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文通ガチ勢は月間50通送っていた。知られざる“文通相手紹介組織”に話を聞く

斎藤 充博

ライター:斎藤 充博

インターネットが大好きで、Web記事を書くことがどうしてもやめられない指圧師です。「下北沢ふしぎ指圧」を運営中。

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こんにちは。ライターの斎藤充博です。みなさんは「文通」をやったことはありますか?

僕は1982年生まれ。中学生の頃にポケベルが登場し、高校生になる頃には携帯電話のメールを使っていた世代です。

学生時代にはすっかりデジタルでのやりとりが普及していたので、「同世代で文通をやったことのある人なんて、そんなにいないんじゃないの……?」と思っていたのですが、経験者が身近にいました。

それは僕の担当編集である宇内さんです。宇内さんは僕の1歳年下。ほぼ同じ世代ですね。なぜ文通を……? 詳しく話を聞いてみました。

なんで文通してたの?

僕らの世代で文通をしていた人って、珍しいですよね。いつごろ文通をしていたんですか?

3年前くらいですね。

わりと最近の話じゃないですか!

僕は小さい頃に、習い事でペン字教室に通ってたんです。字には自信があるんですよ。でも最近ペンで文字を書く機会が減っていますよね。

普通はパソコンやスマホで入力しますもんね。

文通を始めれば、また文字を書くようになるかなって思ったんですよ。

それで文通を……。それにしても、宇内さんって字が上手だったんだ。普段一緒に仕事しているのに知らなかった。ちょっと紙に文字を書いてもらっていいですか?

えっ? 書くんですか?

あれ? 全然ダメだな……。本当はもっと上手いんですよ!

言っちゃ悪いですが、めちゃくちゃ普通ですね……。

誰と文通してたの?

どんな人と文通していたんですか?

僕が文通していたのは富山県に住んでいる70歳のおじいちゃんです。祖父ではなくて、会ったこともない知らない人です。

これがその時の手紙です。

おお……。確かに年齢が高い人の字って感じがしますね。筆圧が強い。それにしても、どうやって知りあったんですか?

日本郵便が運営している、「青少年ペンフレンドクラブ」(以下、PFC)っていう組織があるんですよ。そこで文通相手を紹介してもらえるんです。

なにそれ? そんなの初めて聞いたな。

今日はその話になると思って、PFCの会報を持ってきているんですけれども。

すごく立派な会報ですね。

あっ。「ペンパル【※1】紹介」のページがある。これを見て文通するのか……。
※1 ペンフレンドと同じ意。

海外ペンパル紹介のコーナーもあるんです。

これはどうやって募集しているんだろう?

手紙の書き方もある。盛りだくさんな内容ですね。

PFCは無料で会員になれます。で、この会報が毎月送られてくるんです。

そうだ、おじいちゃんとの文通はどうなったんですか? 今でも続いているんですか?

2往復ほどした後で文通が終わってしまいました。

短いな……。

そのころ僕は駆け出しのフリーライターで、収入が不安定で、心の余裕もなくて……。文通どころではなくなってしまったんですよね。

要は宇内さんが文通をサボったんだ。まあ、無理して続けるものでもないですよね。ところで、なんで文通相手におじいさんを選んだんですか?

人生に迷ってたんですかね。それで、人生経験豊富な相談相手がほしかった。そんな感じだったと思います。

なるほど。わかるような、わからないような……。

ただ、僕としては本当に申し訳ないなと思っているんです。僕のほうから文通を申し込んだのに、僕から途切れさせてしまったので……。

宇内さんにとって「文通」は少し苦い思い出だったようです。それにしてもPFCっていったいどんな組織なんだろう。

僕と宇内さんの2人で話を聞きにいってみました。

70年の歴史を持つPFC

お話をお伺いしたのは、日本郵便でPFCの担当をされている富沢隆さんです。

今回はじめてPFCという組織を知ったのですが、いつごろにどんな経緯でできたのでしょうか。

PFCができたのは1949年です。

すごく歴史がある組織なんですね。

そのころは終戦後すぐで、子どもたちが満足に勉強する術がありませんでした。そこで当時の郵政省が「手紙を通じて教養を身につけよう」ということで、文通を促進する「郵便友の会」を結成したんです。それがPFCの前身です。

「手紙を通じて教養を身につける」って、ちょっと僕にはピンときませんが?

