掲示板

黄昏トワイライト

78E5A9EB-37B8-43D8-9DAE-2BF4B1732C97.jpeg

転生してDevilmanとなり不動明の姿で他の方々の居心地の良いスレに好きなことを言ってきましたが、最近のヒトビトはデーモンと合体してまで地球上に残すべきなのか悩み始めてしまったので、昼と夜とが混ざり合う黄昏時であるトワイライトゾーン的に書けるスレを立てました。

0E9C2649-A5F2-4A96-BB8D-06898D1C2AC3.jpeg

基本的に私の趣味であるデジタルガジェット、イヤホン、スマホケース等の事が多いです。
↑これは現時点(2021/02/12)でのベストな組み合わせな

iPhone SE2Gen(128GB/BK/SIMFree)
https://www.apple.com/jp/iphone-se/

+
Jabra Elite 85t Black
https://www.jabra.jp/bluetooth-headsets/jabra-elite-85t/

です。

fullsize_image.jpg

また、私のスマホのロック画面の壁紙は全て↑これです。
生きのびるために大事なことの多くをQUEENから学びました。
YouTube Queen Official
https://www.youtube.com/user/queenofficial

簡単に言えばマイネ王の他のスレとかリアル生活で疲れちゃったヒトビトと私の独り言を言いたくて立てたのでどうぞご自由に出入りしてください。

ただし、下等デーモンにも劣る様な表現やイザコザは、問答無用で削除するかもしれませんので悪しからず。

ま、ヒトなんて発生からしてヌメヌメした処から出てきたので所詮は土に還るだけなのですがね。

もし、此処に来ない時は…
きっとデーモンと闘い中です😈


1987 件のコメント
1188 - 1237 / 1987
本来、サービスを提供する事業者が顧客に対して裏メニューを提供するのは前時代的だし、ガヤになれば報酬があるという段階で企業目線としてはありだけど、一般的な顧客目線としてなしというか。

ファンビジネスが、熱狂的ファンしか取り扱わないのは結構だけど、世の中の出来事は総じて度合いにヒエラルキーが存在するんですよ。浅いのから深いのまで。

自分が特別扱いされれば嬉しい、と言う事は裏を返せば不平等なんですよね。それに気が付かないのは社会人として幼稚なんだと思うんです。

それで求める質を維持できなければ、一般顧客はやめますって。
駄サイクルでも自己愛性の取り巻きでも表現は何であっても、実質は同じです。

カチンとくるし嫌いな言葉だけど、「そんなに嫌いならやめろ」と言うのは、一般顧客じゃないからであって、行動としては不愉快なものにいちいち付き合う方がどうかしています。

ぶっちゃけ、ここをクローズする事で余る予算(月額ぐらい想像して使っていますよ)で、品質は向上できるけど、別に品質要らないという人もいますから。

そういうところだと見たら、まあ得心はしないけど納得は出来るでしょう。
ああ、「変わらない方がうれしい」が作り出した何かの例。

知る人ぞ知るが、JRの労働組合の中ではもっとも原理主義的な千葉労組。そこの根城というか追放先として選ばれた盲腸線の久留里線。自動車社会で沿岸部まで全部車になっている中で、どう戦うのか。

昔の里山が栄えたのは、資源としての木炭があったから。言い換えればお金があったんで経済が存在したんですよね。今時木炭なんてBBQでインドネシア産でしか使わないでしょうし。

別に久留里線がおかしいとか特殊だとは思わない。そのうち、全国どこでもこうなってくるよ。外の力頼みで。

ちなみに終点はちょっとした観光地だと個人的には思っている。
(ぶっちゃけ考えるの面倒くさいなら、経済主体だけで考えれば楽ですよ、答え一択ですし)

>> eq.18 さん

前から言っているけど、これがブランドバックやスポーツカーなら成立するんです。

特別なあなたをプロデュースする、特別なアイテム(極端に高価)

ファンビジネスを展開するにあたって必要事項が全部上の一行にまとまっています。本質はそこなんです。

大阪市の美味しい水(別に東京都の美味しい水でも可)って、誰がそれを特別と見なすのか。中の人は見なして欲しかったんだろうなあと、インフラ業の無いものねだりを見た気がするのです。
大清水でかろうじてブランドだけど、極端に高価でないからダメなんです。そういやヴォルビックが撤退してもう何年になるのでしょうかね?
日本語の「できない」奴に、どうして日本語が出来ないのですかと日本語で質問するのもなんだかだけど、まだそれは常識人の振る舞いとしては理解できる。

