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「生きてる。」

大阪のとある町。
ここにある女性がいます。名前は「皐月(さつき)。」
歳の頃は20代半ばでしょうか?

背はそれほど高くはないが、小柄と言うほどでもない。
集合住宅に父と母と3人で暮らしています。

近頃では珍しく、ご近所でも明るくて人気が高い。
どうやらどこかの大学生の様だが、詳しい事は誰も知らない。

お隣の竹田さん家には高広君という10歳の男の子がいて、この子が可愛くてたまらないのだそうな。


朝合う。
「おっす。どこ行くんや?」
「がっこーやろ。」
「笑笑」

「行ってらっしゃいのチューしたろか?」
「・・・・・・。」
「ほんならまた今度な。」

ある春の日、竹田さんが
「皐月ちゃん、今日タラの芽がいっぱいあるよ。夕飯にお茶碗持って来なさいよ。」
「は~~い!」皐月は手を振って家に帰った。

それから1時間後、発泡スチロールの箱とお茶碗を持った皐月が竹田家のベルを鳴らした。
「ほんまにお茶碗持ってきたん。」
「タラの芽おいし~やん。みんなで食べよ!」
持ち前の明るい性格である。

遠慮もなくダイニングのイスに座ると「タカ君、おいでおいで・・・・。いいからおいでって。」と言って、むりやりひざに座らせた。

高広くんはひざに座って前かがみになっている。
皐月は高広くんが落ちない様に、腰に回している腕で引っ張っている状態。
お母さんはすぐに気づいた。
「高広。お姉ちゃんの胸が当たるから恥ずかしいんやろ。」

「え?」
「おお、そうなんか! もうそんなんになったか! ほんなら今日が最後や。」
あっさり厳しい皐月であった。

続けて母は「お姉ちゃん、いい匂いするやろ~?」
また高広くんが恥ずかしがる。
「可愛いヤツやな。でもそれはお姉ちゃんの努力でないのが残念やな。」

「でもそんなに好きやったらお姉ちゃんを嫁にもろてくれるか?」
「え~と、タカくんが20歳になったら、お姉ちゃんは34や。それでもええか?」

・・・・・。
「考えるな! おまえは可愛いのぉ。」と抱き締める。

そうこうしてる間にタラの芽のてんぷらができてきまして、皐月はみんなのお茶碗にごはんをよそいました。

母は問う。
「皐月ちゃんの誕生日はやっぱり5月やんなぁ。」
「いや。2月。」
「え? そうなん?」
「うちの親何を思って”皐月”にしたんやろ。謎やわ。」
「お~ほほほほほ。」

本当は、皐月は5月生まれで、7つ離れた妹が2月生まれ。
事情があって、8歳の皐月は誕生日のお祝いをしてもらったことがあり、自分の誕生日と妹の誕生日、名前を憶えている。
詳しくは後ほど。


「おいし~。けどパパの分置いとかな泣くで。」
と言って、そこそこでごちそうさましました。

「あれ?皐月ちゃんもう要らんの?」
「母君、そこは女の努力というものではありませんか?」
「へ~。」

「そうそう、大学の友達からイチゴもらってきたからオスソワケ。」
「このイチゴはその子が研究して、糖度25%まで上げたものやねん。」
「薬品その他はいっさい使ってない。糖度の高いイチゴをどんどん掛け合わせていったものだから安心してお召あがりください。」

フタを開けてみるとスポンジでイチゴを上下から挟んである。
底には保冷剤が敷き詰めてある。

「このイチゴは糖度が高いんだけど、糖が分解するのも早いねん。」
「一番持ちが良いのは5℃で、それでも明日には普通のイチゴになるねん。そやから早よ食べてな。」

「あーそれと、あんまり洗わんといて。洗うならササッと洗って水切ってな。」
「表面から糖がすぐに、糖やからすぐ水に溶け出てしまうねん。」
「神経質やけど、・・・たぶんおいしいから。」

「ほんなら味見しよ。」
「母よ。」
「すっごい! これはすごい! 甘い!」
「あ!タカくん、父ちゃんの分置いとかなあかんやん。味見やろ? ちゃうんか?」

「このイチゴ作った友達って、なんかそんな研究してる人?」
「いやいやいや、趣味 趣味。家でやってるねん。」(本当は同校農学部の院生であるお友達の研究テーマ。)


