【ネット記事】「北欧は世界一幸せな地域」とは言えない学術界で広く知られている「幸福度」の決定的問題
「北欧は世界一幸せな地域」とは言えない…学術界では広く知られている「世界幸福度報告書」の決定的な問題
(しかも日本人に「不利な結論」が出やすい)
プレジデントのネット記事より
https://president.jp/articles/-/99806?page=1
ぶっちゃけ、欧米では移民問題やら暴動も起きている中、国民性とはいえ、日本はそこまで至っていないし、日本はそんなに不幸なのだろうか?と思うときもあるので、なかなか興味深い記事でした。
(因みに日本もかつては暴動は起きていたので、「暴動が起きない国民性」と形容するのも自分的には少し躊躇われる点はある)
46 件のコメント
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情報統制したり教義とかで洗脳すると上げられるものなんで、実際の豊かさや境遇よりも教育や情報が支配的なもんだと思う
#幸せの国と言われたブータンはインターネットの普及で不幸になったようです・・・
日本の幸福度を下げてるのはマスメディアやネットによる日本サゲの番組や情報によるものじゃないかと思うなあ
だいぶ昔、米国じゃ幸福度の対策として「愛国教育」をやろうとかするとかニュースになってた記憶があります。これを日本でやろうとすると、きっと大反対する組織や人間が大量に湧いてくると思う。。。もうこういうのが不幸・・・
https://gendai.media/articles/-/150945?page=2
ただし、すっかり頭を西洋OSに変えられてしまった我々はこんな風にはなれない😇
見習うべきことは、あるかもしれません。
「幸福度計測スーケル」が 裁定者によって 自由に変更する。
「米を食べると太る」>>「日本食は健康食」
「中性洗剤の残留は危険」>> 危険は 黙認され、何にでも使用されている。 *オロナインにも。オロナイン皮膚症が学会でも認定されており、古くからの書籍にも記されている。
「自動車車検を受けないと 走行するのは危険である」>> 日本近隣国以外には 同じ車検制度は無い。ドイツは、車検時に 不具合箇所を指摘されるだけ。事前の整備は不要。
>> pmaker さん
>#幸せの国と言われたブータンはインターネットの普及で不幸になったようです・・・動物実験で、「キュウリを与えられたサルがキュウリをおいしそうに食べていたのに、隣のサルが果物を与えられたら、キュウリをぶん投げて食べるのを拒んだ」ってのがあったようです。
どうせ他者比較するなら、恵まれた人との比較だけではなく、優れた人や努力している人とも比較した方が良いのかも知れませんね。
>> スパイシーニョ@旧しっかり八兵衛 さん
おお~、詳しくはありませんけど、自然の恵みを共同所有するようなコミュニティ、ネイティブインディアンみたいな暮らしですね。>> nak-tek さん
健康問題についていうと、日本は健康寿命が長いので、そこも比較対象にしないと…。繰り返しになっちゃうけど、どうせ他者比較するなら、恵まれた人との比較だけではなく、そうでない人との比較もしないとバランス悪くなるし、自分で悲劇のヒロインを演じることになっちゃいそう。
それだと、「頭の中お花畑」な国民がいっぱいいる国は幸福度ランキング高くなりそう。
と思ったら急落してた💦
http://www.japan-un-friendship-associations.org/bhutan/news/202110_4/index.html
裕福なところを知るとそうなるのかな?
