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即位の礼に思う

即位の礼には各国から、たくさんのVIPが来賓し、日本が世界から注目されている国であることを改めて認識させてくれました。

さて、私たち国民は、天皇についてどれくらい理解しているのか、ちょっとアンケートしてみたくなったので、ご協力いただければありがたく思います。

天皇制は複雑ですので知らないということもありだと思いますし、皆さんでコメントを交換し合って知識を深めるのもいいことかな、と思います。

○✕クイズではありません。アンケート項目はすべて○です。
知っている項目にチェックをして、知らないという項目はノーチェックでお願いします。

例えば項目の3、在位中の天皇は今上天皇と呼び、令和天皇と呼ぶのは正しくありません。
こうした呼び名は亡くなった後に呼ばれる諡号(しごう)です。
ご存知だった方はチェック、知らなかったという方はノーチェックで回答お願いします。

正解が示されていない第?代、三種の神器などは、コメントにて話題にしていただいて結構です。
あくまで理解度アンケートですので、知らなかったけど知ることが楽しい!という方向になればと思っています。

なお、来月の文化の日までの回答期限に設定しております。

即位の礼に思う
147件の回答
在位中の天皇は「今上天皇」という
15% 22件
愛子さまは天皇になれない
14% 20件
次の天皇は秋篠宮殿下
13% 19件
女性天皇と女系天皇の違いがわかる
11% 16件
元号が天皇一代にひとつ(一世一元)となったのは明治以降から
10% 15件
明治の前の元号は慶応
10% 15件
三種の神器とは何と何と何?
10% 14件
万世一系の意味を知っている
7% 11件
明治以前の天皇の名前(○○天皇)を10人くらいはあげられる(時代や順番は問わず)
6% 9件
今上天皇は第?代です
4% 6件

21 件のコメント
1 - 21 / 21
全部知らなかった・・・

アンケートに答えようと思ったら、「選択してください」・・・答えられない(^o^;)
全部に、正直に、チェック入る人は、なかなかおられないと思われますが、この様な事でも我が国の歴史を学ぶキッカケになって貰う事を、希望します。
天皇にまつわる事は難しいですね😅😅
ご存知でないというimaru2019さん、コメントありがとうございます。

では、上からいきましょう。
現在の皇室典範(てんぱん)では「皇位継承は男系の男子に限る」と定められています。
よって今上天皇の長女、愛子さまは天皇にはなれません。
(男系についてはまたの機会に)

皇室典範とは皇室の家訓になるのですが、この家訓を決めているのは国会です。つまり法律の一種になります。
愛子さまが天皇になるためには、皇室典範の改正が必要です。
これには女性天皇と女系天皇の違いという問題が絡んでくるのですが、この話はまたの機会に。

皇室は、自らの家訓すら他人に決められている不自由な家柄ということになります。
どこへ行くにも許可がいりますし、側近がついてまわるので、うかつな言動も出来ません。

かつて天皇に好きな番組を聞いたインタビュアーがいましたが、天皇は、具体的な番組名を申し上げるのは差し控えたいと答えました。

こうした発言でさえ、天皇のお墨付き番組と、宣伝材料にされるということを配慮してのお答えです。
こうした立場にある方は、自分の言動がどういう影響を与えるか、思慮深さを持ち合わせていなくてはなりません。

失言する政治家は少なくありませんが、天皇は言動には極めて配慮されています。
国民の象徴、
たいへんなお仕事ですね。
おしねこさん
私も気軽に「10人くらいはあげられる」と書きましたが、時々大河ドラマなどを見ていた私もこれが一番難しいですね。

パッと浮かぶのが初代の神武天皇と、あとはごだいご天皇(漢字はムリ…笑)っていたなぁ…みたいな。
大阪に仁徳天皇陵ってあるよな、とか。

大河ドラマをなぞれば十人くらいは出るか、と思ったのですが、時代は抜きにして名前だけにしても、ちょっと書き出さないと自信がありません。

天皇は我が国の歴史と切っても切れない関係ですから、こうした機会に知識が深められればと思っています。
天皇は国民の象徴ですからと言いながら女系天皇は困りますねえ❗
しかし、男系天皇の復活でTXXX氏がなっても困りますねえ❗😡
レギュラー33さんコメントありがとうございます。

