【読み物】薬屋のアヤノちゃん②
第一話はこちら
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今回で完結します。
彩乃ちゃんの幼馴染み、純くん。
彼に恋しちゃったお人形のアヤノちゃん。
二人の『あやのちゃん』を巡る恋の行方は……
でも、平和で穏やかな日々がいつまでも続くことはなかったの。植田さんはもういい歳で、一人でお店を続けるのが少しずつ難しくなってきていてね…奥さんは早くに亡くなっているし、娘さんは県立大学へ進学して家を出ちゃってたから……
植田さんの調子が悪いときアタイはお店の中に入れられて…この頃から、アタイはお店の中から閉ざされた無機質なカーテンを眺めるしかない無為な日が増えていったの。
そんなある日、カレとあの女がバス停にやって来た。二人とも何か様子がおかしい。『そわそわしてる』ってのがピッタリな感じね。
はは~ん。コレは何かあるわね…ほら、女の勘ってヤツよ。
アタイは二人の会話を一言一句聞き漏らさないように、聴覚に全神経を集中させた。
「バス、来ないね」
「ああ、うん」
「ねえ…今日の純なんか変だよ」
「彩乃だってなんかそわそわしてない?」
「そそそ、そんなことないよ…」
この子たち、何をモジモジしているのかしら。
気まずい沈黙が暫く続いた後、カレが急にあの女の方を向いた。
「あ、彩乃!」
「あ、はい!」
「僕たち、幼馴染みから始まって…随分長いこと一緒にいたよね」
「そ、そうだね。アハハハ」
「僕は今までの素敵な想い出を一生忘れはしない。いや…これから二人で新たな想い出を沢山作っていきたいんだ。だから!」
「だから??」
カレがあの女の足下に跪き、指輪が入ったと思しき箱を捧げる。
「彩乃さん、僕と結婚してください!」
「え…それってプロポーズだよね……嬉しいっ!ありがとう!」
二人で盛り上がるのはいいんだけどさぁ、よりにもよって恋敵の前でプロポーズするなんて一体どういう神経してるのかしら。まあ、カレからしたらアタイは只のお人形さんで『感情が宿ってる』なんて知るはずはないから別にいいんだけど。
て言うかバス停でプロポーズする奴ってあまりいないと思うんだけどな…やるならもっと景色のいいところとか恋人の聖地みたいなところでやったほうが…
二人を乗せたバスがアタイの視界から消えた頃、急に雨が降り出した。植田さん、もう寝ちゃったのかな…アタイはずぶ濡れになりながら二人の未来に想いを馳せていた。
アタイの頬を伝う水滴は涙なんかじゃないぞ。激しく打ち付ける雨粒だ。
あれ、なんでだろ。雨が止んだのに頬を伝う水滴が止まらないよ………ぐすん。
アタイがカレの姿を見たのはそれっきり。実はね、植田さんが亡くなっちゃってお店を畳むことになったの。お店の在庫やら備品は全部撤去されて、アタイだけはカーテンでぐるぐる巻きにされて中に置きっぱなし。シャッターも閉じられて真っ暗。暗闇で、アタイはいつ終わるかもわからない眠りについた……
何年経ったかもわからなくなったある日、シャッターが開けられた。急に何なのよ!ビックリするじゃん…
「すみません、日曜にお願いなんかして」
あ、この声聞き覚えがある。大人になって声は変わってるけど、植田さんのお嬢さんだ。
「いえいえ、かまいませんよ。それよりもウチの娘がどうしても僕の仕事について来るって言うんで連れてきちゃいました。すみません」
「こんにちは!きょうはよろしくおねがいします!」
元気にお返事する女の子に植田さんのお嬢さんが優しく話しかける。
「こんにちは。可愛いお子さんですね。何歳ですか?」
「さんさい!」
「じゃあこれから父さんは、お仕事の話をするから表で母さんと待っててね」
この声にも聞き覚えがある。ひょっとして…
「うん!」
可愛い女の子の声が店内に響き渡る。
「で、店舗部分のリフォームと伺ったのですが」
「ええ。大学で介護福祉士の資格を取ってから大手の介護事業所で働いていたんですが、何かこう、しっくりこないというか…」
「え?」
「私が思い描いていたのは『地域に寄り添う』みたいな介護事業だったんですね…で、ふと考えた時に『この街に恩返しする時が来たのかも』って思ったんです」
「なるほど、それでこの店舗を改築して…」
「ええ、そうなんです」
「わかりました。この店舗は元々薬局兼雑貨屋みたいな感じで営業していましたから、店舗スペース自体はかなりありますし、店舗部分に柱が入らないよう上手に設計してあります。まずは施主さん自身のイメージを膨らませていただいて…何度かお話しして、具体の計画に入りましょう。あと撤去費用ですが、綺麗に片付けられているのでそんなにかからないかと…あれ?これ何だろう」
カレがカーテンでぐるぐる巻きにされたアタイに気付いた。
「何でしょう」
とにかく開けてみよう、という話になってアタイをぐるぐる巻きにしていたカーテンが外された瞬間、二人は同時に声を上げた。
『アヤノちゃんだ。懐かし〜』
いやん、そんなに見つめないでよ…恥ずかしいじゃない…声の主は、間違いなく植田さんのお嬢さんとカレだった。
「おかーさんとおなじなまえっ!」
アタイの周りを走り回りながらはしゃぐ女の子を抱きかかえたカレが、アタイのことを懐かしそうに見つめる。
「この子は地元でお薬を作ってた会社のマスコットキャラクターで『アヤノちゃん』っていうんだ。彩乃も憶えてるだろ?」
カレと抱っこを交代したあの女が、女の子を抱きかかえたままアタイに微笑みかける。
「忘れるわけないじゃん!アヤノちゃんは純からあたしへのプロポーズを見届けた、唯一の証人なんだから!」
承認した覚えはないけどね。ふんっ!
