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アメリカ本土のAMラジオを日本で受信? 遠距離受信のマニアな世界をラジオ受信バイブル編集長に聞く
ライター: 辰井裕紀
ガジェット・ローカルネタ・卓球が好きなライター。過去に番組リサーチャーとして秘密のケンミンSHOWなどを担当。
ガジェット・ローカルネタ・卓球が好きなライター。過去に番組リサーチャーとして秘密のケンミンSHOWなどを担当。
90年代後半、筆者は「雑音リスナー」だった。
声優の國府田マリ子さんらが放送していた、大阪のMBSラジオ「オレたちやってま~す」を何とか聴くためにループアンテナを窓から出して遠距離受信。
時折ノイズが乗るが、それでも「聴けた!」と感動しながら貴重な音声を楽しんでいた。
このようなアンテナを部屋の窓から外に出し、ラジオの電波をキャッチしていた(Photo by Kuha455405)
大阪府高石市にあるMBSラジオの送信所(Photo by 蟹・甘党)
当時、そのような聴取者は多く、“雑音リスナー”の愛称で、その涙ぐましい行為が形容されていた。
しかし2014年、インターネット経由で月額385円で全国のAM・FMラジオが聴ける[「radikoプレミアム」が登場。雑音リスナーは消え去ったかのように見えた……が、実際はいまだ数多くの人々が、遠距離受信を行っているという。
しかも、「東京から北海道のAM波を受信」など、非常にチャレンジングな受信が行われており、そんな者がこぞって買う雑誌まで残るのだ。
そこで、ラジオ受信バイブルを刊行する、発行元の三才ブックスに突撃した。
ラジオ関連の書籍・雑誌を担当する編集長の梅田庸介さんは、中学時代から「大阪から雑音に耐えつつ、関東で流れるTBSラジオを聴いていた」という筋金入りの人だ。
それでは、知られざる遠距離受信界の世界にチューニングを合わせよう。

ラジオやテレビの電波を遠距離受信している人は、現在どれくらいいますか?

まだ一定数いて、「ラジオ受信バイブル」をはじめとしたラジオ関連本の部数もそこまで減っていません。

ラジオの遠距離受信をする人は、いつから多くなりましたか?

目立ったのは70年代後半から80年代ごろです。主に短波の海外放送を楽しんで「ベリカード」を集める遠距離受信が大ブームになりました。

ベリカードって何ですか?

ベリカードは「ここで、こう受信できました」とラジオ局に報告すればもらえるカードです。

絵はがきみたいで所有感がありますね!

全盛期は半年に一度くらいデザインが変わっていたので、コレクターが飛びついていました。今も受信報告すれば多くの局でもらえますし、集める人も多いですよ。
東京から北海道のAM波を受信!?

箱根から北海道の電波の遠距離受信に成功したそうですが、なぜ可能なんですか?

受信に成功した時間帯は夜なんですが、夜だとAMラジオの電波を受信しやすくなるんです。

なぜですか?

地上から数十〜数百キロの上空には、「電離層」というイオン化した空気の層があって、地上から近い順にD層、E層と分けられています。昼間はAMラジオの電波を減衰するD層が存在するため、その上のE層まで到達しません。

でも太陽が沈むとD層が消滅します。すると、その上にあるAMラジオの電波を弾く性質があるE層まで届いて反射し、電波が遠くまで飛ぶんです。

それで1000キロまで飛んだんですね……

過去には富士山5合目から、沖縄の琉球放送を受信したこともあります。

ええ?

富士山5合目まで行けば、それ以上に高い山などの障害物がなくなるので。

どうしても同じ周波数の局が混信してしまうので、それが弱まる方向、かつ受信したい琉球放送が強まる方向を探し出して、ループアンテナの向きをいろいろ変えました。

逆に沖縄から東京のTBSラジオも受信できますか?

はい、TBSラジオは100kWと高出力なので、やりやすいはずです。
日本からアメリカ本土のAMラジオ受信!

