自己紹介
須磨(現在の須磨区南西部)には、縄文の昔から人が居住していたと思われますが、奈良・平安時代までの須磨は、田畑が少なく浜辺に漁師の家が点在するだけの寂しい所だったそうです。
しかし須磨は、山と海に挟まれ西国と畿内を結ぶ要地にあったことから、奈良時代には須磨の関が置かれたほか、平安時代には「源氏物語」に見られるように貴族の隠棲の場所になりました。そして、平安末期には有名な源平合戦(一の谷の坂落とし)の舞台にもなりました。
江戸時代には、西国街道を多くの人が往来しただけでなく、松尾芭蕉や与謝蕪村などが文学や古戦場の史跡を訪ねに須磨を訪れた記録が残っています。明治に入ると風光明媚な須磨の地は、別荘地として広く知られるようになりました。時代が下るにつれてその雰囲気は失われてしまいましたが、豊かな自然とともにその面影が今も所々に残っています。
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