№1299/1994年12月3日・ソニー・コンピュータエンタテインメント(PS1)
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№1299/1994年12月3日・ソニー・コンピュータエンタテインメント(PS1)


「№1299/1994年12月3日・ソニー・コンピュータエンタテインメント(PS1)」のコメント

追加事項

任天堂スーパーファミコン用として
CD-ROM機を製作したが、ゲームショー
で、CD-ROM単体でもゲームが出来ると
ソニー側であったデモ画面であった。
あくまで、周辺機と認識していた
任天堂は激怒し、CD-ROM機は撤回となる。
数か月後、このCD-ROM機を見たナムコ
資金面でソニーがハード機、ナムコはソフトで、
ソニーコンピュータエンタテインメントが誕生
アーケードゲームで、リッジレーサーが人気であった
それを移植し、PS専用として同時販売した
移植完成度は高く、販売初日で1ロット分が完売した。
CD-ROM機の為、多少のロード時間は掛かるが
ロード中に、ギャラクシアンが遊べるようにした。

PSは、サードパーティー社に
任天堂スーパーファミコンより安く
テスト機を貸し出した、これにより
事実上、好調に売れていた、
スーパーファミコンが窮地になる。

39800円の価格で、最速で100万台売れた、200万→500万台超えとなる
約1年半で、ハード内の基盤、CPUの
改良により、販売価格は値下がりした。
29800円→24800円→19800円→18000円→15000円!デュアルショック付
コントローラは
ケーブルは2mの長さとなった。
予定していた拡張端子を
無くす。時代はPS2になる。

任天堂にとって、追い打ちをかけたのが
スクエアエニックスであった
PS側に流れた事で、PSが更に売れる事になる。カプコンからバイオハザードが
登場する。
任天堂は、あの時撤回しなければ
より、成功していたかも知れない。