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【読み物】しゃない恋愛③

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これまでのお話はこちら
第一話https://king.mineo.jp/reports/159835
第二話https://king.mineo.jp/reports/160567
今回で最終回です。


【決戦は土曜日!】日根野谷珈織・六十谷大樹
昨日の夜はほとんど眠れなかった。六十谷さんにお詫びしなくてはならないという気持ちと、一刻も早く定期入れをお返ししなくちゃいけないという思い。ただそれだけが私を突き動かす。
今日は土曜日だから会社はお休み。普通に考えたら六十谷さんが駅前にいるとは思えないんだけど、『彼は通勤時間帯に、駅の辺りにいる』そんな何の根拠もない直感で、私は駅の改札に佇んでいた。

 
案内図の取材で古都を歩き回り、ヘトヘトになった僕はそれでも眠れなかった。週が明けたら日根野谷さんに定期入れをお返ししてお詫びしなくちゃ。いやいやいや、それじゃ遅いでしょ。確か日根野谷さんは同じ駅で電車に乗り、同じ時間の電車で乗り換えて本社に行っていたはず。ということは……
『近所を探し回れば、どこかにいる』直感的にそう思った僕は、履き慣れたトレイルシューズの紐をきつく締め上げると、駅に向かって駆け出した。
駅の近辺で歌劇団に関係しているところを探し回る。でも、彼女はどこにもいない。じゃあ、あと考えられそうなところは駅前か……根拠のない確信と共に、僕は一気に駅構内へと駆け込んだ。


暫く捜してはいたものの、六十谷さんが現れる気配はなかった。じゃあ、近所を捜してみようかな……そう思って私は佇んでいた自販機の陰から通路に出ようとした。


日根野谷さんを捜して、僕は駅構内へと駆け込んだ。日根野谷さん、どこにいるの……?そう思いながら自販機の横を駆け抜けようとしたとき、自販機の陰から不意に誰かが姿を現した。

「きゃっ」
「うわっ」

ほぼ同時に声を上げ、ほぼ同時に尻もちをついた僕と彼女は、お互いの顔を見つめた。
「ごめんなさい。ぼんやりしていて」
「すみません。急に飛び出したりなんかして」
そう言いながら、お互いに呆気にとられた顔で相手を見つめる。
「貴女は……」
「六十谷さん、ですよね……」


ずっと私は、
ずっと僕は、


あなたを捜していたんですっ!

【物語の始まり】日根野谷珈織・六十谷大樹
「すみませんでした。私の不注意で」
「いや、僕の方こそすみませんでした。僕もきちんと確認していれば」
駅構内にあるベンチに腰掛けた私たちは、定期入れを交換する。で、私は六十谷さんに思い切って聞いてみた。
「あの……ひょっとして……て言うか私の勝手な思い込みかも知れないんですが、もしかして私のことを捜してくれてたりしました?」
「もちろんです。いや、あの…月曜に出社してからでもいいかなって思ったんですが、それじゃあまりにも失礼じゃないかと思って……ていうか、あの……貴女も……」
私は社内ネットワークで検索したから彼の名前が『ムソタ』さんであることは知っている。でも……私はありったけの微笑みを自分の顔に詰め込むと、彼に自己紹介した。
「私は、経理部のヒネノヤ、と申します」
「広報部の六十谷と申します。でも日根野谷さん、よく僕の名前を……」
「私は年がら年中机上勤務ですから、社内ネットワークで勝手に調べただけです」
彼はようやく合点がいったようで、私に微笑んだ。
「僕の名前もいわゆる難読名に分類されるようでして……紀州にある地名なんで、知ってる人は知ってるんですが……」


