【連載実験】生命の灯が消える、その日まで。③
皆さんこんにちは。ポンコツ河嶋桃です。
万年文学少女の連載実験、三回目です。
第一回 https://king.mineo.jp/reports/157573
第二回 https://king.mineo.jp/reports/157578
*必ずお読み下さい*
医療関係の描写がありますが、この物語は完全な『フィクション』です。現実と混同しないようにご注意下さい。実在の病気や病態とは一切関係ありませんよ。
【第三章・最後の思い出】
さてどうしよう。
医療費が勿体無いからって何もしないわけにはいかない。
いつかはまだわからないけど、私が死んだら遺される夫と子供たちはどうするのよ。
限られた時間の中で、いったい私は何をすればいいのかな…
検査入院を経て、放射線治療が始まるまでに『一週間だけ』ではあるものの、本庄先生から自宅に戻る許可を頂いた。様々な条件付き、だけど…
「で、ママは一週間どうする?おうちでゆっくり寛ぐぅ?」
美歌が嬉しそうに問いかける。
「姉ちゃんは全っ然料理できないから、僕がごはんを作るよ!」
優斗の何と頼もしいお言葉。
「うっさいぼけ!それを言ったらあたしが何も出来ないみたいに聞こえるじゃん?」
美歌が苛立つ。
「確かに、優斗のごはんは相当のもんだよ。ママには到底敵わないけど、和食メニューは相当美味しい!ちなみに僕は今のところ洗濯担当。洗ったものが皺くちゃにならないよう脱水は短めに、とか美歌が生まれる前にママに教わった技を実践してる」
「パパも優斗もちょっと待った!それ言われたらあたしが何もしてないみたいじゃん。あたしはおうちのお掃除をちゃんとやってるよ」
美歌の才能はそこにあったんだ…
「そうそう。ママがお掃除してくれていた時よりもハードルが高くなってさぁ…『こんなもん置いてて何の役に立つのっ』とか言ってブルドーザーで整地するみたいにどんどん物を捨て始めるんだから…」
そう言って夫は頭をぼりぼり掻いた。
「パパが要らないものを莫迦みたいに溜め込むから、ママが困ってたんじゃん」
美歌が私の顔を微笑みながら覗き込む。
「で、今週はおうちで如何お過ごしになられますか、お母さま?」
私は暫し思案した。
う~ん…
「えっとぉ、近場でいいから温泉旅行に行きたい!」
「えええぇぇぇっ!!」
突然こんなこと言ったら誰でもビックリするよね。
「でさぁ、何でママはこんな古臭い温泉旅館に来ようと思ったわけぇ?」
洞窟みたいな温泉に浸かりながら、美歌が私に問いかける。
「そうねぇ、あれはまだ優斗が生まれたばかりの頃だったかしら…パパが急に『仕事が空いたから温泉旅行に行くぞ』なんて言い出して急にここに来たのよ」
「え、じゃあ初めての家族旅行がここだったの?」
「そう。で、私は優斗をパパに任せて美歌と二人でこのお湯に浸かってたの。私一人で子供二人の面倒なんて見れるわけないじゃない」
美歌が眉を顰める。
「パパが優斗の面倒見るなんて、そんなこと出来たの?」
「出来るわけないじゃん!優斗は泣き叫ぶわ、他のお客さんに迷惑かけるわでそりゃ大変だったみたい…まあ、ホテルの従業員さんが臨機応変に対応して下さったおかげで、何とかなったみたいだけど」
今となってはそれもいい思い出だ。ホテルの従業員さんに感謝しなくちゃ。
「じゃあ、ママはそれを…」
「そう。初めての家族旅行で来たこの温泉に、もう一度来たいとずっと前から思っていたんだ」
ただでさえいつひっくり返るかもしれない私が館内で飲み歩くわけにもいかないから、お酒を飲むのは控えようと思っていた。
