いつか戻る、その時に
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いつか戻る、その時に


「いつか戻る、その時に」のコメント

旅に出て三日目、リオとルカは小高い丘の上から、はるか東にそびえる山脈を見つめていた。雲を割って突き出た岩の峰々。その向こうに、“記憶の都”があるという。

「本当にあんなの越えるのか……」

ルカが腰に手を当ててつぶやいた。鍛冶場で重い鉄を持ち上げていた彼でさえ、山の存在感には圧倒された。

「ユラは言ってた。あの山を越えれば、答えがあるって」

「それにしたって、山越えなんてしたことないぞ。登山用の道具もないし、野営も慣れてない」

「大丈夫。一歩ずつ行けば、どこだって行けるよ」

リオはそう言って笑った。少し無理をしていた。けれど、進まなければ何も得られないことも、彼女は知っていた。

夜、焚き火のそばでユラがまた語りかけてきた。

「少し、思い出したの。記憶の都は、“アウレル”と呼ばれていた。石の塔があって、たくさんの声がそこに集まっていたの」

「どうして声を集めてたの?」

「それは……まだ、わからない。でも、皆がそれを誇りにしていた。人が遠くにいても、心を通わせられる。それが文化で、希望だった」

「それを、封じ人が壊した?」

「うん。声は力を持つから。真実を伝える声は、都合の悪い者にとっては毒にもなる」

ルカが薪をくべながら口を開いた。

「つまり“情報”を持つことで、人は自由になる。でもそれは、支配しようとする者にとっては脅威になるんだな」

「そう。だから声を奪われたの。でもね、記憶の都には……封じられる前の記録が残っている可能性がある」

その言葉に、リオの胸が高鳴る。

「そこに行けば、ユラの記憶も取り戻せる?」

「きっと。わたしは“最後の声”だった。塔の中で、何かを伝えようとして、でも……」

声がふと震えるように弱まった。

「無理をしなくていいよ、ユラ。思い出すのは、少しずつでいいから」

リオの声に、ユラがそっと答える。

「ありがとう。わたし、リオと一緒にいてよかった」

遠く、山に向かって吹く風が夜を撫でた。
そこには記憶があり、失われた声が待っている。
少女と石と鍛冶職人の旅は、静かに続いていく。