知らぬが仏ってことね。
国民総幸福量(GNH)と言う指標があるようです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/国民総幸福量
>> hageten さん
Wikiによれば、以下の通りのようです。https://ja.wikipedia.org/wiki/世界幸福度報告
----------
この調査における幸福度とは、自分の幸福度が0から10のどの段階にあるかを答える世論調査によって得られた数値の平均値であり、主観的な値である(データはギャラップ社によるもの)。
報告においては、この幸福度を、GDPや健康寿命を含む6つの説明変数を用いて回帰分析し、各説明変数の寄与を求めて分析している。
----------
幸福度に関するネット記事では「GDPや健康寿命等」を元に国別の幸福度を説明している印象だったけど、
この話を踏まえると、「アンケート結果を元に回帰分析しているので、GDPや健康寿命等との因果関係の証明は難しい」となるようですね。
>> うまちゃん@平常運転 さん
よくある喩えですけど、コップの水みたいな話かな〜と。コップに水が「半分」入っている状態を見て…
•「半分しかない」と思う人
→ 不足・欠乏・悲観的な見方
•「半分もある」と思う人
→ 充足・豊かさ・楽観的な見方
というヤツ。
>> トッチン@寝不足 さん
横槍悪いけど、多分うまちゃん氏の解釈(数理的に捉えられない状況であり、母集団が歪んでいると参考にすらにならない)に対するトッチン氏のコメントが精神論の話になっているのは、トッチン氏のいつもの癖なんでしょうかね?トッチン氏の考え方なら、母集団を歪ませて(正しく導いて、でも可)結果を変えたい、に近しい発想に見えるし、それはうまちゃん氏の会話の意図(何も弄っていない結果が見たい)からは外れている気が。
敢えて質問したけど、私の解釈違いならごめん。ただ、私と違いいつも精神論に持ち込むので不思議に思ったのさ。
>> 藍詰草 さん
リンク先を読みましたが、なかなか示唆的ですね。国民総幸福量(GNH)と言う指標はWikiのリンク先にもありますが、ブータン発祥のもので批判的な見方もあるようですね。
>> eq.18 さん
精神論で解決するならそれも一つの手段だとは思うけど、いつもの癖だと思われるほど、私自身は精神論は重視はしていないよ。うまちゃんがいう「お花畑な楽観論者」も、一部の悲観論者も、根っこは同じ精神的な側面があるな〜と。
だから、コップの話をしただけで。
>> mikecat さん
先日、ジュエリーデザイナーとして開花されたmikecatさんらしい視点ですね!ジュエリーデザインというとフランスあたりが強いのかと思っていたのですが、イタリアやベルギーなど欧州各国で、個々に伝統的な強みがあるようで、なかなか奥深い世界なんでしょうね。
(イタリアとベルギーは行ったことありますが、ベルギーの美しさには、古都奈良のようなどことなく重厚感ある美しさを感じました)
欧州における日本人の活躍というと、英国のガーデンデザインのコンテストに日本の庭園デザインを持ち込んで有名になった話もありますね。
欧州には欧州の良さが、日本には日本の良さがあるわけですし、
個人においても、仮に欠点があったとしても自分の強みを見いだしたり、磨いたりしていくことが大切なんだろうな〜と思います。
日本人の不幸は他者比較じゃなくて、過去の日本(高度成長期時代、総中流時代)との比較にあるのではなかろうか。
>> eq.18 さん
>> eq.18 さん>> トッチン@寝不足 さん
>数理的に捉えられない状況であり、母集団が歪んでいると参考にすらにならない
自分のコメントの意図は概ねeq.18さんのこの説明通りです。
分かりづらくてすみません。
話題の癖で言うと「ちょっと回りくどい言い回し」をしたくなる癖があるようです、私。(笑)
ランキングとか世論調査とかって、ある程度客観的な指標があったとしてもそこに矛盾とか恣意的なものがあるケースも多くて。
情報を読み取るときはそこを精査しないといけないと思ってます。
それなのに「ある程度の客観的な指標」すらない。
チラシの裏くらいのもんかなぁ、と思ってしまって。
まぁ、概ね引用先のプレジデント記事に同意って事なんですけど。
ただ、こんなあやふやなものをよく真面目に分析するなぁ、って斜め上目線で感心してる。
>> うまちゃん@平常運転 さん
>数理的に捉えられない状況であり、母集団が歪んでいると参考にすらにならない俺はこの歪みだとか、お花畑ってのは、概ねコップの喩えに該当すると思って、あのコメントをしたんだけど、
