南海ホークス展をみてきました
年末に南海電車に乗った際に気付いた、難波の高島屋での「南海ホークス展」。
1月5日までのため、4日夕方に行って来ました。
「南海ホークス」はソフトバンクホークスの前身で、本拠地が大阪難波の大阪球場でした。
南海ホークス、私がプロ野球に興味を持った頃、パ・リーグで阪急と優勝争いしていたチームでしたが、野村克也さんが南海から追い出されてからは、阪急、近鉄、西武に押されて、万年Bクラスだったように思います。
南海がダイエーになると報道された頃に、大阪球場に南海ロッテ戦を観戦に行きました。スタンドはガラガラで、外野席ではホームランボール狙いのグローブをはめた観客同士が、試合中にキャッチボールをしているのを目の当たりにしました。当時のドラゴンズ本拠地のナゴヤ球場ではあり得ない光景でした。昭和の頃はセ・リーグに人気が集中してました。
私が小学生の頃、ジャスコ四日市店の屋上遊園地に行った際、南海ホークスの選手がサイン会を行っていて、色紙を買ってサインをもらい、握手したことを覚えてます。藤原満選手でした。
高島屋での展示、興味深く、見応えがありました。
写真撮影NGですが、懐かしい選手の名前や写真、ユニフォーム等が展示されていました。
南海ホークスの懐かしい映像、中でも南海ホークスでの大阪球場での最終戦の映像は良かったです。
南海ホークスが身売りしてから37年経ちます。
昭和60年以降に生まれた人には「南海ホークス」と言ってもピンと来ないでしょうね。
10年ほど前に京セラドームの、オリックスソフトバンク戦で、大阪クラシックとして、オリックスが近鉄、ソフトバンクが南海のユニフォームを着用し、ラッキー7は、近鉄、南海の応援歌を流すイベント、また実施してほしいです。
南海電鉄開業140周年のイベントとして「南海ホークス展」が開催されました。
期間が短いのが残念。
以下のリンクで展示内容がみれます。
https://www.takashimaya.co.jp/osaka/nankaihawks/
南海ホークスのレプリカキャップ受注販売。
レプリカユニフォームTシャツの受注販売。
南海ホークス展にあわせたグッズ販売。半分以上完売です。
有料エリアはほとんど撮影禁止ですが、このフォトスポットだけは撮影可能です。
ハンガーに掛けられているユニフォームを着用して、フォトスポットでの撮影も出来ます。
フォトスポットに展示されていた、当時の応援グッズや、大阪球場でのアイスクリーム販売で使われていたクーラーボックス。
フォトスポットにある、大阪球場のスコアボードの写真。昭和60年代と思われます。
今月下旬、大阪でプロ野球関係の講演会があり、スコアボードに名前の載っている元プロ野球選手が参加。私、講演のチケットを購入しました。楽しみにしてます。
参加される元プロ野球選手は誰でしょう?
野村克也選手のユニフォーム等を展示。
ここは無料エリアです。












私には兄弟が複数いますが、その内一人だけ子供の頃南海の帽子を被っていいました。
南海ホークスファンだった方々にとっても、そうでない人にとっても、とっても貴重なイベントだと想像できます。お疲れ様でした。
行ってないのに高島屋に行って自身で見た気分になれました。えへへw ありがとうございます。
野村克也さんとサッチーさん一度、新大阪の駅でお見掛けしたことがあります。なつかし~
有名どころといえばドカベン香川選手くらい。門田選手や藤原選手は実力ありましたが、詳しい人が知っている感じでした。
大阪球場には古書街もありました。
毎年ホークスの公式戦がありました。
門田さんも,生で見てます
普段はプロ野球ニュースとか
なんとか入るラジオ大阪や
年に何回かのNHK放送位でした
加藤伸一とかニャンコ藤本の頃です🤭
当時は近鉄ファンでしたが💦
新井宏昌さんが、ホークスの三番だったのは
知ってます。
割と他球団に移ってからの活躍した選手が
多かった様な。
バナザードって南海時代でしたかね。
守備が本物のメジャーリーガーって感じでした。
南海時代のユニホーム、センス良いですよね
ロゴも流麗だし。