難しいという言葉を受けて、お返事にはならないかもですが、アンケートの二番目を説明させてください。

現在、今上天皇直系のお子様は愛子さまお一人。
男子(皇太子)がいないために、皇室典範では、こうした場合に先代天皇の皇次子が嗣ぐ、とされています。

皇次子、つまり今上天皇の弟である秋篠宮殿下が、令和の次の世代となりますが、皇室典範には呼び方が定められておらず、子供ではないので皇太子ではなく、皇嗣(こうし)さま、という呼び方に決まったようです。

私は昭和世代ですから、昭和天皇が崩御され、平成が始まった頃をよく覚えています。
このようなお祭りムードではなく、喪に服するムードでした。

天皇が存命中の譲位も、百数十年ぶりとのことで、皇室典範にも規定がなく、平成の代に限り特例法を制定して実現したという背景があるので、皇室典範は書き換えられておらず、現在のところ今上天皇は亡くなられるまで秋篠宮さまに譲位できるわけではない。
難しい話になっています。

これだけ世界との交流が活発となり、平均寿命も伸びた現代、天皇が崩御(亡くなる)されるまで譲位できない、死ぬまで天皇の務めを果たせ…というのも時代にそぐわない気もしますね。

ちなみに皇位継承順位第二位が秋篠宮殿下の長男である悠仁さま(13歳)、ということになります。
第三位は上皇の弟である常陸宮さまになりますが、83歳という高齢ですから、難しいと思われます。

皆様のコメントに答えて、アンケート三番目まで、ご説明させていただきました。
それでも難しいと思われる方がおられましたら、お気軽にコメントくださいね。
中学の教科書に出てそうな天皇と言えば
推古天皇
桓武天皇
後鳥羽天皇
後白河天皇
くらいかな?
退会済みメンバー
退会済みメンバーさん
ビギナー
特に皇室典範の理解は難しいです。
たけちゃん3さん
このアンケートを作った時、女性天皇と女系天皇の違いというところが一番難しいかなと予想したのですが、現在のところ理解されている方は多数いるようです。
この辺りは、国民の理解が基本ですから、たけちゃん3さんのご意見も生きてくるかもですね。

反対に現在のところ、今上天皇は第?代というのを知らない方が多いというのが私には意外でした。

これは
第126代の天皇ということになりますが、
日本という国家の誕生以来、一度も他の家系にとって変わられることがなく、王家が二千年近く存続してきた126代です。
世界に唯一の「万世一系の国」といわれるために、世界で最も古い王家と崇敬する国もあり、あれだけのVIPが日本に来賓されたのでしょうね。

しかしその万世一系も、皇位継承できる男子皇族が三人だけという危機的な状況にあります。
男子を産めなかった雅子皇后の若い頃のプレッシャーはいかほどのものだったでしょう。

現在はその才女ぶりを遺憾無く発揮されており輝いて見えますが、皇室に嫁ぐ女性のプレッシャーは、計り知れないものがあるだろうと思います。
crypterさん
後鳥羽天皇、後白河天皇、大河ドラマ「平清盛」で見ました。
なので平安時代の天皇ということは理解しています。

推古天皇、桓武天皇は古事記か日本書記あたりを編纂した時代の天皇かと思うのですが誤りでしたらご指摘ください。おそらく飛鳥時代ですね。
確か推古天皇は女性ではなかったかと。後で調べてみます。

いわゆる「大化の改新」とかいうのが元号の始まりなので、それ以前の天皇にはもちろん、明治時代まで元号を天皇の追号として呼ぶしきたりはなかったわけですよね。
だから天皇の名前を覚えにくい。
慶応天皇なんていないわけで…
ここからは、私も調べないと、記憶があやふやです。

もうひとつ思い出すのは、私は旅と神社巡りが趣味なので、ホンダワケノミコトです。
これは全国の八幡宮の御祭神で、○○天皇の本名なのですが、その○○が思い出せません。
神社に祀られている有名な天皇なのに…
御祭神というと神功皇后とかが先に浮かんでしまいます。
おれんぢ式部さん

10項目のうち何とか半分チェック出来ましたが…難しいですね🧐

>しかし、男系天皇の復活でTXXX氏がなっても困りますねぇ
その方って…🤔コメントするとエキサイトしすぎてキレ気味になる方ですよね😅
教科書的に重要な天皇と言えば
後醍醐天皇もいました
忘れてました
シャンピさん、コメントありがとうございます。皇室典範は難しいですか。