コップの比喩が不適当なのだとしたら、何が適当だと考えているのか、それがよく分からん。
皮肉を込めてお花畑って言ったのかも知れないけど、皮肉を言って満足したかっただけなら、本筋と関係ないので、そこは切り離して欲しい。
>> トッチン@寝不足 さん
>コップの比喩が不適当なのだとしたら、それも不適当だとは思ってないです。
言いたいのは「客観的指標がないじゃん。匙加減じゃん。」って事なので、どっちも的外れではないと思ってます。
ただ、ランキングとかデータとかは客観的な判断基準が欲しい。
って事だから、精神的(主観的?)な例えよりもeq.18さんの説明の方がしっくり来ただけです。
別に、コップの例えが不適当とは思ってないです。
皮肉を込めたのはその通りなので、それが気に障ったとしたら申し訳ないです。
>> うまちゃん@平常運転 さん
ちゃんと答えていただきまして、ありがとうございました〜。皮肉っぽい言葉が不快だったわけじゃないです。
お花畑も幸せの一種(極端な話、薬物によるドーパミンとか)であり、間違ってはいないと思う点もあって、
同意するコメントを返したのに、風当たりの強さを感じるコメントが戻ってきたから、理由が分からず、コメントを返した次第です。
(批判的なコメントをして、あの反応ならまだ分かるけど)
>> eq.18 さん
> 私と違いいつも精神論に持ち込む私は普段から精神論に持ち込んでいる気もないのだけど、トッチンと違うと主張する大風呂敷の中身について教えてよ。
この発言ってかなりマウントとったコメントであり、
eq.18さんの思考力からすれば、当然に予想していると思うんだけと、この発言は2パターンの解釈ができる。
①文字通り、トッチンのような精神論ではなく、eq.18さんは、実りある優れた考え方か何かを実践している。
②ダニング=クルーガー効果なビッグマウスでしかなく、eq.18さんは自分を過大評価しているだけ。
ネットで批判が得意な人の中には、②のタイプが少なからずいると思っているけど、
普段のeq.18さんの発言からすると②の可能性は低いと思っていて、意外と①だと思うんだよね。
eq.18さんの私に対する指摘「母集団を歪ませて(正しく導いて、でも可)結果を変えたい、に近しい発想」という点は心当たりがあるし、確かに「結果を変えたい」と思っている点はある。
あれこれ言ったところで、結局のところは誰しも大抵のことは「結果で評価」しているのだから、結果はやっは大切。
だから、eq.18さんの思考パターンや行動が優れているなら、私のの結果(成果)に多少は影響を与える可能性もあるわけで、
それはとても魅力的に思えるんだよね。
もちろん、eq.18さんの優れた点を模倣するのが難しい可能性がある。
そういう自分が模倣するのが困難な点について、一部の人は「世の中にはできない人もいることを知らない」的な批判をしたりもするけど、
俺は「自分ができないことなら、別の方法で結果をだせばいいじゃん」って思っているから、
eq.18さんの主張する「私と違う優れた何か」を知りたいんだよね。
>> トッチン@寝不足 さん
説明責任を果たします。【私の起点】
うまちゃん氏の発言に対してトッチン氏の返答が私にはうまちゃん氏の発言の意図を理解して発言したものとは到底思えなかった。うまちゃん氏の発言は統計についての外側(前提)を話しているにも関わらず、トッチン氏の返答が統計の内側(中身)について話しているように見えた。
【私の解析】
私から見ると違う話をしている(昔の言葉でいうレイヤー違い)ので、2つの話の批評は元々成立しないと考える。また、トッチン氏は今回の質問でも文面に強く現れている様に優越基準に重きをおいて思考している様に見える。より良き方を選びたい欲であり、恐らく理想主義であり、以前からの発言でもそれは伺える。
【私の反省材料】
「精神論」という単語を使ったのは完全に間違いで、「心のあり方」とか言い方があったかと思う。自分語りで申し訳ないが、そもそも理知的という言葉が精神論に比べて世間では高評価されているが、それもおかしいと思っている。精神論も平等に大事だと思っています。
【再度、私の疑問点】
先に説明した通り、別の種類の問題(ここで言う統計の外側、統計としての前提)をトッチン氏が認知したうえで内側の話(コップの水、心のあり方)をしたのか、認知できずしたのか知りたかった。ジャッジが目的ではないです。
【擁護】
