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【読み物】走れ、駐在さん!③守るべきもの

このお話はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
三話完結の最終話です。
第一話はコチラ
 https://king.mineo.jp/reports/239828
第二話はコチラ
 https://king.mineo.jp/reports/240011

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三ヶ月後、俺たち家族はこの町に赴任した。

町民の顔を忘れて呆れられたり、相談ごとに上手く対応出来なかったりと色々失敗はあったけど、何とか町のみんなと家族に支えられてここまでやってこれたのは俺の手柄じゃなくてみんなのおかげだ。この町に来て本当に良かったと実感し始めた頃、町で大きな事件が起こった。

役場の終業ベルが鳴り響く。

今日の業務は終了だ…入口から官舎の中を覗くと、五十嵐さんと工務店の社長がビールを飲み始めている。俺は一先ずパトカーの洗車をしてから風呂に入って…
パトカーを表に出し洗車を始めようとした時、役場の玄関あたりから女性の悲鳴が聞こえた。俺は警棒に手をかけると全力でダッシュする。
『どうされましたかっ?あれ、辻さん…』
屈んだ辻さんの足元に、男性が倒れている。あれ?この人、役場の宿直さん…?
「私が車で通りがかったら、ここに倒れてたの」
バイタルサインのチェックをしながら、辻さんが応答する。
「マズい。これはたぶん心筋梗塞…」
『じゃあ、救急要請を直ちに行います!』
「それから、役場からAEDを!あと、町内放送で救援要請の放送っ!」
辻さんが全てを言い終わらないうちに、俺は全速力で駐在所に戻る。駐在所に設置された非常放送の電源を入れ、定型文の放送をスタートさせた。
「町内の皆さまにお伝えします。只今、急病人が発生しました。ご協力いただける方は、至急役場に…」
「日比野、誰か倒れたのか…?」
『役場の宿直さんが…心筋梗塞みたいです!』
俺はそう答えながら駐在所のカウンターを飛び越えた。
「莫迦っ。そっちに入ったら機械警備の警報が…」
「AEDが必要なんです!後で警備会社の連中が来たら俺の代わりに事情を説明しといて下さいっ」
そう言って再び俺はカウンターを飛び越える。同時に一一九番通報した俺は、俄に信じがたい一言を耳にした。
『何?救急車が出払ってる?』
AEDを辻さんに手渡しながら会話を続ける。
「町の救急車は二台とも救急搬送中。隣の市は秋祭りの真っ最中で交通規制。他所から救急車を回しても病院到着まで一時間…」
辻さんが手早く除細動の準備を始める。
『パトカーで搬送出来ませんか?』
辻さんが声を荒げる。
「心臓が止まろうとしてる人間を椅子に座らせるなんて有り得ないわっ。除細動開始。みんな、離れて!」
集まり始めた町人を一喝する辻さん。鈍い衝撃のあと、辻さんがバイタルチェック。俺は同時に救急と話を続けていた。
『で、市の救急病院は受け入れ可能か?』
「当直の医師もいますし、ベッドも空いてます。ただ…」
『ただ、何だぁ?』
俺は苛ついた。
早くしろ。こっちは人の命がかかってんだ!
「秋祭りの真っ最中ですから、交通規制とえらい人だかりで…入って来れるんなら処置可能です」
俺は一旦電話を置くと、パトカーの無線で呼び掛けた。
『こちら西住町駐在。急患発生!救急搬送するので市内の救急病院までの交通規制を解除されたい。人命に関わる緊急事態につき、至急対処されたし!』
ただならぬ気配に気付いた妻が、パトカーに近寄って来た。
『仁美。すまないが無線で今俺が言っていた事を繰り返して欲しい』
「わかった。やってみる」
妻は助手席に乗り込むと、無線で繰り返し呼び掛け続ける。
『辻さんっ!』
「救急搬送はまだ?グズグズしてたら死んじゃうわよ。…マズい。バイタル低下!」
辻さんが人工呼吸を始める。何か手はないか…
「救急車じゃないけど、ストレッチャーで搬送できる車はあるよ」
車両の提供を申し出てくれたのはデイサービスセンターの職員さん。
「ただ…」
『ただ、何ですか?』
「今、ドライバーが非番でいないんだ」
俺が行くか?いや、普通に走ったら信号で引っかかって時間が…かと言ってパトカーじゃ行けないし…
「ドライバーなら適任が一人います」
そう言って声を上げたのは工務店の従業員さん。
「運転なら、ウチの妻にお任せを」
は?得意とかじゃなくて緊急事態に対処できるかどうか、だぞ?
そんなことを考えているうちに、自転車の物凄いブレーキ音とともに彼女は現れた。自転車をその辺に放り投げた彼女が自信たっぷりに周りを見渡す。
「すみません。遅くなりました」
「おお!来てくれたか…安村さんとこの彩乃ちゃんなら大丈夫だ」
デイサービスセンターの車を役場の玄関に横付けし、搬送の準備が始まる。
「で、どれ位かかるの?急いで!」
辻さんが苛立つ。その時、俺の頭の中に一つのアイデアが閃いた。
『安村さん、でしたね』
「はい」
『貴女にお願いがあります。俺…いや僕がパトカーで先導します。僕の指示に従っている限り、搬送車はパトカーと同じ…』
「みなし緊急車両、ですよね」
『そうです。できる限り飛ばしますんで、遅れないようについて来て下さい。あと、誰か一人…』
「僕が行きますよ」
安村さんの夫が名乗りを上げる。
『僕の携帯とご主人の携帯を繋ぎっぱなしにしましょう。パトカーには妻を乗せていますから』
「もと交機のエースと一戦交えるなんて光栄ね」
彩乃さんが不敵な笑みを浮かべる。
ふざけてんのか、こいつ?
「バイタル、更に低下っ!急いで!」
苛つく辻さんに急かされるように俺たちは車に乗り込むと、荒々しくタイヤを軋ませながら発車した。