非常に厳格に天皇の皇位継承、皇族とはどこからどこまでの範囲か、ということを規定されていますね。
このために皇位継承出来る皇族が限られている現状ですが、

たけちゃん3さんがコメントされていますが、おそらく明治天皇の玄孫である竹田恒靖氏のことを言われているのだろうと思います。
皇族を離れた一般人として政治評論家などの活動をされており、皇位継承出来る皇族を増やすために旧皇族の皇籍復帰を持論としています。

ただ、すでに皇族を離れた一般人は皇族に復帰出来ないという規定が皇室典範にはありますし、彼自身は旧皇族の子孫ではあるものの、旧皇族ではありません。
つまり、皇籍を離れ一般人となった家族の中で生まれているので生まれた時から一般人なわけです。

こういう話になると、なんだかややこしい、難しい感じがします。

その昔は、側室という制度がありましたから、父方の血をひく子孫(男系)もたくさんいたのですが、一夫多妻制は現代には馴染みがない制度なので難しいところですね。
なるもっこさんコメントありがとうございます。

なるもっこさんが、知らなかった項目がどれかはわかりませんが、三種の神器についてご説明させていただこうかと思います。

具体的には、鏡、剣、勾玉ということになりますが、これは天皇が皇位継承の際に代々受け継いできた神宝、国宝とされるものです。

この話はたいへん面白いです。
それは古事記にある神話に遡ります。

天照大神の岩戸隠れの神話をご存知でしょうか?
岩戸に隠れたアマテラスに鏡を見せて引きずり出したというものですが、この時の鏡(ヤタノカガミ)が伊勢神宮の御神体であり、天照大神の子孫とされている天皇の皇位継承のしるしとされるものです。

鏡は天照大神であり恐れ多く神宮にありますから、持ち出すことは出来ません。
なので即位の礼では、箱に入った剣と勾玉を側近が抱え、天皇と共に移動する光景が見られました。

剣はスサノオがヤマタノオロチを退治したときに尻尾から出てきて、アマテラスに献上したとされるクサナギノツルギです。
これは熱田神宮の御神体ですが、皇居にあるものは、そのレプリカとなります。

勾玉の由来は古事記にはありません。以上が三種の神器です。

いずれも箱に納められており、天皇すらも目にすることは許されて
おらず、誰も本物を見た者はいないと云われていますが、古書にいわく、クサナギノツルギをこっそり見た者が原因不明の病にかかり次々と倒れたという逸話があるそうですよ。
crypterさん、二度のコメントありがとうございます。

ごだいご天皇は、僕は漢字で書けません。天皇(朝廷)が南朝と北朝に分かれ、どちらが正統かを争った時代の天皇ですが、この時代って大河ドラマとかにならないので、よくわからないんですよね。

三種の神器を保有していたほうが正統ということになるのですが…結局、今の天皇は…

調べると北朝の子孫ということになるのかな。

ちなみに八幡宮の神様は、応神天皇でした。
推古天皇は確かに最初の女性天皇飛鳥時代でしたが、桓武天皇は平安時代の誤りでした。

ただ、後醍醐天皇もそうですが、後白河天皇、後鳥羽天皇と「後」がつく天皇がいるということは、醍醐天皇、白河天皇、鳥羽天皇がいるわけで、そういうヘコマをするとけっこう数が上がります(笑)

後村上天皇とか後桜町天皇とかもいましたね。単に名前を覚えているだけですが。
後桜町天皇は江戸時代の、我が国最後の女性天皇です。
教科書に出てくると言えば
天智天皇がいました
中大兄皇子として有名ですが
天皇になってます
こんにちは。

明治以前で教科書に出そうな天皇を10人(以上)挙げるとすると、

神武天皇、仁徳天皇(陵)、推古天皇(♀)、天智天皇、持統天皇(♀)、
天武天皇、桓武天皇、後白河天皇(法皇)、後鳥羽天皇(上皇)、後醍醐天皇、

かなぁ、、、

歴史上、女帝はいらっしゃるので女性天皇はアリだと思いますが、女系天皇は無いし、今後もあってはならないと思います(それは王朝の交代を意味する)。

神武天皇を初代とするというのはまぁ知っている人は知っていますが、二代目は?って聞くと知らない人がほとんどかと思います。綏靖天皇(すいぜい)です、なかなか使わない漢字なのでさらに難しい。神武以降は欠史八代といわれて実在したかも怪しいという議論もあるのでなおのことですが。