あと、うまちゃん氏の言葉がキツかったのはトッチン氏に対してではなく、マスメディアの(統計を利用した)恣意的な情報拡散のあり方だと思う。うまちゃん氏が正面切ってトッチン氏をdisるのは、性格上かなり考えづらい。ただ、性格が大人なので率先して謝られたんだと思う。
【最後に】
怒られるかも知れませんが、トッチン氏の返答が成立する思考パターンというのも私の頭の中でかなり長時間反芻しましたが、私の頭の中では「ミクロな前提とマクロな前提が曖昧な場合に限って」はあり得るのかなと思いました。統計対象者全員にコップの水を沢山と思わせたら統計は弄れるので、統計は信用ならないね、という解釈として(私はこれは現実的に不可能と考え、思考対象から外す癖があるかもしれません)。
>> トッチン@寝不足 さん
>同意するコメントを返したのに、風当たりの強さを感じるコメントが戻ってきたから、理由が分からず、コメントを返した次第です。本当だ。
改めて読み返してみると、そう受け取れますね。
すみません…。
「こんなあやふやなものをよく真面目に分析するなぁ、」って私のコメント。
トッチンさんに宛てた意図は全くなく、プレジデント記事に対する感想でした。
トッチンさんには話題提供とか、「これ、アンケートだったんだ!」って気づきとか、謝意に近い感覚だったんですけど…。
eq.18さんさんのコメント通りです。
『言葉がキツかったのはトッチン氏に対してではなく、マスメディアの(統計を利用した)恣意的な情報拡散のあり方だと思う。』
完全に誤解を誘爆する表現になっちゃってましたね…。
いや、本当に申し訳ないです。
eq.18さんのコメントがうまちゃんさんのとり方にミスリードを与えたように見えます
ただ、うまちゃんさんの、「頭の中お花畑」ってのが調査方法への批判だったとはわかりませんでした(そのまま国民の状態だと思ってた)
eq.18さんの「母集団が歪んでいる」というところでうまちゃんさんが同意してますが、お花畑からここは読み取れない
私には文脈的には「母集団」でなく「標本を恣意的に選んでる」という風の解釈をうまちゃんさんはしてるように思いました
>> トッチン@寝不足 さん
すみません、超余談ですが…(みなさん、これは流し読みだけで反応しないでください)
『ネイティブインディアン』は『ネイティブアメリカン』の事を仰りたいんですよね?
インド人の事を言ってるわけではないですよね?日本人が言うアメリカのインディアンは勘違いが定着して言ってるので現在では使われていません。
知らず知らずにそれらが当たり前になり、ニュースなどは不幸や不満が好まれます。
現在では『ニュース』=『問題点を報道』という概念が定着してしまいました。
だからニュースという情報番組で問題を言わなければ、それが不安となる深層心理が働くようになってしまいました。
世の中が不安が当たり前の情報で溢れているので、そりゃ、不安な世の中になるのは当たり前ですよね。
人間の根本的な心理を変えない限り、不安が払拭されることはないでしょう。不安を発信する方がみんな見たがりますからね。事業者はそっちの方が金になりますし。
不安な情報を目にしない方が幸福度が上がる可能性が高くなるように思えます。
ブータンの幸福度が下がったというのは、不安情報を簡単に手に入れられるようになってしまったからかもしれません。
>> スパイシーニョ@旧しっかり八兵衛 さん
モテない人、のび太的な人、所謂弱者男性に厳しぎるよ、プナン族社会って過酷すぎないか?と思ってしまうのは西洋OSが詰め込まれているからなのか。>> トッチン@寝不足 さん
20年以上前の話になりますが、オーストラリアでブータン人がオーストラリアの大学に何人も留学してきていて、その集団と広いキッチンの使用が一緒になったときがありました。キッチンには幾つかキッチン用品が用意してあったのですが、私は私個人の包丁と簡易まな板をすぐ傍で使っていました。他の用事でその場を離れて戻ってくると私の包丁がなく、周りを見渡すと隣で話したこともないブータン人が勝手に使っていました。
その時はブータン人の習慣も何も知らず、注意してもボーとしていて返してくれないので奪うように返してもらいましたが、12年後にインドのチベット亡命地区で出会ったブータン人と仲良くなった時に数日間一緒に過ごすことがあり気付かされることがありました。
『返すことが前提で傍にあるものをちょっと使う程度なら、誰も何も言わず相手の用事が終わるまで待つのが当たり前』の文化だったようでした。12年も経って当時の事が蘇り、『悪いことをしたなぁ』と反省してしまいました。
こんな寛容な心のある文化なら、お互いが助け合ってることが幸福度が高いのではないかと思わされた出来事でした。
