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【読み物】同じ空の下で 第一話:孤独

このお話はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
たぶん3回くらいで完結します。お暇なら来てよね。

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平日の朝六時。
いつものようにスマフォのアラームが大音量で鳴り響く。
暇に任せてスマフォをカスタマイズし、アラームの曲を自分の好みでテンションアゲアゲの曲にしてはみたものの、それで自身のテンションが上がるということはない。大好きなミュージシャンが『狂おしいほど君のことを愛している。君が全てだ』と熱唱しているが、それで何かが変わるわけではない。そもそも歌でテンションが上がるなら、この世にテンションが低いヤツはいないはずだ。
およそ建設的ではない思考と共に、私はベッドからのそのそと起き上る。
トースターでパンを焼きながら手早く身支度を済ませる。もともと化粧っ気のない私は毎日ほぼスッピンだからメイクに時間はかからない。寝癖だらけの頭を直した頃に、丁度パンが焼き上がる。これもまたいつも通りのこと。
「行ってきます」
誰もいない部屋に、私の声が虚しく響く。
玄関で私を見送ってくれるのは家族でも私のことを狂おしく愛してくれる人でもなく、シューズボックスの上にちょこんと腰掛けた、可愛らしい小さな蛙のぬいぐるみだけだった……

「福山さん、ちょっといいですか?」
朝礼の後、部長が私を呼び止める。呼ばれた瞬間に……いや、呼ばれなくても用件が何かなんて容易に見当がつく。
「ここ暫く、ずっと営業活動で頑張ってくれているのはずっと見てるんだけど……」
『結果が伴っていない、と……』
部長が頭をぼりぼりと掻きながら言いにくそうに話を続ける。
「えっと、まず誤解しないでほしいんだけど…僕は結果云々のことを責めようとしているんじゃない。僕が言いたいのは二つ。一つ目は、頑張りすぎて身体を壊したりしないかってこと。今の福山さんは、どう考えたって無理しているようにしか見えない。あともう一つ」
もう一つあるとは思っていなかったな…
「福山さんが作ってくれた家主さま向けのプレゼン資料なんだけど…アレ、結構好評で他の子たちが『この資料があったから、契約が取れた!』なんて言ったりしてる位だから、福山さんの才能はすごいと思うんだ。ただ……」
『私に外勤営業の仕事は向いていない、ということですか?』
「違う!僕が言いたいのは『折角それだけの才能があるんだから、アプローチを変えてみたらいいんじゃないか』ってこと。ほら、ウチの営業所の連中も名札に『営業所イチの笑顔で、お客さまに私よりもっと素敵な笑顔をお届けしたいです!』とか『仮住まいから終の棲家まで、どんなお部屋探しでもドンと来い!』みたいなこと書いてオンリーワンを主張してるでしょ?福山さんも何か福山澄香ここにあり!みたいな個性を打ち出せたら、新しい世界が見えてくると思うんだ」

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澄香(スミカ)。
お花を育てるのが大好きだった母が、『スズランの花が香りを届けてくれる季節に、澄み切った空のもとでこの世に生まれた』という理由で付けてくれた名前、らしい。私が小学生の頃、母は病気で亡くなってしまったから名前の由来を直接聞いたことはないんだけど。
母が亡くなって以後、一人っ子だった私は所謂『男手一つで云々』な感じで大学を卒業するまでずっと父と二人で暮らしていた。
『おい、スミカぁぁぁ!俺、今日の今日までオマエが帝都で働くなんて聞いてへんかったぞ!』
聞いていないのは当然だ。だって、就職が決まるまでずっと黙ってたから。
柄の悪い関西弁。
テレビで芸人さんが喋っているだけで眉を顰める人もいる位なのに、それに輪をかけて乱暴な言葉遣い。大声で近所の人と笑い合う父の姿を見て、『こんなところ、さっさと出て行きたい』『帝都で一旗揚げてやる、というか立派なオトナになってやる』ってずっと思ってた。
ところがどうだ。現実はそう甘くはない。
一日歩き回ったところで、今日も成果無し。
帝都に移り住む人、帝都を出る人は星の数ほどいる。彼らが塒とするのは多くの場合、賃貸物件。私の仕事は入居者を効率よく集めたい家主さまを訪ねて、我が社で物件の仲介をさせてもらえる契約を取ること。
紹介する物件が足りなくて困るくらいの需要がある我が社、当然のように『新規で取り扱ってもらえる物件を探してこい!』となるわけで…
『…説明は以上でございます。で、如何でしょうか』
「御社の実績なんかはよく知ってるから悪くない話だな、とは思うんだけど…」
被害妄想的な考え方かもしれないけれど、答えは一つ。
『会社のことは信用できるけど、オマエはどうも信用ならない』

部長の言葉が頭の中でぐるぐる回り出す。
私らしさって何だ。柄の悪い田舎を捨てて帝都に来て、完全に孤独な状態でそれを考えろと言われても、私には相談する相手すらいない……
歩き疲れてボロボロになった私は歩道の片隅で足を止め、ふと空を見上げた。
けばけばしいネオンサインと、星一つ見えない煤けた空。
私の地元は田舎だったから、派手なネオンで空が夜でも明るかったりということはなかったし、もう少し空は綺麗だったような気がする。
何でだろう。
あれほど大嫌いだった町が懐かしく思えてきた。
地元が恋しくなってきたってことは、帝都での孤独な生活は私に向いていなかったということか。何の成果を得ることもなく、私は敗北者として町に戻るのか。
いや、あれだけ大見得切って家を出た以上、私に帰る場所なんてない。
突然、空を見上げる私の視界が滲み始めた。
この広い空は、ずっと遠くまで繋がっている。
私の生まれた町とも繋がっている。
みんなこの空の下で、
愛すべき人を探して、
大切な人に、そっと寄り添って。
なのに私はこの広い空の下、
『孤独』と『敗北』という二つの言葉を抱えて、
ひとり空を見上げている。
いろいろ考えていると、もう涙が止まらない。人気のない路地に駆け込むと、私は一人静かに嗚咽していた。

