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いらすとやマニア監修!国民的フリー素材を街で徹底調査したらデザインが民主化していた

いらすとやマニア監修!国民的フリー素材を街で徹底調査したらデザインが民主化していた

関根デッカオ
ライター: 関根デッカオ
1989年、和歌山市生まれ。取材執筆業。散歩愛好家。よそのロン毛が怖いロン毛。野田・西九条界隈を拠点に散歩と飲酒を両立させ、街の重箱の隅をつつくことをライフワークとしている。その風貌や行動パターンに反して、職務質問を受けたことがないのが自慢。

こんにちは。取材執筆業、散歩愛好家の関根デッカオと申します。突然ですが、みなさんは普段街を歩いていてこんな光景を見かけたことはありませんか?

厳しい景観条例で知られる京都市にこの仰天ぶりが存在する事実がいい

こんなのとか。

なんだか犬や猫が勢揃いしているのとか。

デジタルサイネージもあるぞ。

さらにさらに、もはやグッズ化までされている。

……もうお分かりでしょうか。

――そう、どれにも共通点がありますよね。これら掲示物のいずれにも、イラストレーターのみふねたかしさんが運営するフリー素材サイト・いらすとやのカットイラストが使用されているのです。

いまでは当たり前のように見かける「街のいらすとや」。ほんわか優しいタッチが使う場所を選ばず、もはや日本社会をビジュアル面から支える「インフラ」と断じても過言ではないかもしれません。

ついうっかり見過ごしている人も多いかもしれませんが、どんなジャンルにもマニアはいるもの。全国の街のいらすとや使用例を、1500点以上集めるという偉業を成し遂げた人物が実在しているのです。その名も三浦靖雄さん。会社員として働きながら、律儀にも休日をいらすとやの使用例探索に費やし、誰に頼まれずともマッピングするすごい人物なのです。

イベントにてマッピングの成果を披露する三浦さん

三浦さんによれば、2016年リリースの「ポケモン GO」にからむ空前の街歩きブームとリンクするように、徐々にいらすとやが現実世界に進出してきたとのこと。当時のTwitterでは「#いらすとやGO」で盛り上がるカルチャーもあり、それほど街のいらすとやには希少価値があったそうですが、現在では街に出て目を凝らせば必ず見つかるレベルにまで到達しています。

そんなわけで、今回は三浦さんのレクチャーのもと、街のいらすとやが見つかりやすいスポットや味わい方をじっくり解説。編集部が血眼になって見つけてきた京阪神における使用事例を勝手に表彰してもらいます。

三浦靖雄

会社員生活のかたわら、街歩き好きが高じて2018年から街のいらすとや使用例のマッピング活動を開始。地道なフィールドワークを通して、いらすとやが頻繁に用いられる業態、2万5000点以上におよぶ素材の同定に打ち込む。地形図、GPS、硫化水素検知器、ケロリン桶を携えて山に分け入り、前人未到の温泉を探すのもライフワーク。
前人未到温泉

ネットのノリが現実世界を席巻するまで

家族の協力も得て、いらすとや探しに奔走する三浦さん

デッカオ
初めまして。改めて三浦さんがいらすとやにかける熱量には恐れ入るところなんですが、今日はよろしくお願いします。さっそく、本業を持ちながらも街のいらすとやにこれでもかと着目している理由からうかがいたいのですが……。
三浦さん
いらすとやって、まずはネットの世界でネタになったんですよね。サイトの開設が2012年。時事ネタが一瞬でアップされるインパクトが先行して、便利というよりはおもしろサイトとして認知されていたと記憶しています。

デッカオ
確かに。「誰が使うねん」みたいな方向性の素材もありましたよね。
三浦さん
そうなんです。ただ、素材がどんどん追加されるにつれて、紙に印刷されたいらすとやが現実世界に掲示物として登場するようになった。僕の記憶では、2015年くらいからそうした動きが出てきたように思います。
デッカオ
ネットでネタにされていたものが、徐々に市井に進出してきたと。
三浦さん
僕が収集を始めた2018年くらいには、街に出かけて注意深く目を凝らせば見つかるレベルには達していたと思います。いらすとや自体の素材数が膨大になって「お辞儀シリーズ」「禁止シリーズ」「どうぞこちらへシリーズ」のような、使い勝手のいいものが次々に現れたのが大きいでしょうね。

「どうぞこちらへシリーズ」の一例

デッカオ
そこから足掛け6年あまりで1500点以上もの使用例を集めて、マッピングまでするとは散歩愛好家を自称している者としても恐れ入ります。
三浦さん
ネタがネタでなくなっていく感覚があって、最初はハラハラしましたね(笑)