回答でこの人は日本語がどう頑張ってもできない事が一目瞭然なのは中々壮観だし、もはやこれ以上の理解は不要というか。

多分、自分が理解できないときに、周りからそのような手法を押し付けられたんだろうなと。そしてそれしかどう頑張っても理解できないという。不孝なんだろうけど救えない。
てにをは間違うと些細な間違いでは済まない例。

「もらえる」ものである場合だけ許される表現。それ以外では些細な間違いではなく、ヘイトを買う許されない表現。
「してあげる」概ねアウトの表現。特に二人称と結合した際の地獄率は相当に高い。
「理解させる」例外事項を除いて大体アウト。

全部てにをはじゃないね。w
とは言え、地雷ワードとしては有効なんで、これ(本性が出る言葉というところか…)。
後、日本語で主語を「私」の類にするのは地雷説もあるが、これは難しい例。と言うのも、ネットでは「主語がでかい」「おまかん」という言い回しがある通り、私とあなたの区別(自他の区別)をつけておかないと反感を買うケースがあるから。

でも、主語をつけようが同じ回避目的の「しらんけど」をつけようが乱用すると嫌われる難しさはある。つまりは会話の中身に対するアクセラレーターとしての効用なので、直地獄ワードという訳でもなさそう。
どのような表現方法(手段)であっても伝達されれば良い、と言う事は逆に言えば手段が限定されている場合でも伝達できなければ切り捨ての対象になるという意味だ。

当然、不要不急電話も多いんだろうけど、日本語が不自由で切られてしまうケースもあるだろう。そのうち本当に緊急性があるものが混じっていたとしたら?

向こうもプロだ。私が指摘するまでもなくそういう事も想定済みだろう。でも、切り捨てる対象として選んだ意味をよく考えないと。


ちなみに混雑している理由は言わずもがなであるが。
なお、「ついに」もタイトルなどで単独で用いた場合は地雷ワード。このTwitter引用の場合は「ついに」の対象が明白(主語が次に来ている)なので問題はない。

マイネ王にいるような優しいニンゲンはここで「何が(何を)?」と聞いてしまうが、正しい対応はこれとは逆に逆ギレぐらいの勢いでの排除の方が良い。何故お前の世界に引きずり込まれる釣りワードに食らいつかないとならないのだ、という意味だ。

第三者へ説明するスタンスを間違っているのだから。
治安が悪い国だからこそ、虚偽申告なんてすれば「優しい世界」と違って袋叩き…でないにしろ、それ相応の目に遭うのではないかと思うんだけど。

最近は、私設警察を地で行くような方々がこの日本でも存在するし、危険なガイジンを文字通り狩ろうとしている訳ですよ(今のところ公権力を呼んで対処して貰っているが、わざわざ鉄火場に入っていくところに要注意)。治安が悪い国の場合なら言わずもがな。

※私はメキシコの怖い例を聞かされているので、ダメゼッタイとしか言えません。

色んな意味で全く同じニンゲンとは思えなくなってくる…。
ごみ漁りしなければ、カラスって結構愛嬌のある行動をしている事が多い。ニンゲン語を覚えて(意味は分かっていないだろうけど)、おはよーおはよーと鳴くような器用な奴すらもいるし。

動きがあるので面白いのは雪の上を滑って遊ぶカラスで、ここまで来ると子どもが雪遊びしているのと変わらない。
嫌な現実を思い出させるなあ…(怒っている訳じゃないが)。

白状すればあてくしは体系的教育を受けていないんだけど、体系的教育を部分的とはいえ解するもん(というか、元々相性がよい?)だから、色々複雑な思いが過りまして。


当然、体系的じゃないのを非難するとかではなく。そういうお立場だからこそVに傾くとも言えるし、そもそも体系的教育とは根も葉もない事を言えば実家の太さに依存する訳だから、一攫千金を目指してのVという図式も見えてしまう。そしてそんな社会を否定したくても否定できないお立場であるあてくし(主に能力の不足による)。

そういや先日プチ炎上していたけど、何処かの研究者が「たった月額30万円しか稼げていないから情けない」とかうっかり言ってしまって、まあ学問はお詳しいけど世情は知らないのねwという話がありまして。あてくしは(自分の食い扶持だけは用意出来ているので)笑いごとで済むけど、かつかつクラスタからすればそれこそ「○ツの穴から手ぇ突っ込んでガタガタ言わせるぞオラ」案件でしょうし。

