スタッフブログ

便利すぎて逆に余裕がない?家電を使わない脱デジタル生活で見えてきた「丁寧な暮らし」の本質

01.jpg

〜 本文は省略されました 〜

はななん@韓流ファンさんのコメント
現在夜の10時半です。
5歳の子供の世話は今日は夫がみてくれる当番でした。フルタイムで働いて、帰って、ご飯準備して(既に夫と子どもは食べ終わってるので自分の分だけ準備)、食べて。食べ終われば、夫と子供が使った食器と合わせて自分の食器を洗い、それから時短設定の洗濯機で洗濯して、掃除して、洗濯物干して、現在に至ります。
頼る家族は夫のみで、彼も自分と同様に家事と育児をしてくれています。
私たちを助けてくれるのは便利な家電です。それでできた小さな時間の隙間で、子どもと折り紙をしたり、今日あった話を目を見て聞いたりするためなら、あくせく働き、家電にしっかりと助けてもらってもいいのかな?と思います。子どもの笑った顔や涙にしっかり気づける大人であれば、社会や機械に歯車みたいに包摂(subsumption )される人間にならずにいられる気がします(私見でしかないですが)。
本質的な論点は何か?を考えさせられる良い記事でした。