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無罪放免の意味は?

福岡県知事がコロナウイルスの患者が完治したことを無罪放免と言ったことで物議を醸しだしているようです。
公の場でこういう表現を使ったことには若干の違和感はありますが、個人的にはさほど重視するほどのこともない言葉狩りのようにも聞こえます。

無罪放免には文字通り罪を犯したことに対する明確な意味はあるのですが、私の感覚では慣例的にはもっと広く弱い意味でも使われている印象があります。
つまり何らかの規制から解かれた場合に、それが罪かどうかは別にして使っています。

もちろん私個人の思い込みかもしれませんが、私自身が中国地方に住んでいることもありますので地域的に若干意味が違うのかな?とか、宗教上の問題とか(キリスト教の原罪とか)様々な要素も関わるのでしょうが、方言的な要素が含まれているのであれば全国的な話題にするのは不適切な気もします。

皆さんどう思われますか?


18 件のコメント
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自分自身に対して使うなら問題ないですが、他人に対して使うと気分を害する人がいらっしゃるかなっと思います。
無罪放免と言う言葉に限らず「言葉」狩りが横行している世の中だとは常々感じます。相手の真意を確かめずに言葉尻だけを取って悪く言う場面ってよく見ますよね。特に酷いなって思うのが、マスコミにおけるある人の発言の一部分だけを切り取って失言かのように報道するヤリ口。あれって事実の歪曲ならないのかと思ってしまいます。
でも今の政治家は失言が多いと言うか質が悪いと言うか教えてくれる人が居ないのか斜め上の発言が目立ちますね。政治家になってから必要な素養を身につけるのではなく、十分な素養を身に着けてから立候補して頂きたいです。

一方、日本語と言うのは何かを合理的に伝えるのに本当に向いてない。そこが失言が増える一因でもあるかと思います。日々日本語を正しく使っているか意識したいですね。若者の文化を否定する気は無いのですが、何でも「ヤバい」の一言で済ませたり、謎の略語で片付けてばかりと言うのもあまり賢さを感じられないです。ただ言葉は生きいるので、若者固有の表現の中にも素敵な言葉もあるので、逆に我らオッサンも学ばないといけないですね。

そして言葉狩りと必要以上のクレームは匿名で自由に発言できるネットが産んだ「闇」の部分かもしれませんね。勿論同時に言論の自由を支える「光」でもありますが。
ダータンスヒルビリーさん

コロナ感染者が悪い事をしたわけではないので適切でないと思います。
言葉のあやっていうか、患者さんに対して悪意はないのでマスコミとか知事を良く思わない人の揚げ足取りに感じます。
そんな報道より、もっとやるべき事があるんじゃないですかねぇ
>>じんでさん
マスコミが一部を切り取るのは昔からですね。
昔から言われていることですが、多くの場合でマスコミは先に結論を決めてインタビューをします。自分の意見としてではなく、相応の権威のある人の口を使って言わせるためですので、はなっから相手の意見を聞く気なんてありません。

たぶんそういうマスコミでは相手の意見を聞いて書いたら社内で罵声を浴びるんでしょうね。
常日頃からポンコツ商品でもこんな素晴らしい商品ですよってCMで平気で流すわけですから、一般人とはかけ離れた抜群の免疫力を備えているのでしょう。
世の中を悪くしている1番の犯人は、政治家や有名人の些細な一言をやり玉に挙げて炎上させる一般人。
2番目の悪がメディアだと思ってます。
コロナ患者は犯罪者ではありませんし、そもそも犯罪とは全く関係のない話です。
無「罪」とかいう言葉が発せられること自体が不適切です。
なんとなくですが、発言の価値判断基準が「常に自分本位」という方々は湿原が出易いように思いますし、関わる方々の関係性として「自分よりも権威・権力の点で下の方々」に対してどの様に発言するのか?、を見てると「ああ、薄いなあ、この人は」って思う方々、日本ではそれなりに見かけますね。

会社の中でもそうですし、一般社会でもそうですが、いわゆる「尊大な対応」って、逆に「内面が人間として成熟してる」状態じゃないと単に偉そうな対応、って見られるので、やはり「自分がどう見られているのか?、という客観視は常に必要」だと思っています。