逆に言えば、それぐらい体系的教育というものと一般人が乖離し始めている時代だという事でしょうね。ただ、体系的な何かは強力な兵器であるので(だからあてくしは手のをばしている)、リアルでバンリュー13(邦題:アルティメット)に世界が可変する場合はその武器をそちらに向けないとならないというか。
あの事件。

当初、被告の症状だけを見るとパーソナリティ障害を彷彿とさせる並びだったんだが、医者系クラスタで反応を示した人がその判断をしておらず、むしろ本物の疾病(スキゾイド)っぽい見立てをした空気感を出しており、おろろと思っていたんだけど実際に前歴ありだったのが今日、あるメディアでさりげなく報道されていた。確かに過剰なストレスがスキゾイドのきっかけになる事は全然否定できないからなあ(憂鬱な話だけど、若干数の心当たりもある)。

最近起こった類似の事件3つ(どれも裁判中)では、一つはパーソナリティ障害確定だろうと思われるので、意外と思うと当時にこういう診断は実地が伴わないと知識でどーたら語るのは馬鹿げているんだと再認識した。

で、この方向に進むと刑法三十九条コースになるのでしょうか。とはいえ、お咎めなしというのは戦後最大規模である事を考えるとちょっと難しいだろう。どうするんだろうね、本当に。(流石に無罪でもよくある誤解の様に自由なのではなく、代わりに治療施設に治るまで強制入院だろうし、生きている間に治る保証もないから…)

なお以前少し話した通り、病気というのは基本的に治療を前提として分類されているので、はっきりした病気であればある程度は対応できる前提、という考え方らしい(難病と言われるものは除くとしても)。だからある先生は(業界として)治療継続できなかった事を悔やんでいる様な発言をしていた。

ニンゲンである事は色々大変だ。
雨が降ってきてから傘が無いと騒ぐ人。
私の頭だと、普通は天気予報を見て傘を持っていくよな、とは思う。
ただ、実際の私は天気予報を見て傘は持って行かない。

何故なら置き傘があちこちに置いてあるから。


準備周到というのは、珍しい故それだけ馬鹿にされやすい。
言われてみれば全くその通りで。

近代社会以前の、家という抽象概念もといミームでの継承の方がよっぽど現代風であり、今時の遺伝が云々では生物的というかよりプリミティブに思えるよね。

おそらく、昔の医療技術では嫡子が生き残れる確率が決して高くないので抽象化しないとやってられないという生活の知恵なんだと思うが。
ここに限らずだが。

ニンゲンは社会性の生き物であるが故、政治力が生かせれば無問題だという判定式を持っているのが多数いるなあ。それを科学や自然現象やらにすら適用するという。

いやいや、本来の社会性というのは政治力じゃないし、当然科学や自然現象に適用できるものじゃない。むしろ教わるものだろうと。なにいちびっているんだ、という感触。

まあ政治力皆無ってのも問題ありだけどね。w
マイネ王医院なら、お友達の分も渡してくれる様な予感がする。w

※本当に親切をする相手を見極めて親切をしないとただの犯罪加担者です…。
多数派でもある寄らば大樹の方々の居心地が「ある程度」悪くなるようにしておかないと、組織ってのは前に動かないんですよね。
ニンゲンあるある。こういうので腹を立ててはいけない例ですよね。(呆れ
個人的な経験上、おっちゃん(初老以降)にありがち。ただ、自分もおっちゃんの年齢になりつつあるので気を付けないとこういう風に笑われてしまうんだろうな。

前から言っている通りで、知らないが恥じゃない(知っていると有利だけど)。知らないときの態度の問題で。


観察している範囲では加齢の経験上、そこまで律儀にならないでも大丈夫という思い込みがおおむね「ずぼら」という形で発露している気がしないでもない。とりこし苦労がバカバカしいという考えは分かるんだけど、「そなえよつねに」で戒めないと、と思う。
てんこ盛りだなあ。

知っている人しか分からないUI問題。
自分に不利な話は全て誰かの悪意問題。

って(いつもの悪い見本の)案件です。
どちらも自己中なんですよね。疑えよ、他人の存在に。
最終的に「機械化よりニンゲンを奴 隷にした方が安いではないか(ぴこーん!」的な自称天才くんが発生する案件なので、本当にどうにかならないのかなあと。