定期入れをお返ししたらそれでいいと思っていたんだけど、いつの間にか僕たちはベンチに腰掛けたまま自己紹介とも珍名自慢ともつかない話を続けていた。
「あ、私の名字も地名に由来するものみたいですよ。泉州……いや泉南って言えばいいのかな……あの辺の人って地名に『谷』をつけた方が点在するようでして……」
「あっ!空港快速と紀ノ国快速を切り離す駅だっ!」
「そうそう。他社路線ですけどっ。あ、そういえば『六十谷』って!」
彼女が何かに気付いて目を輝かせる。
「そう。実は紀ノ国線に『六十谷』って駅があるんですよねぇ」
二人でゲラゲラ笑っていると、道行く人たちが僕たちを不審そうな目で見つめる。
「あの、日根野谷さん。ここでいつまでもお喋りしていたら周りの人に迷惑がかかりそうで……よかったら場所を移しませんか」
彼女は一瞬だけびっくりしたような顔をした後に、にっこりと微笑んだ。
「ええ、そうですね……私で良ければ、どこでもお付き合いしますよ。六十谷さんにきちんとお詫びもしなきゃいけないし……」
「お詫びをしなくちゃいけないのは僕のほうなんで……あ、そうだ。この近くに洒落た喫茶店があるんですが……駅周辺の案内マップにも載せていない穴場中の穴場です。『Violette』って言う名前のお店なんですが、歌劇団の生徒さんもお忍びで訪れるって言うか……言わば隠れ家的なところですよ。もし宜しければご案内しますけど」
彼女が急にモジモジし始める。あれ?僕何かマズいことでも言ったかな……
「あの……出来れば今日は他のところにしませんか」
「え?僕も何回か行ったけど、いいところだったよ」
彼女は軽く溜息をつくと、言いにくそうに僕に告げた。
「そのお店、私の父と母が経営してるお店……て言うか私の家です」

「えええぇぇぇっ……!」


椅子から転げ落ちそうになる六十谷さんを慌てて支える。
「あららら。だ、大丈夫ですか六十谷さん」
彼は目の前に突きつけられた現実を理解できずに、暫し放心状態。
「へえ……日根野谷さんのご両親って、喫茶店をやってたんだ」
私たちは駅の近くにあるどうでもいいようなチェーン店のカフェでコーヒーを戴きながら話し込んでいた。
「ええ、だから私の名前も読みは「カオリ」ですけど、香りの『香』ではなくて敢えて珈琲の『珈』になっているんですよ。更にどうでもいいことを付け加えると、読み仮名は『カオリ』ではなくて『カホリ』です」
そう言って笑いながらコーヒーを啜ると、彼は何か考え込んでいた。
「そうか……そういうことだったんだ……僕の名前なんて、単に『大きな樹木』だから、そういう凝った名前って何か羨ましいなぁ」
「でもね、幼稚園の名札に『ひねのやかほり』って書いてあるうちはまだいいの。漢字になったら誰も読めやしないから……」
「珍名さんあるある、かもね」
「きっとそうです。ふふっ」


「今日は本当にありがとうございました。迷惑かけた上にコーヒーまでご馳走になって」
ただ恐縮するだけの彼女に僕は応答した。
「迷惑をかけちゃったのは僕のほう。それよりも、長い時間付き合ってくれてありがとう」
「いえ、そんな……」
彼女が頬を赤らめる。毎日電車に乗っているときは全く意識していなかったけど、今日の彼女は誰よりも美しく、愛おしく思えた。
「あのっ!」
彼女の肩が一瞬震える。
「これからも、もしよかったらって言うか嫌じゃなければ……またお茶をしたりお酒を飲みに行ったりしませんか……」
彼女は優しく微笑んだ。
「ええ、喜んで。本社近くの飲み屋なら任せて下さい。広報部ご自慢の手書き案内マップにも載っていないようなディープなお店を案内して差し上げますわよ、六十谷さん♪」
「え、ひょっとして……」
「あれだけ有名な手書きマップの中の人が誰かなんて、社内に知らない人がいるとでも思いましたか?版下の作成とか印刷の稟議はウチにも回ってくるんですよぅ。まさかその発案者がいつも電車で隣に立っている人だとは思いませんでしたがっ!」
彼女はそう言って悪戯っ子みたいにケラケラと笑っていた。



 いつも誰かを捜していたわけじゃない。
 でも、ある日突然その人は現れる。
 そう、それはまるで天使のように。
 バケツで水を掛け合うような、
 派手な色恋沙汰がしたいわけじゃない。
 気がつけば、隣にそっと寄り添ってくれるような。

 君は、そっと私に(僕に)近づいて、
 かけがえのない存在になってくれるのかな。

 このシチュエーション、何て言えばいいんだろう。
 同じ会社の人間だから、『社内恋愛』……?
 電車内で知り合ったから、『車内恋愛』……?