本庄先生に言われた通り、美歌に手を引いてもらうか、手すりに摑まるか…まあ、大抵はホテルの従業員さんが車椅子を貸してくれるとかの機転で何とかなったんだけど。
コンコンコン…
腫瘍のせいで私の片耳は殆ど聞こえなくなっていたけれど、辛うじて聞こえたドアをノックする音に優斗がいち早く反応した。優斗の招きに応じ、ホテルの従業員さんが室内に入ってきた。
「中島さま。本日は結婚記念日とお子さまから伺いました。一九回目の結婚記念日、おめでとうございます!」
あ、そんなことすっかり忘れてた。パパも呆気に取られているところを見ると、彼も忘れていたようだ。
「偶々、だけどさぁ。家族旅行のこの日に結婚記念日なんて凄くない?」
ホテルの従業員さんがシャンパンの栓を勢いよく抜く。私とパパは自身の感情に抗うことも出来ず、溢れる涙を堪えきれない。我が子よ、いつの間にこんな気遣いが出来るような立派な人間に…
「では、私どもはこれにて失礼します。楽しい記念日をお過ごしください!」
そう言うと従業員さんは満面の笑みとともに退出した。
「美歌…優斗…」
ドヤ顔の二人が声を揃える。
「パパとママがいてくれるから、二人はここにいるんだよっ!」
パパと私の二人で飲んだシャンパンは、恐らく生涯最高の美味。ただ、残念だったのは、調子に乗って飲み過ぎたせいで味をよく覚えていなかったこと。うん、お酒なんて雰囲気。大事なのは味じゃなくてシチュエーション。最高!
病院に戻った翌日から放射線治療は始まった。事前に説明を受けてはいたものの、髪の毛がどんどん抜けていくのは耐えられないなあ。歳を喰ったとはいえ、私も女性だから。
「ヤッホー。調子はどう?」
努めて明るく振舞う美歌が病室に入ってくる。パパに似て頭のいいこの子は県下ナンバーワンの公立高校に合格し、四月から高校生活を謳歌している。
「あら、どうしたの?」
大工さんか海賊みたいに頭にタオルを巻いている私に、美歌はスマフォの画面を見せた。
「え、何これ、カツラ?」
ちっちっち、と美歌ジェスチャーをしてみせる。
「ウィッグ、っていうの。これはね、例えば…普段は長髪の人がその日だけイメチェンでショートにしてみるとかその逆…あとは髪を染めていることを隠す為に使うとか…そういう人の為に販売されているお洒落グッズなの」
へえ、そうなんだ。ひと昔前はハゲ隠しとかそんなもんしか…
「でさあ、ママもそんなお洒落してみたらどうかな、って。ほら、見てみなよ!色んな髪型のウィッグがあるから、ロン毛でもショートでも選び放題。何なら色だって。ほら、ママの好きな吉川晃司みたいな色も選べるよ」
え、でも高価なものじゃ…
「あたしのお小遣いで買えるものなんて人工毛の安物だけど、ちょっと外出するとか検査フロアに行く位なら誰も気づきやしないって」
ここに気づいてくれるのはやっぱり女の子だな。(いくらお洒落に目覚めたとは言え、優斗にそこまでの気遣いを求めるのは酷だ!)私は食い入るように美歌のスマフォの画面を見つめる。
「で、ママはどんな髪型とカラーをお望みかしら」
暫し思案した結果、私が選択したウィッグに美歌は愕然とした。
「え、黒髪のショートボブって今までと全然変わらないじゃん」
私は申し訳ない気持ちで、美歌に弁解した。
「実はね…私は毎日君たちに『早く起きろ!』『髪の毛弄りたいんだったら早起きしろ!』って偉そうに言ってたけど、学生の頃は君たち以上に朝が弱かったの。そんな人間がロン毛とか巻き髪なんてできるわけないじゃん。で、必然的にショートボブになったわけ。で、結婚して君たちと家族になってから早起きはするようになったけど、髪を弄る暇もなかったからそのままになってたの」
美歌が絶句している。