ここ数百年間に発生する歴史がちらりと見えてしまった感。アルビントフラー先生でも、この発想は見抜けなかったっぽい。(苦笑
ナラティブってのはそれが小説であろうが映画であろうがアニメであろうが神話であろうが国家のプロパガンダであろうが、そこに幼児性ってのが含まれていて当然のものなんだし、その幼児性はそれらのいずれかの専売特許とは思えない。原因はどうこうではなくナラティブそのものが幼児性を含むものなんだと。

仮にナラティブから幼児性を抜いてしまうと、太宰治の私小説みたいな味気のないのが残ってしまう。それは太宰だから許されるのであって、無闇にやる事じゃないしやってもウケるわけもない。

食うために働いて、食って寝ての中には、別に他の誰かと優位性を比較する必要は「本来は」ない。しかし、バックグラウンドや確率の問題で働く範囲が変わってくるとそれに対する生存欲から嫉妬も生まれる。これもまた一つの幼児性。

だからその幼児性を宥めるためにナラティブが必要となる。悪性のものだけでなく、勧善懲悪とか公正世界仮説ですらその類だし。

と思ったり。
リアル「金は命より重い」案件。
答えを書いておく。「天国へ行くのに最も有効な方法は、地獄へ行く道を熟知することである」から。
前にもこの動画を見た事があるが、ここ数年は「週刊宇宙船」みたいな勢いになっているので、昔(といっても10年前以前)の常識は崩壊していると見なしていいのかも…。

もうね、笑うしかない。
なんだかタイムリーだけど、本当は私は彼?にこう言いたかった。
多分、周りから総スカン食らうだろうけど。
親切な集団で生きるか、疑心暗鬼な集団で生きるか
https://diamond.jp/articles/-/268170

難しい問題。と言うのは、当然疑心暗鬼の集団で生きる事はコストが高まるので、善良な集団で固まって生きていく方が実利の面でも精神の面でも良好な話かと。

ところが善良であろうがなかろうが、持っているものの量に格差が激しくある場合、いわゆる輸出超過ならぬ支援超過になってしまうんですよね。これは見返りがあるとかないとか言うレベルの話ではなく、「乗り掛かった舟は途中で降りれない」ことと、現在社会が特に分業化され複雑化している事に起因するのですが。

電車で席を譲るのは毎日でも可能ですし、それは支援超過とは言わないんです。

これが少し前に言われていた「(当時の諸外国では)急病で道端で倒れたところ近くにいた医者が応急措置して助かったが、請求が来た」ですよ。今は日本でも請求ぐらいしてそうだけど、当時は公共心がないとか親切心はどこ行ったとか散々に言われていた記憶が。

弱者という名前の強者という概念がようやく世間に浸透してきたので、若者はそれに適応できそうですが年寄は難しいのかも。


で、OSIの7階層参照モデルをご存じなくても、物理レイヤーと論理レイヤーが違うよという基礎知識すらなしで、ネットワーク機材を複数ネットワークにぶら下げて設定できない方を助けられるか?って話。なお、乗り掛かったら最後まで付き合わないとならないだろうね。

質問している側はおそらくは善良だとは思いますが。持ち込んでいる問題に(強いて言えば)邪悪さが含まれているというか。悪意のない悪。

フェイクニュースはもう見破れない!? いま「性悪説」を大事にしなければならないワケ(池上彰が大切にしている想像する力6)
https://gendai.media/articles/-/116994
これをやるとディストピア確定だけど。

日本語能力試験にほんごのうりょくしけんにはN1、N2、N3、N4、N5の5つのレベルがあります。いちばんやさしいレベルがN5で、いちばん難むずかしいレベルがN1です。
https://www.jlpt.jp/about/levelsummary.html

これは外国人(非日本語ネイティブ)向けの日本語能力の検定ですが、「日本人(日本語ネイティブ)に漏れなく実施してはどうだろうか(ぴきーん!」とか思ってしまった。N2に達する事が出来ない日本語ネイティブか、胸熱ですね…。

まあ安心してもよい、特に日本が劣っているんじゃなくて、諸外国はもっと地獄と聞いている。w
親切を期待する人を究極に煮詰めると…、でしょうね。
前から言っているが、自分に都合の悪い出来事は「社会が敵意を以て攻めて来ている」ではないし、「社会が自分に都合を合わせてくれる訳でもない(合わせてくれればラッキー)」です。

