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【読み物】走れ、駐在さん!➁駐在さんと交機のエース

このお話はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
三話完結の第二話です。
第一話はコチラ
https://king.mineo.jp/reports/239828

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『で、五十嵐さんは定年後どうされるんですか?』

俺は夕食の席で思い切って五十嵐さんに尋ねてみた。
「再就職の斡旋とかもあったんだがな、俺は母ちゃんと二人でこの町に残ることにした」
『え、こんな何もない町に残って何をするんですか?』
五十嵐さんが眉を顰め、口に指をあてる。
「何もない、は余計だ。口を慎め。あと、何をするか、だったな。実は近くに中古の家を買った。暇を見つけては準備していたんだが、あとは定年になったら引っ越すだけだ。畑をやりながら、登下校する児童生徒の交通安全指導員の仕事を役場からもらう予定だ」
夕食の席に、何人かの町民がいる。俺はさっきからそれが不思議でならなかった。
『何で五十嵐さん家…というか官舎に民間人が…』
「ああ、これはこの町の風習、って言うかノリらしくてな…いつも誰かが食材を持ち寄って、誰かが料理してっていう感じに助け合っていくのが普通らしい。俺も赴任した時はたまげたぜ。だからこの町には食堂も居酒屋もスナックもない。大抵誰かの家に行きゃ何とかなるからな」
『それって公私混同じゃ…』
「この話は本部長殿もご存知だ。ここじゃそれを拒んでいたら上手くいかないってな」
五十嵐さんは、彼の身体によじ登ろうとする未来を優しく抱え上げ、肩車の体制のまま俺にとんでもない一言を告げた。
「そんな一風変わった町に赴任する以上、平凡な奴には勤まらない!で、候補とされるのは呑み込みの早い奴、誰とでも簡単に溶け込める奴、そして段取りのいい奴だ。こうやって候補者を呼び寄せて体験してもらってから配属するっていう決め事があるようで…俺の前任者が指名した候補は俺で十七人目だったそうだ。俺は一発で決めたい。日比野。明日、明後日とちょっと俺に付き合えや」

『本人も知らない間に、制服まで用意してるんですか?』
「当たり前だ。いい加減な私服や交機の制服で町内をうろつかれてたまるかっ」
着替えを済ませると、未来が目を輝かせる。そう言えば俺の制服姿なんて見せたことなかったな…
「かっこいいよパパ」
未来にそう言われ、思わず顔がにやける俺を五十嵐さんが睨む。はっ、いかん。仕事仕事!
『ところで、五十嵐さん。一つ気になることが…』
「何だ?」
『この駐在所って、何で入口が役場の中にあるんですか?っていうか扉もないし役場のカウンターそのものじゃないですか』
五十嵐さんは困ったように天井を見上げた。
「俺もよく知らないんだが、もともとお隣さん同士だった役場と駐在所を同時期に建替えるって話になった時に、基本デザインっていうかコンセプトを住民から募集したらこうなったらしい。全国探し回ったって役場と警察がカウンター並べてるなんてここ位じゃないか?まあ、この町らしいっちゃらしいが」
そうこうしているうちに誰かがカウンターにやって来た。
「すみませ~ん」
「あ、どうしたの節子さん」
まるで親戚か親友と話すように応対する五十嵐さんの姿に俺は違和感を覚えた。
「ちょっと相談があってさぁ」
俺は身構えた。何か事件でも…?
「今度娘が初めて車を買うんだ。車屋さんでカタログを貰ったんだけど、この『盗難防止装置』っていうのをえらく勧めてくるんだ。で、こんなもん必要なのかなって」
それはアンタが自分で決めりゃいい事じゃないか、と思わず言いそうになる俺のことは全く意に介さず、五十嵐さんはひと通り話を聞いた後で机上のキャビネットから資料を取り出した。
「節子さん、これ見て」
節子さんは勿論、釣られて俺も資料を覗き込む。
「ここ半年の間に起こった自動車の盗難事件。町から大体半径二十キロメートル位のエリアで探してあるんだ…町内では一件も発生していないけど、本宮大社に続く国道沿いのエリアでは何件か盗難事件が発生しているねぇ。あと、娘さんは隣の市に出たりしない?市の盗難件数もゼロじゃないしな…その装置は『車が何かしらの攻撃を受けた時に警報を鳴らす』もんなんだ」
「ってことは?」
「まあ、俺たちが決めることじゃないけど、要は車をどう使うかによって必要かそうでないかの判断をしたらいいと思うんだ。予算の兼ね合いもあるだろうし」
「そうかぁ。じゃあ、娘が帰ってきたら一緒に考えてみる」
「だったらその資料を持って帰るといいよ」
節子さんという人は丁重に礼を述べ、帰っていった。
『…五十嵐さんっ!』
「何だ」
『今の人は何なんですかっ?何しに駐在所へ来たんですか』
五十嵐さんは、俺を睨み付けると立ち上がった。
「防犯の相談に来た住民の相談に乗るのも俺たちの仕事だろ?違反者の検挙や犯人の逮捕だけが警察の仕事じゃないっ!」
俺は少し昔のことを思い出した。五十嵐さんにこうやってよく怒られたっけ。五十嵐さんが俺にこういう言い方をするときは大抵本気で何かを教えてくれようとする時だ。
そうだ、五十嵐さんの言うとおりだ。
俺は『住民を守るため』に警察官になったんだ。悪いことする奴らを捕まえて、手柄を上げるためじゃない。
交通違反の取り締まりばかりやっていて、俺はその大事なことが頭から欠落していたのかもしれない。
あ、五十嵐さん…ひょっとして俺にそのことを気付かせるために…
「おい、何ボーっとしてるんだ。警らに出るぞ」
何かに気づいたような表情の俺を満足そうに眺めると、五十嵐さんは俺にパトカーのキーを投げて寄越した。

