伊勢大神楽
若い頃の話である。
定職にも就かずブラブラしていたが所持金が少なくなってきたので仕事を探そうと求人情報誌を買った。
ありきたりの仕事はしたくないので何か変わったものがないかと見ていたら「古典芸能に興味のある方募集」というのがあり面接を受け採用された。
古典芸能とは伊勢大神楽というものであった。
伊勢神宮は昔一生に一度は参拝すべきものとされていたが誰でも行けるというものではなかった。それなら神宮の方から出向きましょうということで伊勢神宮を模した小さな祠を引いて神宮のお札を配って回る一座が誕生した。
この一座が演じるのが伊勢大神楽である。
伊勢神宮に代わって神楽を奉納するので代神楽と記すこともある。
実際の活動は数人1組で主に西日本の決められた地域の家々を回り獅子舞を奉納し家内安全、無病息災等のお祓いをしお札を配る。
他に集落の広場で(染乃助・染太郎でお馴染みの)傘回しやジャグリング等の曲芸を披露したりもする。
毎年同じコースを回り家々からのお布施を収入源としている。
本来は笛、太鼓、鉦の奏者、獅子舞の舞手、お宮の引手等の人数が必要であるが、私が行った組は3人しかいないこじんまりとしたグループであった。
これでは活動出来ないので求人広告を出していた訳である。
親方は〇〇太夫と名乗る太夫職でお札にはこの名前が記載されている。
私の親方は代々の太夫職ではなく、太夫株を何らかの手段で取得したものと思われた。
採用されたのは2人でもう一人は6年程司法試験に不合格で半ば投げやりになりかけている私と同年代の若者であった。
2人アパートに住んで親方の家で食事と練習をした。
先ずさせられたのは獅子舞であった。
舞ではなくお祓いのやり方である。
獅子頭をかぶり左手は御幣を持って顔の高さで左右に振り、右手は鈴を持って小刻みに振るという動作で竈を清める竈祓いの儀式である。
親方はお布施を受け取ったら中身を素早く確認し金額を符丁で座員に告げその多寡によって演じる人数や時間が変わる。
竈祓いは金額が少ない時(500~1000円)の最低限の所作である。
他にもいろいろあるが簡単に覚えられるものでもないのでこれしか出来なかった。
この他、笛と太鼓の練習がある。
私はフルートを吹いていたので音出しは簡単にできたが運指が全く違う(そもそも穴の数が違う)ので洋楽器の経験がある親方に五線譜に直して貰ったら簡単な曲はすぐ吹けるようになったが笛もこれ以上は覚えられなかった。
太鼓もベテランの叩くのを聞くとリズムを絶妙に崩し、基本音の間に小撥を入れて軽妙に演じて聞き惚れる上手さであったが、私等は片手で4分音符を機械的に叩きもう一方の手で変則的な8分音符の後打ちを叩くのさえ満足にできず幼稚園の学芸会レベルであった。
こうしたド素人2人を連れて山陰地方の村に行った。
その村に大神楽が来るのは久しぶりらしく、まぁ歓迎されたが各家を回る順路が以前と違うとか新人の動きがぎこちないとかもあってかお布施額も少なく、お金の代わりにコメや果物の現物が多く親方の目算は外れたようである。
夜は旅館に泊まるので完全な赤字で5日目には撤退することとなった。
後は日帰りできる近場を回ったが実入りは相変わらず少なく、親方もやる気をなくし我らの伊勢大神楽は結成3ヶ月ほどで消滅してしまった。
給料もまともに払って貰えなかったが、食事に不自由することはなく、先斗町の高級クラブに連れて行って貰えたり、面白い経験ができたりで後悔はしなかった。
これはネットからの拾い画像であるが全く同じ情景であった。
地元は伊勢講があって輪番で代表者数人が伊勢参りして、一生に一度伊勢に行くスタイルですが、他の近隣地域では山本勘太夫社中が来ておられます。
伊勢大神楽総舞奉納がちょうど明日7月27日土曜日17時より阪南市の波太神社境内にて行われますので行く予定にしておりました。
タイミングよく、しかも経験者の投稿があるとは驚きました。
マイネ王のユーザーの層は厚いですね。
電車や自動車の無かった時代の伝統が受け継がれているのは貴重なことだと思います。
明日の大神楽存分に楽しんでください。