それに比べて日本人は、『向こう三軒両隣』『近所に醤油を借りに行く』という心意気の文化はどこへ行ったのか……
今ではSNSで蔑む言葉が横行してますよね……
>> ≠∞ さん
20年前なら日本でも傘と自転車はそんな状況だったでしょうどっちも借りられたものは滅多に帰ってきませんが。
>> eq.18 さん
丁寧な返答ありがとうございます。「精神論的なもの」については、心と行動について研究した行動経済学に興味があるため、関連した視点で語ることがありますが、eq.18さんには、その「心部分」だけが伝わっているのかな〜と予想。
精神論の返答に「自分語りで申し訳ない」とあるけど、私にはeq.18さんの自分語り部分が全く見えません。。。
私の質問は「私と違うeq.18さんの優れた何か」でしたけど、優れたか否かはともかくとしても、もっとeq.18さんの「自分」をいっぱい語って欲しいくて、あのコメントをしたのに。
eq.18さんは、私のスレを見て個性をうまく把握しているようだけど、私はeq.18さんの立てたスレは見たことがない(知らないところで、立てているのかも知れないけど)ので、私自身はeq.18さんの自分語りだとか、個性がわからんし、比較ができないし、何をどう比較したのか、興味を持ったんですけどね。皮肉とかじゃなくて。
今回のeq.18さんのコメントにしたって、これだけ深堀りして、自己分析もできるのだから、「自分でスレを建てずに、他人のスレやコメントを一方的に批評するだけ」という自分のスタンスに疑問を持たないわけがないし、あえて答えないところが何とも不思議だな〜と思った次第。
(それとも「自分語りで申し訳ない」と言っているぐらいだから、あれがeq.18さんの自分の語りであり、答えなのか)
「実は言えるだけのものがない」のか、「言いたくない何かがあるのか」、「言ったことを私が汲み取れない」のか、
私には判断材料がないので分からないけど、これがeq.18さんの説明責任ということだと思うので、このへんにしておきますね。
>> ≠∞ さん
>『ネイティブインディアン』は『ネイティブアメリカン』の事を仰りたいんですよね?はい、そうです。確かに現代ではそっちの方が正しいですよね。
ご指摘ありがとうございました〜。
>人間の根本的な心理を変えない限り、不安が払拭されることはないでしょう。不安を発信する方がみんな見たがりますからね。
不安なニュースに執着する人間の心理はわかるけど、SNSでやたら不安なニュースを拡散するのは何だろうな〜とも思うんですよね。
不安や不幸ならば、幸せになる方法を模索して、SNSで意見交換する方がメリットがデカいじゃないですか。
幸せになる方法みたいなネット記事だって、たくさんあるんだし。
なのに、不幸ネタばかり拡散するとか「令和版の不幸の手紙」かよ!
拡散しないと、呪われて不幸になるのかよ!・・と。笑
>> weqtio さん
文脈が汲み取れなかったのですけど、プナン族社会って、モテない人、のび太的な人、弱者にも比較的優しい社会なのでは?▼以下記事
何も持たない「have not」の社会にあって、私たちにないものは
狩猟採集民プナンから学べること
https://unique.kaonavi.jp/2846/
>> トッチン@寝不足 さん
なんで?いや厳しいでしょう。
収奪され放題、受け取れないんだから
>> weqtio さん
やはりわからん。。。疑問が2点あります。
<疑問1>
記事には「他者と自己の境界がはっきりせずに、交わり合っているような社会です。損得勘定や過去、未来で何かを決めることがない暮らし」とあります。
なのでプナン社会には「弱者が収奪され放題」という概念が存在しないのでは。
<疑問2>
日本人的な社会規範で考えた場合
経済方面に明るい人が言っていた話ですけど、「キミは税金が大変だというけど、キミは払っている税金よりも、受け取っている社会福祉の方がでかいだろ?」的なことを言っていたのを思い出しました。
のび太のような弱者がプナンで生活した場合、奪われるものよりも、与えられるものの方が大きいでしょうから、のび太には優しい社会に思えるんですよね。。。
プナン的なシェアリング社会で奪われる方が多いというのは、弱者じゃなくても、与えるものが多い側だから強者に該当するのではないかと。
なので、ロジックがよくわかりません。
>> weqtio さん
>20年前なら日本でも傘と自転車はそんな状況だったでしょう>どっちも借りられたものは滅多に帰ってきませんが。
ところがどっこい、大阪は「傘や自転車は戻ってこなくても、別の人が置いた傘や自転車を借りればよい」というサスティナブルで地球に優しいシェアリング社会らしいのですよ…