当時は書籍や教材が不足していました。もちろんインターネットもありません。子どもたちが自分の知識を高めるために「いろいろな地方の人と手紙をやりとりする」ことは、とても重要だったんです。

なるほど……。

「郵便友の会」の結成は、愛知県の東山動物園の野外ステージで行われました。このときに子どもたちが600人集まっています。中には「海外文通がしたい」といって手紙を持って来た子どももいたそうです。

すごく情熱がありますね。今の時代に文通で600人の人は集まるのかな……。

文通相手紹介の仕組み

PFCで文通のあっせんはどのように行っているのでしょうか。

会報の「ペンパル紹介」を見ていただいて、事務局宛に申込書と、文通したい相手宛ての自己紹介の手紙を送っていただきます。事務局に届いたら、宛名ラベルを封筒に貼り付けて文通希望の方に転送します。

昨今、住所などの個人情報の取扱いには厳格さが求められているので、男女間の文通などは特に、それ自体が難しくなっているのではないでしょうか?

そうです。元々の規約にも出会い目的や勧誘目的の文通はお控えいただくよう明記しています。なお、事務局は信書の秘密の観点から文通の中身にまで介入できませんが、細心の注意を払っています。

海外の方のペンパル紹介ページもありますね。これはどうやって募集しているんでしょう?

PFCの英語版サイトがあります。そこを海外から見ていただいて、文通希望で申し込んでいただいています。

ネットで文通の申込みをするのってなんかふしぎですね……。そのままメールでのやりとりでもいいような気がするけど、やっぱり文通がいいってことなんでしょうね。

メールが当たり前になった現代では、手紙には人間味のある温もりが感じられるのではないでしょうか。

「温もり」かあ……。そういうものなのかな。

PFC会員だった富沢さん

私も昔はPFCの会員でした。

そうだったんですか。すると、いろいろな方と文通をしていたんですか?

高校生の時には、トータルで40人ほどの人と文通していましたね。

すごい人数! 毎日ずっと手紙書きっぱなしになってしまうような……。

文通って、ペースがゆっくりなんですよ。しかも人それぞれです。返事をくれるのが、月に1回の人もいるし、週に1回の人もいます。そこまで大変でもないです。

なるほど。それだったら、今のSNSの方がよっぽどかけている時間が長そうですね。

それでも月に40~50通くらいは出していたでしょうか。

その数はやっぱりすごいですね……。

これだけ同時進行をしていると、過去に書いたことを忘れて、また書いてしまいそうになるんです。そのために、出す手紙をコピーして、ノートに貼り付けて、毎回参照しながら書いていました。

けっこうな手間ですね。面倒に感じませんでしたか?

全然苦じゃありませんでしたよ。「どんな手紙がくるのかな?」って郵便受けを開けるのが楽しみでした。

私たちの頃は、今と仕組みが少し違ったんです。会報はなくて、学校ごとにガリ版【※2】で文通希望者の「名簿」を刷って、違う学校の名簿と交換していたんです。すると、ある日突然、郵便受けに「文通しませんか」って手紙が入っている。
※2 薄い特殊な紙に小さい穴をあけ,この穴から印刷インキを押し出して印刷する方法。コピー機がない時代の複写手段。

それはちょっと興奮しますね。

私も文通の申込みをしました。名簿を見て「この名前、素敵だな」って思って手紙を送ったり。

名前の素敵さで選ぶの、リアルですね。情報量が少ないからそうなるんでしょうね。

年に1回、夏になると「全国大会」があるんです。文通のよい実績のある人が日頃の文通の成果を発表しあうんです。あれは文通やっている子どもの夢だったなあ……。

文通の「実績」や「成果の発表」ってどういうものでしょう?

まず、日頃の個人的な文通です。それに加えて社会貢献的な内容が求められます。当時ですと、ベトナム難民の施設の人たちに励ましの手紙を送る。オリンピックがあったら、オリンピック選手に励ましの手紙を送る。

社会貢献的な内容のお手紙なんて考えたこともなかったです。

いろいろあるんですよ。国際平和年の時は「海外ペンパルを5人作ろう」という目標がありました。

富沢さんは全国大会に行けたんですか?

行きましたね。うれしかったですよ。もう文通がやみつきになりましたね。

文通に「やみつき」って表現、初めて聞いたな……。

文通を続けるのには「努力」が必要

私もPFCに入って、文通を始めたのですが、続かなくなってしまって……。

文通を続けられなくなるのは、いろいろな事情がありますからね。

話を聞く限り、単純に宇内さんが怠けていただけのような気もするけど……。

実は文通って、相当にエネルギーを使うものなのですよ。お互いが続けるという「努力」をしないといけません。そこは気軽に送れるメールとは明確に違いますね。

努力か……。

どんな努力が必要なんでしょうか?