ノムさんは「野球狂の詩」に出てます〜セリフもあります🤭
>> まきぴ~@MAKI🅿️ さん
私は親父の影響で中日ファンですが、三重だと中日ファン、巨人ファン、阪神ファンが多かったです。昭和の頃、名古屋のテレビ局ではパ・リーグの中継、たまにNHKがするくらいでした。近鉄バファローズが電車が名古屋に乗り入れている関係で、ナゴヤ球場で年3試合公式戦があり、三重県内の球場でオープン戦中日近鉄戦があったくらいでした。当時のパ・リーグは、カルビーのプロ野球スナックでもらったカードで覚えた、主力選手しか記憶にないです。
南海ホークスの大阪球場最終戦、この日午前中に大阪へ行く用事があり、用事が終わってから大阪球場へ行きましたが、満員札止めで入れませんでした。
南海ホークス展、また開催して欲しいです。
近鉄百貨店で近鉄バファローズ展とか、阪急百貨店で阪急ブレーブス展があれば、行きたいです。
>> そらむ さん
南海ホークス、1970年代後半は万年Bクラスでした。他のチームからの補強もほとんどなかったように思います。当時はドカベン香川や門田選手、池田高校から入団した畠山投手あたりが思い出します。
江夏投手は、広島時代や日本ハム時代が私の印象に強く、南海時代はテレビ中継もなかったため記憶に無いです。
>> さらしな(L) さん
南海の緑色、特にヘルメットは良かったです。南海からダイエーに変わって、ガッチャマンのようなヘルメットを見た時は残念でした。
水島新司さん南海ホークス好きでしたね。
ドカベンの中でも、山田太郎のセリフで「俺の尊敬する野村克也さん・・」があり、野村さんが描かれていたり、一球さんで、巨人学園と対戦するチームが全て南海の選手と同じ苗字だったのを記憶してます。
>> imuyan1@Mie さん
ドカベンのユニフォームも南海ぽかったですねコミックの表紙だと黒っぽい緑ですが
アニメはホークスカラーです^_^
https://www.nippon-animation.co.jp/work/1047/
懐かしいなぁ😃
今となっては、応援席の階段がすごく急傾斜だったことくらいしか覚えていません😅
>> さらしな(L) さん
確かにコミックは黒っぽくみえましたが、アニメはホークスカラーですね。小学生の頃、ドカベン目的に少年チャンピオン買ってました。
>> KZ改TOUFU さん
今もJRAの場外ありますね。大阪球場取り壊す前、住宅展示場だった頃に、大阪球場のバレエ教室跡を使った会議室で、組合の委員会に参加したことがあります。
>> カルボス さん
狭い敷地に球場を作ったので、観客席は急でしたね。この観客席でビール🍺の売り子、当時は瓶ビールだけに大変だったと思います。https://youtube.com/shorts/9W1GvOEHn4M?si=JCMtWz0_gcTsbYwd
明るく野球に立ち向かっていたように思います。
南海電鉄はこれかも利用していきたいと思っています。
なんばパークスの9階の展示なら常設なので、今も見られるんでしょうね。
「ささやき」が有名ですね🤭
捕手で三冠王はもう出ないかも。
>> 電人 さん
南海。戦後プロ野球が再開した1946年は「近畿グレートリング」でした。戦時中1944年の交通統制で、南海鉄道と関西急行鉄道(現在の近鉄)が合併し、近畿日本鉄道となりましたので、「近畿日本軍」→「近畿グレートリング」にチーム名が変わりました。
「グレートリング」は電車の車輪を指すそうですが、アメリカでは「グレートリング」は、口に出して話すと恥ずかしい言葉のため、観戦に来て米軍兵士が「グレートリング」と聞いてクスクス笑い出したようです。
翌年1947年、近畿日本鉄道から南海電鉄が分離したことで「南海ホークス」になりました。
車輪を模しているのは、この影響かと思います。
>> しーびーえっくす さん
門田選手、靭帯断裂を乗り越え、不惑でタイトルを獲得しましたね。思い出の選手です。
関空へ行く際は、南海のラピートで行きたいです。
>> くろりんm@⭐️✨ さん
