかどうか聞いてみるよ」


「おや、可愛らしいお客さんが来てくれたねえ」
そう言って介護施設の大部屋に佇む静枝さんは私たちに優しく微笑む。
恐る恐る話を切り出した私たちの言葉に、静枝さんは何度も頷きながら話を聞いてくださった。
「ああ、お嬢さんたちが捜していた『健太くんと仲が良かった静枝さん』ってのは私のことだよ」
そう言って静枝さんは眼を細めた。
「あの……」
未来ちゃんが差し出した軍服を隅から隅まで眺め回していた静枝さんは、軍服をベッドの上に広げると徐に内ポケットに手を突っ込んだ。
「あ、ここに何か入ってる。手紙かな」
ポケットから引きずり出された封書の表には、大きな字でこう記されていた。

「戦争が終わって、平和に暮らしているであろう静枝さんへ」

私たちが見つめる中、彼女はゆっくりと封書を開封すると未来ちゃんに中の便せんを託した。



 静枝さま

 僕は今、貴女の傍で、まだ生きているのでしょうか?
 みんなの思い出を込めた鉄球を埋めようと決めたその頃、
 僕は卒業と同時に帝国海軍の軍人として出征することが決まっていました
 その事を誰にも言わず、卒業式を迎えました
 今までその事を黙っていてごめんなさい
 僕は貴女に『学校を卒業したら、結婚してくれませんか』と言いました
 でも、それは結果として嘘になったのかも知れません

 この鉄球を開けるその時に、僕が貴女の傍にいないのなら…
 貴女と僕が交わした約束は、とんでもない嘘だったということになります
 いや、
 戦局を考慮すると、僕が生きているはずはないと思う
 噂で聞いたところによると、海軍に召集された者は特攻兵器で出撃するそうです
 僕は死にたくない
 でも、国を守るために僕は征かなくてはいけない
 死ぬのは怖い
 許されるなら、今すぐにでも逃げ出したい

 でも、僕は大切なものを守るために戦地へ赴く
 大切なもの、

 僕の居場所を作ってくれたこの村、
 僕が生きる意義と理由を作ってくれた静枝さん

 僕はみんなを守るため、征きます
 もし、僕が生きて帰ってきたその時は
 僕と、静枝さんと
 子どもや孫に囲まれて
 タイムカプセルを開梱して
 『何格好付けたこと言ってんの。アンタ莫迦じゃない?』
 そう言ってみんなで笑い転げていたい

 ありがとう
 貴女に会えて、僕は幸せでした



未来ちゃんが涙を堪えながら手紙を読み終えた。
静枝さんは、天井を見上げたまま何も言わない。いや、言えなかったんだと思う。
暫くすると、静枝さんがふと呟いた。
「ねえ、橋本先生」
「はい、何でしょうか」
静枝さんは私をじっと見つめた。
「軍の指示で、私たちは神社の片隅に戦没者慰霊碑を建てたんだ。そこら辺のお墓とごっちゃになって誰も気付かないだろうけど……この村で戦死したのは健太くんだけだから、あそこに祀られているのは彼だけ……」
静枝さんの双眸を涙が伝う。

「あの慰霊碑の下に彼の骨壺があるはず……尤も、南洋で潜水艦に撃沈されたらしいから遺骨なんて入ってやしない。たぶん名前を書いた木の札が入っているだけ……」

私たちは何も言えなかった。
「私からみんなにお願いがあるんだけど」
私と未来ちゃんは静枝さんをじっと見つめる。
「彼が戦死した時、お葬式も何もなかった。遺体も無いし身寄りもいなかったからね……だから、この軍服を荼毘に付してほしい。いま、彼がこの世に生きていた証はこの軍服しかないんだから」


数日後、学校のグラウンド中央に置かれたペール缶に健太さんの軍服が入れられた。
少しだけ油を注ぐと、工務店の社長さんが最後の確認を行う。
「後悔はしませんね」
介護施設から外出許可を得てヘルパーさんとグラウンドに来てくれた静枝さんは、覚悟を決めた表情で頷いた。
「点火!」
社長さんの威勢のいいかけ声とともに、ペール缶の中身はあっという間に炎に包まれた。


どこまでも続く青い空。


静枝さんは微笑んで、いや泣いている……?

積年の想いを胸に、彼女はペール缶から空に向かう煙をずっと眺めている。
静枝さんはそっと呟いた。


「おかえり……健太くん」
(了)

キャプチャ27.JPG

いかがでしたでしょうか。

この物語を紡ぎ出したのは、本屋で何気なく手にしたやなせたかし先生の著書がきっかけでした。
彼の想いを上手くお伝えできるほど器用ではないですが、
『家族とは』
『正義とは』
『大切な人を守るには』
そんなメッセージが溢れた素晴らしい本でした。

  なんのために生まれて
  なにをして生きるのか

答えられないなんて、そんな人生は嫌です。
以上、万年文学少女の不肖ポンコツ河嶋でした。


『ぼくが正義という言葉に込めたい思いは、この詞の中にあります』
やなせたかし著
『わたしが正義について語るなら』 より

最後の隠し球ですが…
本編に登場する工務店の純くんと司書の彩乃さんは、
『薬屋のアヤノちゃん』に登場した
・バス停でプロポーズしちゃった風情もへったくれもない純くん
・アヤノちゃんをネットオークションで売り飛ばそうとした彩乃ちゃん
でした。