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「あれ?お巡りさん、今日は二人かい」
畑しかないエリアに点在する一軒家の庭で老婆が不思議そうに俺たちを見つめる。俺はパトカーから降りると、庭で椅子に腰掛けて日向ぼっこをしている老婆に話しかけた。
『どうですか、調子は。最近、何か変わったこととかないですか?』
五十嵐さんと親子ほど、とまではいかないまでも、それくらい年の離れた俺が話しかけた事に少々驚いていたようだが、老婆は呟くように言った。
「ヘルパーさんが来てくれるから、家の掃除と飯の支度とかはやってくれるし、誰かがおかずを分けてくれるから困ってないんだけど…」
『けど、何?お婆さん』
「風呂に入るのが億劫でなあ…体も思うように動かんし、転びでもしたら」
『その話は、ヘルパーさんか誰かに言った?』
「いや、言ったらヘルパーさんの手間が増えるからって思ったから言ってない」
この辺の話は俺のお袋が介護を受けているから、ある程度知っている。
『あのね、お婆さん。介護サービスって、家事の手伝い以外にもお風呂に入れてもらうとか別のメニューもあるから』
「へえ、そんなもんまであるのかい」
『勿論タダっていうわけにはいかないけど、サービスが受けられる場合もあるから。今度ヘルパーさんが来た時に聞いてみられるといいですよ』
丁重に礼を述べる老婆に別れを告げ、俺たちはパトカーに戻った。
「日比野、介護の知識なんかどこで…」
『あ、あれですか。ウチのお袋が同じように介護サービスを受けているもんで、それでちょっと知っていただけですよ。確か要介護認定を受けた範囲で入浴サービスが受けられるかな、と』
ドヤ顔で告げる俺に五十嵐さんが淡々と返す。
「まず一点。警らに出る前に俺が渡したそのファイル。そこに住民の名前やら世帯構成を入れてあるって言っただろ?にも関わらずお前は相手をお婆さん呼ばわりしやがって。いいか、あの人は中島さんとこのナエさんだ。あともう一点、腰掛けてる人に話しかけるときは背中を丸めるんじゃなくて膝をつくんだ。目線を合わせる、は基本だろ?交番勤務のときに言われなかったか?」
『仰るとおりです…』
「全く…俺が昨日、未来ちゃんに挨拶した時のことをもう忘れやがったのか」
そう言って五十嵐さんは微笑むと、俺の頭をファイルでコンと小突いた。

警らで村を回った後、駐在所に戻ってからも何人か相談者はやって来る。
「テレビでやってたんだけど、防犯性の高い錠前に交換しようかな、って」
はい。特定の業者さんを斡旋するわけにはいかないので、近隣の業者リストをお渡ししますね。
「健康保険の手続きで…」
でしたら、柱の向こう側にある三番窓口です。

ふう。
俺が一息ついたとき、五十嵐さんの奥さんがお茶を淹れてくれた。
『あ、すみません…あいつ、いや仁美は何を…』
俺がぶつぶつ言っていると、奥さんが微笑んだ。
「仁美ちゃんなら、未来ちゃんと一緒に眠っているわ」
『え…』
「未来ちゃんがね、それはもう凄いはしゃぎっぷりで…町の人たちに遊んでもらったり、畑に連れて行ってもらったり、一緒にお散歩に行ったり…でね。喘息の発作が出るんじゃないかって相当焦ってたみたいだけど、全然そんな兆候もなかったから…未来ちゃんが遊び疲れてお昼寝しちゃったから、多分それで気が抜けたのよ。まあ、そっとしておいたらいいと思うわ。あの子も相当気が張ってたみたいだから」
「お前も今日一日慣れないことをして疲れただろうが、嫁さんも相当気ぃ遣って疲れたんだろうよ」
そう言うと五十嵐さんは立ち上がった。
「さあ、日報を書いたら飯にしようぜ。今日は近所の工務店に呼ばれてるんだ」
役場の終業ベルが鳴ると同時に奥でごそごそ音がする。振り向くと、いつもとは違う未来がそこにいた。
「パパ、おかえりっ!」
そう言って未来が俺に飛びつく。これだけ元気にはしゃぐ未来を、俺は初めて見たような気がした。

