【読み物】薬屋のアヤノちゃん➀

こんにちは。
今宵は自堕落で品のないおばさんの方ではなく、夢見る万年文学少女のポンコツ河嶋が登場するようです。
（アタイはビリー・ミリガンか？）
色んなジャンルのお話をお届けしていますが、今回は『可愛らしい女の子のちょっと酸っぱい恋物語』です。『可愛らしい女の子』がちょっと変わり者なのですが………

【ご注意】不肖ポンコツ河嶋桃と本作の主人公、一人称は『アタイ』ですが混同しないようにご注意ください！


雲ひとつないド田舎の青空を見上げながら、アタイは大きく息を吸い込んだ。
　
アタイの名前はアヤノちゃん。田舎町のバス通りに面した薬屋兼雑貨屋さんがアタイのおうち。『植田薬舗』っていう古めかしい名前のお店で毎日お店番してるの。まあ、お店番っていっても大層なもんじゃないけど…う〜ん、なんて言うのかな〜。
あ、そうだ。『看板娘』ってヤツよ。
薬屋のお嬢さん？何言ってんのよ。店主の植田さんとこには美人のお嬢さんがいるわ。まあ、アタイ程可愛くはないかもしれないけどね。

え？じゃあアタイは一体何者なのかって？

さっき言ったじゃん、看板娘だって。
意味がわからない？アンタもマジで鈍いわね……読んで字の如く、よ。
アタイは『店の前に飾られる製薬会社のマスコットキャラクター人形』。
ほら、全国メジャーな奴らだったら蛙とか兎とか象とかいるでしょ…アレよアレ。

ただ、アタイは紀州ローカルな製薬会社のマスコットキャラクターだから知名度なんてたかが知れたもん。台座にデカデカと『皆さまの健康を願う　河嶋製薬株式会社』なんて書いたところで誰が気にしてくれるのかしら。

まあ、そういうワケでド田舎の薬局でお店番してるの。しかも蛙とか兎とか象じゃなくてリアルに人間キャラだし。

あ、そうだ。ちょっとだけアタイの愚痴に付き合ってもらってもいいかしら。
社長がねぇ…『ウチの初孫がメッチャ可愛い』とか急に言いだして、その子をモチーフにして製作したらしいの。だから名前も『アヤノちゃん』っていう妙に人間味溢れる名前になったそうよ。でもね…知るかよそんなことって感じ。アタイ的にはもう少し親しみやすい動物キャラの方が良かったかな～、と思うワケ。でも…生みの親がいなかったらアタイもここにいないわけだし…なんだかんだ言ってこの世に生を受けたことは素直に感謝してるんだ。

何年前だったかな…アタイは製薬会社の軽トラに載せられてこの何もないド田舎にやってきた。来た当初はそりゃ悲観したわよ。薬局の表で雨ざらしになって、そのうちボロボロになって忘れ去られるんだ、ってね……
ところが違ったのよコレが。植田さんが物凄く優しくていい人でね…『この子を雨ざらしにしちゃいかん！』とか言って、わざわざ村の工務店にお願いして薬局の前に大きな庇をつけてくれたの。
植田さんの薬局はバス停の前にあるんだけど、丁度その庇がバスを待つお客さんにも都合良かったみたいでね…バスが来る時間帯になると、みんな庇の下でワイワイ言いながらバスを待ってたわ。雨の日なんかアタイとバスを待つお客さんたちでぎゅうぎゅうになったもんよ。
こらこら、ここはアタイの陣地だ！自分が濡れたくないからってアタイを外に放り出そうとするんじゃない！
近所の子供たちもね、学校の行き帰りに植田さんとお嬢さんとアタイに「おはよう」「また明日」って毎日挨拶してくれてね、まあ長閑でのんびりした生活だったワケ。

でね……とある頃からアタイ、カレに恋しちゃったの♪
カレはねぇ、ちょっとボンヤリした…昼行燈みたいな感じの子なんだけどぉ…とっても優しい子でぇ…ちょっとだけアタイの恋バナ聞いてもらってもいいかな？？

お天気のいい日だったんだけどぉ、アタイが店の前でお留守番してたらね…近所の悪ガキどもがなんか太いペン持ってアタイの方に近寄って来たワケ。
アタイは直感した。あの子たち、アタイに悪戯書きしようとしてる。アタイ動けないから逃げられないし……誰か助けて！
「こらっ！何してる！」
若い男の子が大声を上げた瞬間、悪ガキどもは蜘蛛の子を散らすように逃げちゃったけど、既に手遅れ。お正月の羽根つきで負けた子みたいに顔じゅう落書きだらけ。
「酷いことしやがって…」
カレがズボンのポケットからハンカチを取り出してアタイの顔を拭こうとしたその瞬間、騒ぎに気づいた植田さんが表に出てきたの。
「よう、純くんこんにちは。ってコレは！」
「さっきここを通りかかったら、悪ガキがアヤノちゃんに悪戯書きをしてたところで…慌てて止めに入ったんですが間に合わなくて…」
「ちょっと待って。何か拭くモノを取ってくる」
植田さんが慌てて中に戻っていった瞬間、カレは何の躊躇いもなく自分のハンカチでアタイの顔を優しく拭き始めた。ちょっとくすぐったいじゃん。てか何でかわからないけどちょっと恥ずかしくて、何となく心地よい。この感覚は……
「純くんお待たせ。えっ！それ…」
雑巾を手にした植田さんが立ち尽くす中、カレは素知らぬ顔でアタイをゴシゴシ擦っている。
「幸いにして、落書きしたのは水性ペンだったみたいで何とか落とせそうですよ、ほら」
「いや、あの…ほら、じゃなくてそれは純くんのハンカチじゃ」
「植田さん、レディに雑巾はないでしょ…せめて綺麗なクロスかウエスで…」
植田さんがアタイを拭こうとしていた雑巾を慌てて引っ込める。
「植田さん…ちょっと提案があるんですが」
「えっ…何かな」
「このまま中途半端に拭き掃除だけやって終わりっていうのもアレなんで、ついでに『お身拭い』までやりませんか？」
「お身拭い？？」
どうやらカレはこの際だからアタイを徹底的に綺麗にしようと考えてくれているらしい。
「僕にいい考えがありますから♪」