皐月のスマホにLINEが入った。
「チチカラヨ。「どこおるん?」ってさ。」
「・・・・・・・。江戸って返すわ。」
「ははは。」

しばらくしたら父が迎えに来た。
みんなでウケた。
竹田さんの自宅は、父には江戸だと思われているのであった。
皐月もお茶碗を持って、父と一緒に家に帰りました。

翌日は土曜日。
皐月はまた竹田家にTeaに行っている。

「高くん、嫁にするならヒザのしたるで。」
言葉を発せない高広は残念であった。

まあいつものたわいない会話が続いたのだが、ふと皐月の大学はどこなのか? という話になった。
ことこれに関しては近所で誰に聞いても「知らない。」なのであった。

「皐月ちゃんってどこの大学行ってるの?」
「え?」
「誰に聞いてもみんな知らん って言うから、やっぱり聞きたいやん。」
「・・・・。」

「? あ! 2年あれしちゃったか? ええやんええやん、そんなん珍しくないよ。」
「・・・。ほんでぇ、どこ?」

皐月はす~っと息を吸い込んで、北の方を指差して「あっち」とだけ言った。

まぁこれほど徹底してヒミツにするのだから、もうこれ以上聞くのはやめようと、竹田さんは思った。

ある夏の日、皐月は友達との帰り道。
友達が「暑いわ。どっかお店入って飲みながらダベろうよ。」
でも皐月は「あー・・・・ちょっと帰るわ。いつもいつも申し訳ない!ではでは。」
潜る様に帰っていった。
「”ちょっと帰る”ってどういう意味や。」

友達らは いつも帰ってしまう皐月を意地でもどこかに連れて行こう という事になった。
おもしろ半分ではあるが。

後日同じく誘いを掛けた。
いつもの如く「また、どこかで・・・いつの日か。申し訳ない!」

「来た!」
一人が皐月のカバンを取り、二人が両側から腕をつかんだ。
もう一人が皐月の正面から「一度でいいから付き合いなさいよ。おごるから。」と言った。

これには皐月も観念して一緒に歩きだしたのだが、
「やっぱ その辺で缶ジュースとかでいいんじゃない?」

友達らは「お金の問題か???」
だいたいみんなの腹の内では次の通りである。
「ファミレスのドリンクバー250円はダメで、ペットボトル150円なら何とか??? イマドキそんな苦学生がいるのか?」
皐月は護送されたままファミレスに入った。

たまたま店内の奥に同じ大学の男子が4人いた。
「おぉ、何やおまえらも苦学生か。」
これは皐月ではなく女子5人に対してだ。
気の利いた冗談ではないが、悪い奴らではない。

ふつうなら同席して楽しくおしゃべりなのだが、黙っている皐月に友達が「今日はおごったるからな。心配せんと。」と、言ってるのだが、「あー、うん。ま!あたしはぼちぼち・・・。」
「ちょいちょいちょい。あかんあかん。誰かにおごられるのがイヤなら、今日はみんなでおごるわ。ほんだら気にせんでええやろ。」

つまり女4人で250円を割り勘するという提案。
同席の男子学生も「何や分からんけど参加する!」と手を上げる。
何らイヤミではなくおもしろ半分。悪い奴らではない。
その結果、8人で250円(ひとり30数円平均)おごるという、前代未聞の、一種の友情であった。

話は盛り上がりつつ、一人の男子学生(名無し)が皐月にゆっくり間を詰める。
皐月はゆっくりゆっくり近づかれるので、ゆっくりゆっくり離れる。
見かねた友達が「あんた分かれへんの? 来るな言うてるやん。」

焦った皐月は「怒ったとかそんな悪く思った訳じゃないんだけどね。」
「あかんよ皐月、中途半端にしてたら。押してこられるよ。」
「あんただけちゃうけどな。」
この男子学生もバカではない。「俺そこまでせえへんよ。」
ここが引き際だ。

しかし、結局これが引き金となって、
「ごめんなぁ。やっぱりあたし帰るわ。なんか、向いてへんのかなぁ?こういうのは。」と言って、250円を隣の友達に渡して帰ってしまった。

