投資の世界に咲く花~女性でものひと言から考える
証券会社が主催する投資セミナーを視聴しました。司会の方は、「参加者のうち、10年以上投資を続けている方が多く、その女性の割合は4割です」と紹介しました。
すると、講師の一人である有名な個人投資家の方が、こう言ったのです。「え、女性でも、そんなにいるんですか」。
一瞬、耳を疑いました。もちろん、無意識の発言であったのでしょう。しかし、その短い言葉の中に、投資という領域は本来男性が主導するものであり、女性が長年参画していることは特別だという、古い思い込みが透けて見えた気がしました。とても残念な気持ちになりました。
この言葉は、特定の分野における女性の存在を、あたかも例外的なものとして位置づけてしまいます。
本来は実力や経験、情熱だけが評価されるべき場において、性別という属性が不必要に強調され、一人ひとりの努力や資質が、女性であるという一言でくくられてしまう危険性を感じます。
10年という歳月は、決して短くはありません。その長い期間、経済の変動を見つめ、自らの判断で資産と向き合い続けてきた方々が、数多くいるのです。性別は、何の関係もないのです。
むしろ、多様な視点や慎重さ、持続性といった、投資において大切な資質は、性別に関係なく個人が持つものです。4割という数字は、投資の世界がすでに多様な参加者によって形づくられている事実に他なりません。
私たちは、気づかずに枠で人や物事を見ていることがあります。その枠が、時に相手を不快にさせ、その人の本当の価値を見えにくくしてしまうのです。今回の女性でもという言葉は、そんな無意識のバイアスを映し出したのだと思います。
投資の世界に限らず、あらゆる分野が、性別や年齢、背景に関わらず、一人ひとりの能力と情熱が最大限に活かされる場であってほしいと願います。
ある講師の小さなひと言は、改めて深く物事を見つめることの重要性を教えてくれたのでした。


体格とか身体能力の面でも違うのは当たり前の事ですし。
文脈上、侮辱している内容でなければ良いのではないかと思います。