次の日。カレが大きな道具を抱えて二人の小学生を連れてきた。
あ、コイツら！昨日アタイの美貌を台無しにした悪ガキじゃん。
ごめんなさい…
悪戯がバレてすっかりしょげきった二人が肩を落とす。カレは二人の肩をぽんと叩くと微笑んだ。
「さあ、今日はアヤノちゃんのお掃除するから手伝ってくれる？」
「うん！」
昨日『いい考えがある』って言ってたのはそういうことだったんだ。カレ、ボーッとしているように見えて結構やるじゃん。アタイ、気が利く男の子って結構好きかも。
植田さんも加わって四人がかりでアタイをキレイにしてくれた上に、カレが持ってきた車のワックスまで丁寧に塗り込んだもんだから…アタイはどこのアヤノちゃんよりもピカピカの艶々だっつーの。キラ～ン、ってね♪
あの悪ガキも一生懸命アタイを磨いていたから、もうこんな悪さはしないだろう。
「純くん、色々ありがとうね」
植田さんが店のジュースをカレに差し出す。カレは美味しそうにジュースを飲み干すと、アタイの頭をぐりぐり撫で回した。ちょっと止めてよ、なんか恥ずかしいじゃん。
今になって思い返してみると、アタイはきっとこの瞬間に恋に落ちたんだ……

その日から、ね。
カレがバス停の前を自転車で駆け抜けるのを待ち焦がれるようになったのは。
あ、来た来た。今日も自転車だ。あれっ、いつもの自転車じゃない！
何、あの古臭い氷屋か郵便屋みたいな自転車…後ろに横乗りしてるセーラー服の女は誰？ねえ、ちゃんとわかるようにアタイに説明してよ！てか二人乗りするんじゃないっ！駐在に言いつけてやる！
「痛っ！いつも言ってるけど後ろから人の頭を小突いたりしたら危ないだろっ」
「純がノロノロ漕いでるからでしょ！」
えらく強気の女ね、コイツ…
「そんなこと言ったって、中学生二人も乗せたらスピードなんか出ないよっ」
「出来ない理由を考えるんじゃないの！何事も為せば成る、ナセルはアラブの大統領よ！」
「だから何度も人の頭を小突くんじゃないよ彩乃っ！うわっ、危ないって！」
アタイの目の前をカレとその女は物凄い勢いで駆け抜けて行った。てか、あの後ろに乗ってた彩乃って女の子、誰なの…？

状況は更に悪化の一途を辿る。ある日、バスを待つ少年達の下らない噂話を聞いちゃってから、アタイは凄く不安な日々を過ごすことになったんだ。
『純と彩乃の進路の話って聞いた？あいつら、私立の高校を受けるらしいぞ』
『マジかっ！あの学校、近所にあるとはいえ超難関校だぜ』
『無理じゃね？？』
この辺の地理を知らない人のために解説しておこう。その超難関校に合格したならば、学校は近所だから今までどおりこの道を通ってカレとあの女は通学することになる。もし試験に落ちて公立高校に通うことになると、中学校とは正反対、即ち駅の方へ通学するからアタイはカレと会うことが出来なくなるんだ…
バス停でカレの友達がその噂をする度にアタイはドキドキしていた。ちょっと、誰か中学校の進路指導主任のところに行って状況を聞いてきてくれないかなあ。アタイはお人形だからここから動けないし…

そんな事をボンヤリ考えながら、やきもきしながらどれ位経ったかな…
いよいよ合格発表の日。カレが高校から戻って来た。あの女と二人で、アイツの自転車で二人乗りなんかしてっ！今度こそ駐在呼んでやる！
「あれ？今日は薬局休みかな？」
そう言ったあの女に、カレが優しく説明する。
「植田さんの娘さん、確か僕たちと同学年だから…今日はお店どころじゃないんじゃないかな…」
ここであの女がアタイを指差した。
「あ、表のアヤノちゃんに『臨時休業』って札下げてある」
「ホントだ」
「お〜い、アヤノちゃ～ん！あたし達二人とも高校に合格したよ〜っ！」
ああそうかい、そりゃ結構な事で…
えっ！ていうことは、明日からもカレはこの道を通るんだ…うふふっ。
カレは高校生になってから、陸上部に入ったようだ。通学以外にも、トレーニングやら何やらで何度もお店の前を通っていたから。練習のやり過ぎで潰れるんじゃないかと心配してたんだけど…なんかカレ、凄く生き生きしていた。カレの勇姿は、アタイが今まで見てきた中で一番素敵だったような気がする。アタイはそんなカレを毎日眺めてるだけで十分だった。だって、アタイは所詮お人形さんなんだもん。人に恋するだなんて生意気な、とか言われそうだけど……
アタイはただ、カレの元気な姿を見ているだけでいいから。
だから神様お願い。もう少しでいいから、この平凡で幸せな日々が続きますように…

It is to be continued…
次回で完結させるつもりです。