まずは内容ですね。自分のことだけではなくて、相手にしっかりと興味を持つ。相手の話題にコメントをするとか。

なるほど……。

切手や封筒を工夫することも必要ですね。記念切手を使ってみるとか。茶封筒ではなくて、華やかな柄の物を選ぶとか……。もっとも、これはセンスの問題なのでなかなかむずかしいのですが。

そういう心配りが重要なわけですね。

PFCで知り合った文通相手と、20年も文通を続けている方がいるんです。そのお手紙の一部を会報で紹介させていただくために、送ってもらったことがあります。見て驚きましたね。非常に工夫されているんです。「相手に喜んでもらおう」という心遣いにあふれている。

僕は返信できていないので、それ以前の問題ですね……。
 

手紙を書くと「温かい気持ち」に

せっかくなので、富沢さんに今この場で「手紙」を書いてもらっていいですか?

この場でですか?

唐突にお願いしたのに慣れた手つきでスラスラと書いてゆく富沢さん

文字がきれいですね。ペン字を習っていたということは……?

特にそういうことはしていません。この字も恥ずかしいものです(笑)。

できました!

「いつもお世話になっております。本日はお越しいただき、誠にありがとうございました。」

これをもしPCやスマホの画面で見たら、なんてことのないあいさつと言えるでしょう。それなのに、直筆の手紙で書いてもらうとすごくうれしい。

見ていると、すごくムズムズしてきます。富沢さんも照れくさそう。

これが「人間味のある温もり」ってことでしょうか?

今度は僕が書いてみます。

「本日はありがとうございました すてきなお話し 楽しかったです! 青少年ペンフレンドクラブの活動がますますさかんになるようにおいのりしております!」

どうでしょうか? 僕の手紙は。

現代的な手紙ですごくいいと思います。文字がまるっこくてかわいいし、似顔絵は相手を喜ばせますよね。

2人ともニコニコ笑顔になってしまいました。インタビューって多少緊張しながら進めていくものなのですが、すっかりリラックスできました。

「手紙には人間味のある温もりがある」。インタビューの中で富沢さんから聞いたときには、正直ピンときていなかったのですが、完全に理解できました。

僕も、おじいちゃんに手紙の返信してみようかな……。3年経ってしまっているけど。

してみるといいと思いますよ!

【取材協力】
日本郵便株式会社

(編集:ノオト

斎藤 充博

ライター:斎藤 充博

インターネットが大好きで、Web記事を書くことがどうしてもやめられない指圧師です。「下北沢ふしぎ指圧」を運営中。

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コメント 30

面白い!

マイネ王ユーザーにもお薦めかもしれませんねPFC♪

ε- (´ー`*)フッ

交換日記していたあの子は今…と。

思いだしてしまった私( ;´Д`)

これは面白い記事ですね。(^^

文通ってぼんやりとしたイメージはあっても具体的にどんなものかは
あまり知らなかったので、相手の為に、色々工夫して送るのだなと勉強に
なりました。

…そういや2年前に私がmineoオリジナル切手シートの提案をしたのが
検討中のままだなぁと思い出しました。(^^ゞ

自分もしたこと有りますが...

最近は、郵便がちゃんと届いたか?気になるので、あまり使いたくはない手段になりました。

交換日記を思い出しました。

文通ね〜
なんか胸がキュンとなります
その昔、やってたなー

やっぱり手書きですよ
それも万年筆で
あのインクの濃淡がね

また書いてみたい…
と思いました

文通は経験無いけど、高校時代のポケベル全盛期に実際会ったこと無い「ベル友」っていう似たようなのがいたなぁ。

私も小学生の時に、ミニバスの試合で対戦チームの子に手紙を書くことをしてました。今思えばなんでだろう?と思いますが、その中で文通をし友達もいました。毎日のたわいもないことのやり取りでしたが、手紙を書くのも読むのも楽しかったことを覚えてます。

SNSで発信するのが当たり前になりましたが、久しぶりに友達に手紙を書いてみるのもいいかなと思いました。

とても面白かったです。読みやすくて、初めて知ることで、絵が入っているのは、良いですね‼️

(゚ω゚) .。oO(ポケベルの登場が1960年代ってことには触れない方がいいのかな・・・)

私は1980年生まれの大阪在住です。小学校4年の時に学習雑誌の投書欄の呼びかけから始まった文通が、25年以上たった現在も続いています。
相手は新潟に住む同い年の方で、下の名前が同じという些細な理由が最初のきっかけだったように記憶しています。