まぁしかし、我が国が天照大御神から続くとされる「日本」という国である、ということを再認識させられたのは、即位の時に皇居の雨が上がって虹がかかったことですね。まぁ、偶然にしては出来すぎというのを「神がかり的だ」というように言いますが、そういうもんなんだと思います。
crypterさん
天智天皇、そうでしたね。それこそ大化の改新あたりで出てくる皇子ではなかったでしょうか。

電人さん、コメントありがとうございます。
天照大神は伊勢神宮内宮の御祭神ですが、僕は平成二十五年、伊勢神宮の外宮(御祭神は豊受大神)の遷宮の日に(遷宮は夜中に行われるので、一般人は中に入れません)遷宮の気配を感じてみようとに境内のすぐ外にいたことがあります。
同じことを考える人はけっこういるもので、人だかりが出来ていました。

実はその夜は小雨が降っていましたが、「太陽神に仕える神が外に出てくるのだから雨は止む」と僕は決めつけて傘を持たずに出掛けたのですが、しっかり止みました。

境内で遷宮が行われていると思われる時間、何かに押されるような、空気が重かったことを覚えています。終了したと思われる時間にその重たい空気感は消え、湿気が多かったのに気のせいか喉が渇きました。
そこで無性に水が飲みたくなり帰りに直近のコンビニに寄って驚き。

ミネラルウォーターだけがほぼ売り切れに近い状態で、あれは気のせいではなかったのだ、感じる人はわかるのだな…と思いました。

現代の天皇は国事行為、公的行事、被災地を慰問したりが仕事のように思われていますが、古来から天皇の最も重要な仕事は、国家の安寧、国民の幸福を神に祈り、祀ることでした。

今も天皇は、皇居内にて宮中祭祀を行われていますが、その様子は現代では天皇の私的行為とされ、秘中の儀式もあり、あまり国民には知られていない側面があります。

そうした代々受け継がれてきた祈りが、即位の時の「神がかり的」なことの現れになるようにも思います。
●ざっと10代前の天皇までさかのぼってみる(*ov.v)o
1989~2019 平成
(125)上皇陛下 明仁(あきひと)
1926~1989 昭和
(124)昭和天皇 裕仁(ひろひと)
1912~1926 大正
(123)大正天皇 嘉仁(よしひと)
1868~1912 明治
(122) 明治天皇 睦仁(むつひと)
1865~1968 慶応
明治天皇・孝明天皇
(明治天皇は慶応3年16歳で即位、大政奉還の年)
1864~1865 元治
1861~1864 文久
1860~1861 万延
1854~1860 安政
1848~1854 嘉永
(121)孝明天皇 統仁(おさひと)
1844~1848 弘化
孝明天皇・仁孝天皇
(孝明天皇は弘化3年に16歳で即位、倒幕推進派に毒殺されたと噂される)
1830~1844 天保
1818~1830 文政
(120)仁孝天皇 恵仁(あやひと)
1804~1818 文化
仁孝天皇・光格天皇
(仁孝天皇は文化14年、18歳で即位)
1801~1804 享和
1789~1801 寛政
1781~1789 天明
(119)光格天皇 師仁(もろひと)
1772~1781 安永
光格天皇・後桃園天皇
(光格天皇は安永8年、8歳で即位)
1764~1772 明和
(118)後桃園天皇 英仁(ひでひと・明和7年、13歳で即位)
(117)後桜町天皇 智子(としこ・宝暦12年、24歳で即位・女性天皇、在位8年で後桃園天皇に譲位)
1751~1764 宝暦
1748~1751 寛延
第116代 桃園天皇(延享4年、7歳で即位)

江戸時代の天皇は若くして即位しています。
元服という、今で言えば成人年齢が若かったということもありますが、後桃園天皇以外は、先代天皇の崩御による即位、こうしてみると女性天皇は、幼い皇太子が成人するまでの中継ぎのようにみえますね。
どれだけの方が、こちらを見に来られるかはわかりませんが、昨日アンケート終了しました。アンケートの回答ならびにコメント下さった方々、ありがとうございました。
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