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『くそっ』
搬送車のペースが有り得ない程早い。
後ろからハイビームでガンガン煽って来る。いくら俺の車がワゴンタイプとはいえ、向こうはワンボックス。性能で言えばこちらが遙かに有利なはずなのに、煽られまくるとは…
しかも、繋いだままの携帯からは『左コーナーの突っ込みが甘い』とか『アクセルオンのタイミングが遅い』とか好き放題言ってやがる。
やがて俺の苛立ちが頂点に達した頃、俺たちは救急病院の前の通りまで到着した。

『何だこれ…』

あれ程頼んでいたのに全然交通整理されていない。

俺はサイレンのボリュームを最大にする。妻が『救急搬送中です。道を空けて下さい』と連呼しているにも関わらず、なかなか人は道を開けてくれない。それどころか道に出てきて写真を撮る奴まで出てくる始末。
俺の中で、何かがプツンと切れた。
まだ来て間もないけど、俺たち家族を暖かく迎えてくれた町。
優しい町の人たちと俺たち家族は仲良くさせてもらっている。
まあ、町の人たちは俺の家族みたいなもんだ…その家族を守れない俺は警察官たる資格はないし、何よりも家族を見殺しにするなんて出来ない。俺は妻からマイクを奪い取ると、ありったけの大声で叫んだ。