デッカオ
そうやって街に定着してきたいらすとやですが、探し方のコツなどはあるのでしょうか?
三浦さん
場所でいえば不動産店、リラクゼーション関連、公園、薬局、鉄道駅あたりはよく見かけますね。意識的に探すようになって分かったのは、オフィス街や閑静な住宅街ではあまり見つからないということ。丸の内のように小ぎれいなエリアというよりは、個人商店が並ぶ商店街のように法人よりも、個人の力が働くエリアに多く出現する印象はあります。

2022年4月時点での使用業界ランキング(三浦さん調べ)

デッカオ
なるほど、チェーン店だと本部からのレギュレーションも厳しそうですもんね。
三浦さん
そうなんです。そうやって傾向がつかめてくると、いらすとやに対する嗅覚も鋭くなってくる。カブトムシやクワガタを探す感覚に似ているかもしれませんね。「この木にならいるだろう」って。何か目的があると、街を見る目も変わりますよね。

ニコニコ超会議2024でいらすとやについて熱く語る三浦さん

デッカオ
三浦さんがハンターに見えてきました。
三浦さん
とはいえ、自分でも住みたくなるような生活感のある街に多いんですよ。あまりに使用例が多すぎるのと、掲示物はすぐになくなってしまうので、僕のマッピング活動ではカウント外としていますが、たとえば町内会の掲示板。あれがきちんと機能していると、かなりの確率で街のいらすとやと遭遇することができます。ビギナーはここから始めるのもいいかもしれません。

街の掲示板を見てみれば、かなりのいらすとや使用例が見つかる

横並びになった貼り紙のすべてにいらすとやが

デッカオ
「慣れないパソコンでがんばってつくったんだろうな」という労作の宝庫ですよね。
三浦さん
そうですね。組み合わされるフォントとしては、創英角ポップ体が多い。ラインが太くて柔らかいから親和性があるんでしょうね。そこに注目するのも手かと。

創英角ポップ体とのゴールデンコンビ。イラスト素材に長体がかかっているのもオツ

デッカオ
分かります。ところで、三浦さんのなかでもっとも印象に残っている使用例はどんなものですか?
三浦さん
高田馬場の整体マッサージ店・すっきリンパの看板です。これは僕のいらすとや使用例マッピングにおける記念すべき登録第一号で。何がすごいって、まず紙に印刷されずに看板にいらすとやが使用されているところです。

デッカオ
耐久消費財……長持ちするいらすとやだ。
三浦さん
しかもお店が運用していたブログによると、マッサージ師のいらすとや素材は汎用的なものが存在しているのに、店の側がみふねたかしさんにオファーをかけて、制服の部分をカスタマイズしたらしいんです。ものすごい熱量ですよ。残念ながらもう閉店してしまったんですが。気になって個人的にコンタクトを取ったものの、返信はありませんでした……。
デッカオ
なんと、セミオーダーのいらすとやが……!

大阪・梅田にも「ジャンヌ・ダルクの似顔絵イラスト」をそのまま看板に使った占い店が

「菜の花畑のイラスト(背景素材)」(以下)を上下分離して使う高等テク

三浦さん
ポストいらすとやの世界って、確実に革命が起きていますからね。僕のように絵が描けない人でも、イラストが必要な場面で自由にプロのイラストを使うことができる。そして、誰でも自由にカスタマイズできる。ある種、クリエイティブの民主化ともいえる動きだと思いますよ。

三浦さんをうならせるのはどれだ! 街のいらすとや品評会

デッカオ
クリエイティブ民主化の旗手ともいえるいらすとやの登場と普及を通じて、社会が大きく変容したことがよく分かりました。ところで、編集部でも京阪神の街に出て必死のパッチでいらすとや使用例を調査してきたのですが、それらを三浦さんならではの視点でランキング化してもらいたいと思います。おおよそ100例は集まったので恐縮なんですが……。
三浦さん
分かりました。さっそく第5位からいきましょうか。こちらです!

