尊い故の

この日の朝に
目覚めを叶えて
私は
生きている
この世に産まれた日から
今の今そして…
息が続いて生きている
私の知人の御方は
過日バレンタインデーの日に
あの世へ逝かれた
そして本日
肉体は火葬された
昨夜
少し強めの雨が降っていて
私はその雨音を
聴きながら
故人になられた
其の御方が私に会う度に
儀式の様になされた行為を
儚く蘇らせていた
其の御方は私に会うと
必ずやもれなく
私のこの長い髪を
２つに分けたこの長髪の
片方に手を伸ばし
引っ張られるのだ
決して乱暴にではなく
唯々…軽く髪を握り
引っ張られるのだ
私は
或るそうした時に
〝何故其の様にするのですか❔”と
ご当人に聞いた事がある
すると
〝だって引っ張りたくなるもん”と
答えられた
其の事が蘇って止まない
私自身…
あまりに突然に
あっぱれな程に
この世に別れを告げて逝かれた
其の御方が
私の
この長い髪に
淡く温かな憶い出を遺して
逝ってしまわれ
髪を引っ張られた
其の時の感覚と
其の時の声と会話が
鮮明に蘇ってきて
諸行無常
誰もが
留まることの出来ないこの世と
分かっていたのに
あまりの急逝に
命の尊さと
憶い出の温かさで
揺らいで揺らいで
私は
泣くことも忘れている
温かな記憶が
あまりに尊くて
泣くことも忘れている
尊いということを
訓えて下さったのだな…と
今…夕刻になり
洛陽する西陽に
今日という日
ありがとう…と伝え
自分の呼吸へ
ありがとう…と目を閉じ
深く
感謝した
　　　　一尊いこと故の此の世だから一