※どちらにしても、社会の構成員である以上は常に「おかげさま」の
 精神が必要でしょうねえ。まあ、そんな方が大勢を占めれば、
 ギスギスした現代社会のようにはならないと思うんですけどね。(笑)
コロナウイルス罹患した人が完治して出社した際に「無罪放免だな」って言われたら気分悪いでしょ。

「コロナ罹患=罪人」と考えての発言なんだろうなぁ。
否定的な受け取り方だと、「罪」について何か悪いことをしたという意味になるでしょう。肯定的な受け取り方だと、「放免」について完治してやっと自由になれましたねという意味ですね。

仲の良い知り合いの間では後者として受け取れますが、それ以外では前者の意味と受け取られるかもしれないので、知事のような公人が使うことは避けるべきですね。しかし、マスコミの報道の仕方は単なる揚げ足取りでしょう。報道のレベル低下が嘆かわしい。
私も中国地方在住ですが、ダータンスヒルビリーさんの周りでは、罪とは関係なく日常的に使われる言葉なのですね。
文化の違いに少し驚きました。
私の周りでは、あまりそういった使い方は聞いたことがないような気がしますね。

コロナ完治者に使われたとの報道、私はよくない印象を持ちました。元患者は嫌な気分になりそうです。
しかし、その知事が『何らかの規制から解かれた(略)』という意味で発言したなら(たぶんそうでしょう)私は、そうなのか…と納得するしかないです。
文化を知らない人たちが、知事を責め立てるとしたら残念だと思います。
無罪放免という言葉が冗談で使えるときとそうでないときがあると思います。話す対象が限定されていてその言葉を聞いた人達が笑えるような内容ならまだしも、コロナウイルスの患者さんが完治した事について無罪放免という言い方は明らかに間違っています。洒落の「し」にもならない不適切な言葉を思いつくような人の頭の中はいったいどうなっているのか、呆れるばかりです。言葉狩りとかそういうレベルの問題ではないと私は思います。
「失言」は、左翼には適用されない。

唯一にして最大の問題。

やり過ぎましたよ。
単発の戦術としてなら、ありかもしれませんがね。韓国の反日が効果を失ったのと同じです。

どうして、ここまで酷い事になってしまったのか…。
これは方言というより、公の場で使うかどうかの問題のような気がしてきました。

それから、もしかしたら罪という言葉に対する重みや寛容性という点で年齢も関係しているかもしれませんね。私たちが若い頃は未成年の飲酒や喫煙は公にはダメでも一般的には普通に認められていましたし、野球場に観戦に行くと観客席では普通に違法行為である野球賭博も行われていました。
福岡ですと中学生がタバコを吸っていたり、お祭りになるとあっちもこっちも見るからに特殊な職業の方がうろうろしていましたからね。
関係ないかもしれませんが、当初はスピード違反も明確な犯罪だったんですよ。犯罪を犯す人が多すぎて、その後犯罪ではなく減点制度に移行しましたが。
例えば、人柄や経緯等を承知している仲間で仕事をしていてトラブル対応が終わった時に上司が「これで無罪放免だなw」と言えばジョークとして成立します。
このケースは、知事の立場での発言の為、不適切で洒落として成立しません。
一方で、確かに言葉を論うのもバランスというかおおらかさに欠ける気もします。
言葉の使い方としては間違っていますね。
としか言えない。

瑕疵かどうかは、不適当発言と言う人と、マスコミが悪いと言う人が世の中にはいることしか判らなかった。(^^;
日頃の行いはどうなんだろうか。信用されてる? されてない?
この件は発言した記者会見中に、即時ご本人が訂正し謝罪しています。従って、記者会見終了時点で記者会見の結論としては発言自体がすでに存在していません。

記憶の問題で、マスコミというより市民の受け止め方の問題かもしれません。
コロナ感染者を発生させたことが有罪と見ていて、その後無発症だったから無罪放免ですか。

それなら、福岡県で茅屋を発生させた高島聡一郎知事こそが、有罪をウトわれるべきでさょ

福岡県も感染者が未だ、いらっしゃるわけだから、
無罪放免とはいきませんよね。
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