盛岡日帰り旅行
仙台から高速バスに乗って2時半で盛岡に到着
仕事では何度か来ているのですが、今回初めてちゃんと観光しました(笑)
盛岡は岩手山がかなり近くに迫って見える、とても美しい街でした。
(👆写真は、盛岡駅より少し西側を流れる雫石川の橋上で)
👆こちらは、旧市街地を囲むように流れる北上川の橋上から見える岩手山
👆旧市街地の中心にある盛岡城跡公園
周囲の町並みと溶け込んでいてまるで都市公園のよう
👆同じく、城内部の池(堀跡?)が親水公園として整備されていました
👆城に接して流れる中津川
盛岡の旧市街はこの中津川に沿って展開しています
右手中央の大木の陰に有名な喫茶店「ふかくさ」があります。
👆「ふかくさ」店内から中津川を見る
もう一軒「クラムボン」という喫茶店をハシゴしましたが、こちらの自家焙煎コーヒーは絶品でした。
盛岡は個性的な個人経営喫茶店が多い(全国的にも珍しいほど)のでスターバックスが潰れる街として有名らしいです。
👆中心部に残る岩手銀行本店(明治44完成)
東京駅や日銀の設計者として有名な辰野金吾の設計。
現存する彼の建物は、東北ではここだけです。
👆銀行内部で市民コンサートが開かれていました
中に入って椅子に坐る人は入場料1,000円が必要ですが、無料入場可能範囲からも十分に見て聴くことができました(笑)
👆県会議場と公会堂が複合された珍しい岩手県公会堂(昭和2年完成)
設計は早稲田の大隈講堂と同じ佐藤功一
👆明治43年に建てられた第九十銀行本店本館
現在は「もりおか啄木・賢治青春館」として利用されていますが、1階の半分は良い香りのする喫茶店でした(笑)
(下に続きます)
29 件のコメント
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👆現在の県知事にあたる、第二代石井県令の私邸の洋館(明治18~19年に完成)盛岡で最も古い本格的な煉瓦造住宅街に突然現れる赤い屋根と蔦の絡まる外壁が美しかったですね。
内部はイベントスペースとして自由に貸し出されて利用されていました。

👆盛岡には鉈屋町エリアに集中的に町家が残っています。ここはその町家保存NPOの事務局のある町家です。

👆内部は喫茶店になっていますが、何も注文しない客(私です)に対しても嫌な顔ひとせずに楽しい話を聞かせてくれました。有難うございました。
m(_ _)m

👆すぐ隣に共同管理の水場がありました80世帯が年間2400円出し合って維持されていますが、遠方から水を汲みに来る人が多いということでした。

👆盛岡には、宮沢賢治が「注文の多い料理店」を出版した光源社が今でもあり、民芸品を販売しています。(美味しい喫茶店もあります)
👆その記念碑
👆この光源社の前の通りは、4月〜11月の毎週土曜日15時〜18時歩行者天国となり、屋台の出る「余市」が開催されています今日はGWということもあって物凄い人出でした

👆一応新しい建物も見てきましたこれは10年ほど前にできた岩手県立美術館

👆左手に見えるガラスの建物が岩手県立図書館を中心につくられた「アイーナ」という県民情報交流センター
👆ということで、夕焼け空を背景にした岩手山を眺めながら高速バスで戻ってきました。ここまで長々とお付き合い頂き有難うございました。
あ〜疲れた〜〜
宮沢賢治「注文の多い料理店」出版の地
記念碑の左側の2個の巨大な車輪は
当時の人力車の車輪でしょうか?
大きすぎ?ますが・・。
>記念碑の左側の2個の巨大な車輪は
>当時の人力車の車輪でしょうか?
さすがに分かりませんが、もしかしたら👇この車輪…かも…(笑)
https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/4409_26674.html