こういうエクストリームな受信、ほかにもやっている人はいますか?

アメリカ本土のAMラジオを日本国内で受信している人もいます。

えぇ!?

北米のAM波を狙って聴く趣味の人がいるんです。

なぜキャッチできるんですか?

秋から春までと季節は限定されるのですが、すごく長いワイヤー型のアンテナを設置するんです。受信機も主流はもうPCを使ったものでして、今キャッチしている電波をその強弱を含め視覚化し、聴きたい電波をクリックすると音が聴こえます。
ほぼ世界中に電波が届く「短波放送」

「短波放送」はAMより電波は遠くまで飛ぶそうですが、どれぐらい遠くのラジオを受信できますか?

アフリカとか、頑張ればアルゼンチンとか……

もう地球の裏側ですね……!

短波は昼も夜もよく飛びます。AMの電波より波長は短いですけど、E層より上のF層で反射する性質があるんです。

だから、だいたい地球のどこでも使えるんですね。

なので、各国がいろいろな言語で放送していて、イギリスのBBCやアメリカのVOAなども短波で国際放送を行っています。今は減ってしまいましたが、まだ日本語放送を行っている海外局も存在します。

あとキリスト教などの団体が運営する宗教放送もあり、これは布教の意味合いが強いですね。

今もアメリカの「主の再臨に備えて」とか、それらしいタイトルの放送が見受けられますね。日本も海外向け短波放送はやっていますか?

それが「NHKワールド」で、英語とかいろいろな言語で放送しています。
AMラジオの停波のワケは「金欠」

今NHKが経費削減に走っているので、なくならないか不安です。びっくりしたのが、ラジオ第2(NHKのAM波ラジオ放送の1つ)がなくなってしまうんですよね?

はい、2026年度に停止する予定です。ラジオ局の経営はどこも厳しいので、経費削減の方向に向かうのは仕方ないようです。AMラジオ停波もその一環でしょうね。

ええ? そういえば、関東のAMラジオの送信施設を巡ってきたんですが、アンテナって相当に巨大ですよね?

AMの電波の波長が長いので、それに合わせた送信アンテナの高さが100~200mと巨大になってしまうんです。

だからあんなに高いんですね。
日本一の高さ245mを誇るNHKラジオの第1放送所(AMラジオが2028年で終了? 思い出のAMラジオ関東5局の送信所を巡ってみたより)

高いAM波のアンテナを建てて維持するには、諸々の経費がかかります。それに比べると、FMはテレビ塔のスペースを間借りするだけでも済むんです。

送信システムも手軽で経費がかからないから、FMになるんですね。

AMに比べたらケタ違いに安く済むと思います。

そしてAMは停波へ。

北海道みたいにカバーエリアが極端に広いと、新たにFMの中継局をいくつも設置しなければならないので、AMを継続する局もあります。それでも、2028年には民放局のAM波はほとんどなくなると思います。

さみしくはありますが……。

経費的な側面以外にも、クリアで、家のなかでも容易に受信できるFMラジオの利点は大きいんでしょうね。
遠距離受信のためにあるAMラジオ番組

マニアによく遠距離受信される放送局や番組は何ですか。


珍しい番組ですね……!

原則としてradikoのタイムフリーでは流れないんです。沖縄の電波をキャッチするのはハードルが高いので、挑戦しがいはあります。

番組の存在自体がロマンですね。

あとはちょっと毛色が違いますが、AFNもコアなリスナーが多いですね。米軍基地から放送しているラジオ局です。

ああ! ここ、東京でも受信しやすいですよね!

はい。昔はFEN(極東放送)と言ってましたが、最新のアメリカ音楽を聴いたり、生きた英語に触れたりできました。東京だと放送局のある福生からは独自文化が生まれまして、そのリスナーだった大瀧詠一さんも近くにスタジオを作っています。
新宿の高層ビル群は「ノイズ発生源」?

他にはどんな受信マニアがいますか?

