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100年前に出版された作者不明のレタリング集『実用図案文字と意匠』 復刻の理由と経緯を聞いた

ヤスミノ

ライター:ヤスミノ

フリーライター。新潟出身。好きな色は黄色。よろしくお願いします。

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ライターのヤスミノです。

メールやSNSでのコミュニケーションに欠かせない「文字」というツール。私たちの身の回りにはさまざまなスタイルの文字があふれています。

例えば、道路標識やお店の看板、町の掲示板、スーパーで買った商品のパッケージ……意識して観察すると、意匠の凝らされた三者三様の文字を発見できます。

そんななか私が見つけたのが、なんとも奇抜な形をした、こちらの文字。

 
めちゃめちゃ味があって、カッコよくないですか?

こちらの本は、大正、昭和の手描き文字を集めた『実用手描文字』。1926年に出版された『実用図案文字と意匠』の復刻版として、原書の内容を再構成したものです。

コンピューターや写植もなく、タイポグラフィーなどの表現技術が確立していなかった時代に、このように独自性のある手描き文字が存在していたというから驚きです。

しかも、これらはいわゆる一般的な芸術作品ではありません。広告チラシなどの「商業」のために用いられた文字だったそうです。しかし、

どうして100年近く前の本を復刻したのか?

実用図案文字とは、いったい何なのか?


そんな疑問を解消するため、本の復刻を企画した青幻舎の編集担当・苑田大士(そのだ・ともひと)さんにお話を伺いました。

なぜ復刻本を作ろうと思ったのか?

『実用手描文字』はたまたま書店で手にとったのですが、これほどまでに洗練されたデザインが100年近く前に存在していたと知り非常に驚きました。この本を復刻するに至ったきっかけを教えてください。

弊社には、過去に出版された本の復刊や、資料を再編集して出版する「ビジュアル文庫シリーズ 」というものがありまして、今回の『実用手描文字』もそのシリーズの一つなんです。

▲青幻舎「ビジュアル文庫」シリーズ。多種多様なジャンルのイラスト・写真などを収録した書籍が出版されている

まず、描き文字図案集をまとめた第一弾の『現代図案文字大集成』を、大阪の谷町六丁目の古本屋で見つけたんです。私は元々デザインの勉強をしていたので、こういったものに興味があったんですね。

▲『現代図案文字大集成』。2014年に青幻舎から復刻(原書は1934年に出版)。2018年12月現在、第五版のロングセラー

古本屋で偶然発見して「面白そうだ」と。それが復刻のきっかけになったんですね。

そうですね。ただ、この1934年の『現代図案文字大集成』はあまりマイナーなものではなく、図案家さん(当時のデザイナーに当たる職業)の中ではそれなりに知られている書籍ではありました。

そうなんですね。なぜこの本はデザイナーさんの間で有名だったのでしょうか。

この本は1934年に出版され、当時ベストセラーになったんです。やはり現代においても過去の本が知られているというのは、流通量が多いという理由が大きいです。それで、この『現代図案文字大集成』復刻の好評を受けて、こういった系統の別の本も復刻しようとなったんです。

そこで今度は『実用手描文字』を出版することになったんですね。

そうですね。『実用手描文字』の原書である『実用図案文字と意匠』は、僕が神保町の古本屋で見つけたものだったんですが、さきほどお話した『現代図案文字大集成』と比べるとかなりマイナーな本でした。正直な話、こういった本をたやすく復刻してほしくないという方もいるでしょうね。

えっ!? それはどうして……?

復刻することで原書の希少価値が下がってしまう、という意見もあるんです。確かに『実用図案文字と意匠』のほうが流通していないぶん、『現代図案文字大集成』よりも高価でした。それに、復刻すると「知る人ぞ知る本」ではなくなってしまうんですね。

なるほど。確かに、復刻することで希少性は薄れてしまいそうですね。

僕の意見としては、過去の文化を現代に伝えることは重要だと思っています。過去にこんな書籍が存在したということを、デザインや芸術を志している人にもっと知ってほしかったんです。

購入される読者の方は、やはりデザイン関係者が多いんですか?