「だからって、これからもショートボブにしなくても…」
「慣れてるから、それがいいのよ」
結局注文したのはショートボブ。ただ、美歌の強いアドバイスによってちょっとだけお洒落して、色をチョコブラウンにしてみたんだけど。
数日後、病室に何か思いつめた様子で優斗が現れた。
「ママ…」
あら、どうしたのかな。
「どうしてママは、病気と真っ向から戦うんじゃなくて安楽死みたいな方向に舵を切ったの?僕はその決断に納得がいかない。少しでも可能性があるなら、手術に賭けてみるっていうのも…僕はママのいない家族なんて考えられない!」
私は優しく優斗を諭した。
「君の思っていることはよくわかる。でも、その答えは優斗だけじゃなくて家族のみんなにしたいから、パパとお姉ちゃんを呼んできてくれるかな?」
余談ですが、洞窟温泉のくだりは南紀勝浦の『ホテル○島』さんがモデルです。数年前に素泊まりの安いプランでお世話になりましたが、本当に臨機応変にイロイロ対応してくれる素敵なホテルウーマンとホテルマンの皆さまにお世話になりました。
唯一後悔しているのは卓球台のレンタルでマイラケット&ピン球持ち込みで友人とスマッシュの打ち合いして周りをドン引きさせたことです。
おばさん二人が浴衣の裾まくって岡っ引きスタイルでスマッシュ打ってたら引きますよね…
(ちなみに、ちゃんと浴衣の下にトレパン履いてましたよ)
次回が早く読みたい。
>> ギリアム・イェーガー・ヘリオス さん
失礼しました余計なこと書いてる状況じゃないですね
>> ギリアム・イェーガー・ヘリオス さん
そこがこの物語のテーマです>> なかっぴ さん
明日アップできるように作業中です短編だけに展開は早いです
次回が最終章になります!!
ドラマや漫画でも予告しますもんね…
すみません<(_ _)>
ありありと頭の中に光景が浮かんでくる、素晴らしい文面だと思います。
家族旅行の舞台であるホテル浦島の忘帰洞は入った事がありますので懐かしいですね(^_^)
最終章を期待しております。
画像は優斗君の心情😊
>どうしてママは、病気と真っ向から戦うんじゃなくて安楽死みたいな方向に舵を切ったの
これから放射線治療かなっと思ってたけど、ペインコントロールだけの終末期医療になるのでしょうか?
テーマが重すぎるため、どんな展開になるのか...
>> yoshi君 さん
あのホテルに行かれたことがありましたか(^^)先様に失礼を承知ながら『古いけれど、沢山の家族の思い出が詰まっているホテル』ということで舞台に設定しましたよ
>> 杏鹿@………………………… さん
それは次回(最終章)のお楽しみですなんか映画館の【特報・次回作鋭意制作中!】みたいな中途半端なフリですね(^^)
急ピッチで作業しているので、じらしはないと思います(ないはず)
>> licky さん
ありがとうございます。重い、は重いのままなのか、
重い、が軽くなるのか、
あるいは別のモノに昇華するのか……
次回、最終章をお楽しみに。
昨今は放射線治療と言ってもブラックピーク利用の重粒子線治療とか、定位照射型治療(トモセラピーとかサイバーナイフとか色々あります)も普通に症例出てくるくらいですし、腫瘍であれば治せる症例も増えてると聞きます。
逆にスキルス胃がんのような形態だと「見つかった時点ではもう何も出来ない」という状況まで考えられるので、色々とケースを考えるに「いやあ、フィクションといえどもつらいなあ」ではあります。
とはいえがん化した細胞に対するアポトーシス利用とかいろいろ治験なり進んでるみたいなので、このお話も「実はそういうのが…」なんて展開が続くのか?、次回を待ちたいです。