テッシーとサヤちん、『天気の子』に出ていましたよね(^^;)
瀧くんと三葉も出てたし


22 件のコメント
1 - 22 / 22

あかんがな。
読んでるうちに涙が・・・・(´;ω;`)ウッ…
ポンちゃん、ありがとう。

なぜ巡り逢うのかを私達は何も知らない
いつ巡り逢うのかを私達は何も知らない

この曲をアナタに贈ります。
そうか、「おかえり」って、言いたかったんだね〜。
帰ってきてくれたような気がしたのかな。


 三段跳びかと思っていましたが、幅跳びでしたね。 ^_^

>> なかっぴ さん

そっかぁ🤔
読み手によって、想うことや頭の中に流れるメロディも変わるんだってことを改めて実感しました

素敵な曲をありがとうございます😊

>> りんごのひとりごと@ぐ〜たら居士 さん

彼の想いを知って、心の整理がついたか何やらかんやらで……

やっと『おかえり』って言えた

そんなイメージで紡いでみました

予想されてるであろう動画を張っておきます。
スイートホームには帰られなかったけど、来世で一緒になりましょう。と言う健太君。

今度はあの世で静枝さんがお帰りなさいと言われるのでしょうね。

お通夜、お葬式、荼毘に付される。これはこの後も生きていく人の為の区切りと思わされるお話でした。

>> 杏鹿@………………………… さん

今度は健太くんが静枝さんを待つ番ですね

所謂お葬式とかって、亡くなられた人を弔うのは勿論ですが『大切な人を失った人の、新たなる旅立ちへ向けた儀式』的な要素を含むのかなあ、と

静枝さんは軍服を荼毘に付すことで、踏ん切りというか区切りみたいなものを迎えた
そんなエンディングに仕立ててみました

>> ポンコツ河嶋桃@ほんなら、さいなら🤗 さん

そうそれです。わかりやすく書いてくれてありがとうございます。頭のなかでは三百も四百も言っているのに、書くと十とか二十しか書けない私のようです。

>> 杏鹿@………………………… さん

実は、初稿は数年前です

なので、
ひょっとしたら、ですが
もう二人は再会してるかも
もしそうだったら、二人はどんな言の葉を……

ここから先は読んでいただいた皆さまのご想像にお任せしたいと思います

>> ポンコツ河嶋桃@ほんなら、さいなら🤗 さん

>新たなる旅立ちへ向けた儀式
静枝さんの場合はそう思えますし、そうであって欲しいですね。

亡くなってすぐの場合にはなかなかね〜、
でも、お葬式の手配やら打ち合わせなどで、「落ち込んでいる場合ではない」と喪主や家族を奮い立たせる効果はあると思います。
喪主や家族の悲しみなどを癒せるのは時間の経過、いわゆる「時薬」ですね。
「静枝さんお帰りなさい」
「待たせてしまったかしらね」
「いや、八十年くらいあっという間さ」

「私は独り身でずっと待っていましたよ」
「いや、あはははは、は」

すでに尻に敷かれてる模様。
よきかなよきかな、どっとはらい。
ぽ。

予想とは合っていたようで合っていないような…
軍服を手に取って「おかえり」かと思ってましたが、静江さんは健太さんが亡くなっている事を既に事実としては認めてたんですね。
となると、彷徨う魂に対しての「おかえり」だったのかな…
読み手の想像が膨らむエンディングですね。
今章、静枝さんが見付かるまで端折ってて最後の盛り上がりに感情移入できなかった…💧
我が輩の心が荒んできている証拠かな😅

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(  ̄- ̄)。o○( いろいろ言いたいことはあるけれど、... )
 靖国神社へ行くとそこに眠る英霊たちの遺書を読むことができます。そのみこころは健太くんと同じ思いですね。大切な故郷を家族を友人を守るために命を賭した英霊には、ただただ感謝し褒め称えることが、唯一できることです。
 健太くんは、最後に静枝さんのもとに帰るとともに、彼女の心も救ったのですね。

 隠し玉、そーけー。三話までの感想ネタバレにつながってしまった。

>> りんごのひとりごと@ぐ〜たら居士 さん

大切な人が亡くなっているであろうことはわかっているけれど、気持ちはまだ通じ合っているはず

そのことが改めてわかったから踏ん切りがついたんでしょうか
それも一つの考え方ですね

>> 杏鹿@………………………… さん

そんなシチュエーションかも知れないですね
素敵な解釈だと思います😊

>> ob2@☀日々是好日🥵 さん

予想の一歩先を行きましたね😊
彷徨っていた彼の想いが自分のところに帰ってきた

素敵な解釈です
読み手によって想いって変わるんですね

>> じんで さん

靖國神社や海自の見学施設で沢山の遺書を見てきましたが、それが書き手の心に影響しているかも、です

隠し球ドンピシャでしたね
自慢の変化球をスタンドに運ばれたピッチャーみたいな気分です
野球したことないですが(^^;)
静枝さんが英霊と出会えたと思いたい。

>> yoshi君 さん

健太くんの静枝さんへの想い
静枝さんの健太くんへの想い

二つの心が長い時を経てようやく一つになった、のかも知れませんね
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