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方丈庵跡を訪ねる

方丈庵法界寺.PNG

先日京都伏見を散策した際2km程東に鴨長明が隠遁した方丈庵跡(右端の藤色の場所)があると知ったので訪ねてみた。
googlemapを見たがこんな地図で行ける訳がない。
拡大しても余白が広がるだけである。
yahoomapには記載すらない。
取敢えず法界寺(左端の赤色の場所)まで行けば何とかなるだろう。

方丈記案内碑.jpg

法界寺を過ぎた場所に方丈石への道標があった。
この日は既に(杖を突いて)15000歩歩いていて結構疲れていたが800mの距離なら大丈夫だろうと歩き始めた。

方丈庵と中.PNG

途中何ヶ所か古びた木製の道標があるので迷うようなことはない。
「これより250m」の道標からは崖沿いの狭い道が続く。
石ころの混ざった木の根道で傾斜もきつくなり歩きづらかった。

方丈記方丈石.jpg

大きな岩が現れる。
方丈石である。

方丈記方丈石への登り口.jpg

方丈石の脇の道を登る。
一段と険しく時々手を突いて登る。
休み休み上ったので麓から30分近くかかった。

方丈記方丈石石碑.jpg

上部には狭いながら平坦地があった。
方丈庵はここに建っていた。

方丈記方丈石碑.jpg

石碑が2基あり右側の物には明和壬辰夏五 (明和9年5月、1772年)の年代が刻まれている。

左側のはライオンズクラブが立てた最近のものである。


庵は3m四方の広さで高さは2.1mの小さな小屋である。
後で外部に庇や縁側を付け足す。
床の東半分は寝起きに使う。
西半分は棚を作り仏教や和歌や音楽関係の本を置く。
折り畳み式の琴やほぞ穴継ぎの琵琶もここに置く。
木々に囲まれた深山幽谷といった趣で川のせせらぎ、風の音、鳥の声が心地よい。

薪は周囲にいくらでもあるし、水は谷を下りれば汲めるし、食べ物は岩梨(野草、)むかご、芹、つばな(イネ科の雑草)木の実等あるし時々は都に出て托鉢して得ることが出来る。

山の麓に小さな小屋がありそこには10歳の子供がいて時々庵を訪ねて来て話をする。
話す事が無い時には一緒にその辺の山を散歩する。
体調の良い時には岩間神社、石山寺、粟津、蝉丸や猿丸太夫の墓(いずれも滋賀県大津市付近)とかまで行っている。
又57歳の時鎌倉へも行っている。
源実朝の和歌の師匠になるということで実際実朝とも会っているが実現はしなかった。
両者の歌風を比べれば当然と言える。
隠遁者といえば鶴のように痩せた仙人のような老人を思い浮かべるが長明はもの凄い健脚であったと言える。

翌年『方丈記』執筆。

方丈庵下鴨神社1.jpg

方丈庵.jpg

方丈庵を復元したものが下鴨神社にあるというので行ってみた。
糺の森にある河合神社の北方50m程の場所にあるが植栽に遮られ案内板もなく道路からは見つけにくい所にひっそりと建っていた。

先祖が追放した長明が歴史的に有名になり彼の住んだ庵を客寄せに利用するのには忸怩たる思いがあるのかもしれない。


方丈記車.PNG

他所へ行こうと思えば分解して2台の車に積込めるように設計してあるので車の賃料を払うだけで移動はできるというが終生引っ越すことはなかった。

方丈庵を分解して運ぶ車の模型が京都市中京区にある「京都市平安京創生館」に展示してあるとの情報を得て行ったが現在は置いてなかった。


3 件のコメント
1 - 3 / 3
hijiake
hijiakeさん・投稿者
ベテラン
以前別荘を自力で建てたが固定資産税を払いたくないため屋根を壊した話を投稿したことがある。

それ以前にも1軒小屋を建てたことがある。
琵琶湖の西北にある近江今津という田舎であるが敦賀まで高速道路が出来れば大阪からでも短時間で行けるようになるというので購入し、建築確認申請 のいらない10㎡(6畳)の小屋を一人で建てたことがある。
方丈庵より少し大きいが似たような環境であった。
近くに箱館山スキー場があり積雪時にはスキーを履いたまま直接行けて便利であった。
もう30年位行ってないので雪で潰されているかもしれない。
高速道路もまだ出来ていないようだ。
方丈記はマンガ版で読んだけど、こうやって写真であの移動可能なモバイル住居をみると、感慨深いものがあるなー。

57歳の時鎌倉に鎌倉いくなんて、随分と健脚。
hijiake
hijiakeさん・投稿者
ベテラン

>> トッチン@寝不足 さん

鴨長明は災害や遷都の現場に行ったり小屋を組み立てたりと行動の思索家であったと言えますね。
健脚あっての賜物だと思います。

コメントありがとうございました。
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