デザイナーの方も多いんですが、漫画を描いている人も多いようですね。

言われてみると、漫画のタイトルロゴやオノマトペに使えそうな文字が多いですね。見ているだけでいろんなアイデアが浮かびそう。


手描文字の用途や芸術的評価は?

『実用手描文字』に収録されている文字は、具体的にどのような用途で使われていたのでしょうか?

基本的には看板やチラシ、新聞広告など、商用の用途でしょうね。

▲「大売出し」「破格大提供」など、俗っぽいキャッチフレーズも

こんなに先鋭的なデザインなのに、いわゆる「アート」としてではなく、商用のものとして描かれていた。そこがこの書籍のユニークな部分ですよね。

▲青い文字は「濃厚修整容易」と描かれている

例えば、これなんかも非常に風変わりですよね。奇抜すぎて、一見しただけでは何と読むのか全く分かりません。当時、こういった文字は一般的だったのでしょうか?

いえ、当時としてもかなり変わっていたと思います。ただ、日本はこういった文字に対する独特の受け入れ方があるのかもしれませんね。

独特の受け入れ方……?

例えば、江戸時代には歌舞伎などで使用される書体「勘亭流」【※】などが生まれて、普通の文字と異なる文字が受け入れられました。

※ 勘亭流……歌舞伎の看板などに用いられる太く丸みを帯びた独特の書体

▲江戸時代に使用されていた手書き文字を元に開発された書体「DFP勘亭流」

諸説ありますが、漢字の成り立ちは象形文字に由来していると言われています。それも関係しているのかもしれませんね。

なるほど! 象形文字から漢字が生まれているので、潜在的に「形としての文字」を受け入れやすいというのは納得できます。そして漢字が再び、象形的なデザインをまとうのは先祖返りのようで面白いですね。

▲象形文字が描かれているページも

ちなみに、大正時代のイラストレーションなどは現在でも高い人気がありますが、これらの「商用の手描き文字」は、美術的には評価されていたのでしょうか?

芸術としての評価は、さほどされていないと思います。一般に普及している大衆的なものは、芸術として評価されにくい側面があります。作者にも「かなり変わった文字を作っている」という意識はあったかと思いますが、商用の手描文字を評価する土壌があったとは考えにくいですね。


復刻で大変なのは「著者への許可取り」

単純な疑問なのですが、復刻となると、原書の著者への許可取りが必要になりますよね。

そうですね。

でも100年近く前の書籍となると、著者と連絡が取れるかわからないですよね。通常の書籍の出版とは異なる苦労があると思うのですが。

想像の通り、このような昔の本の復刻は、かなり骨が折れます。実は第一弾の『現代図案文字大集成』は、1950年に復刊されているんです。その復刊書の前書きに著者の親族の方の名前が載っていたのですが、手がかりはそれしかありませんでした。

復刻版ですら60年以上も昔のものとなると、捜索は難しいですよね。いったいどうやって……?

いろいろと手を尽くしても、なかなか見つかりませんでした。でも、最終的にネットで見つけました。名前をネットで検索すると、地域のコミュニティーの名簿のようなものがヒットしたんです。同姓同名かもしれないと思いつつも、ダメ元で電話をかけて事情を説明したところ、御遺族本人だと確認が取れたんです。運よく見つかりましたね。

幸運なめぐり合わせだったんですね。では今回、復刻版として出版した『実用手描文字』に関しても、そのような流れで原書の著者や関係者を探したんですか?

いえ。今回は、さっぱり情報が見つかりませんでした。本が再販されたこともないうえに、かなりマイナーな書籍だったので。

著者の情報が見つからない場合は、どうするのでしょうか。

著作権協会に申請するんです。「このような調査で探したのですが、見つかりませんでした」と示して、著者に払う金額を国に預ける。もし見つかった場合はそこから払う、というような制度があって。この書籍はその手続きを踏んで出版しました。

▲奥付にも権利者が見つからなかった旨の表記がある


後世に伝えて、新しいデザインの創出につなげる

新聞やチラシなどは、顧みられることなく捨てられていくばかりで、実物はほとんど残っていないんです。それらを見つけ出すことはできないにしても、このような本を見つけたら、出版に携わる者として、復刻という形で後世に伝えていきたいですね。