 どっちでもいいや。
 私は(僕は)、君のことを大事にしたい。
 その気持ちが一番なんだよね。
(了)  

いかがでしたか。

長編で一人称を変えるのは章ごとにやればいいので簡単っちゃ簡単なんですが、短編で、となると難しいです…
さて、今回下敷きにしたのは『たんぽぽ』というつじあやのさんの曲です。
お風呂で聴いてて突然思いついた、ハズです(^_^)

ついに手持ちの短編ネタが切れたので、次回からは平常運転です。


23 件のコメント
1 - 23 / 23

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0.000462%より、低い確率でしょうな( ̄ー ̄)ニヤリ
夢を壊して申し訳ない<(_ _)>
「現実は小説より奇なり」と申しますからな。
ハッピーエンド(まだ途中)で終わり、良かったですぞ(≧▽≦)
こんなに上手い事いくかいな!っていう少女マンガ的なオチでした(^^;)
この作品は、読者なりに想像力を駆り立てられるところがあります。
読んでいて興味津々というか、私なりの展開を予想させられるところに趣があります。

今までで一番のめりこみました。
楽しいお話、ありがとうございました。
 こんな出会いは、今までにもないし今後もあり得ない。😭😭😭

>> licky さん

非常に短い尺ではありますが、興味を持っていただいてありがとうございました(^^ )

>> 弾正忠 さん

まずあり得ないとは思いますが、夢物語なので(^^;)
>同じ会社の人間だから、『社内恋愛』……?
>電車内で知り合ったから、『車内恋愛』……?
わわっ大喜利的オチ(笑)鍛えられてますねー😊

まず最初の喧嘩からどうやって立ち直って寄り添っていくか、そういう節々が二人の仲を強くするって夢物語を妄想してニヨニヨしてますよー😊
しゃあない恋愛だと思っていました。
伏してお詫び申し上げます_(._.)_

>> 杏鹿@………………………… さん

まず飲みに行って、定期入れを取り違えた時の事とかでグダグダ言うんでしょうか(^_^)

タイトルを敢えて『しゃない』としたのは最後に「そういうことか!」と思わせるオチだったんですが…バレてましたよね(^^;)

>> 杏鹿@………………………… さん

定期入れを取り違えた流れなんで、ある意味そうなのかも知れませんね
そこは狙ってなかったけど😁
短い尺でどうするのかなーと思ってましたが、この場面で終わるのは「私たちの恋愛はこれからだ」って感じでいいアイデアですね。

…すみません。
私も「しゃあない恋愛」に一票入れておりました<(_ _)>

>> ob2@🐸日々是好日🐌 さん

短編あるあるな手法ですよ
で、今後を予想?想像?妄想?してもらう、と

最初『車内』かな?と心が傾いてたんですけど、あえて平仮名表記に舵を切りました(^_^)
面白かった~

タイトルを見て「電車内で起きる社内恋愛かなぁ」と想像しながら読み始めたんだけど、
想像してたのとちょっと違って、
想像してたより面白かった

ありがとうございますです(_ _)
気持ちの良い掌編小説でした。
やっぱりバックに歌劇団がついてるなら、綺麗に終わるのが吉。

あぁ、久しぶりにヅカも観たいし鉄分(乗り鉄)も補給したい気分です。

>> HAYA さん

早く行けるような状況になればいいのですが…
 個人的事情でなかなか読めなかったんだけど2話3話一気に読みました。

 2話で目線が変わるのにちょっと戸惑ったけど3話を読むときには慣れてすんなり入ってきたよ。

 別々のサーキットが交錯するギミック流石に上手です。ハートフルなお話が綺麗にまとまって読んでて気分がいいです。この感想を書きながらバックで流れるたんぽぽもイメージよく余韻に浸れます。

 桃ちゃんにもこんなホワホワな恋愛あるといいねぇ。

 実は同じ会社だったというのはないけど、大学の時実は高校が同じだったって人がいたよ。違う学部の人なんだけど知人が連れてきたのね。いろいろ話をしてたら高校が同じだった。同級生じゃなかったけどね。
ありがとうございます♪
励みになります<(_ _)>

恋愛か…
ε- (´ー`*)フッ

>> ポンコツ河嶋桃@ほんなら、さいなら🤗 さん

ももちゃん 最終章が 実に 良かった

このままの ももちゃんかと思いきや やはり 最後は アタイちゃんに 戻っとる!?

お茶☕️のあたりは
(。ӧლӧ。)プッ
ふきました

ももちゃんの頭 相当 大きなスケール
(*゚0゚*)スッゴッイ!
スゴ───(〃'艸'〃)───ィ

私 ちゃんと 最終章 読めて 休心しました

昔から 最終回 視わすれる。しかも 必死で 最終回見つけて 視ると しょもない のが 多い

その点 ももちゃんのは 最後で 盛り上がっとる
(古い例えで 申しわけない)
ももえさんの 引退コンサートみたいで ちょう かっこよかったです

またまたまた
楽しみにしています

よろしくお願いします
*.(๓´͈ ˘ `͈๓).*

ありがとうございました
感謝します
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