ブルルルル…
上着のポケットで、スマフォのバイブレーションが着信を告げる。
くそっ、誰だよこんな時に。
ディスプレイを見た私は硬直した。
今まで私に電話一つ寄越さなかった人物からの着信。





『お父さん』

最近、奥華子さんのCDを買いました。
職場の行き帰りにずっと聞いていた曲がコレだったので、急に思いついて物語を紡いでみた次第です。


もし宜しければ、次回にもお付き合い下さい。


40 件のコメント
1 - 40 / 40
ポンちゃんの短編はいつも引き込まれるねぇ。
次回も期待しています。
 人生いつも壁にぶつかるものです。才能が有っても開花しない澄香。いろいろもどかしいだろうなぁ。でも部長はいい人だねそんな彼女の事をよく見ている。ただ部長も不器用なんだろうな。二人が空回りする日々。そこへ父からの電話。どんな話に紡がれるのかな。
何時もと少し趣が違うように感じます。
季節は春、どんな展開になるのか楽しみです。
登場人物の部長が良さそうな人なので安心しています。
急がなくていいですから、次回も楽しみにしています。
続きを楽しみにしていますね(^_^)
ちょっとご自分も投影してる感じー?
桃サマの聞く曲は女性的なものが多いよねー、そこがネタ元だから楽しみです。

営業職だからそれなりにお化粧した方がいいと思うんよ。やらずぶったくりの色気で契約ゲットやーーー!

逆転を狙うなら容姿にハンデを持っているとか、部長がよき上司であろうとしているみたいだから、実社長のようなマウント女の敵役出してきての切れ味のいいザマァも読んでみたいです。

>> なかっぴ さん

勢いに任せて書くもんで、ストーリーはすぐに出来上がるんですが…
推敲は書く時間の数倍かかるので、少々お待ちを(^-^;

>> じんで さん

>>壁

今回のキーワードはそこかも知れませんよ😁

>> licky さん

>>趣が違う

歌から妄想を膨らませた、っていうのは初めてかもです🤔

>> りんごのひとりごと@ぐ〜たら居士 さん

>>部長が良さそうな人

当の本人は、全く気付いていませんね(^。^;)

>> ポンコツ河嶋桃@🐢大洗女子カメ㌠🐢 さん

まさか部長が澄香に壁ドン😱

ナイナイ😁

気長に続き待ちますね。

>> たけJ@🍀Happy🐇 さん

ありがとうございます😊

そんなに長い話ではないので、暫しお付き合いを😊

>> yoshi君 さん

ありきたりな展開かも知れませんが、宜しくお願いします😊

>> 杏鹿@………………………… さん

実はこのお話、河嶋さんの実体験的要素はゼロです😨
田舎から都会に出てきたヤツ、な部分は共通していますが😁

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承転結が楽しみです(^^♪
ふふふのふ😃

ビックリ展開はないかもしれません😁

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4月1日なのに切ないなあ!
庭の「ヒメリュウキンカ」(Gレンズより)
続き楽しみにしてます。

さて、壁はどっちの側にあるか…

>> ポンコツ河嶋桃@🐢大洗女子カメ㌠🐢 さん

春が来るたびに何とかしようと思っては...チクリと心が痛む分かれと出会いの季節。

どう展開させるのかが楽しみであるだけで、特にビックリしたりドラマチックな展開を望んでいる訳ではないですよ(^^♪
ワクワク♪
漢字ドリルより憂愁
そうだ!夜景を見にドライブに行こう

>> ob2@花粉黄砂PM2.5🤧 さん

>>どっちの側にあるか…

むむむ🤔
鋭い考察ですね

>> 錐シィ さん

空を見上げて、誰かに思いを馳せてみるというのもいいもんですよ😊

>> ポンコツ河嶋桃@🐢大洗女子カメ㌠🐢 さん

上手く伝えられなかったのが悲しいDeath(泣)
常連の方は凄いです

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よか詞の曲やとですのう
さて「塒」とかいて、とぐろ、ねぐら、とや、とぐら、
何と読ませようとしたのかな。

文脈的には「ねぐら」だが、ねぐらなら普通は寝座と書かないか?

さて、親との別れもあと十余年切るかな、というこの歳になると、親の絡んだストーリーは思わせられるところあります。

今日も桜は散ってゆくねぇ…
河嶋さん自身の話かと思って
「頑張れ、1人じゃないぞ!」とちょびっと(*꒦ິ³꒦ີ)、、、したらフィクション?
🎼ちゃんちゃん
良い話を作るのがお上手。
>>親の絡んだストーリー

おおぉっ!😃

>> ポンコツ河嶋桃@🐢大洗女子カメ㌠🐢 さん

>おおぉっ!😃

アイデア収集してる?
ミッション・コンクリート⚒️
なんかモヤモヤ、孤独感、
どおなるのかしら。

続きを待っております。
澄香ちゃんは、住み家 をと関係するお仕事ということでしょうか?にひひw 綺麗なお名前です。福山という苗字は、、、にひひw
続き、楽しみです。

>> Z5 premium さん

今回はオリジナルストーリーですよ~😁

>> stoty@もう夏日? さん

もっと素敵な人間関係が…

あ、ネタバレか…
本日、続編投下します

>> Yz925@CicottoGPT さん

イロイロ書いていると、鋭い読みをされる方がいらっしゃるんですよ🍑

>> はれお君 さん

ありがとうございます😊😊
本日中に、続編投下予定です🍑
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