>> ≠∞ さん
>それに比べて日本人は、『向こう三軒両隣』『近所に醤油を借りに行く』という心意気の文化はどこへ行ったのか……まあ、そうなんですけど、
もし令和の日本において、昭和しぐさで「隣の子供に、うちのお兄ちゃんと妹が着倒した古着を持っていこう」なんてしたら、
「うちは、こんなボロボロなものをもらうほど、貧乏じゃない!」って、大顰蹙ですよね。きっと。
実際、もし我が家に隣の家の人が古着を持ってきたら困ると思うし。苦笑
今では西松屋とかで、500円もあれば子供服が安く買えるし、
昔の心の豊かさの代わりに、経済発展して物が豊かになったのだ(その結果、公衆衛生も良くなったのだ)と、思うしかないかな〜と。
>> トッチン@寝不足 さん
ごもっとも!>> mikecat さん
技術的な良さと、デザイン的な良さは、また別ですわね。ジュエリーなんてまさに後者でしょう。
精巧に作ったところでデザインいまいちなら、価値は低いんですよ。

本題の記事にある…> 「キャントリルのはしご」には、日本人に不利な結論が出やすい問題もある。というのも日本人は、アンケートで自己評価をする際に、極端な選択肢を避けて中間を選ぶ傾向が強いからだ。
自己評価という「感覚」に頼ったデータという点について、1点思い出したのだけど、そういえば、政府統計の『景気ウォッチャー調査』も「感覚」によるものであることが、たま〜に経済関連で話題になったりします。
しかし、景気ウォッチャー調査でも「日本人は悲観的」とかいう話をニュースで聞いた記憶あるんだよね。
そうなると、日本人の幸福感が低いのも、日本の景気回復や消費が弱いのも、視点をかえると「統計方法の問題ではなく、日本人の気質に問題がある」って、考えられるんじゃないだろうか。
例えば、幸福度が低い点について「日本人は謙虚」という判断もできるけど、謙虚さは美徳なのだろうか。
よくネットできく話として、「外国人に日本語がはなせるか?」と訊くと「話せるよ。スキヤキー!」とかそんな話があるけど、
そういうレベルで自己評価すれば、「日本人は英語が話せる」となるのだし、そういう自己評価の低さが幸せを遠ざけているのかも知れないし、ネガティブ評価が巡り巡って、前進するチカラ、チャレンジ精神を遮っていたりしないだろうか。
そういう前進させるチカラというのは、ポジティブなものだし、少なからず幸福度に影響するように思う。
例えば、俺自身も英語が話せるか?っていうと、せいぜい中1レベルの学力しかない。
でも、その程度の英会話力でも、「何とかなるだろう」と思って、1人で海外旅行してきたし、結構、楽しかった。
「幸福度」なんてのは、言うまでもなく、たった一つの指標で決まるものではないのだけど、
同じ境遇の人でも、いくつかの物事を前進させるポジティブな心理によって、幸福度が上がるんじゃないだろうか。
世の中に幸せに関する様々な書籍やニュースもあるのに日本人の幸福度は上がりにくいのだし、私のこんな「お気持ち」コメントで、日本人の幸福度が上がるとは思わないけど。
一部の人はこの記事の幸福度や各種統計データで「だから日本人は幸福度が低い」という話をするし、それもわかるんだけどさ。
東大に入りたい人、全員が東大に入れるわけじゃないし、
幸福度が高い国の人、全員が幸福なわけではないだろうし、
幸せになりたい人、全員が幸せになれるわけじゃない。
でも、何人かの人は東大に入れるし、幸福度が低い国の人皆んなが不幸な訳でもないのだから、
あまりランキングとか考えず、シンプルに「どうやれば幸福に近づくのか」を考えればよいと思うんだよな〜。
日本は20位あたりで、やはり所得が低めだけど、1位はアイスランドの0.97pts、2位はノルウェーの0.97pts、2位はスイスの0.97ptsで、日本は0.93なので、上位との差が顕著にあるかというと、そこまででもないのかも?
https://www.globalnote.jp/post-802.html
人間開発指数(HDI)は国連人間開発(United Nations Development Programme)が、「教育水準」、「健康・寿命」、「所得水準」の観点から各国の生活の質を0-1ポイントで評価した指標。
「教育水準」は期待就学年数・平均就学年数、「健康・寿命」は平均寿命、「所得水準」は購買力平価ベース一人当たりGNI(国民総所得)で測定されている。
(間違いかもしれないのでアンカーつけません🤭)
>> スパイシーニョ@旧しっかり八兵衛 さん
人間開発指数指数…人間開発指数の間違いです💧