あの創価学会と顕正会を生んだ日本最古のカルト「日蓮正宗」の恐ろしさ
「日蓮正宗(にちれんしょうしゅう)」という宗教をご存じでしょうか?
え?日蓮宗なら聞いた事は有るけど何それ?とかお思いの方も多いでしょう。社会の授業では日蓮宗には触れていましたけど日蓮正宗の話はされなかった筈です。実際自分も顕正会について調べる過程で初めてその存在を知りました。
そもそも日蓮宗と日蓮正宗は大本は同じで、日蓮を開祖とする日本発祥の法華経信仰であり、その後に弟子で第二祖となる六老僧がその教えを継承し日蓮宗となったのですが、その際に六老僧の一角である日興が懐を分かち、そこから日蓮正宗が起こりました。総本山が富士宮に有る事から、富士門流とも呼ばれます。
「日蓮原理主義」を標榜し、日蓮を神格化している所からも何となく察せられる様に、全体的に排外主義的思想やカルト性が強まっている印象で、日蓮宗と比べても折伏(要は他宗教の信徒の論破と強引な勧誘)を宗祖の正意としてより重きを置いています。
実は政教分離の原則を揺るがす存在として度々話題に上がる創価学会も、「オウムの再来」とも例えられ危険視されていた顕正会も、元々は日蓮正宗の信徒団体を起源とする教団で、その後になんだかんだ有って破門されて独立したという経緯を持ち、それぞれの教義にも多かれ少なかれ影響を及ぼしています。日蓮宗や、同じく法華経を信奉する天台宗も含めて互いを相互に敵視していますが、同族嫌悪に近いものを感じます。
え?戦前戦中に日蓮を崇拝する、もっとヤバい連中がいたじゃないか?あれは日蓮宗とも富士門流とも天台宗とも大乗仏教とも、戦後の法華経系新宗教とも断じて関係の無いただのテロリスト集団なのでここでは扱いません(キリッ
え?「死のう団」はカルトな事はカルトだが、テロリストというより寧ろ戦前の官憲による国家暴力の被害者?確かにその通りで、この組織の様な思想は寧ろロスジェネ世代の閉そく感と手詰まり感が漂う現代の方がニーズが有りそうですし、孤独死予備軍とか無敵の人とかの破滅願望をもっと建設的な形で昇華させられる意味でも注目していますがそれはそれで・・・
―――話をしよう。
あれは今から 36 億―――いや、800 年前だったか。まあいい。
後の世に於いて大聖人と一部の信徒から崇められる男がいた。
確か、最初に会った時は―――「日蓮」!そう、彼は最初から言う事を聞かなかった。私の言う通りにしていればな。
時は初の武家政権が立ち上がってまもなくの鎌倉時代。しかし、天下太平には程遠く、国内も災害や内乱が相次ぎ、外に目を向ければモンゴルがユーラシアの広範囲を侵略していた。
その日蓮は排外的で、終末思想めいた過激な思想の持ち主であった。
いや、最初からそうだった訳では無かったそうなのだが、延暦寺で学ぶ中で諸宗が法華経の最勝を否認している現実、そして天台宗の密教化に絶望し、自らが法華経を弘通するしか世を正す術は無いと確信し行動を開始した。
その発露が「立証暗黒論」と呼ばれる預言書、もとい諫暁書であった。
え?それを言うなら「立正安国論」だって?確かに正式名称はそれで間違いは無いが、他の宗教や宗派、更には当時の鎌倉幕府や朝廷への恫喝が多分に含まれている代物(問答の形式で表現をマイルドにしてはいる)故、「立証暗黒論」でまあ、いいんじゃないかな?
当然ながら幕府や他の宗教からのヘイトを一身に浴びる事となり、それはもう悟りの境地に行き着いた筈だった温厚な人格者すら地獄の業火の如く大激怒させた程で、流刑になる事が決まっていた筈の彼を何者かが秘密裏に斬首する様に謀った。後の世において「龍ノ口法難」と呼ばれる事件である。
ところが、この時役人に「そんな装備で大丈夫か?」と忠告する者が居なかった事が役人にとっては不幸、日蓮にとっては幸運であった。
役人達が太刀を振り下ろさんとしていたその刹那、日蓮の耳に天からの啓示が聞こえ、曰く、
「仏は言っている、ここで臨終する定めではないと・・・(意訳)」
次の瞬間、雷鳴が轟き、気が付いた時には振り下ろした筈の太刀が根元から折れており、刀身は明後日の方向に舞っていたそうである。これには役人達も恐れ戦き、日蓮は難を逃れた。これが後年に日蓮が一部で神格化されるきっかけになった出来事とされる。
以降も度々死にかけるのだが、その度に
「仏は言っている、ここで臨終する定めではないと・・・(意訳)」
といった具合で生き永らえ、そして時には
「仏は言っている、全てを救えと(意訳)」
との啓示に、
「貴方方の頼みは断れないよ、仏は絶対だからね(意訳)」
と返し、広宣流布―――即ち法華経の国教化に邁進する。
聖徳太子が法華経を講じて 600 年余り、最澄による天台宗の渡来から 400 年程になるが、やり方の是非は兎も角、彼とその弟子達による一連の働きによって日本における法華経信仰の大衆化への道筋が付いた。
時は流れ、彼の入滅が間近に迫る頃、弟子達を集めて最期の説法を行い、6 人がその教えの正統な継承者となった。
彼らが見えるか?後の「六老僧」と呼ばれる者達だ。
ところが、その内の一人―――日興は日蓮に心酔する余り日蓮を神格化し「日蓮原理主義」という信仰の暗黒面に堕ちた事で他の 5 人と懐を分かち、富士宮に降った事に気付いたのは、身延の地からあらゆる“知恵”が持ち去られた後だった。