何年か前になんばパークスへイルミネーションを観に行った際に、展示がありました。20年ほど前、なんばパークスが出来た頃に、南海ホークスの展示写真を見ましたが、野村選手の写った写真が無いことに驚きました。野村さんが南海を追い出された怨念が、こんな所に現れていたと驚いたのを覚えてます。
南海でバッテリーを組んでいた江本さんの運動で、2021年になって野村克也さんの展示が見られるようになったらしいです。
高島屋「ホークス展」のあと、なんばパークスに行けば良かったです。
>> さらしな(L) さん
野村克也さんの南海時代、ロッテ時代、西武時代は、ギリギリ知ってます。西武へ移籍後、出場機会が減ってましたが、オールスターのファン投票で票が入ってました。
昭和時代に45歳まで現役を続けたのは凄かったです。この頃は40 代の選手、ほとんどいませんでした。
>> imuyan1@Mie さん
ID野球で古田さんを育てた事を知ってる世代も減ってるかも知れませんね。
古田さんのYouTubeで当時の逸話(恨み節?🤭が
面白いです。
西武黄金期の東尾は
敵だけど、ワクワクしながら見てました。
狙い通りに打ち取った時のクスッとした笑みが,憎らしくて🤭
>> さらしな(L) さん
内角シュートが見せ球で外角スライダーで,勝負って
分かってるのに、打ち取られてるって
すごいですよね。
フォームも全然無理してない感じて綺麗だし
芸術的だと思います。
>> さらしな(L) さん
東尾投手の内角攻め強烈ですね。死球も多く、大乱闘になったことがあります。
落合選手が東尾投手にぶつけられた時、次の打席で東尾投手へ向けて打球を飛ばして報復してました。
>> imuyan1@Mie さん
・南海・近鉄
・阪急
・西鉄
・東急(のちに東映、そして日ハム)
と実にパの5/6が鉄道球団でした(セも阪神と国鉄がありましたので全球団の半分以上)。
何故鉄道会社がプロ球団を持てたか。
(今も阪神と西武は鉄道会社ではある)
全国から屈強な若者がそろっていたということと、沿線利用と鉄道事業を目的とした沿線ビジネスの一環として行われた背景があるかと思います。電車に乗って球場に出かける、その沿線住民がその球団のファンとして定着すれば・・・というわけですね。いわゆるベッドタウン開発が終わって土地バブルがはじけて各社きつくなってしまった。
残りは毎日(のちに大映、そしてロッテ)は新聞に映画、セも読売と中日は新聞、東急→東映は映画で、大洋の源流に松竹があり、つまり新聞や映画だった。広島を除けば鉄道と新聞しかなかった時代があった。今、これらは全て「斜陽産業」です。
これが今は、ソフトバンク、楽天、DeNAはネット系、最も勢いがある業界と言えるでしょう。読売と阪神はよもや球団を手放すことは無いと思いますが、毎日や産経(のちのヤクルト)は手放した過去もあるので中日はどうなのか?などと邪推してみたり。
日ハムは自己資本比率も高く、球場も自前で建てられるほどに成長したのでしばらく安泰と言われています。パリーグは「身売り」が激しく行われてきた過去があります、次はどこでしょうね。
>> 電人 さん
中日ドラゴンズ、1950年代に一時的に名鉄が資本参加して、名古屋ドラゴンズだったことがあります。>> imuyan1@Mie さん
ああ、完全に忘れてました。隔年経営とかよーわからん時代ですね。まぁ、傍流かなぁ。いずれにせよ鉄道と新聞が圧倒した時代があった、ということです。映画からTBSやフジサンケイという放送メディアの時代を経て今がありますが次は何が来るか。とはいえ、プロスポーツもサッカーとかいろいろ分散しましたのでプロ野球が至高、という時代も終わりましたからね。
理想は広島みたいに「市民球団」という体で、マツダがバックアップする、みたいな感じでしょうけど。
・湯上谷
・河埜(巨人のショートにも河埜がいたがそれは兄)
っていう姓はリアル生活において出会ったことがいまだにありませんのでよく覚えています。香川や門田も有名だけど、リアル生活において出会ったことはないです。
小川、山本、高柳、岸川、藤本って人には出会ったことがあります。あくまでも他人ですよ、同姓、という意味です。