第5位 リラクゼーション店の店頭掲示/天神橋筋商店街

三浦さん自身も「いらすとや頻出業界」と見るリラクゼーション店。全身もみほぐし、足つぼはまだしも、吸い玉カッピング、気功整体までをカバーするいらすとやと店の間にwin-winの関係が成立している。

三浦さん
鬼神のごとくあらゆるリラクゼーションメニューを網羅するいらすとや、そしてそれを使い倒す店のパッションがすばらしいですね。いらすとやの面目躍如です。

第4位 地下道の道幅減少注意の掲示/弁天町

人物が登場するいらすとや使用例は多いものの、文字素材は貴重。三角形の警告マークも拡大して見ると輪郭線が明瞭ではなく、いらすとやの素材と識別できる。カラーコーンで注意喚起は完結しているはずなのに、わざわざ念押ししているところも出色。

三浦さん
実に味わい深い使用例です。こんなの、いらすとやを探して街を歩いていないと見つかりませんよ。シンプルでいてすばらしい。発見難易度も含めて、思わず噛み締めたくなりますね。

第3位 線路への落とし物に関する掲示/京橋

三浦さんがもっとも愛する複数素材を活用した技巧派使用例。左上の作業員はそのままの素材だが、続く打ち合わせのシーンは「話し合いをしている作業員のイラスト」にヘルメットと作業服のイラストをトリミングして合成している。

三浦さん
これはまさに「因数分解」のしがいのある使用例ですね。制作には結構な時間が費やされていると思います。1コマ目と2コマ目で微妙に服の袖の色が違っていたり、合成された部分のヘルメットの緑十字がセンタリングされていないところも愛おしい。これぞ、いらすとやクリエイターの仕事だと思います。

第2位 訪問勧誘お断りステッカー/野田

第2位は消費者センターと警察が発行するステッカー。三浦さんによると「公的いらすとや使用例」のひとつにあたる。一見すると既存の素材をシンプルに使用しているかに見えて、セールスマンの素材にサングラスの素材を組み合わせるという芸の細かさ。自然な仕上がりを実現できているのは、いらすとやではない禁止マークの素材を掛け合わせているからかも。

三浦:いかにもいらすとやがカバーしていそうな怪しい男性のイラストですが、実はそのものずばりの素材は存在しない。「怪しい」「悪質」「訪問」「商法」といったワードで検索しても、一切引っかかりませんでした。こういうときは制作者と心を通じ合わせる必要がある。10分以上格闘して、セールスマンの素材に行き着きました。公的機関の配布物ですからね。限られた予算内でステッカーをつくるにあたって、血のにじむような努力の物語が透けて見える。最近、役所なんかの職員がなんとなく画像検索をして制作した掲示物に著作権のあるものが含まれていて、訴訟を起こされるケースも増えているんです。それを回避すべく、専門の業者に発注を……。

第1位 スナックうさぎの看板/西田辺

栄えある第1位は三浦さんが「ホームラン」と表現するいらすとや看板。白地に酔っ払ったうさぎが「ドン!」と配置された潔さは高田馬場・すっきリンパにも通ずるものがある。頻出業界のいずれにもあたらないスナックという業態がいらすとやを使用していることも、希少価値を高めている。

酔っ払った動物はシリーズ化されている

三浦さん
憶測の域ながら、新しい店ではないんじゃないかな。前の看板が古くなって新調にお金をかけられないママに、常連さんが「こんなのあるよ」って紹介したストーリーも考えられます。実際、アメ横なんかを歩いていても、店主が高齢の店にはいらすとやは見当たらないですから。いや〜、それにしてもここ、飲みに行かないとな。

いらすとやによる「革命」以後の世界は、こんなにも自由。三浦さんとの会話からは、デザイン民主化の潮流がこれでもかと感じられました。どうせ街に出るからには、そこでファニーな雰囲気を漂わすフリー素材に目を光らせてみるのもいいのではないでしょうか。みなさんも街でおもしろいいらすとや使用例を見つけたら、コメント欄で知らせてくださいね。

編集:人間編集部
写真:三浦靖雄・トミモトリエ・はまだみか・関根デッカオ


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55 件のコメント
1 - 5 / 55
目を引き、気付いてもらって、はじめて意味のあるイラストだと、感じました。見過ごしている注意看板が多いことにも気付きました。ためになる記事を作成頂き、ありがとうございます。

images.jpeg

(画像)
平均台のイラスト(体操)
https://www.irasutoya.com/2014/05/blog-post_4980.html

(参考)
さいたま 中学校卒業式 休みがちだった生徒を平均台に座らせる
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250416/k10014780691000.html
「いらすとや」は、最近よく拝見するようになりましたね。

ネタっぽいものも、たまにありますが😅
ご家族、会社の同僚、上司、部下のかたがたの支援がなければできなかったでしょう。
私では、時間と金の浪費と言われて一掃されていたことでしょう。
いらすとの他にも各地のマンホールを撮り続けてる人など世の中には探せばこのような個性豊かな方が意外といます。
なるほど。いらすとやの素材は、確かによく見かけます。著作権を気にせず、会社のパワポや掲示物に使えるのは画期的。絵心に乏しい者には、正に救世主。同じ様に、いろんなシチュエーションに活用出来る、写真素材や音楽も一般化されると、なお嬉しいですね。
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