ソンナワケアルカイ…(°o°C=(_ _;バキッ
最終章、楽しみです(^^♪
>> ばななめろん さん
フィクション(要するに作り話)と言いながら明日は我が身かも、は普通にある話ですよね医学的な難しい話はないかも知れませんが、最後の展開をどうぞお楽しみください
>> ob2@風邪と共に去りぬ🤧 さん
時が戻れば!そう思うことが多々ありますが、ふつう戻らないでしょ(^^)
出来るならアタイも戻したい
>> ポンコツ河嶋桃@🐢大洗女子カメ㌠🐢 さん
最終章の展開予想。ポンコツ河嶋桃さんの初夢でした...てな落ちが
この物語で一番興味があったというか知りたかったのは、
旦那さんとの出会いのあとの進捗経過です。
この辺が皆さん一番興味を示されるのではないでしょうか。
勝手な批評をして申し訳ないです。
興味のあるお年頃なので。
>> 永芳 さん
宜しければ是非お付き合い下さい明日のアップを目指しています
>> ポンコツ河嶋桃@🐢大洗女子カメ㌠🐢 さん
(  ̄- ̄)。o○( One more time, One more chance )あの温泉には癒してもらいました、のでこのご家族にも癒しを与えて給え。
>> licky さん
夢オチといえば…『あぶさん』の日本シリーズが奥様の夢だったという…
(ウチの父ちゃんがずっと言ってました)
和則(パパ)と奈々美(ママ)のことはもう少し書いてもよかったかも、ですね。
尺の関係で大胆にカットしましたが(^^;)
>> 永芳 さん
秒速5センチメートル…新海誠さんは『物書き』として素晴らしい人だと思います
(絵はあまり好きではありません)
彼のように素晴らしいエンディングが用意できるのか…
明日(予定)をお待ちください
>> ポンコツ河嶋桃@🐢大洗女子カメ㌠🐢 さん
『(兄妹(※こちらの物語では姉弟...))愛だ、愛』╭( ・ㅂ・)و̑ グッド ラック!
>> 永芳 さん
生きているのではなく、生かされている自分が生きているのは、周りのおかげ
死にかけてからそう思うようになりました
読んでて涙しました。こう見えても涙腺弱いのね。なんか蓮君の桃姉の代わりは居なんだからの下りを思い出しました。やはりベースは河嶋桃の日常でそこに脚色を加えたという感じですね。
ぐいぐい話に引き込まれる表現は流石の文学少女ですね。
#少女というのはまあお約束として。
ここだと読み手の反応も早くて桃ちゃんも満足なようで創作し甲斐があってよかったですね。
>> ポンコツ河嶋桃@🐢大洗女子カメ㌠🐢 さん
家族旅行と社員旅行で二度行きました。家族旅行は私が中学生の時だったと思います。
船に乗らないとホテルに着けない事や太平洋を眺めながら入浴出来る忘帰洞は本当にびっくりしましたね。良い思い出です。
>> じんで@肘の君 さん
『文学少女』の前に『万年』か『永遠の』をつけると意味が通りやすくなりますよ(^_^)基本的には歴史やファンタジーはやらないので、大抵は日常生活が舞台です
あと、こんなに反応あるとは思わんかった(^^;)
>> yoshi君 さん
古くはなりましたけど、耐震改修とかやって必死のパッチで頑張って営業してますねあの建物、あのお風呂には沢山の人の思い出が詰まっているんですね
地の文が1人称だけなのね、と思っていましたが、
他の人物に焦点当てちゃうと長くなっちゃいますもんね。
最後の描写をイロイロ想像して見てますが、果たして当たるかな?
>> ポンコツ河嶋桃@🐢大洗女子カメ㌠🐢 さん
あの洞窟風呂は私の生涯を通じての良い思い出となりました。入浴された全ての方々の記憶に刻まれていると私は思いますね。