No . 80 公立学校で『 上履き 』を廃止、土足制が広がっています。この状況をどう感じますか?
防災や避難の安全、スペースの有効活用の観点から、
全面的に賛成。
教室の汚れや衛生面、日本の『 脱ぐ文化 』を大切にすべきなので、
反対。
どちらとも言えないが、
厚底靴などのケガのリスク管理を優先すべきだ。
【 短編三択アンケート 】
No . 79 衆議院解散を受け、2 月 8 日には投開票。
一票を投じる際に最も重視する基準は?
https://king.mineo.jp/reports/329312
【 ランキング 】
短編三択アンケートランキング Part 7
https://king.mineo.jp/reports/328711
選択肢以外の感じ方や、それ以外の考えなど、
何か こだわりを お持ちの方は自由にコメントで語ってくださいね。
あと、私の投稿で取り上げて欲しいネタなどがあれば、
コメントで、自由にリクエストしてくださいね。
たまには気軽に楽しくコメント。
回答も、ゆる 〜 く複数選択可能にしてあります。
※ 不要な衝突などのトラブル、
コメントされたい方々の妨げとなりますので、
この投稿を不快に思われる方は、
コメント、閲覧を、お控えください。
荒らしスレ潰しストーカーは、見つけ次第、非表示とします。
No . 80 公立学校で『 上履き 』を廃止、土足制が広がっています。この状況をどう感じますか?
21件の回答
賛成
38% 8件
反対
33% 7件
どちらとも言えない
29% 6件
28 件のコメント
コメントするには、ログインまたはメンバー登録(無料)が必要です。





#「上履き」は廃止されても、「体育館履き」が別途必要になる事実。。。('◇')ゞ

教育現場では今、日本の伝統的な光景であった「 上履き 」が絶滅の危機に瀕している 。
東京都品川区などの公立小中学校では、
下駄箱スペースを有効活用し、
災害時の避難をスムーズにするために
「 一足制( 土足制 ) 」を導入する動きが加速している 。
さらに、最新のニュースでは
「 厚底シューズ 」の流行による児童の骨折リスクや、
上履き自体の経済的負担の軽減も議論の対象となっている 。
日本人にとって
「 校舎に入る時に靴を履き替える 」と言う行為は、
単なる習慣を超えた文化的な境界線( 内と外の区別 )であった。
この変化に対し、
衛生面での懸念や掃除の手間の増加を指摘する声と、
合理性を支持する声が真っ向から対立している。
>> 永芳 さん
土足制じゃなくても 3 秒ルールは駄目でしょ w仮に上履きが廃止されれば、
体育館の仕様も見直されるんじゃないのかな。
そうでなければ、災害時の避難をスムーズにするための、
一足制( 土足制 ) 導入の意味が無いからね。
あくまでも、私の憶測ですけどね。
公立学校と言っても、小、中、高校と生徒、学生によっても実態が異なるし。
私の住んでいる市では、公立高校は上履きがないのは昔から当たり前。中学校は学校により昔は上履き、下履きのみのばらばらだったが、靴へのいたずらが頻発、いじめにつながるということでとっくの昔に上履きをやめていると思う。(一部例外あり)
ただ、小学校に関しては、今でも上履き使用が主流だと思いますね。ひょっとして、どうするか議論になっているのかもしれないけど…
>> ジョニー23k さん
体育館や特別に汚れを嫌う教室は例外ですよ。体育館シューズ、スリッパ等は当たり前かと。>> モバイル クエスト@ウィザード クエスト さん
∧_∧.ミ,,・_・ミ ...マジレス
ヾ(,_uuノ
>> ジョニー23k さん
貴重な実態を教えていただき、ありがとうございます。「 東京が進んでいる 」と言うよりは、
むしろ地域ごとの課題解決の手段として、
既に土足化が定着している場所があると言うのは、
非常に興味深い視点ですね。
特に「 靴へのいたずら・いじめ防止 」と言う理由は、
衛生面や利便性以上に、
学校運営において切実かつ合理的な判断だと感じました。
ただ、仰る通り体育館が「 例外 」で履き替えが必要となると、
やはり私が懸念していた「 災害時の避難をスムーズにする 」
と言う一足制導入の大義名分と矛盾が生じてしまうんですよね。
もし東京で「 避難 」
を最大の理由に挙げて導入を進めるのであれば、
既存の体育館シューズやスリッパ運用を残したままでは、
片手落ちになってしまいます。
いただいたお話を聞いて、
真の意味で「 一足制 」を完成させるには、
「 上履きを無くす 」事以上に、「 土足でも傷つかない・
滑らない体育館の床材 」を開発・導入する事こそが、
本質的な解決策なのではないか、と改めて確信しました。
そう考えると、
議論すべきは「 靴 」ではなく「 床 」の方なのかも知れませんね。
現場のリアルな声、参考になりました。
>> 永芳 さん
何だ、冗談だったの?w大学等は土足でしたが、掃除は専門の方でしたね。
