№1259/1959年(昭和34年)9月26日(土曜日)に潮岬に上陸・伊勢湾台風
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№1259/1959年(昭和34年)9月26日(土曜日)に潮岬に上陸・伊勢湾台風


「№1259/1959年(昭和34年)9月26日(土曜日)に潮岬に上陸・伊勢湾台風」のコメント

追加事項

アメリカ軍機が、台風内に入り
気圧895hPaを測定している。

https://www.youtube.com/watch?v=I_SFkdndC8s
伊勢湾台風メモリーズ2009 約6分
2009年は伊勢湾台風から50年であり
東京と名古屋でバーチャル体験が出来る
試みがあった。

普通の台風は、上陸時は気圧が
高くなり、勢力は衰えるが
伊勢湾台風は、暴風圏が大きく
衰えることなく、突き進んだ。
被害は、日本全土で、九州は
殆ど被害はなかった。
三重県の沿岸、岐阜県の南側、
愛知県沿岸は輪中であり、
通称0メートル地帯である。
海より低い土地であった。
当時は、8号地は木材置き場であり
丸太が大量に保管されていたが
台風により、街の方まで丸太が
流出し、被害が拡大した。
国道1号線は、消えた。
東海道53次では、熱田から
桑名まで海となっていた
熱田から南は埋め立て地である
当時は、地下水のくみ上げで
地盤沈下していたので、地下水の
使用は制限されていた。
高潮対策であったが
台風で堤防も破壊した。

台風が上陸前から、暴風圏内に
入り、街は停電し
テレビは使えない
電気式ラジオも使えない
情報が一切来ないので
避難が遅れて、大惨事となった。
暴風圏内は消防救急活動も出来ない
状態であった。

主人公の名古屋市南区柴田は
海沿いであり、丸太が縦方向になった
証言もあった。流出した丸太が
木造家屋に突っ込んだ為
周辺は想像を絶する恐怖となった
何とか天井を突き破って屋根に
避難が出来た方は助かったが
家財全て失った。泥水化したので
行政は、ヘリで上空から消毒液を撒いた。
現在の8号地は、倉庫が多く
その先は9号地となっている
(当時、9号地は無い)
火力発電所とコンビナート
モータープールで、
その昔は行き止まりであったが
伊勢湾岸道の名港潮見ICがあり
(めいこうしおみIC)
潮見町
(国道302号、併用区間)
通称、9号地と呼ぶ
高速ICにアクセスが出来る。

この台風がきっかけとなり
富士山山頂に
気象レーダー観測を建設する
事になった。