「おう、あんたが噂のお巡りか?」
工務店の社長は相当口が悪いこと、口は悪いが決して悪人ではないことを聞いていたものの、やはりいい感じはしない。ただ、本人に悪気が全くないことも容易にわかるんだが。
『県警本部の日比野と申します。五十嵐さんは俺、いや僕の…』
「知ってるよ」
社長が俺の言葉を遮る。
「あんたがこの町に来る何日も前から『俺の一番弟子が町に遊びに来るんだ』ってパトロールの度に村のみんなに言いふらして回るもんだからよ…今じゃ町であんたのことを知らない奴はいないぜ」
五十嵐さん、そんなことを…
「まあ、あんた以上に可愛い娘の方がすっかりここに馴染んでるような気はしなくもないが」
そう言って彼が顎で杓った先には、若い女性とその辺を走り回る未来の姿があった。
『あ、そんなに走り回ったら…』
「何かあったらまずいと思って、ここにいる全員に吸入薬の在りかを知らせてある。一つは嫁さんの鞄の中、もう一つは…」
社長の目が何かを探している。
「あそこに眼鏡をかけた女性がいるだろ?あの人は辻さん。看護師だ。まあ、何かと世話になることもあるだろうから覚えておけ」
あんなに走り回って、未来は大丈夫なんだろうか…
「そろそろ止めた方がいいかもな。おい佳乃っ!もうその辺にしとけ」
軽く息を切らせながらやって来た快活な女性が、その身体によじ登ろうとする未来を肩車しながら会釈する。
「こんばんは。私はここの娘、景浦佳乃と申します」
『あ、僕は日比野知久って言います。五十嵐さんの…』
彼女は肩をすくめると、悪戯っ子みたいに微笑んだ。
「五十嵐さんの一番弟子。五十嵐さんがこっちに来た後は、交機の若きエースとして血も涙もない取締りを…あ、私も人づてに聞いた話だから、どこまで本当でどこから嘘かは…」
『一番弟子のくだりまでは本当で、あとは出鱈目です』
「やっぱりぃ?そうだと思った!」
「おもった!」
笑い転げる佳乃さんの頭上で、未来も楽しそうに笑っていた。

「ねえ、パパ」
発作でぐったりしている事が多い未来を両脇から固めるように床に就く俺たちが、今日は珍しく遊び疲れて眠る未来を見守っている。発作の兆候も全くなく、未来は静かに寝息を立てていた。
『未来がこんなにぐっすり眠る姿を見るのは久しぶりかもな』
「実は、出発の前の日に五十嵐巡査部長が私に電話をくださって…」
え、何それ?俺は聞いてないぞ。
「娘の発作のことなら気にするな。こっちに薬も手配しておくから、って」
『五十嵐さん、そこまで…』
「でも、この町に来てから未来はすごく元気だよね」
『そう、発作の気配もなく…』
そこまで話すと、妻が身を乗り出した。
「私はね、単に『空気が綺麗な田舎に来たから発作が起きないんだ』って思ってたんだけど…ほら、今晩お呼ばれした時に看護師さんがいたじゃない?」
『…辻さんか』
「そう、その辻さん。彼女が言うにはね、『喘息発作を持つ子供が百人いたら、その原因は百通りある』んだって。だから、田舎に引っ越したからって喘息発作が治るかというとそうでもないらしいの。確かに、排ガスとか煤塵で喘息になる子もいるけど、それ以外の理由で…例えばストレスとかで発作を起こす子がいるから、そこが難しいんだって仰ってたわ」
未来の喘息発作が収まるんなら、俺はどこにだって赴任する。そう思っていたけど、物事はそう簡単には進まないんだな…そんなことを妻と話しながら、俺たちはあっという間に寝落ちした。