歯科クリニック(予約制)は履き替えで、
内科クリニックは土足です。
今の道は舗装で靴の汚れがなくなりました。
タイヤのパンクも減った。
雪が降ると怖いが。
>> モバイル クエスト@ウィザード クエスト さん
>災害時の避難をスムーズにするために上履きをやめるという意見が現場から出ているとすれば、それはおそらく建前なのでは。
災害時には、上履きのまま逃げないといません。下駄箱で履き替えてたら被害が拡大してしまいます。
避難訓練のときにも上履きのままで運動場に避難したり(後できれいに拭く)、体育館に避難するとかやっているんじゃないか。
上履きをやめる一番本質的な理由は世間には言えないのではないかな。
>> 伊勢爺い さん
その視点は非常に鋭いですね。特に「 道路の舗装 」と言うインフラの変化に着目された点は、
この議論の核心を突いていると感じました。
仰る通り、かつての「 泥だらけの未舗装路 」を歩いて通う時代と、
現代のアスファルト環境とでは、
「 外履きの汚れ方 」そのものが劇的に異なりますよね。
「 外履き = 不衛生 」と言う前提自体が、
今の時代にはそぐわなくなってきているのかも知れません。
また、クリニックや大学の例示も非常に分かりやすいです。
「 掃除を誰がやるか( プロか生徒か )」と言う点も、導入の成否を分ける大きなポイントになりそうですね。
日本の学校教育における「 掃除 」は、単なる清掃作業ではなく
「 心を磨く 」的な教育の一環とされてきましたが、
土足化によってその質が変わる( 泥や砂埃への対処が必要になる )
場合、生徒への負担と教育的意義をどうバランスさせるか。
「 環境( 道路 )が変わったのだから、
ルール( 上履き )も変わるべき」
と言う論理は非常に合理的で説得力があります。
そう考えると、上履き文化を守ろうとする私達は、
無意識のうちに「 昔の道路事情 」
を基準に物事を考えてしまっていたのかもしれない … と、
ハッとさせられました。
柔軟な視点でのコメント、大変勉強になります。
>> ジョニー23k さん
なるほど、その視点は非常に鋭いですね。「 避難の迅速化 」はあくまで建前ではないか、と言うご指摘。
確かに仰る通り、
現状でも緊急時は「上履きのまま避難」が鉄則ですし、
後で拭けば済む話です。
そう考えると、わざわざ一足制に変える理由として
「 避難スピード 」を強調するのは、
少し論理が飛躍しているようにも思えますね。
コメントを拝見して、ふと考えさせられました。
もし「 世間に言えない本質的な理由 」があるのだとすれば、
それは何か。
もしかすると、「 『 内と外を区別する 』
と言う日本的な規律を維持するコスト( 教員の指導負担、
保護者の経済負担、靴の管理や紛失トラブルなど )」が、
ついに限界を超えてしまった … と言うのが、
現場の隠れた本音なのかも知れません。
それをそのまま伝えると「 教育の放棄 」と捉えられかねないから、
あえて誰もが反対しにくい
「 防災 」と言うオブラートに包んでいる。
そう推測すると、全ての辻褄が合う気がします。
ただ、理由が何であれ、やはり「 体育館だけ履き替える 」
と言う現状の中途半端さは課題として残ります。
防災を建前で終わらせず、かつ現場の負担も減らす。
その最適解は、やはり「 靴を変える 」議論を超えて、
「 土足でも安全に使える体育館の床( インフラ )への投資 」
へと舵を切ることなのかも知れませんね。
「 靴 」の話に見えて、実は「 学校の構造そのもの 」
のアップデートが問われているのだと気付かされました。
深い洞察をありがとうございます。
>> Y. Daemon@ポリアモラス さん
40 年も前からその運用があったとは驚きです。貴重な実例をありがとうございます。
「 掃除を業者に委託できるなら 」と言う条件、
まさにそこが分水嶺になりそうですね。
土足化の議論において、生徒による掃除( 教育的意義 )と、
業者の清掃( 実務的解決 )をどう線引きするかは、
避けて通れない課題だと感じます。
また、
「 荒れていた 」と言うエピソードも非常に示唆に富んでいますね。
犯罪学における「 割れ窓理論
( 建物の窓が割れているのを放置すると、
誰も注意を払っていないというサインになり、
犯罪が増える)」ではありませんが、もし土足化によって、
床が汚れっぱなしの状態が常態化していたのだとすれば、
それが当時の学校の荒廃した雰囲気や規律の乱れに、
少なからず影響を与えていた … と言う仮説も成り立ちそうです。
そう考えると、上履き廃止の是非は、
単に「 楽かどうか 」だけでなく、
「 学校と言う空間の品位( 治安 )をどう保つか 」と言う、
より深い精神的なテーマにも繋がっているのかも知れません。
単なる「 靴の問題 」に見えて、
実は「 環境が人に与える影響 」そのものを問われている気がしました。
廃止になると月☆さんが困るんじゃない?
