【掌編三昧】白い雨のイマージュ
昨日の放課後、バスケット部の練習を終えて体育館の戸締り確認して帰ろうとした時のことだ。
傘立てに置いてあるはずの僕の紺色の傘が見当たらない。誰かが間違って持っていったのか、あるいは故意に持って行ってしまったのか分からないが、傘がなければ駅に辿り着くまでの十五分の間にズブ濡れになることを覚悟しなければならない。せっかくシャワーを浴びてサッパリしたばかりなのに、電車に飛び乗ると同時に水のしたたり落ちる制服姿に注がれる乗客の視線を思うと僕の心は重くなった。
そんな矢先、バレー部の部活を終えたクラスメートの浅見倫子が昇降口に現れた。
キャプテンをやっているだけあって大柄な倫子は何処にいてもすぐ目に付いた。バスケット部に籍を置き、それなりに活躍していると自分なりに納得しているとは云え、バスケット部員としては小柄な僕と並ぶと、倫子の方が僕より10センチ以上も背が高い。
「入って行けば?」
視線を合わせることなく、ぶっきら棒な口調で 倫子は持っている明るいブルーの傘を開いて僕の前に突き出した。
「二人とも濡れちゃうから、いいよ」
「気にしないって」
「折りたたみ傘で二人は無理だよ」
「イヤならいいよ、勝手にすれば……」
「ほんとにいいのか?」
「いいって言ってるじゃん」
「じゃあ…」
倫子の左手に握られた傘の半分に僕の右半身がもぐりこんだ。
デカイわりに人一倍敏捷な倫子なのに、歩く速度が今日はやけに遅い。歩き難そうにしている。僕が濡れないようにと不自然な格好で傘を傾けながら歩幅を合わせてくれているのが分かった。
僕の右肩が倫子の左の二の腕に触れた。まだ夏前だというのに既に日焼けした倫子の肌の感触が伝わってくる。
少し歩くうちに何度か倫子の腕と僕の肩が触れた。僕のすべての神経がその一点に集中しているみたいだった。
雨の湿気のせいなのか、二人のどちらかの滲んだ汗のせいなのか分からない。しっとりした熱い感触が伝わってきた。
倫子にも同じ感触が伝わっているのだろうか。訊いてみることなんか出来そうにもないが、嫌そうな顔には見えない。そんなこと少しも気に留めていないようにも思えた。
お互いにそのことを口に出したりはしなかった。
駅までの道程を黙ったまま歩き、駅に着くと、倫子は改札口の前で小学生のように傘を振り回して水を切った。後ろからその姿を見ていたら、案の定、倫子の右半身はしっかり濡れ、白いブラウスの背中に雨が染みて下着が透けて見えていた。
し~んと静まり返る教室を見渡して倫子が口を開いた。
「誰が描いたんだかしらないけどさ、アタシは別として、どうせならもっといい男に描いてあげなよ……だよね、ミナミ ?」
唐突に倫子の口から僕の名前が飛び出したときには心臓が止まるかと思った。見えなくても自分の顔がみるみる紅潮していくのが分かった。
黒板には、"M"というイニシャルのついた男子と、"A"というイニシャルの背の高い女子が相合傘の下に仲良く寄り添う姿が描かれている。
深呼吸し、覚悟して視線を黒板に移すと、そこには笑顔の倫子の視線がしっかり僕を捉えていた。
< 了 >