だからこそ、無条件に助けて貰える発想はお互いに不幸になるだけなので、避けた方が良いです。

なお、大型荷物(自転車除く)でも楽器やスポーツ器具の類は、JRについてはサイズオーバーのものでも乗車は無問題らしいです。後は周辺とのネゴシェネーションの話っぽい。
(ベビーカーを満員電車で舌打ち事件を思い出します、どっちが良いとか悪いではなく)
散々言われているメリトクラシーの弱点。
批判されがちなメリトクラシーだけど、ゼロに何を掛けてもゼロの様に、基礎能力のない人物に何かをやらせたり考えさせてもまともどころか、人様に迷惑をかける代物しか用意出来ないではないですかね?

メリトクラシー信者(ってのがあれば)ってのは、クソ真面目なんですよ、基本が。

そこが能力への過信と表裏一体関係であると自分自身で把握できていればねえ…。

多様性は大事。その理由は多様だからではなく、多様性を担保する豊かさが大事ってのが真相なのかも。迷惑なキャラを受け入れたいかあなたは?って話。
マイネ王で、マイネ王の中どころか外部でも非難されるレベルの人が若干名いますけど、その方がゲロっていたな。マイナス方向の反応が欲しいと。

それはそれでかわいそう(同情はしない)であるが、問題はそういう行いに反応する奴。ゴミ箱でいいねん、ゴミ箱行きで。

で、中には無視するのではなく対話しなさいというレア主張をする嵐がいるのがマイネ王。多様性…()
ただ、実際に対話して落ち着かせましょうというメソッドはあるにはある。有効かどうか不明で私は疑っているけどね。

人生短いとは思うが、それでも人と接するに愛を以て時間を無制限に費やせる「愛にあふれる人」が多いマイネ王なので、今後も変わらないだろうなと。
プリンシプルがないニンゲンに、プリンシプルがあるニンゲンの事が理解できる訳も無し。

嫌と言う程それを認識させられる。
ナラティブにどっぷり浸っているし、そのナラティブが無意味なぐらいにネガティブで被害妄想気味に見えるんだけど、問題はそれが単一の個人ではない事かな。類ともとかGroupthinkとか。


余談だけど、オカルト雑誌ムーの人曰く、「うちを読んでいれば陰謀論にはハマりませんよ」とか。言うじゃないか。w
ただ、東スポ・大スポ・ムーなんて読んでいたらちょっとやそっとで動じない様にはなるだろう。ある種の英才教育とも言える。

こうなると宇宙人と会見とか地球に隕石が降ってくる程度では「あっ、そ」程度の反応になってしまう。もうそのネタ前世紀で飽きたし、何回目なんだと。w

ロスチャイルド系のネタだって、どうしてそういうネタになるのか説明できる。それぐらい背景の情報量は多いんで(まとめて言えば、そりゃ権力者や有力者なんだから、閨閥ぐらい組むでしょうよ)。

が、そんな事も知らないと、気軽に挨拶しあったライバル同士でざわめくという。無能な味方より有能な敵とはよく言ったもんだ。
美人な女性がクマと戯れている写真やら動画は意外とありがちであるが、逆におっさんがクマとガチ格闘している動画は珍しいでしょうね。

つか、プロの猟師さんか何かがツキノワグマでこの状態なので、ヒグマだったら一般人は確実にイケるな…。
真面目な話、何とか王の中の人達って管理職を除けばコンサル崩れ臭を個人的には感じているし、例え個々の個人がガジェットが好きであってもシステム屋の素質がなさそうというか、システムの会社でシステムが作れる/監督出来るニンゲンはシステムの部署に行かせるよな、普通。そして、オプトさんの本質はシステムのレンタル会社(ぴっかりファイバーの事)であるからして。

なので、システム屋視線で非難するのは間違っているのかも。(を

※スタッフブログでしりとりとか、そのしりとり申し込みスイッチ忘れとか、挙動がもう異星人にしか思えないが、結論は文化が違いすぎるんだろう。PVを稼がないと施策が疑われるキツイ立場だったんだろうな、と推測。
いや、povo Townも見ましたけどね。

マイネ王は自由過ぎるんですよ。逆に一般的な事業者がマイネ王擬きを始めても一般的な縛りを入れるのが通例ですし、それを受け入れる人ばかりでしょう。つまり、自社商品に関係する事だけを取り扱うと。