『救急搬送中、って何度も言ってるだろ!道を空けろ!轢き殺されたいのかっ』

そう言うと俺は、サイレンのボリュームは最大のままクラクションを鳴らしながらゆっくりと前進した。動き出したパトカーを見て、人々が雲の子を散らすように道路の端へと退避する。
救急病院へ俺たちが到着すると、患者はあっという間に処置室へと入っていった。俺は暫く業務連絡を幾つかやり取りしたあと、パトカーを駐車場に放り込んだ。
ふと気がつくと、駐車場の片隅で辻さんと彩乃さんが紫煙を燻らせている。
『お疲れさまです。ご協力ありがとうございました』
深々と頭を下げる俺に、二人が同時に反応する。
「困ってる人がいたら助け合う。町では当たり前の事ですよ」
辻さんが煙を吐きながら悪戯っぽく微笑む。
「随分やんちゃなことしたわね。搬送が早かったのはいいけど、後で県警本部に苦情が来ても知りませんよぅ」
一方の彩乃さんは…
「やっぱり、もと交機の人は凄いですねぇ」
「あら?搬送中に『コーナーの突っ込みが甘い』とかボロカスに言ってたじゃないの」
「あれは私が慣れている道だからです。慣れない道をあれだけ非力な車で病院まで十五分。大したもんですよぅ」
俺は一つの疑問を彼女にぶつけた。
『普段は何分位で…?』
「そ、そんな事言える訳ないじゃないですか!」
三人でゲラゲラ笑う。
「あ、そうだ。奥さんは?」
『いけねえ!忘れてたっ!じゃあ僕は駐在所に戻ってまだやる事があるんで、これで失礼します』

帰りの道すがら、俺は呟くように妻に伝えた。
『今日は…ありがとう』
妻は優しく微笑むと、俺の方を向いた。
「駐在さんの妻として、キチンとお役に立てたかしら」
『十分…じゃないや十二分、八面六臂の大活躍さ』
「そう…良かった…」
妻は信号待ち中の車窓から、空を指差した。
「ほら、星が綺麗よ」
『あ、本当だ』
信号が青になり、俺はパトカーを発進させる。
「この間、辻さんと話をしてたんだけどね…未来、町に来て半年になるけど殆ど発作が出ていないの」
『そうだな。少なくとも俺の前では一度もない』
「そのことを相談したらね、環境とかに起因するっていうよりも、何かこう、気分的なもので発症してたんじゃないかって…だってホコリまみれの納屋に突撃してもトラクターの排ガスをしこたま浴びても何ともないんだもん」
『街での生活が、無意識のうちにストレスになっていた。そういう事なのかなぁ』
「実は私、貴方が駐在所に勤務しますって言ってくれた時、小躍りしたい位嬉しかったの」
え?そうだったんだ…
「未来の事も勿論あるんだけど…それよりも、私がこの町に来たかったから…何て言うのかな…まぁ、要は町が気に入っちゃったのね。未来が田舎暮らしにすっかり馴染んでいるのも、私の遺伝かもよ。アハハ」

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一週間後。県警本部長室にて。


「まあそないに緊張せんでもエエから。今日は何で呼ばれたかわかってるやろ?」
『はい。救急搬送の件ですね…やはり苦情が…』
「『公務員の暴言』とか『パトカーに轢き殺されそうになった』とか、一つの事案でこんなにバラエティ豊かな苦情来るんは何年振りやろうって広報の奴らも言うとったぞ」
『はい…スミマセン…』
「ほんで、日比野巡査長は何か言いたい事ある?」
『いえ、特にありません。人命救助の為に行った行動なので、経過に問題があったとしても結果は正しかったので僕はそれで良かったと思っています。他に方法は無かったですけど、処分されても何の異存もありません!町の駐在である以上、町民の生命と安全を守るのが私の本分です』
「で?その患者さんは具合どないなん」
『心臓の詰まっている血管を拡張したら、あとは直ぐに退院出来るみたいです。今日あたり退院とか聞きましたが…』
「ステント、ちゅう奴やな。俺もやった事あるわ。お医者さんや看護師さんに何回も『あと五分遅れてたら死んでた』って言われたけど、アレは脅しやのうてガチらしいんよ」
『そうみたいですね』
「今回の件は、人命のかかった一分二分を争う中で、って事やな」
『はい!』
本部長は立ち上がると、俺の方を真っ直ぐに見据えた。
「一応、処分…やないねんけど何かやらんと外向けに格好つかへんよって、今回は口頭による厳重注意とする。エエか、よう聞けよ」
『はっ!』
「日比野巡査長、ようやった!そうでもないと西住町の駐在は勤まらんわ。五十嵐さんもとびっきりのタマ見つけてきたもんやなぁ」