「まさかこんな形でもう一度アヤノちゃんに会えるなんて」
「そうですね。とっくの昔に処分されたと思っていたんですが…」
うーん。ややこしい。アタイがアヤノちゃんで、カレの奥さんが彩乃さん?学生の頃からイチャイチャしてたアタイの恋敵??
カレがお嬢さんにリフォームのことを説明してる間に、女の子が寄って来た。
「アヤノちゃん、こんにちは」
え、ええ。こんにちは。えらく人懐こい子ね。
「ねー、おとーさん。アヤノちゃんってかわいいね」
「だろっ」
カレが嬉しそうに笑う。久々にカレの笑顔が見れて良かった。もうすぐこの店もリフォームするみたいだし、アタイは晴れてお役御免って訳ね。とっくに死んだつもりでいたから、最後にカレの顔を見れて良かった。カレも家族が増えて楽しそうだし。
「おとーさん、アヤノちゃんどうするの?」
カレの娘さんが不意に声を上げる。
「どうするって言ってもなあ、このままここに置いておく訳にはいかないし…」
カレ、何か困ってんじゃん…
「薬局やる訳じゃないから、店の前に置けないし…そもそもその製薬会社って廃業していますからね…」
お嬢さんも戸惑っている。
「ネットオークションで売り飛ばすとか」
彩乃さん、アンタとアタイは未来永劫仲良くはなれないかも。
「アヤノちゃん、かわいいからすてたりしちゃだめだよ!ぜったいだめ!」
カレが娘さんに優しく問いかける。
「う〜ん。じゃあどうするのが一番いいと思う?」
「おうちにつれてかえる!」
「え〜っ!」
アタイも含めて、連れて帰ると言った本人以外全員が絶句した。まさか、そんな展開に…
雲ひとつないド田舎の青空を見上げながら、アタイは大きく息を吸い込んだ。
アタイの名前はアヤノちゃん。図らずしも今はカレの家族として、おうちの前で毎日行き交う人を眺めている。手芸が得意な彩乃さんが、帽子やら鞄やらを作ってくれるの。売り飛ばすとか言ってた割には、アタイのことを大切にしてくれているような気がする。
あ、アレだ。アタイがプロポーズを見届けてあげたからだ。未だに認めたわけじゃないけど。けっ!
二人の『あやの』に愛されて暮らすなんて、これ以上の幸せってないでしょ?
あと、おチビさんも季節に合わせて色んな飾りを作ってくれるのよ~。いいでしょ。
でも、さぁ……
アタイ、結構歳喰ってるもんでぇ…
て言うかずっと眠ってた空白の時間もあるしぃ…
よくわかんないの。
「はろうぃん」って何?
(了)
お付き合いいただきましてありがとうございました。
実はこのお話、不肖ポンコツ河嶋が書き上げた物語の中で初めて文芸誌に応募した作品の後日談を大幅に改稿したモノです。
本編の中身は散々でしたが、このエピソードだけは何となく思うところがあったので作り替えてみた、そんなところでしょうか。
推敲しながらアヤノちゃんがどんな姿か想像していたのですが、何度想いを馳せても『NHKで人気の、五歳の女の子』と『横断歩道にいる飛び出し注意の女の子』を足して二で割った姿しか想像できないのはアタイ(←不肖ポンコツ河嶋をさします)だけでしょうか。
では、またお会いしましょう。
文学少女モードのポンコツ河嶋桃でした。
もっとSFチックな奇想天外な結末になるかと思いきや、仄々とした結末で良かったですよ。
なんかこう文芸誌のショートショート部門みたいのないんですかねー。
結構いい線いくと思うけどなー。
>> なかっぴ さん
いまどきこんなストーリーって流行らないですよ(^^;)悪役令嬢でも異世界転生でもないし…
>> ポンコツ河嶋桃@🐢大洗女子カメ㌠🐢 さん
いや、殺伐とした世の中だからこそ、こういうホンワカストーリーが必要な時代なんですよ。感情移入しちゃって、ホロリとしましたよ(^^♪
>> なかっぴ さん
荒みきった心に一服の清涼剤…そんな感じになれたんだったら、
ちょっと嬉しかったりします(^^)