とても意義があることだと思います。

一部の特権的な書物ではなく、広く読んでもらうことで、デザイン業界全体の底上げにもつながればうれしいですね。100年近く前に、こんなすごいデザインの文字があったのは驚くべきことです。どんどん真似して、より新しいデザインが生まれていく未来を楽しみにしています。


『実用手描文字』の復刻には、見過ごされた文字たちが歴史の中で埋もれることのないようにという想いが込められていました。そして、単純に歴史的な価値があるだけでなく、現代でも通用する技術とエッセンスが詰め込まれている実用書でもありました。

普段のコミュニケーションの中で何気なく使われる「文字」。その形一つで、相手に与える印象を大きく変えられる。「文字」の奥深さに気づかされました。

(編集:ノオト

ヤスミノ

ライター:ヤスミノ

フリーライター。新潟出身。好きな色は黄色。よろしくお願いします。

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コメント 28

文字にも長い歴史があったんですね。

6歳の姪っ子が書くカタカナは正にこの本の字と同じ(゚∀゚)

100年前の文字面白いですね(*´ω`*)

勉強になりました。😊

何この本?!
読んでみたいので今日は帰りに本屋に行かなきゃ

文字ア-トの世界… スマホ待ち受けにも使える?
久々に良い記事… 楽しんで読めました <(_ _)>

大変興味深い記事でした。
現代では「フォント」で一括されてしまうのでしょうか。
字体もそうですが、文例も時代を感じさせるものだなぁ、と。
ぜひ書店で買い求めてみたいと思います。

すごく興味深いです。
昔はデザイナーなんて言葉がなかったので、図案家さんなんですよね。

広告文字が残ってるのも凄いですが、著作権の事もこんな制度があるなんて楽しく読ませて頂きました。
取材、お疲れ様でした。そして、有難うございました。

興味深く読ませていただきました。文字も文化の発展に寄与していると思います。編集者さんとてもよい記事です。グッジョブ!

こんな昔から面白いデザインの文字が作られていたのですね。
大変参考になりました。(^^

有意義ですね

もう亡くなってしまったけど、知り合いの元看板書きのおじいちゃんがいろんな変わった文字を使い分けてさらさらと手書きしていたのを思い出しました。
レトロ看板に使われている字体なんかも面白いですもんね。

面白い記事でした。
100年前にそんなデザインがあったんですね。😊

mineo渋谷にあるタイポグラフィーの本が面白かったので、この本も置いて欲しいです。

こういう記事、ツボ~(*^^)v
とっても好みです♡

原書は国会図書館にも現物?はもうないみたいですね。
http://dl.ndl.go.jp
(スマホじゃ見づらい…)
☝️ネット上で公開されているので、この復刻版が手元に来たら比べてみたいと思います。
(まだポチってません)

カラーになったことで魅力が引き出されてると思います( ^ω^ )♡

ありがとうございます(^O^)/

大変面白い内容でした、次回も期待してます!

とても面白く読ませて頂きました。

100ほど前からあったという只の文字としては無くデザインされたり、
いかに目を引いてもらうかと、
面白くアートのような美しくも思える文字。

手に取って見たいと思いますね。
楽しい記事、ありがとうございました。

とても興味深く読ませていただきました。

マイネオさんのブログはたまにじゃなく結構な頻度で思わずみてしまう。
応援しています。

会社の文書には使えないですが飲み会案内には使ってみるとネタになるかな。

スマホの文字変換で使えたら面白そうですがな! 解読するのに四苦八苦!

昨日ヒラギノ書体を製作した方がテレビ番組に出演されていて、母字は一文字一文字を手書きで書かれているとありました!文字の知識が増えました!

この記事読んで、この本見てみたくなったので買いました!!レトロな文字たくさんで楽しいです。

マイネ王 運営事務局

皆さん

たくさんコメントいただきありがとうございます。
100年も前から色々なデザインの文字が作られていた事に事務局も驚きました!
この素敵な文字が未来に繋がっていくと思うとわくわくしますね!

そして、スマホの文字変換でこういう文字が使えると確かに面白いですよね(^^)
オシャレなメールが送れそうです♪

♡\( ¨̮ )ポチッ

レタリングとか文字、大好きです。

とても興味が湧いて、面白かったです。

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