掲示板

してほしいかも

ママ友と話していて、
○○してほしいかも・・といわれました。えっ?と思ったのですが、どうやら、~してほしいという意味の婉曲表現のようです。

高校生と話しても、~してほしいかもという言葉が頻出します。
思い切って、へんな言い方だと思う、~していただけますか、せめて~してくださいと言ったらどうかといいました。

すると、そんな言い方はきつすぎると一蹴されました。上から目線のいい方だとも・・。そうなのですか・・。

他にも、~されてくださいなどという違和感満載の言葉もよく聞くようになりました。

言葉は変遷します。しかし、平板なアクセントに加え、今までにないいい方がどんどん出てきています。このまま表現が変化していくと。数十年後の若者とはコミュニケーションをとるのが難しくなるのかもしれません。


3 件のコメント
1 - 3 / 3
面白い表現ですね。
実際に使っている場面に出くわしたことはまだありませんが、ネットの世界やラノベのような文章表現の中では見かけたことがある「かも」。

インターネットが一般化して以来、コミュニケーションのかたちはどんどん変化しています。
聞くところによると、若い人たちの中にはメールやSNSによるコミュニケーションに比べると、電話でのコミュニケーションは直接的過ぎて敷居が高く感じる人もいるそうです。

勝手な想像ですが、この「してほしいかも」という表現は相手との距離感を確認・推量するための表現ではないかと思います。

相手との距離感をどうすべきか不明な場合に「かも」をつけることで、同意あるいは拒否のどちらも選択可能な状態に相手を置く。

「してほしい…でもあなたがイヤならそれでもいい」
言わば相手との距離感を保ちつつ相手を気遣う婉曲表現なのではないかと思うのです。

ご投稿された文中にある「そんな言い方はきつすぎる」というのがまさに距離感をあらわしていると思うのです。
おそらく年下の人からすると、年上の人にそこまで距離感を縮めた表現はできないのではないかと。

今後の距離感の変化によってきっとその方の話し方も変わっていくと思いますが、今はおそらくsawa875さんがその方からすると一目置くべき人物と思われているのではないでしょうか。

話は変わりますが、若い人たちが使う言葉は彼らだけのコミュ二ティでのみ通用するものなので、そのような言葉による世代を越えたコミュニケーションは所詮無理があると私は考えています。

いわゆる「若者コトバ」は彼らだけの仲間内で通用するものであって、それを使いコミュニケーションをとることが彼らが彼らであることの証明でもある、と思います。
おそらくこのような仲間内だけで通用する「言葉遊び」は清少納言の時代からもきっと存在していたのだろうと勝手な妄想をして楽しんでいます。

言葉は変化していくだろうけど、世代間のコミュニケーションに使う言葉は「若者コトバ」とは別に存在し続ける。
楽観的かもしれませんが、そう考えています。

興味深いご投稿ありがとうございます。
ただ今後不安に思うのは幼児・低学年児童に対する英語教育。

日本語という日本人の精神構造の根幹をなす言語を習得すべき大切な時期に英語という機能的な構造にのみ特化した、全く違うタイプの言語を強いる教育には危惧を感じています。

そして近年多く見られる外来語表現と意味不明な略語表現。

これによって日本語がそれこそ変容し、日本語によるコミュニケーションが崩壊してしまうことを危惧しています。

今まで考えられなかったような言葉の変化が発生し定着する。
そして崩壊へとつながる。
そんなことにならないように願うばかりです。
してほしいかも、普通に言うし聞きますよ。
ママ友とは、母親同士の友人のことを言います。
sawa875さんはママさんなのでしょうか?
コメントするには、ログインまたはメンバー登録(無料)が必要です。