何となく事情を察した男子学生たちも申し訳なく、暗い雰囲気になってしまった。
「あの子はどうにもこうにも。けど明るくて面白くて、一緒にいたら気持ちいい。いい子やねんけどなぁ。何とかしようと思っても、絶対に意思を曲げないところが、逆に凄いわ。」

さて、ステージは自宅付近に戻ります。

ある日、皐月の1年年下の義之とそのお母さんと竹田さんが話し込んでいた。
義之は近所で有名な秀才。
高校は名門K高校からO大学にストレート合格して商社に就職。
絵に描いた様な、誰もが納得のいく青年。


その話の中で義之が、「高校の時駅で皐月さんを見たことある。同じK高やった。」とか「1年上にスーパー女子がいるという噂があった。」「時々その話題があって、どうも同一人物っぽい。」とかの話が出た。

「見かけたって、それホンマに皐月ちゃんやったん?K高やったって聞いたことないで。」
「僕も学年が違うし見たのは一度っきり。でも顔は知ってたし、自分の学校の制服を見間違うはずないやん。」
「そらそうやな。」

「ほんでスーパー女子って何?」
「3年間、学校のテストも実力テストも模擬試験も、1問も落としたことがないらしい。前代未聞のまま卒業したって。」

「その話ホンマなん。」
「先生が言ってたからホンマちゃうかなぁ?」
「それ皐月ちゃんやろか?」
「・・・。」「・・・。」

そこに竹田さんが「皐月ちゃんにどこの大学か聞いたら、北の方を指差して”あっち”って言ってたよ。 もうそれ以上は聞かなかったけど。K大やろか?」


ここで出てきた話をすべて本当のことだとすると、皐月が名門K高校のスーパー女子で、おそらくストレートで超名門K大学に合格。
それで今24歳であるから(留年はしてない可能性が高いので)大学院生という事になる。

確たる証拠はないが、パズルはすべてハマった。

そうなると本人の口から聞きたくなる。

またいつもの様に土曜の昼過ぎ、Teaにお邪魔していた皐月に、
「なぁなぁ皐月ちゃん、K高校行ってたん?」
「ほんで、K大の院生じゃないか? って話になって、ホンマのところどうなんやろっ? て気になってな。」
「・・・・・・・・・・。」

「うん。たぶんそれあたし。」
「・・・・・・・・・・。」

「あ~もう3時半や。ぼちぼちおいとまするね。いつもお邪魔です~。」
「ちょっと・・・いや」。
変な感じで帰って行った。竹田さんは思った。
「何か悪いことしてしもうたかな。けど別に隠す事ないやろにな?ええことやし。」

後日、義之の母と竹田さんの奥さんが立ち話。
竹田さんの奥さんはこらえきれず、皐月が自分の口からK大の院生であると言ったと喋ってしまった。

この話はアイドル的存在であった皐月の事であったため、近所のあちらこちらに話が流れて行った。


とうとうそれほど深くない、あいさつ程度の人からも「あんたK大行ってんやてな。すごいな。」とか、
小学生の子を連れたお母さんが前で「ご利益、ご利益。 ははは、冗談やで。」

皐月はこういった事がイヤでたまらない。
普通ほど幸せなことはない。だから目立つことを避けていたのに。
喋ってしまった自分に「しまった。」と思った。

やむを得ず、とうとう家を出る時刻は誰もいない早朝になってしまった。
自転車を漕いで駅まで30分。
ほぼ始発で通学。


竹田さん夫婦が、あまりに皐月を見かけなくなったので、大変な事をしてしまったんじゃないのか? と思った。
早々に夫婦で皐月の家に行って両親にいきさつを説明。
その時家には皐月が居なかったので、「申し訳なかった とお伝えください。」と言って帰った。

実はこの頃、皐月は家には帰らず、ほぼ大学の研究室で暮らしている状態になっていた。


皐月はK大理工学部化学科の院生。
みんなは最先端テクノロジーに乗っかるべく、超電導等の方向に傾倒している。
だが皐月は2年の時からずっと二価アンモニアの合成に心血を注いだ。

二価アンモニアとは、普通のアンモニアは水素を輸送するのに適しているが、漏れると強烈な臭気や毒性もあるため危険視されている。
それでも「水素」を輸送する方法としては優れている。