音質にこだわる人たちです。radikoの圧縮した音声より、「FMの電波のほうがクリアで奥行きがある」らしく。

たしかにFM波のほうが無圧縮のため、音質がいいらしいですね。

それを狙うために、大きな八木アンテナを立てて、少し離れたFM局を狙う人もいます。びっくりしたのは、八王子に住んでいる人なんですが……

え?

東京タワーから東京用のNHK-FMの電波が出ているんですけど、八王子だと[「新宿の高層ビル群」に遮られて少し遅れてくる電波も混在するんです。そこで発生するノイズが嫌で、NHK-FMの水戸放送局を聴いている人もいます。

音質にこだわる人はそこまで……!

あと不定期なんですが、ニッポン放送が足立区にある予備送信所からテスト電波を告知なしで流すんです。いつ流れるかもわからない電波を逃さずキャッチして報告し、ベリカードをもらう猛者もいます。
※ニッポン放送は2024年3月末でベリカードの発行を終了
※ニッポン放送は2024年3月末でベリカードの発行を終了

もはや理解不能の、ド根性ですね。

さらに、全国のコミュニティFMの近くまで行って受信して、わざわざ報告書を送ってベリカードを集める人もいます。コレクターですね。
「夏の蜃気楼」をつかまえろ!

radikoプレミアムが始まったときはちょっと界隈が揺らぎましたか?

今まで夜中に苦労して聴いていたものが、月々385円で全国のラジオをクリアに聴けるのは衝撃でしたね。でも、やっぱりそこは別物なんです。遠距離受信は「これはこれで楽しいから」って。

そうなんですね。これまで主に遠距離受信で楽しまれてきたAM波が徐々になくなりますが、今後どうなりますか?

FM波の長距離受信を楽しむ人が増えるといいですね。隣県のFM局なら比較的簡単に狙えますし。最近の企画では高松の海沿いから、大阪や和歌山の放送局まで受信できました。

おお、そんな遠くの電波を!?

FMは障害物に弱いんですが、海上を経由してくる電波なら受信しやすいんです。

例えば、千葉の人が東京湾の対岸にある神奈川のFM波をキャッチしやすいとか?

はい。とくに海ほたるは何の障害物もないので、東京湾沿岸のコミュニティFMをまとめて受信できると思います。

あと……夏になると、一定の条件下でFM波もすごく飛ぶことがあるんです。

え?

特殊な「スポラディックE層」がたまに出現して。FM波をとても弾くんですけど、その度合いがすごくて1000キロとか飛ぶんです。
出典:総務省ホームページ

ただのE層とは違うんですね……!

太陽活動の具合で突然出てくるそうです。

すごい、富山の蜃気楼みたいな幻の存在ですね。それをキャッチできたら、沖縄の放送も聴ける?

はい、条件さえ整えば聴けると思います。逆に近いと聴こえないので数百キロは離れている必要があるんです。思いもよらない電波が飛んでくるわけで、地元の局に混信障害を与える恐れがあるから、国の研究機関が予報を出していますよ。

いきなり東京でTOKYO FMとかが聴こえづらくなったら、そのサインかもしれませんね。狙ってみたくなります!

最後に、読者へ言っておきたいことがもしあれば。

やっぱり、便利なだけが正義じゃないというか。苦労して遠方の電波をつかまえたとき、その人しかわからないうれしさがあるので。

実感がこもっていますね。

ぜひ、ラジオの機械を触る楽しみも味わってください。苦労して電波をつかんだとき、「幻の魚が釣れたようなロマン」を感じていただけると思います。
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153 件のコメント
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まだ受信機が出回ってないので知る人ぞ知るな感じですが、7月以降に中国のラジオメーカーGospell社が廉価版のポータブルDRMラジオを発売するという噂です。遠隔受信はロマンですね、
インターネットラジオは遠隔地のラジオ局をクリアに聴ける反面、戦争やらサイバー攻撃やらで寸断されてしまうリスクも高いので、一家に1台はラジオを備えておきたいですね。