当然掃除も自分たちだったので、上履き廃止なら掃除は業者でというのもよくわかりません。
学期末の大掃除には恒例の「油引き」も生徒たちでやっていました。
兵庫県はそういう市町村多いと思います。神戸もそうだったかな。
https://allabout.co.jp/gm/gc/499550/
ただ、神戸などでは二足制に変更する事例もあります。
https://www.kobe-np.co.jp/news/backnumber/201708/0011730858.shtml
>> たかやす@juantonto さん
> 廃止になると月☆さんが困るんじゃない?そう言う大人の事情もあるかも知れませんね。
>> ninnin80s さん
西宮・神戸エリアの「一足制(土足)」の歴史、今の議論にものすごく説得力がありますね。
東京などが今まさに「 災害対策 」や
「 合理性 」を掲げて導入しようとしている動きが、
兵庫県では半世紀以上も前から「 日常 」として定着していたとは。
私達があれこれ議論している懸念点は、
実はとっくに解決されていたのかも知れませんね。
特にハッとさせられたのが、
「 土足でも自分達で掃除をしていた 」と言う点です。
今、反対派の意見として「 土足になれば床が汚れるから、
子供の手に負えず業者委託が必要になる( = コスト増 )」
と言う懸念がよく挙がります。
しかし、「 油引き 」
も含めて生徒自身の手で校舎を維持管理できていたと言う事実は、
その懸念を論理的に覆すこれ以上ない証拠ですね。
結局、日本人が大切にしてきた
「 内と外の区別( ケジメ )」と言うのは、
「 靴を履き替える 」と言う物理的な行為そのものよりも、
「自分達が使う場所を自分達で整える」
と言う意識の方に宿るのかも知れません。
「 上履きがないと掃除ができない 」のではなく、
「 土足であっても学ぶ場を清める心は育つ 」。
この視点は、
今の教育現場が一番必要としている答えのような気がします。
貴重な実体験のシェア、ありがとうございます。
>> そらむ さん
なるほど、神戸の「 二足制への回帰 」と言う逆の動き、非常に興味深い視点ですね、ありがとうございます。
東京などの都心部では、
敷地の狭さや防災の「 合理性 」を取らざるを得ないのに対し、
他地域ではやはり衛生面や内履きの持つ
「 けじめ 」の文化が見直されている …
つまり、単なる「 上履き廃止 」の一辺倒ではなく、
地域ごとの事情に合わせた
「 最適解の模索 」が始まっていると言う事ですね。
どちらが正解かではなく、
何を優先するかで学校の風景が分化して行く、
まさにその過渡期にあるのだと改めて気付かされました。
上履きは、運動するときには競技に有った靴を履くので土足にしても一足で済まないのでは?
いっそ、校内では裸足にしたら?