以降、日興から連なる一派は「日蓮本仏論」―――即ち日蓮そのものをブッダをも遥かに凌ぐ末法の世の唯一絶対の仏―――大聖人として崇拝の対象とし、本来ならば信徒の救済、しいては国家の救済の為の広宣流布を標榜していた筈が、彼らのそれは日蓮の為の広宣流布へと変質したとされる。それが表れているのは本尊の扱いで、富士門流では仏像を謗法として認めず、文字曼荼羅こそが日蓮と一体不二の本尊であると位置付けている。何より富士門流は自分達だけが日蓮の教義を正しく受け継いでいると自認すると共にそれを根拠に折伏を大聖人の正意として実践し、一方で他の六老僧とその流れを汲む者達は「お前に正義など、無い!」と認めなかった。
これが後の世における日蓮正宗と日蓮宗の起こり、そして長く続く対立の始まり、何より富士門流の系譜が「日本最古のカルト」たる所以である。
しかし、近現代に於いては日蓮正宗―――というより富士門流も一枚岩とはいかなくなっていく。
戦後、信徒団体の一つで主に在家信者の受け皿となった創価学会の規模が拡大していって富士門流の裾野を広げる役割を担い、正本堂を寄進する等宗門に対しても大きな影響力を持ったが、教義の解釈の不一致から次第に溝が広がり、遂には宗門から組織丸ごと破門され、以降は独自路線を歩み始める。カルトの代表格として危険視された時期も有ったが、現在はどちらかというと穏健派となっており、宗門や顕正会との対立は有れど報道される程の騒ぎになる事は少なくなった。まあ、公明党との関係性も有って政教分離の原則の面で問題視される場合は有るがそれでも顕正会よりはマシである。
寧ろ、これに先駆けて日蓮正宗から破門された別の信徒団体・妙信講が問題で、この組織は政教分離の原則を記した現憲法に真っ向から喧嘩を売る程の武闘派集団であり、その性質を例えるなら「日蓮原理主義」のエッセンスを極限まで煮詰めて結晶化した存在で、どう考えても憲法改正が前提となる日蓮正宗の国教化、そして厳密な意味での国立戒壇に頑なに拘る「超」が付く程の強硬路線を採り、流石の元祖「日蓮原理主義」の宗門でさえ庇い切れなくなり三下り半を突き付けられ独立した。これが後の顕正会である。
以降、自分達が「富士門流の正統」を自認すると共に会長一族の専制君主化と彼らに依る教義の私物化、更にはあのオウムを彷彿とさせる終末思想への傾倒が急速に進み、真の国立戒壇と日蓮崇拝の国教化(彼らのそれは厳密には法華経や日蓮正宗の国教化とは似て非なる概念である)を自分達が主導権を握る形で実現する事を掲げ、その為に就職氷河期世代を喰い物にしたブラック企業も裸足で逃げ出す程の、行き過ぎかつ捻じ曲げられた悪しき成果主義と徹底した洗脳教育によって「モラル?ガバナンス?コンプライアンス?なにそれおいしいの?」な土壌が醸成され、その行いの為に一時期は公安調査庁からも目を付けられていた位にはヤバい教団であった。これでも最近は大人しい方である。


しかしながら、いくつか気になる点もございます。まず「カルト」「ヤバい」といった表現は、客観的な学術用語というよりは強い価値判断を含んでいるように思われます。
「ブラック企業も裸足で逃げ出す」「モラル?ガバナンス?なにそれおいしいの?」といった表現は、事実の指摘というより感情的な非難に近くなっています。
特定の団体を批判する際にも、具体的な行動や判例などに基づいた検証可能な表現を用いることが、議論の質を高めると思われます。
また、公安調査庁の対象であったという主張については、出典が示されていないため、風説の域を出ない可能性もございます。
特定の宗教団体を批判的に考察することは重要ですが、その際にはできるだけ中立的な用語を選ぶことで、より建設的な議論が可能になるでしょう。
また、「龍ノ口法難」における雷鳴の奇跡を史実として肯定的に紹介している箇所がございますが、これは信仰の立場による解釈であり、歴史的事実として検証可能な証拠があるわけではございません。
宗教現象を説明する際には、信者側の視点と学問的な視点を区別して記述することが望ましいと考えます。
全体として、本稿は読み手に強い印象を残す力強い文章ですが、より慎重な表現と客観的な視点を加えることで、一層説得力が増すのではないかと拝察いたします。
先日 法事に行った時
大曼荼羅の掛け軸が3枚あって
日蓮さんが書いた 大曼荼羅の
コピーが一番高い そうです
あなたはxxxがブッダの生まれ変わりということを、
・知っている
・今知った
どっち?😄
もちろん最初はハッキリ顕正会とは言わないです。まー話聞いてりゃ宗教てのはすぐ分かりますけど。
その同級生が入会(入信?)した経緯を聞いて『なるほどね』て思ったのを覚えてます。
宗教の話は、俯瞰して話する分には面白いんですが荒れ易いので避けてます
だって信じてる方はマジですから。オチョくられれば腹立つのは皆同じ🤔
どんな宗教へも攻撃的な態度をとれば自分を下げるのと同じですからね。
私のように盆と正月くらいしか祈らない人間からしたら、宗教を一生懸命されている方は凄いと思いますよ。
>> sawa875 さん
あぁ、そこは突っ込んだら負けです。史実をなぞりつつも多分にブラックユーモアを交えて書いてますので。とりわけ「龍ノ口法難」については伝承自体がフィクションの産物と言われたりする位眉唾な出来事らしいので。