油断!が突きつける現代の警告
今の石油危機‥と対比されるのが73年の第一次オイルショックです。それについて、調べていると75年発表の堺屋太一氏の油断という小説を見つけました。
堺屋太一氏は第一次大阪万博に関わった通産官僚だったようです。その後、今の経済財政政策担当大臣に相当する経済企画庁長官を小渕、森内閣時に努めました。就任時の株価が16000円、一時2万円強になったものの退任時は14000円まで下落しました。不審死を遂げた当時の中川昭一通産大臣から罵倒されたようです。
その堺屋太一氏の油断をざっと読みました。背筋が凍るような思いがします。小説の中で描かれた「エネルギー供給の寸断」という恐怖が、2026年の今日、ホルムズ海峡の封鎖リスクという形で現実味を帯びているからです。
かつて堺屋氏が指摘した日本人の「油断」は、形を変えて今も私たちの根底に居座っているのではないでしょうか。
現在の日本は、当時よりも石油への依存度は下がったと言われますが、その分、LNG(液化天然ガス)への依存が高まっており、一部とはいえ、依然としてホルムズ海峡を通過しています。この供給が止まれば大きな影響が出るのは、先の投稿で示したとおりです。
もし今、海峡が物理的に完全に封鎖されれば、発電燃料の不足から大規模な計画停電は避けられず、現代社会の生命線であるデータセンターや通信網が沈黙します。
ITバブルを経験し、デジタルトランスフォーメーションを推進してきた日本にとって、電力の喪失は1970年代以上の壊滅的な打撃を意味します。
油断!の恐ろしさは、物理的な資源不足そのものよりも、むしろ「情報」と「組織」の機能不全にあります。
政府が正確な備蓄量を把握できず、省庁間の調整に時間を費やしている間に、国民はデマに踊らされ、社会秩序が崩壊していく様は、現代のSNS社会における情報混乱の予行演習のようでもあります。
私たちは「代替ルートがある」「備蓄がある」という言葉に安住し、本質的なエネルギー安全保障の議論を後回しにしてはいないでしょうか。
今、再び地政学的緊張が高まる中で、私たちは堺屋氏が遺した警告を真摯に受け止めるべきです。
平和や安定は、ただ願えば手に入るものではなく、最悪の事態を想定し、具体的な「備え」を積み重ねることでしか維持できません。ホルムズ海峡の向こう側で起きている火花は、対岸の火事ではありません。
それを見つめる私たちの「油断」こそが、真の危機を招く引き金になるのです。