会ったことはありませんし、最近は年に2〜3回のやりとりになりましたが、忘れた頃にポストに手紙が届くと、寄り添ってもらえてる気持ちになれます。手紙を書いている時は、自分自身と向き合えるのも魅力かもしれません。

便利な時代になりましたが、末永く続く関係でありたいと思っています。

文通してましたよ!
中学時代部活が一緒で他中学の男子と…お互いに忙しくなって高校卒業と同時に終了しましたがいい思い出ですね

中学の頃、文通しなさいというお達しに従い、北海道の女生徒と文通を始めました。かなり頻度の低い文通でした。高校までやっていたかどうかも忘れましたが年賀状だけは出していました。そして結構歳とってしまった今でも年賀状だけは出し合っています。ただそれだけで、一度も実際に会ったことがありません。なんということでしょう!!

文通してました。
地元の事や色々と話ししてましたよ!
今のSNSだよね。誰でも見れちゃうけど・・・。

文通!してましたよ〜(o^^o)

一学年下の子と...ずっと昔に...ネ

懐かしいですね❣️

文字を書いての文通。文通は、心を映しだします。

文通した事ないですが良さそうと思いました。😊

父の仕事の都合で小学3年で広島に転校した後、仲良しの友達と文通していました。中学2年でまた元の家に戻ったので、その友達との文通は終わりましたが、今度は広島で出来た友達との文通が始まりました。今はたまにメールでやりとりするくらいです。文通が懐かしいなぁ。便せんも封筒も切手もシールも大好きで、いっぱい集めていたのを捨てられずにまだ持っています。

自分も文通してました。懐かしい。
今思えば平和な時代だったのですね。
今の時代は文通なんて、
個人情報丸出しで、
絶対出来ないですね。

まだポケベルとかも無い時代、遠方の人との交流手段として文通してましたね。いつも返事が来るのが奇跡って感じでした。

いつもながら斎藤充博さんのブログ面白いです。
高校の同級生と30歳ごろまで文通していました。
今でも引き出しに便せんセットが残っています。
PFCに興味を持ちました。
資料を見てみたいと思います。

今頃読みましたが、面白い記事でした。
斎藤さんの宇内さんへのツッコミが特に笑えました!

中学生くらいの時に東ドイツ(まだベルリンの壁が崩壊する前)の女の子と文通していましたが、何回かやり取りしていつしか音信不通に。
どちらの文で途切れたのか全く覚えていませんが、文通に努力が必要というのは分かります。
お互い母語じゃなかった訳で、余計難易度が高かったんでしょうね^^;

ほっこりしつつ、ためになる記事でした!
文通、懐かしい…。

文通なのか微妙ですが、英語の授業で、外国からの手紙に返事を出すというのあったなーと思い出しました😁
どこの国からかは忘れましたが、日本の人に向けての手紙を書きましょうという取り組みがあったんでしょうね
返事を出してそれで終わりでしたが、楽しかったです

小学中学時代、文通してました!雑誌に住所載せてたので、今思えば個人情報が苦笑
海外ペンパルも登録して、韓国とカナダの男の子から手紙が届きましたが、2人とも返信したのですがその後返事はきませんでした。私の手紙もとどいたのかどうか。

この記事を読んで、懐かしい気持ちになりました(^-^)

中3の時にアイドル雑誌の明星·平凡の後ろページに文通欄がありました。
同じ地域の子で同学年。
夏期講習で会ったり···♪(//∇//)
卒業後は同じクラスの子としてましたし書くのが楽しみでした。
配達は全てチャリンコ!( ´∀` )b
懐かしい時代でした!(*≧з≦)

小学生最後の春休みに参加した、とある合宿で出会った他府県のお友達と文通を始めたのが最初かな?

中学生〜高校生の頃は、アメリカとオーストラリアの子と。

今は、学生時代のアルバイトで知り合った人と未だに文通してます(ちょうど昨日返信しました)。
その人とは、なんとこの時代に、お互いの携帯番号もメルアドさえも知らないという…(笑)

何よりも、字を書く事、文章を書く事が好きです。

この記事を読み、新たな文通友達が欲しくなりました。
PFC、調べてみます!

中国語の先生の紹介で中国の方と文通(英語で)したことがありますが、辞書引きながら読んだり書いたりするのがだんだん面倒になって途絶えさせてしまった前科者です…。

今となっては外国の方と知り合うチャンスもなかなかないし、勿体なかったなぁ。

ペンパル!懐かしいですがな!その昔やってました。

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