そこで価数を増やして臭気や毒性をなくしつつ、高密度化してアンモニアよりも多くの水素を輸送しようというもの。

研究室レベルではすでに完成しているが、製造コストがかかるため商業化はされていない。
皐月はこのコストを1/10以下にすることが研究のテーマである。

これを研究開発しているのがK大とS社である。
大学はお金がなく、比して恵まれた環境で研究を進めることができる企業にはなかなか勝てないものである。
しかし、これに関してはずっとK大が少しリードしていた。

皐月も大学からの研究資金が少ないため、計算を徹底的に煮詰めて1回きりの実験でデータを取る。
必要最小限の実験データから、こまごまと論文発表していた。

このお金は大学から出るお金と、皐月が奨学金の一部を自腹で出していた。
遊びに使うお金などもったいないと思うのはこれである。

論文は専門英語力が不可欠。
皐月は高校3年から大学1年まででほぼ習得し、多くの論文を読んで慣れ、自分でも信頼性の高い論文を作れるようになっていた。
研究成果は即発表して、実験を重ねる企業の開発を抑え込む。

これをひたすら繰り返して狙っていたのは、企業からの資金提供であった。
企業には毎年億の研究資金を掛けても、常に先を取られるK大に対して「勝負するより資金提供して特許の使用料優遇を得る方がメリットがある」と判断させること。

それと、もう一つ研究を急ぐ理由がある。
“里子の”皐月には7つ年下の妹がいて、早く自分の家族として呼び寄せたいと思っていた。

皐月が8歳位の時、1歳の妹を丸1日面倒を見ながら、峠の休憩所で母が帰って来るのを待っていた。
辺りが暗くなってきて、同じ休憩所にいた人が「様子がおかしい」と警察に連絡。

それで保護されたが母親は現れず、施設で暮らすことになった。

現在の母(義母)は独身だったが子どもは欲しい(育てたい)と施設にやってきたのだ。
幼い子や難しい子は手に負えなくなったら困る。

そこで気に入られたのが皐月。
わずか9歳だが際立った存在だった。
7つ下の妹がいたが、二人育てるのは難しいということで皐月一人が引き取られる事になった。

皐月は頭のいい子。
「いい」とも「いや」とも言わず、大人に従った。
貰われていく日に、この義理の母を「お母さん」と呼んで手をつないだ。

しかしこの義理の母は、体は丈夫な方ではなかったし、経済面でも恵まれてはいなかった。
それでも一生懸命に育ててくれ、時々妹に合わせてくれる母のことは大好きだった。

その母も縁あって結婚し、皐月にとっては父親もできた。
それでも経済面ではそれほど恵まれずであったが、将来のことも考え、大学に進学した。
元々頭のいい子で、塾通いする子らとは違う。

大学は奨学金を得ているのだが、今頃は小遣い付きの奨学金がある。
これを選んだ。
自分の進路を決めたとき、必ずこのお金が生かせると考えたからである。

「大学院に進み、研究成果を挙げて博士号を得る。」
「自分の実績を買ってくれる企業で開発に携わる。」
これが目標である。

「実績を上げるには相応にお金がいる。それは大学からの資金だけでは間に合わないだろう。」
「小遣い付き奨学金は確保しておいた方が良い。」


やがて狙い通りに企業からの投資も得、24歳になった今、およそゴールが見えてきた。
25歳で完成してそのまま就職できそうだ。
大学の残り2年は学校が出席扱いにしてくれて無事卒業。博士号を得ることができる。

企業では開発部門。成果は求められるが収入は多くて安定もする。
奨学金の返済、家計にも入れて、妹を呼んで4人家族になる。


その予定であったのだが「事故」が起きる。

皐月が駅の近くの交差点で車にはねられてしまった。
家族は警察からの連絡で知り、父親が本人確認に行った。

母親は動揺していける状態ではない。それどころかひとりで家に置いておく事さえ心配な状態である。
やむなく隣の竹田さんに協力を頼んで、母親を見ていてもらうことにした。

数時間して、竹田さんが警察から帰ってきた父親に結果を尋ねた。
「どうでしたか?」

「分からなかった。」
見ても分からなかった。

竹田夫妻は自分たちが自殺に追い込んだのではないかと泣き崩れた。
父親は「そんな訳ありません。あれは不慮の事故だった。」と言った。

後日、家族葬だと言って荼毘に付したのだが、どんどんと人がやって来る。
会場が小さいので、焼香が済んだら外に出て待つ。
人気者だったゆえ、一種やっかいな葬儀になった。


