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【掌編三昧】空色一輪挿し

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 主のいなくなった書斎に水仙の花が飾られている。息子の雄一が生けたものに違いない。今朝は日曜日だというのに県大会の予選があるといって朝早くから飛び出していった。
 夕べ、この部屋を覗いた時にはなかったから、きっと今朝方出かける前に採ってきてこの小さな空色の一輪挿しに飾ったのだろう。
 いつ手に入れておいた花瓶なのか知らないが、三人兄弟の長男で剣道部の主将をするような性格のくせにそんな心優しいところがある。
 妻の文子がいなくなってから書斎は誰も使っていないから、時折風を入れ替える私の他には気づくものもいない。誰も気づいていないと思っているから毎年この時期になると文子の愛用していた机の上に水仙の花が咲く。
 雄一にとって小さい時から目に焼きついている母の想い出はいつも療養先の蓼科の病院の窓から外を眺める寝間着姿ばかりだった。
 身体の弱い母に寄り添って、肩幅の広い制服姿はあっという間に母の背丈を追い越した。優に母を超える体躯は限られた時間を惜しむようにいつも傍らを離れなかった。
「今年も咲いたわね」
「えっ?」
「あの駐車場傍のブロック塀の横の、ほら、あそこの隅っこのほうに見えるでしょ」
「水仙?」
「そう、母さんのね、一番好きな花」
「家にもたくさんあるよ」
「そう、あれ、何も手を掛けないのに毎年必ず咲いてくれる」
「ん、派手じゃないところがいいよ」
「まだちょっと寒い時期に他の花より一足先に咲いてくれるから好き。庭の水仙もきっとたくさん増えているでしょうね。もう一度でいいから見に帰れたらいいのに」
「そうだ、母さんの詩集にもときどき出てきてたよね」
「知ってたの?」
「前に内緒で読ませてもらった。なんか母さんによく似てると思ってさ」
「なんかはずかしいね」
雄一にとってその時の母の笑顔が最後になった。
  
 庭の築山の一角にある水仙の一群が咲き始めるのを見つけるのは毎年きまって雄一だ。母の好きだった花のことをけっして忘れない。
 毎年のことだが、水仙の花が咲いているのを見つけても雄一は母のことを口に出したりはしない。
 冬と春の間のほんの短い季節の変わり目に静かに咲く白い花。そんな短い時間に少なかった自分と母との想い出をそっと一人で重ねているのだろう。
 窓を開けると温み始めた外気がそよそよと流れ込んできた。締め切った部屋の中、さっきまでピタリと停まっていた仄かな甘い香りが緩やかに動き出す。

    <了>



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