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翌日、俺と五十嵐さんは前日よりもハイペースで村内を回り続ける。時には褒められ、時には怒られながら…て言うか殆ど怒られっ放しだったけど…
夕刻まで警らを続けると、俺は五十嵐さんに促されるままに村の展望台へとパトカーを乗り入れた。駐車場にパトカーを停めると、俺達は展望台に登った。
『仁美…未来…』
五十嵐さんの奥さんとともに、未来を肩車した妻がそこにいる。
「お疲れさま」
二人が同時に声を上げる。
「おつかれー」
未来は本当に意味がわかって言っているんだろうか。暫しの沈黙の後、五十嵐さんが呟いた。
「これにて体験は終了だ。あとはお前さんが結論を出しゃいい。返事は今すぐでなくてもいいから、向こうに戻って、落ち着いてよく考えてから交機の課長にでも言ってくれ」
俺は家族を振り返った。二人とも、にこにこ笑いながら俺を見つめている。俺の決心は固まっているが、俺がここで言ったら二人はなんて言うかな。
『…五十嵐さん』
「何だぁ?急に」
俺は握り拳を固める。
『俺、ここに来るまで警察官としての本分を忘れかけていました…』
「何が言いたい…?」
『警察官は、悪いことした奴を捕まえるよりも、悪い奴から住民を守るのが仕事なんだって』
「今頃思い出したか、この莫迦…だからお前は何時まで経っても半人前…」
『あのっ、俺…』
俺は覚悟を決めた。
『俺、五十嵐さんが暮らした…駐在の仕事を全うしたこの町で…』
家族二人は何も言わず、ただ俺を見つめている。
『五十嵐さんの跡継ぎにならせてもらえませんか?』
五十嵐さんは態とらしく溜息をついた。
「ならせてもらえませんか、って誰に許可を求めてんだこの莫迦っ!やるかやらねえか決めるのは日比野、お前自身だ!」
五十嵐さんが俺を真っ直ぐに見据える。
短い沈黙の後、俺は叫んだ。
『俺が駐在所の跡継ぎになります!だから、五十嵐さんは安心して町で暮らして下さいっ!』
「本当にそれでいいのか?」
五十嵐さんが呟いた。
「仁美ちゃんと未来ちゃんに怒られても知らないわよ」
奥さんが悪戯っぽく笑う。妻が頭上の未来に語りかける。
「未来ちゃん、パパはこの村で駐在さんになるんだって」

「ちゅーざいさんに、なるぅ!みらい、ここがすきっ!」

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ついに言っちゃいましたね…

前言撤回することなく、彼は駐在さんになるんでしょうか…
赴任したとして、無事にやっていけるんでしょうか…
不安要素を残しつつ、次回は最終回です😃


17 件のコメント
1 - 17 / 17
ここまでは私の想像通りに進展しています ^_^
どんでん返しがありませんように🙏
このあと、どうなるんでしょうね😊

最後の部分を少しだけ手直ししているので、最終回は数日後です😁🍑
大体ここまではストーリーが読めてたけど・・・😁
さて、序破急の「急」はいかがな結末に
楽しみ~~😆
そう来ましたか。
って、ここまではタイトルどおりですね。
後は何で走るのか…🤔
白バイで峠攻める訳じゃないよね😁

>> なかっぴ さん

町民への、彼の想い……
ふとしたきっかけで、彼の想いが大爆発しますよ😃
次回『守るべきもの』
未来ちゃんのために駐在さんになって欲しいですね(^_^)
ママチャリの登場をお持ちしております。
https://700days.jp/

交通機動隊のパトカーに追突した話は出てきますか?

ごめんなさい、赤毛のアンを見ながら読んだので、意識が滑って内容がわからないよー

>> yoshi君 さん

河嶋さんの地元も駐在所がありましたが、勤務は結構大変みたいですよ😵
ますます 続きが気になってきました!
桃さん、警察のこととかもお詳しい感じですごーい!

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>>警察のこと
あまり詳しくないですよ😖
ちなみに、お世話になったこともありません😰😰

>> まきぴ~ さん

ちなみに後任選びをこんなやり方するって話は、日本中どこを探しても無いと思うの😰

>> ポンコツ河嶋桃@🐢大洗女子カメ㌠🐢 さん

うふふw 確かに後任選び、こんなカタチは。。。
でも、ほのぼのです!
私は小学生の頃、学校の帰り、誘拐事件もどきをお友達と目撃し、パトカーに乗ったことがあります。ぷぷぷw

>> ポンコツ河嶋桃@🐢大洗女子カメ㌠🐢 さん

当時小学校3年生だった私。
友達と下校途中に、遠くの方で、おじさん?みたいな人の車が、小さな子の横に止まり、お菓子みたいなのをあげると、その子が乗り込んでいったんです。
で、お友達と、あれは?!?と、思わず車のナンバーを書きとめました。そして、家に帰って、家族に伝え、警察に~~ その流れでパトカーに、、、
親戚関係だったようです。。。当時、褒められましたが、申し訳なかったとも思っています。