すっかり日も沈み、真っ暗になった頃に俺は町に戻った。

工務店では恒例の宴会が始まっている。あ、仁美と未来もいるな…俺はパトカーを停車させるとみんなに挨拶する。
『只今戻りました』
「おかえりパパ!」
未来が工務店の社長に肩車されながら元気に叫ぶ。
『ただいま!』
社長はなんだかつまらなさそうな様子だ。
「県警本部に呼び出されたっていうから大目玉喰らってしょんぼりして帰ってくるのかなと思ってたんだが、案外普通…てか元気じゃねえか」
『町のため、僕の家族の為にやったことですから、別に処分されてもいいんですよ』
一同にどよめきが起こる。
「おおっ、日比野さんも言うようになったねぇ。それでこそ立派な西住町民よ!」
辻さんが俺をからかう。まあ、そんな大層な事では…
『じゃあ、すぐに着替えてきますね!』
そう言って再びパトカーに乗り込もうとした俺を、誰かが俺を冷やかした。
「調子に乗って市民を轢くんじゃねえぞ」
『誰だ、いま言った奴はぁ!』
みんなの爆笑に送られながら、俺はゆるゆると駐在所への道を進む。

五十嵐さんからの電話が無かったら、
家族が受け入れてくれなかったら、
町のみんなが支えてくれなかったら、
俺は今頃どうなっていただろう……

警察学校で最初に教わった
『住民の安全を守り、安心して暮らせる世界を創り出すのが我々警察官の使命である』
この言葉を忘れてしまっていたかもしれない。

俺は着替えを終えると、工務店へ向かって駆け出した。
今日までありがとう。

そして、明日からも宜しく!
(了)

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警察学校でそんなこと教わるのかしら🤔
河嶋さんの地元、駐在所のお巡りさんはとても優しくていい人でした。
実家は出前お断りの町中華料理屋でしたが、家庭の事情で駐在さんがごはんを食べ損ねそうなときはナイショで出前していたのが懐かしいです😃
転勤になったとき、地元のチルドレンに『感謝状』みたいなモノを贈られてボロ泣きしてたなぁ🤔🤔

あと、余談ですが…
本話の登場人物、別の物語にも登場していましたね😁

では、またお会いしましょう😃
文学少女モードのポンコツ河嶋桃でした🍑


11 件のコメント
1 - 11 / 11
ポンちゃんは彩乃ちゃん好きやねー。
やはり一筋縄ではいかないのがポンちゃんの小説や。
今回も楽しませてもらったよー
ありがとう😁
日比野巡査長の責任感と必死さが伝わる良い物語でした(^_^)
おしい、白バイじゃなくてパトカーだったか😁

こういう人情ものはいいですね。
近頃は公に正論振りかざすのが多くて、そちらに上げ足とられないよう過剰に委縮した感があるのでフィクションの中とは言えホッとします。

>> なかっぴ さん

ありがとうございます😊
・日比野巡査長が(別の読み物で)意外とビビりなこと
・彩乃ちゃんがとんでもないスピード狂だったこと
が、今回の隠し球ですかね😁😁

>> yoshi君 さん

こんな立派な駐在さんがいる町に、安心して住みたいです😃
名誉のために言っておくと、地元の駐在さんは日比野巡査長に負けず劣らずの熱血漢でした😃

>> ob2@☀日々是好日🥵 さん

現実世界では、こうはいかないですよね😖
『こうあるべきだ!』みたいな人情路線で攻めてみました
でも、ほぼ見透かされていましたね…😖😰
人は人に助けてもらわないと出来ず。
人は人に助けてもらって成長する。
だから、人を助けるか、そうしないか。

ありがとう😃

>> はれお君 さん

人に助けられたから、人が困っているときに躊躇なく助けに行ける
助けてもらった人は、またある時に他の誰かを助ける

こうやって、今日も地球は回るんでしょうか🤔🤔
すごい臨場感が!
とっても良い、お話で、ほっこりしました。
ありがとうございました^^
ありがとうございます😊
和んでいただけたのなら、嬉しい限りですよ😁