昔、柔剣道場の有る警察署の近く住んでいた時、早朝に柔道着を着たガタイの良い兄さんが、裸足でランニングしてたのを思い出した。
また、生徒・児童で掃除は教育的な意味が有る。
昔、渋谷の某コーヒーハウスで、他所の座席から勝手に椅子を持ってきて、帰る時に戻そうとした友に「掃除人の仕事が減るから、そのままで良い」と言ったバカ男子学生が居た。
こういう日本人とは異質の人間を育てないために教育が必要。
>> うめちゃん2号 さん
その「 渋谷の喫茶店でのエピソード 」、現代の教育において何が欠けつつあるのかを、
痛烈に表していていますね。
仰る通り、上履き廃止論には
「 合理性 」の名の元に見落とされている矛盾がありますよね。
第一に、ご指摘の「 体育館履きどうするの?」問題です。
結局、運動用シューズが必要なら
「 完全な一足制 」は不可能ですし、
衛生面を考えればそれを教室で履き続けるわけにもいきません。
「 下駄箱を無くしたい 」と言うハード面の都合だけで、
子供達の実情が置き去りにされている気がします。
第二に、さらに重要な「 心のスイッチ 」の問題です。
靴を履き替える行為は、単なる動作ではなく
「 公の場から、学びの場(内側)へ」
と言う意識の切り替えスイッチになっています。
その境界線を無くし、
さらに自分達で場を清める習慣まで薄れてしまえば、
例に挙げられた学生のように「 汚すのは自由、
片付けるのは他人の仕事 」と考える人間が増えてしまう危惧は、
決して大袈裟ではないと感じました。
「 災害時の避難スピード 」
と言う命に関わる課題は最優先すべきですが、それと引き換えに
「 日本人が大切にしてきた公衆道徳の根幹 」
まで安易に捨てて良いのか。
ただ古いものを守るのではなく、
「 合理化で失われる教育的価値 」について、
もっと議論が必要だと強く感じさせてくれるご意見でした。
それは青臭いものなのか、それとも甘酸っぱき まばゆい景色なのか。
と、そんな過去に戻れる「青春18切符」はないのだろうか?
>> エスエイチ@小さな城下町の櫓台 さん
残念ながら、リアルの青春 18 切符が改悪してしまったように、過去に戻る事はできません。
学生時代の青春の日々は、思い出の中にあってこそ、
美しく輝きを放つものだと思いますよ。
>> モバイル クエスト@ウィザード クエスト さん
一足制か二足制か。ですが、そして、作成いただいた画像は女子校のように思われますが、ひとりの女子が4月から9月までは女子高に通い、10月から3月までは男女共学校に通い、青春を謳歌することが叶えられる「青春切符」ストーリーはないのでしょうか?
何が言いたいかといいますと、「二足のわらじをはく」という諺が有るように、本来両立しないような2つの異なるポジションや立場を、一人の人間が同時に兼ねられると素敵だと思うんですよね。
ちなみに、大谷翔平選手の身長は約193cmだそうで、足のサイズもさぞビッグフットかなと思いきや、28.5cmのようなので意外感があります。
きっと、手は大きいのでしょう。
>> 藍詰草 さん
雪国の冬に、びしょ濡れの長靴や泥だらけのブーツで、一日中授業を受けるなんて現実的じゃないですし、
何より校舎があっという間に傷んでしまいそうです。
「 全国一律の合理化 」ではなく、
その土地の気候や生活の知恵に根ざした
「 履き替えの文化 」には、
ちゃんとした理由があるんだと再認識しました。
>> エスエイチ@小さな城下町の櫓台 さん
「 二足のわらじ 」を履き替えるのではなく、あえて同時に履こうとするその発想、
まさに『 青春のパラドックス 』を突いていて面白いですね。
確かに、女子校特有の「 飾らない団結力 」と、
共学校の「 甘酸っぱい緊張感 」。
この全く異なる二つの空気を半年周期で、
あるいは同時に摂取できたら、それはもう通常の 2 倍どころか、
二乗の密度で青春を謳歌できそうです。
大谷選手の例えも非常に示唆に富んでいます。
193 cm と言う規格外のスケールを、
28.5 cm と言う( 体格からすれば )繊細な足元が支えている。
これは、「 大きな夢や物語( 身体 )」を動かすのは、
意外にも「 繊細な日常のステップ( 足元 )」であると言う、
ひとつの真理を突いている気がします。
現実の「 18 切符 」は不自由になったかもしれませんが、
私たちが物語を紡ぐ時、
一人の人間の中に「 女子校的な静謐さ 」と
「 共学的な躍動感 」が同居していても良いはずです。
理性の目で見れば「 二兎を追うもの 」かも知れませんが、
感性の目で見れば、
それは「 多面的な魅力を持つ一人の人間 」の完成です。
「 本来両立しないはずの境界線 」
をひらりと飛び越える大谷選手のような軽やかさで、
半年ごとに世界線が変わるような、
そんなダイナミックな「 青春切符 」の物語。
それこそが、今の閉塞感ある時代に私達が一番求めている
「 救い 」なのかも知れません。