一部マイネ王ユーザーは反発するだろうけど、マイネ王は歴史的経緯からそうではないです。だからこんなところで悠長にやってられるんです。なお、携帯事業者以外で特定目的があって、かつフリーダム過ぎる例は若干数あるからマイネ王は特別ではない(変わっているけど)。

ただ、前から言うとおり多様性を(結果として)重要視しているマイネ王は、その多様性が弱点であります。だからこそ、他社は擬きで一般的な縛りを入れるんですから。

で、簡単に算数化して言えば、変な奴が2割、残りが一般人として、povo TOWNやら他のコミュニティが生まれるとどうなるか。

残り一般人が単純に割れる事になるでしょう。80人の一般人が1/4毎に所属すればなんとマイネ王の構成員の半分が変な奴になるという。

でも、マイネ王をマイネ王たらしめている箇所はそこなので、今更止められないというか、特にオプテージ社は極端に廃止を怖がる会社の様に見えるので、大体未来はこうなるんでしょうね、と。

PVしか見ていない末路というか。

>> eq.18 さん

多様性の例としては掲示板の書き込みに鷹揚である以外に、王国ダンジョンとPhotographyが良い例。

全員が使う必要がなく、一部の人の楽しみに用いられる、かつサポート的な立ち位置から外れている。

SNSの事業者じゃないから、オプテージ社は。w
マイネ王でもそうであるし実社会でもそうであるが、会話しても無駄な相手がいるのは事実だけど、それでも会話しないとダメなんだろうなあとふと思ったり。

最近多いですよね「ぼくのかんがえたさいきょうの●●」が。もし会話して(その内容を受け入れるか否かは別として)別の存在に気が付けばそこまで醜態をさらす必要はなかったんじゃないかと。

ところがネット時代でQに対して即座にAが帰ってくる、思考がインスタント化しているから、Aを返す側も問う事をやめてしまっている。そりゃAが「ぼくのかんがえたさいきょうの●●」になるでしょう。

とは言え、意見を表明するだけで「敵か味方か」みたいな連中が闊歩している時代でもあるから、対話が実施しづらい時代でもあるんですよね。つまり全体的に幼稚化しているんだけど。

あと、対話が無力化されている理由はそういう幼稚化以外に、階層化が進んできていて対話コストが無駄になる事も大きいのかも。

厄介な話ですね…。
あくまでこのつぶやきはネタ(と本人が明言している)ですが、実際には近い事が起こっているんだろうなあとは、業界人なら薄々思っているでしょうね。

COBOL?
IDENTIFICATION DIVISIONの綴りが書けないで挫折した俺に聞くな?w

※↑これも半分はジョークなので念の為。
確かに羽生さんで十分におかしい(=イレギュラーな強さ)のに、藤井さんがまだその上を行くんだから訳が分からない世界ですよね。ほとんどリアルドラゴンボールの世界です。

え、私? 戦闘力5の一般人ですよ。w

余談だけど「りゅうおうのおしごと!」という将棋のアニメでは、羽生さんがラスボス扱いされいた記憶が。
理由は知らないけど。povo TOWNを初めとして通信事業者の(クリソツの)コミュニティがあちこちで急に運用開始されて困惑しています。w

かつてはuqのプラネットやOppoの直営掲示板もありましたが、マネタイズも出来ないのでひっそり消えていった時代もありました(とおいめ)。その数年前と今は何が違うのでしょうか? 私にはわかりかねます。

囲い込み目的であれば、uqプラネットがコンテンツ力的に弱かったのもありますが、あれで囲い込みが出来ていたのか、Oppoの直営掲示板も同様に疑問符です。恐らく今のブームは外部掲示板システムを営業した会社が作ったブームだとは解釈しています。

ただ先にも述べたとおり、マイネ王の1/10の歴史もない掲示板ですが、既にカラーが出ているんですよね。つまり「アクティブユーザーの挙動がそのまま広告になる」んですよね。

例えばおっさんのSNSだと忌み嫌われるFacebookやTwitterが典型例で、若者は最低でもTiktok、それ以外のもっと知らないSNSで「おっさんレス」で生活しています。