私も初めて盛岡へ行った時、駅前から見えた
岩手山に、一目惚れしました^ ^
写真は小岩井のミルク工場から
みた岩手山です。
手前は狼森。
宮沢賢治の童話に出てくるそうです。
(読んだ事ありません😅
おかげでクラシックとモダン、自然と人が融合する、想像していた以上に魅力ある町とよくわかりました。
それにしても辰野金吾は手広く活躍していたんだなぁ。
良い旅だったようですね。
お疲れ様でした。
地元を宣伝して頂き本当にありがとうございます。
仙台にお住みなのでしょうか。
仙台へは2人の息子が大学に行っていたころは年に1~2度遊びに行っていました。いい街で大好きなところです。
子供が卒業してからはご無沙汰していますが機会を見つけて行きたいと考えています。
ここは >sky-ranさんのスレからたどり着きました。毎日見て回っているスレは全てsky-ranさんの所が起点になっているのですが。
>手前は狼森。
>宮沢賢治の童話に出てくるそうです。
>(読んだ事ありません😅
ここに著作権フリーで掲載されています。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/1926_17904.html
このお話の中でも岩手山は重要な役で出てきますが、やはり岩手の人にとって岩手山は特別な存在なんでしょうね。
kleiberさん
>それにしても辰野金吾は手広く活躍していたんだなぁ。
東京帝大造家学科(後の建築学科)の第一期生であるうえに、金時計をもらった首席卒業生でしたから、仕事の依頼はもう大変な量だったと思います。
ちなみに、辰野には「建築家になったからには、生涯この3つを設計したい」という野心があったそうで、その3つのうち「日本銀行本店」と「東京駅」を手がけることができた後に、最後の「国会議事堂」を手中にするべく色々と画策したという逸話が残されています。
まずはコンペ形式で案を選ぶこことを提案するともに審査員長に自らが納まり、なんと、「審査委員長も応募できる」という要項にしたんだそうです。しかし、さすがにこれには批判が多く、最終的にこの要項は削除されますが、それでも辰野には「選んだ案に後から手を入れて自分の作品にしてしまおう」という目論見があったそうです。
ただ、残念なことに、コンペ直後にスペイン風邪に罹患してこの世を去ってしまいました。
辰野がもう少し長く生きていたら、「国会議事堂」のデザインは大きく変わっていたことでしょう。良くも悪くも。
みちのく仙人さん
>地元を宣伝して頂き本当にありがとうございます。
いえいえ、素直な感想に過ぎません。
>仙台にお住みなのでしょうか。
はい。
生まれは静岡ですが、仕事の関係で仙台に来て20年以上になります。
>機会を見つけて行きたいと考えています。
今度は仙台の旅行記を宜しくお願いします。

天気が良くてなによりでしたね!私もいま仙台ですが、人生の1/3は盛岡で過ごしました。
駅前にいきなり大きな川がある街もなかなか無いと思います。
写真は小岩井農場近くのどこかからですがあちこちでこのような風景が見られます。
いいとこです。

👆おお、これは朝ドラ「どんど晴れ」のタイトルバックに使われた小岩井農場の一本桜ですね。小岩井農場には行ったことないのですが、ぜひ一度、桜の季節に行ってみたいものです。

ウンチク編①盛岡城は、東北地方の大河「北上川」に、「中津川」と「雫石川」が合流する場所である、花崗岩丘陵の不来方丘に築かれました。
(出典:http://www2.koutaro.name/machi/morioka.htm)

ウンチク編②築城時には、北西から流れてくる北上川が不来方丘の西麓にあたり、大きく蛇行して南麓で中津川と合流し、すぐ下流で雫石川と合流していたということです。

ウンチク編③仙台藩方面からきた奥州街道は、北上川を渡った後、惣門をくぐり城下町に入り、城下町の北東の町屋町を通り北西方向に抜けていました。
「歴史から学ぶ川の街・盛岡の魅力」については👇のp10〜p21
http://www.kitakamigawa.or.jp/報告書本文compA4.pdf
「盛岡まちなみ研究会」の報告書は👇
http://www.mlit.go.jp/common/000211543.pdf

コーヒーが絶品だった「クラムボン」の良い写真が無かったのですが、ネットで見つけたので貼っておきます。https://ameblo.jp/luhan-yongyong/entry-12378801078.html
ぜひ一度味わってみて下さい。
お薦めです。

一本桜は出たので小岩井農場まきば園から見る岩手山です(^_^)/
(上丸牛舎)

もう一枚。これも小岩井農場の敷地内ですね。(小岩井農場の中を県道が通っているイメージ)
桜が満開の時は、本当に素晴らしい景色が見られます(^^)
数十年前に読んだのになぜか頭に残るひびきなんです、あの方の作品は。
マスター(ミストレス?)美人さんだなぁ。
素晴らしい写真を有難うございます。
特に2枚目は、写真展で賞を取れそうなくらい美しいですね〜(^o^)

kleiberさん>クラムボン…やはり「やまなし」からだったのですね
>数十年前に読んだのになぜか頭に残るひびきなんです、あの方の作品は
そうなんですよ。
私もクラムボンの話が何故か不思議と耳の奥にこびりついてるんですよね。
>マスター(ミストレス?)美人さんだなぁ
この店を始めたマスターは昨年亡くなってしまい、今は娘さんが店を切り盛りしています。(とても感じの良い方でした。)