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山吹の花(今回は優雅に?)

七重八重花は咲けども山吹の
実のひとつだに無きぞ悲しき

という和歌があります。
太田道灌の故事で有名ですがちょっと長いので後半で紹介しています。

ところで話は変わりますが、入院する前から絶食が続き、入院してからも1回の手術で4回食事を抜いたり、食事も八分目の量で少なく、また栄養も考えて作られているのでほとんど体内で吸収され、腸に回る残滓は少なくなってきました。従っておならは出るけど便秘が続くという苦しい日々が続きました。
そのような状態で、山吹の花の 歌を思い浮かべたのです。
和歌は本来ひらがなで表記され、濁点もなく書かれます。

ななへやへはなはさけともやまふきのみのひとつたになきそかなしき

出だしの ななへやへを素直に七屁八屁と変換するとなんか出来そうだなと思い、 こねくり回してみました。


そこで出来上がったのが次の歌です。

七屁八屁腹は鳴れども山吹の
実の一つだに出ぬぞ悲しき

意味はおならはいくらでも出るがあの山吹色の肝心の実(うん○)が出ないのは誠に悲しいことです。

これは普通パクリといいますが和歌の世界では本歌取りという伝統的な技法の一つです。


私は困難ややるせない状況に直面した時笑いで紛らわそうという癖(へき)がありますので入院という大変な時にふざけるでないとの誹りはご容赦下さい。
今回の一連の投稿のモチーフは諧謔でした。




太田道灌と山吹の花の故事

江戸城の基礎を築いた戦国時代の武将太田道灌はある日、狩りに行きましたが、帰る途中雨に降られて近くの家で蓑を借りようとしました。
一軒の百姓家があり、そこで訪うと若い娘が出てきました。
雨に降られて難渋しているが蓑を貸してくれぬかと頼むと、娘は奥に入って、やがて1本の山吹の花を持って出てきました。
道灌は「私は蓑を借りたいのだ。山吹の花などどうでも良い。蓑はないのか」と詰め寄りましたが、娘はただ寂しそうに俯いているだけでした。
道灌は怒ってその家を後にしました。

後日、このことを家臣に話すと、家臣はしばらく考えた末

殿、それは殿の考え違いにございます。
古い歌に
七重八重花は咲けども山吹の実の一つだになきぞ悲しき
という歌があります。
つまり、山吹の「実の亅と雨具の「蓑亅を掛けて、うちには蓑は一つもありません、
悲しいことですと、告げたかったのだと思われます。
これを聞いた道灌は大いに恥じ入り、以後は歌道に精進し、一角の歌人となりました。


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