そりゃパリピが図書館でおとなしくしているのに耐えられないのと同じ理屈が発生してくるんですよ。

比較対象があればそれは目立つ、と思うんです。
バカと思わず言いそうになるけど、実際はバカではなく自分の所属外の別のクラスタなんだと思う。

ただし、そのクラスタは科学や論理、法律の類いから外れているんだけどね。我々のクラスタとは絶対交わらないし、教化も不可能。向こうもこちらを軽蔑しているよ、きっと。

とは言え、腹が立つのはそこまで現代文明を否定しておいて、どつぷり依存して生きていること。電気もガスも使わずに生きているなら文句はないんですが。
30年前の私に教えてやりたかったよ。
「ネットはニンゲンをプラスするのではなく、掛け算するんだと。だからそこに希望を持つな」
これは価値観の問題だけど、コンビニで買い物をする、キャリアと契約する、iPhoneを2年に一回買い替える。こういうの基本的に無駄遣いだし、お金持ちでないとマネしちゃだめだと思っています。

で、ご飯を炊くのに電気釜が高い(本体?電気代?)という様な話を聞いたことがあります。で、パックのご飯を買うという。

実はやり方次第で鍋でもご飯は炊けます。ガスでも電磁式調理器でも。知識はお金を代替します。


で、そういう風な知識もなければ現金としてのお金もないニンゲンがお金がないという。そりゃそうでしょうねとしか。単純に貧困というものではなく、もっと深い貧困を見ている気がします。

氷河期世代をある程度生き延びたニンゲンは、どうしても他人に対する視線が厳しくなるのです。悪行だと思います。メリトクラシーと相性が良いという。
予想するまでもなく多分その人はダメ、とわかっている事でも、最初から決めつけるのは間違いだ、やってみよう、判断はそれからだとほんの少しの希望をもってやってみたら、予想以上のダメさ加減。気分の重さたらありゃしない。


精神論が致命的にダメな理由は根性を強要することでも、論理的でない事でも、見通しが利かない事でもない。一発で致命的な理由は「同じ見解のニンゲンに対してしか通用しない」事。例えばLove&Peaceは飢えているニンゲンの中ではどうでもよい。むしろFood&Moneyだろうし下手しないでも殴って奪いに来る。

悪とか善とかそういうのではない。腹が減ったらごはんを食べたくなるでしょ? その気持ちが分からないということは、かなり裕福なニンゲンだったのではないか?という疑いを持ったり。

普段から口を酸っぱくしていているエコーチャンバーは、そういう事。精神論と相性が大変よい。現実が見えなくなるフラグです。

>> eq.18 さん

映画のインディジョーンズシリーズで、ジョーンズ博士がインド人の剣士と戦う際に、剣士が剣を振り回して威嚇するんですよ。

で、ジョーンズ博士もといハリソンフォードはその時、本当に腰を痛めていた為バトルアクションが取れず、やむを得ず拳銃でずどんと一発で剣士を倒すアドリブをやったんですよね。

仮にジョーンズ博士が腰痛だったら、役者と同じく拳銃を使ったでしょう。本当は剣で戦うのが「筋」でしょうに。卑怯極まりない。

これが同じ見解を持つ相手にしか通じないの意味。
厳しい現実世界のおしらせ。

本当にどうすればいいんでしょうかね?
(相手が必ず合理的な存在であるとは限らない、差別とかそういうの抜きで)
見解の相違は別に無問題なんですわ。
何故なら同一のものを違う角度から見ているに過ぎないんで、一応相手の主張する視点は理解できる(自分が受け入れられないから没にしただけで)。そんな相違でぶつかるのは四六時中ですわ。


ただ、現実が歪んで見えている場合は話が変わってくる。身近かつ親切な相手にダイレクトアタックするのはニンゲンにありがちなパターンだけど、概ね(深層心理的には)自分の弱さや不安を他人にぶつけている行為なんで、不安であればあるほど強い行動に出るんですよね。これ、ニンゲンであれば概ね適用できるので集団であっても同じなんですよね。

だから被害者的な立場で「常に語る」人物は信用ならんのです。必ず刃を向けてきますから。

で、これを識別して違う扱いをする事は、果たして差別なんだろうか? 固定的な属性で人を区別して著しい不利益を与えるという誰もが納得している差別という概念で測れるか?

被害者的な立場はテンポラリーなものですが、常に語るところが厄介で、こうなると固定的な属性という解釈が発生もしますから。
コメントするには、ログインまたはメンバー登録(無料)が必要です。