メガネは河嶋の一部です！

営業所の連中、変に車に凝ったヤツが多い（アタイを含む）。
国産車の二人乗りとか、ロータリーエンジンとか、（廃車したらしいけど）バタフライドアとか。
あと、外国車が多い。
サラリーマン集団だからフェラーリとかランボルギーニで出勤してくるあほはいないけど、イタリーやおフランスの車はそこそこいる。
で、気になったのがルノーの車。
『ＭＥＧＡＮＥ』
メガネ、ではない。意味は知らねどメガーヌと読むらしい。


子どもの頃。

学校の視力検査で引っかかったアタイは、母ちゃんと一緒に近所の眼科へ赴いた。
「あ～。お嬢さん、本人は全く気付いていないでしょうけど強度の近視ですね。周りの子供達と同じ景色を『見せてあげる』為にも早々にメガネを『作ってあげる』ほうがいいんじゃないでしょうか」
医者の心ない一言に傷ついた母ちゃんは『自分がこんな子を産んでしまった』的なことで自分を責め立ててめそめそしていたらしい（相当年数経過後の父ちゃんのカミングアウトによる）。
学校にメガネをかけた子はいなかったけど、テレビでメガネ着用のタレントさんは少しずつながら見かけるようになっていたから『眼が悪くなったらメガネをかけるのは普通なんだ』とは理解していた。だってのび太くんもママもメガネかけてたじゃん。

そうは言うものの、駅前通りの眼鏡屋さんのショーケースに飾られたメガネを見ると子供心に溜息が出る。小さなプライスタグにゼロが幾つあるんだ。視力も宜しくないからレンズの加工したらエラい出費だぞコレ。
子どもながらに『親に負担をかけて申し訳ない』と思っていた。

『いたっ』
「サッサと起きろ桃。出かけるぞ」
日曜日の早朝、二度寝という至福の時を迎えようとしていたアタイの頭を父ちゃんが小突く。
『どこへ？』
「説明はあと。時間あれへんからサッサと起きろ！」
今日はお店の準備は…？
歯磨きをしながらキョロキョロしているアタイに、母ちゃんが教えてくれる。
「今日は臨時休業にしてるから、父ちゃんとゆっくり出かけておいで」
理由はよくわからないけど、シャッターに『臨時休業』と乱暴に書かれた貼り紙（しかもカレンダーの裏か何かに書いていたから急遽決めたんだろう）が貼られている。
アタイは父ちゃんに手を引かれるまま駅へ向かい、切符を手に握り締めていつ来るかわからない電車を待ちながら父ちゃんの顔色を伺っていた。
『父ちゃん…今日はどこに行くの？』
「大阪。桃、大阪行ったことないやろ」
大阪へ行く前に、電車に乗るのが初めてだ。

やがてノンビリと姿を現したボロ電車は、アタイと父ちゃんを乗せてゆっくりと動き出した。

『ほへえぇぇぇ…』
コレが噂に聞いた大都会、大阪か…
父ちゃんがアタイの手をぎゅっと握っているが、父ちゃんも明らかに緊張している。
「いらっしゃいませ」
到着したのはデパートのメガネ売り場。
明らかに町の眼鏡屋とは違う高級感。店員さんもオサレなメガネをかけ、パリッとしたスーツを着こなしている。
「お嬢様、こちらへどうぞ」
訳もわからず言われるがままに丸椅子にちょこんと腰掛けるアタイの元に、次々とオサレなメガネが運ばれてくる。
『父ちゃん……』
「何も気にせんでエエから、好きなもん選べ」
戸惑いを隠せないアタイに、可愛い店員さんが一本のメガネをチョイスしてくれる。
「お嬢様はお顔が丸くていらっしゃるから、こんな形でどうでしょうか」
実際試着して鏡を見ると、確かにアタイの顔にピッタリな感じ。
父ちゃんがアタイの顔を覗き込む。
「エエ感じやんか。よう似合うで」
「こちらのお眼鏡、人気商品でして…お色も色々ございますよ」
銀、黒、赤…確かに色んな色はあるけど、アタイが気に入ったのは明るい青色のメガネ。
今も手許に置いてあるけど、フェルメールの『青いターバンの少女』のターバンみたいな色。メガネを外すときにプライスタグをチラ見したけど、とんでもない価格だった。
「桃は青が一番可愛いな。よっしゃ、これにしよう」
アタイが何かの意思を表示することもなく、あっという間にメガネ選び終了。

帰りの電車で、アタイは何も言えなかった。
アタイのせいで、父ちゃん母ちゃんが一生懸命稼いだお金を一瞬で使ってしまったんだ。
しょんぼりしているアタイの頭を、父ちゃんがポンと叩いた。
「桃、よう聞け」

　　メガネをかけるのん、恥ずかしいかも知らん。
　　けど、俺はメガネをかける桃を見て、可愛いと思った。
　　流石はウチの娘や。
　　あと、よう憶えとけ。
　　俺はネクタイなんか締めへんけど、
　　駅で電車に乗る人で、スーツ着てる人いてるやろ。
　　あの人ら、毎日違うネクタイ締めとる。
　　あれはオシャレやねん。
　　毎日『俺はお前らとは違うねん』って自己主張しとる。
　　桃のメガネもそういうこと。
　　お前は近所の子やクラスメイトとは違うて、
　　『オシャレをする武器』を一つ多く持ってんねん。
　　そのことを忘れたらあかん。
　　自信を持て。
　　下向いて歩くな。前を、上を向いて堂々と歩け。

アタイは何も言えず、父ちゃんにしがみついて頷いていたような記憶がある。

「おっ」
「可愛いやん」
「似合うてるでぇ」
親戚やご近所さん、友達にそう言ってもらえてほっとした。
いや、何か嬉しかったし誇らしく思った。
あの時父ちゃんが言っていたことが慰めだったのか励ましだったのか、それともオサレになった娘の自慢だったのかはわからない（今になって聞いても適当にはぐらかされる）けど、あの一言のおかげで堂々とメガネを使っているし、『メガネはオサレのツールだ』と胸を張って言える。

父ちゃん、ありがとね。


さて。
アタイが「強度の近視」であることを知ってめそめそしていた母ちゃん。
最近実家に行くと裁縫をしている（昔から得意）時、百均の変な老眼鏡をかけている。
なんだかんだ言ってアナタもメガネかけることになったのね。

お金くらい幾らでも払うから、眼科で検査してちゃんとした老眼鏡作ろうよ(^^;)
　↑ここだけは頑なに拒否しやがる