歩いて国境を越える
日本にいれば国境を意識することはないが外国で新しい国に入る時は少しは緊張するものである。
就中歩いて越境するのは滅多にないことで一入の感慨もある。
クアラルンプール空港に降り立ち10日程マレーシア国内を旅行した後帰国のためシンガポールへ向かった。
マレーシアとシンガポールの間には幅1km弱のジョホール水道があり両国を隔てている。
そこに橋が架かっており徒歩で渡れるようだった。
朝8時ごろマレーシア側の国境のジョホールバル駅で降りシンガポールへと向かう会社員の群れに混じって附いて行ったらいつの間にかシンガポールの街中に出ていた。
え?入国審査はないの?
不思議に思いながらもシンガポールで数日過ごし帰国した。
やはり気になっていたので外務省の旅券課に訊いてみたところジョホールバルでの出国審査の際マレーシア当局によってシンガポールへの入国許可を出されているので改めてシンガポールでの入国審査は必要ないという返答であった。
国境を跨いでの通勤者が多いので当時は特例とされていたらしい。
1月というのにバンコクは高温多湿で体力を消耗するので少しでも涼しい所にと思って北へ向かった。
チェンマイは気候も良く街も古都らしく落ち着いていて過し易かった。
宿泊したペンションには旅行者の置いていった本が多数あり日本の小説を読んだりとのんびりできた。
宿のおやじは少数民族の村へのトレッキングや像に乗ってのツアー等勧めるが興味ないと断っていたがもう少し北へ行けばミャンマーにビザ無しで行ける町があるというので国境の街メーサイを目指した。
もう少し北といっても240㎞程の距離でバスで5時間以上かかる。
途中のチェンライを過ぎると自動小銃を持った警官が乗り込んで来て一人一人のパスポートや身分証のチェックが2回あった。
ゴールデントライアングルに近いので警戒も厳重になるようだ。
メーサイの北辺を流れる幅20m位の川を渡るとミャンマーのタチレクという町である。
川の両側にはそれぞれの出入国管理の事務所がある。
川を渡っただけで街の様子は一変する。
男女ともロンジーという巻きスカートを穿いているし女性は頬に丸く白粉を付けている。
店には中国製の商品が多かった。
寺院の雰囲気もタイよりも厳粛であった。
行動範囲が制限されていたので遠くへは行けず4時間ほどの滞在で又国境の橋を歩いて帰路に着いた。




スマホがある時代なら、「いつでも誰かと繋がれる」(かも知れない)安心感があるけど、スマホ以前の世界は緊張感がちょっと違うよねー。
>> トッチン@寝不足 さん
昨今の旅行は未知の物を求めるというよりネットや雑誌から得た情報を現地で再確認するだけの物の様に思われます。ネットに載っていた同じ景色を見て満足し、自分も又同じ景色を写真に撮り安心する、情報過多も考え物ですね。
ラオスに行く勇気のないヘタレでした。
コメントありがとうございました。
ジョホールバル。かつては寂れた町のように思えました。開発計画は進行しているのかなと。
>頬に丸く白粉を付けている。
たぶん、タナカと呼ばれる木をすり潰して水で溶いたものです。日焼け止めや火照った肌を冷ます効果があるとか。
親がミヤンマ―以前のビルマにいたころによく見かけたそうです。
それにしても…ヨーロッパにアジアに、良い旅をされてたのですね!これからは、そういうのは色々な意味で難しいでしょうね…🥹
ああ、2010年代に戻れたら…何ヶ国か行きたいなあ…😭
確か片道しかハンコ押されてなくて半端になってました
あと、マレーシアの通貨持ってなくて両替所もなくてバスに乗れず、歩いて橋を渡りましたよ
>> sawa875 さん
12,3年前の話です。街中を歩いた訳ではありませんが駅の混雑ぶりは通勤通学と重なってか大変な物でした。
両都市を高速鉄道網を含めて一つの経済特区として開発する計画があるようです。
https://ikilinks.com/2025/06/23/johor-singapore-sez-rts-impact/
タナカは子供も塗っていますので当分廃れることはないとおもいます。
コメントありがとうございました。
>> スパイシーニョ@仙人の孫 さん
太平洋戦争の時真っ先に侵攻し占領したようにあの付近は交通の要衝ですから今でもきな臭い噂はありえますね。私が旅行していた頃は経済は上向きで為替も1ドル80~100円と巡り合わせが良かったのだと思います。
コメントありがとうございました。
>> pmaker さん
ここの国境の入出国審査方法はころころ変わるようです。今はQRコードを利用しているようです。橋を歩いて渡ったのも良い思い出になったと思いますよ。
コメントありがとうございました。
>> アールグレイ7 さん
長距離、長期間の旅行をされたのですね。私も簡単な挨拶と10までの数字をカタカナのルビ付きで覚えて行ったものです。
観光旅行者の通る(ぼったくり)大通りから道筋を一つ奥に入っただけで穏やかに生活を営む人々に会うことが出来ました。
円も強く良い時代でした。
コメントありがとうございました。
>> hijiake さん
>橋を歩いて渡ったのも良い思い出になったと思いますよ。本当にそう思います
アジアは発展著しく訪問した風景は再び観ることは叶いませんね(^^)
ヨーロッパのド辺境をドライブ、陸路で国境を超えるのは初めてなので、結構楽しみにしてました。地図で確認した地形の通りの場所に、どう見ても国境があって、両側に両国の国境警備隊の詰め所がありました。ワクワクしながら低速で国境に近づいたんですが、何も起こらない、もっと近づいても何も起こらない、国境線の手前で駐車することになりました。パスポートとか揃えて警備隊の詰め所に行こうかと悩んでると、詰め所から邪魔くさそうに一人出てきて「はよ行け」のジェスチャー、、、、、、、、、
閉まってない時は自由に通行して良かったらしいです。
帰り道は速度を落とさずにブッチギリました。