その後夫婦は「知らない人の中で暮らそうと思う。」と言って引っ越しをした。
田舎の一軒家で暮らしはじめたのだが、その後もずっと悲観にくれていた母は、つらさ苦しみから結局命を絶ってしまった。

父はもうそこに暮らす必要がなくなり、どこかへ引っ越すつもりでいたが、ふと大事なことを思い出した。

「姉がなくなったことを妹には知らせていない。」

すぐ施設に行き、皐月の妹”ゆり子”に事の次第をすべて話した。
高校3年生になっていた”ゆり子”は「はい分かりました。ありがとうございました。」と言った。
姉にも負けないほどの、しっかりとした娘である。


ゆり子はもうすぐ高校を卒業する。
一応18歳になったら施設を出るという決まりがある。
実際にはもう少し残る事も選択できるのだが、ゆり子の選択は「園を出てお父さんと暮らしたい。」だった。
父は「実の娘として歓迎する。」と答えた。


父はゆり子を姉が暮らしていた家、部屋へ案内した。
ゆり子はぐるりと見回して「お父さんここで暮らそうよ。」
「うん。お前がいいならそうしよう。」

言うなれば再入居の様なものなのだが、一連のことでここは事故物件となっていた。
家賃は以前の半額である。
母と姉の思い出がある二人にとっては、いい事ずくめの暮らしとなった。

ゆり子は高校を卒業後、K医大に進学。
その後卒業して付属病院で勤務。

本人は医学会委員を希望していたのだが、たまたま応援で入った救急で、「素早く的確で一度に多くの患者を診れるヤツだ。」と好評を得て、手を離してもらえず結局は準救急医(待機医)となった。

救急医のゆり子は業務で家を空けることが多く、へとへとになって帰ってくることも多い。
そこで家政婦を入れることにした。
へとへとのゆり子の身の回りまでとなると住み込みできる人がいい。
希望するとすぐに見つかった。
向こうにとっては自分の家が要らないのだから、Win Winである。

父と娘、そして家政婦。
外から見れば3人家族だろうか?

ゆり子は家に帰ると皐月が居た部屋に居るのが大好きだ。
ず~と、部屋から窓の外を眺めている。

「ゆり、何か面白いもの見えるんか?」
「空とベランダの壁とアルミサッシ。」
「何とも。」
「皐月姉ちゃんはそこからお前の姿を見てたのに、おまえときたら。」と叱ってみた。


ゆり子も隣の竹田さん家に行くようになった。
もともと救急という不規則な勤務で家にいる事が少なく、竹田さん家にも行くので、いったいいつ居ていつ居ないのか、家族もさっぱり分からない。

分かった。部屋にカバンがあって、家にいなければ竹田家にいる。

でも帰ってきたらよくこぼす。
「行ったらお姉ちゃんの話ばっかりだよ。わたしは何なんだ。」
「お姉ちゃんの話がいっぱい聞けていいじゃないか。物事はアクティブにとらえないと。」
「そーですね。その通りです。」

ゆり子はうとうととしながら目が覚めた。

ふとキッチンに目をやる。
父と母と皐月が居る。

「起きたか。ゆりも早よおいで。あたしの目玉焼きケーキ食べるやろ?」

フライパンに6つの黄身を円形に、キレイに並んべて焼く。
これを大皿に乗せて、ケーキの様に取って食べる。
2人の時は3個づつ。3人になったので2個づつ。
皐月の得意料理である。

母は「ロウソク探してくるわな」と言って奥に行ったまま帰ってこない。食べないのでしょう。


「ゆり、よー寝とったな。ええ夢見とったんか?」
「お姉ちゃんが赤ん坊のあたし連れて施設入ったけどすぐに里子に出てK高校からK大行って博士になりかけたところで事故で死ぬねん。」

「・・・・・・・・・・・・・・。」
「おまえ、いやなやつやな。」
「夢はコントロールでけへんわ! はははは! ほんだら仕事行ってくるわ。」
「おーごくろう、ごくろう! あたしももう用意せな。」


父は自営業。皐月はOL。ゆり子は教員。母は専業主婦。
現実の世界は、ゆり子にとって「日々平凡」という幸せがある。

「よし、わたし、生きてる。」

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